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ゲームの世界で第二の人生!?  作者: シェイフォン
第2章 市民として
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慈善事業

「そろそろかな」


「その通りかと」


 来客室に備え付けられている椅子に腰かけていた俺の呟きに控えていたエルファさんが答える。


 サラはいない。


 と、いうのも昨日に「明日は修行なしだから実家で自己練習しろ」と言い含めていたから来るはずがないだろう。


「主、お客様です」


「本当に、よく分かるな」


 エルファさんは気配を感じ取れる性質らしく、呼び鈴が鳴らなくとも来客が訪れることを察知できた。


「さてと、お迎えいたします」


 エルファさんは音もなく歩いて玄関に向かった。




 派手な装飾が好かない俺は屋敷のそれを必要最低限に抑えている。


 簡潔に言うなら揃えるのがめんどくさかっただけ。


 だから生活必需品以外の家具はろくに買い足さなかった。


 が、エルファさんはそれが嫌だったようだ。


 お金がない時は自制していたみたいだが、余裕が出てきても装飾品に金をかけなかった俺に業を煮やしたのかエルファさんは俺の許可なしに絵画や美術品を購入した。


 その際に一悶着あったのだが、ティータさんがエルファの擁護に回ったため俺が悪いということになった。


「ボクは他人の目というのをもう少し気にした方がいいわよ。ここに来る人の相手をしているエルファの心情をくみ取りなさい」


 と、逆に説教されてしまった。


 で、そこから反省した俺はとりあえず来客室くらいは見られるようにしようと頑張った。


 そして、頑張った結果が。


「こんにちは、何度訪れても豪華な部屋ですね。金で出来た彫刻にプラチナの甲冑。まるで王宮にいるみたいです」


 来客室に訪れる人が異口同音にそんなことを漏らすようになってしまった。


「やりすぎです。掃除する身にもなってください」


 そんな陰口を叩かれた覚えがある。

 

「お褒めいただき光栄ですヒュエテルさん」


 目の前の人物はヒュエテル=クーラー。


 俺が設立し、援助している孤児院の園長で、保母さんという表現がピッタリくる人だった。


 20代後半の貴婦人で豊かな胸が特徴の、全てを優しく包んでくれそうな雰囲気を持つ人物だった。いつもニコニコと微笑んでいるのは母性からくるものなのだろう。そして、この笑顔こそがささくれた孤児を癒してくれていた。


「ユウキ様のご尽力によって多くの孤児が悪の道に走らずに済みました。このことは感謝に堪えません」


 そう言ってヒュエテルさんは頭を下げる。


 金に余裕が出てきた俺はあのスラム街を何とかしようと思索していた。


 キッカ達が何かをやらかしたので、俺は靴や服を作ってはスラム街に届けていたのだがスラムの環境が酷いこと酷いこと。


 暴力や無関心が横行し、路上で人が死に、悪臭が漂っていることが日常の光景としてそこにあった。


 そして、何よりも一番衝撃を受けたのは俺やキッカと同年代の子が盗みや暴行を働いているのを目撃したことだ。


「仕方ないわよ、ああしなければ生きられないんだから」


 キッカが慰めてくれたが、平和な日本で暮らしていた俺には衝撃が大きすぎる。


 この現状を何とかしたい。


 と、言っても後数年で滅びる都市なので腰を落ち着けてやれることはできない。


 さんざん悩んだ末に出た答えが未来ある子供たちだけでも救おうということだった。


 だから俺は小規模ながらスラム街を何とかしようとたまに炊き出しを行っているヒュエテルさんと接触し、彼女に孤児院の管理を任せた。


「いえいえ、僕のやっていることはお金を渡すことだけですから、実際に活動しているヒュエテルさんには敵いません。むしろ私が頭を下げたいぐらいです」


 始めはヒュエテルさん1人とおんぼろ建築一戸なので、10人も世話できなかったが、次第にヒュエテルさんの心情に共感してくれる人が現れ始め、さらに孤児達のリーダー格の人が協力してくれたので、今では4ケタに迫る孤児達を保護できている。


 そのことが可能になったのはヒュエテルさんが孤児を救うために奮闘し、職員の増加や建物の増築など孤児院に関する責任を一手に引き受けてくれていたからなので、俺としては頭が上がらない。


 目の前のヒュエテルさんは笑顔だが、その裏に壮絶な戦いがあったのだと想像すると本当に申し訳なくなる。


「ご謙遜を、資金がなければ何も始まりませんでした」


 そう言って貰えるのはありがたいが、俺は資金を渡しただけなので大した活動はしていない。


「いえいえ、私でなくとも他の人が援助したかもしれません」


「ユウキ様ほど多額の、そして安定して援助してくださる方は他にいませんよ」


 属性付与させた武器と言うのは相当高値で売れる。何せそれを製造できるのはこの世界でも数えられるほどで、さらに俺以上の品質を作れる職人がいないからその値段を具体的に言うと風の剣一振りあれば大人10人が1年遊んで暮らせるほどだ。


 その金を資金として流していたから、普通の孤児院よりも数段立派なモノができるのは道理。


 下手すれば貧乏な市民よりも豪華な生活を孤児達は送っていた。


「ヒュエテル様、そろそろ本題に入りませんか」


 ちょうど良いタイミングで紅茶と菓子を運んできたエルファさんが次を促す。


 傍目から見るとエルファさんの態度は無礼かもしれないが、これがエルファさんなのでお互い何も言わない。


 そして、ヒュエテルさんは居住まいを正すと徐に切り出した。


「ユウキ様のご尽力によってスラム街に巣食う孤児はほぼ一掃されました。孤児達も施設での生活に戸惑っていましたが、現在は落ち着いています」


「それは良かった。スラム街の治安も良くなったんじゃないかな」


 俺の問いにヒュエテルさんは頷く。彼女曰く、まだ暴力は残っているものの1年前と比べると大分ましになってきたそうだ。


「で、私としては次の段階に進めたいと思います」


「次の段階?」


 俺が聞き返すとヒュエテルさんはゴクリと唾を飲み込み、意を決して話し始めた。


「スラム街の大改造を行いたいと思います。具体的に申しますと給金を彼らに払い、彼ら自身の手でスラム街を解体させるのです」


「……なるほどねぇ」


 ヒュエテルさんの提案に俺は考え込む。


 スラム街に集う連中が全員悪の道に走るわけではない。中にはやむに已まれず故郷を捨ててそこに落ちぶれた人間もいる。


 そして、彼らを更生させるに一番手っ取り早い方法は職を持たせること。


 もちろんそう上手くいくとは限らないが、それでもあそこで腐らせるよりかはずっと建設的だろう。


が、ここで問題が出てくる。


 それはこの都市があと3年ほどで滅びるということ。


 つまりそんな大規模政策を行ったとしても効果が出る前に終わってしまう可能性が十分にある。


 もしそうなると金をどぶに捨てるのみならず、何よりもヒュエテルさんの願いを踏み躙る結果になりかねない。


「……僕的には孤児院に常勤教師を招き、孤児達全員に高等教育を施したいのですが」


 そこから離れられない住居と違って人なら移動できる。彼らがどこに行っても生きていられるよう訓練するのなら俺は金を出すと提案するが。


「しかし、私はスラムを何とかしたいのです」


「おそらく3年後には全てが消えますよ」


「万が一そうなるかもしれませんが」


「……信じてほしいのですが」


 実はこれまで何度も近いうちに国が滅びると訴えているのだが、誰も彼もが信じてくれなく、挙句の果てには胡散臭い人間が寄ってきて寄付を迫ってくる始末。


「なら、こうはどうですか? その大規模工事は3年後に行うと、それまでの期間は区画整理や住民の説得などを行うというのは」


「それなら納得です」


 信じてもらえないのであれば妥協案を提示しよう。


 どうせヒュエテルさんの構想は一朝一夕で出来るものではない。行うにしてもここまで大規模になると国の許可が必要だろう。そして何よりも大金が必要なのでこの提案には頷いてくれた。


「では、積立金として毎月これくらいはどうでしょうか」


「そうだなあ……」


 ヒュエテルさんが予め試算してあった金額を見て俺達はこのことで少々議論し合った。




「さて、ではそれまでの間、僕としては孤児達に高等教育を施すために教師を招きたいのですが、伝手はありますか」


「ボランティアの内数人が私塾の講師を行っています。あの人達に声をかければ了承してくれるかもしれません」


「それは良かった、早速お願いします。で、給金の方は一般学校の教師より1割増しだということを打診して下さい」


「分かりました。しかし、給金1割増しという公表はまだ控えます」


「どういうことですか?」


 俺が聞き返すとヒュエテルさんは少し笑って。


「そのことを示すと単にお金に惹かれた輩が集まりかねません。それはなるべく排除したいので、まずはその事実を伏せておきます」


 ヒュエテルさんは孤児院の経営も兼ねていたので金勘定の力量が大いについていた。おかげで巷では『金庫番』という2つ名までつけられている。


俺としてはそこまで徹底的にやってもらうつもりはなかったのだが、ヒュエテルさんは貰うだけでは申し訳ないと言っている。


 まあ、払う分が減るに越したことはないけど。




 その後、孤児院の現状や備品の過不足など細かい協議を終えたヒュエテルさんは席を立ち、俺は玄関まで見送る。


 ヒュエテルさんが来訪したのはまだ日が高いうちだったのだが、いつの間に完全に帳が下りている。


「実りの良い会合ができました。私達にここまで目をかけてくださり本当にありがとうございます」


 と、礼を残して屋敷から立ち去っていった。


「変わっていますね」


2人きりになるとエルファさんはそんなことを切り出し始める。


「普通孤児なんて見捨ておかれる存在ですよ。ですから国も知らぬ振りをするにも関わらず主は彼らを救おうとするのですね」


 エルファさんの問いに俺は背伸びをしながら頷く。


「これは俺の心によるものだな。俺のいた国では見捨てられる命なんてなかった。だからこの現状を見ると何とかしたくなるんだよ」


 理屈ではない。


 ただの感情であり、自己満足だということは己が一番身に染みて分かっている。


「しかし、今のところは問題がありませんので目を瞑ることにします。ただし、やりすぎには注意して下さい。いくら手を差し伸べたいとしてもそれで主が潰れるようでは本末転倒です」


「ああ、そこは分かっているよ」


「本気で危なそうでしたら私が無理やりにでも止めさせますから」


 エルファさんなりの忠告なのだろう。俺はそれに大きく頷いた。


「さて、そろそろ夕餉ですので主は少々お待ちください」


 エルファさんは1つ完璧な礼をして屋敷の厨房へと歩を進めていった。


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