普段の生活
大幅変更しました。
14歳になった俺は以前と比べて大分力が付いた様に思える。
身長も伸びたしやれることも増えた。
だが、俺の心は未だにあの時から動こうとしない。
ベッドに寝ていた俺は何となくステータスウインドウを開いてみる。
名前、装備、スキルなどが並んでいる枠の中に一つだけ空白が存在していた。
「やはりログアウトできないか」
その項目は夢から覚めるための必須場所。
それが無いということは、覚めない夢と同じこと。
覚めない夢=現実と置き換えることはできると考える。
つまり俺はこの世界は仮想空間でなく、現実ではないのかと疑い始めていた。
いくらゲームが好きな俺とはいえ1年以上ゲームの世界に浸ることなど出来やしない。
精神はともかく体がもたないのだ。
だが、今のところ俺の体に変調はない。
つまり体は元気そのものだということになる。
「この世界は妙に現実感があるんだよな」
ゲームの世界ではありえなかった空腹や病気などの異変。
現実ではありえないステータスウインドウの出現。
「……胡蝶の夢」
俺は何ともなしに呟く。
胡蝶の夢とは中国の荘子の偉人が思想であり、ここが現実か否かを論ずることよりも蝶なら蝶で、皇帝なら皇帝でその場を精いっぱい生きれば良いということを説いていた。
次に俺は自分のステータスを確認する
名前:ユウキ=カザクラ
装備:武器ミスリルダガー
防具風のマント
頭ミスリルヘルム
足軽業師の靴
装飾品厚手の手袋
お金54600G
ステータス
剣 35
魔法20
採取25
料理5
鍛冶45
調合56
裁縫43
アイラ達と別れてからもう2年が過ぎ、昔と比べて相当スキルが上がった。
特に鍛冶や調合等はもうそれで食べていけるレベルだ。
「あいつらの学費を稼ぐために相当頑張ったからなあ」
俺は過去を振り返る。
4人が学園に向かった最初の一年は特に忙しかった。
入学金やら学費の支払いやらでお金がどんどん飛んでいく。
必要な金を稼ぎ出すために俺はポーションのほかに武器や防具を作って売っていた。
始めは正体を隠すつもりだったがもうそんなことを言っていられる状況じゃない。
これまで封じていた露天商まで行って金を稼ぎ出さなければならなかった。
幸いにも露天商を行っていた期間で闇の者が絡んでくることは無くてホッとする。
半年ぐらい続けると俺の作った物は出来が良いと評判が出来て、次第には俺の家まで押しかけて来る冒険者が現れる始末。
商売も軌道に乗ってとりあえずは金の心配はなくなったのが1年前。
今はわざわざ売りに行かなくとも待っていれば客が来る状態だ。
だから俺はボーっとしていて良い
していて良い……はずなんだけど。
「いつまで寝ているのですかこの怠け者が」
罵声とともに俺は文字通りベッドから叩き起こされた。
「さっさと起きなさい。今日の分の仕事は山のようにあるのですよ」
「エルファさん、一応俺は主だよ?」
俺が涙目で抗議するがエルファさんは素知らぬ顔をしてさっさとベッドメイキングに取り掛かっていた。
俺を罵倒するのは最近雇ったメイドさんのエルファ=ララフルだ。
年は17歳前後。きめ細かい白磁の肌と鮮やかな緑色が映えた腰まである長い髪と瞳が印象的な少女。例えるならフランス人形、ただそこに佇んでいても絵になる美しさを秘めていた。
しかし、エルファさんは謎が多すぎる。
名前:エルファ=ララフル
装備:武器アサシンダガー
防具メイド服
頭カチューシャ
足ニーソックス
装飾品薄手の手袋
ステータス
小剣 85
隠密69
料理75
裁縫56
音楽65
鑑定75
「……一体何だこれは?」
顔合わせした際にエルファさんのステータスを見せてもらった感想がこれ。
どれもこれも高レベルだが、いかんせん方向性が色々とおかしい。
隠密ってなんだ? どうしてそんな特殊スキルがここまでのレベルになっている?
小剣と隠密がここまで高くなるのに思い当たる職種が一つあるが、それはあまり考えたくない。
何故ならそれはアサシ――
「主、さっさとして下さい」
エルファの催促に俺をぎくりとしながらも頷く。
まあ、人の過去など詮索しても仕方ないからここは聞かないでおくのが正しいか。
ティータさんが推薦したんだ。警戒しても仕方ない。
そのステータスから想像できる通り、食事も掃除も文句の付けようはないが、主を主とも思わない言動が玉に傷の、扱い難い困った人だった。
本人いわく、ちゃんと主らしく振舞えばこちらも誠意ある対応を取るらしいが、エルファが納得する主の振舞い方とは一体何だろう。
前に聞いてみると。
「人に聞く時点で主失格です」
……一言で切って落とされた。
言っておくが俺にM属性はない、貶されて喜ぶという特殊な性癖は持っていないぞ。
どうしてエルファさんがここにいるのか。それは2年前に遡る。
俺は4人を見送った後、屋敷が広すぎてとても1人では管理出来ないと悟った俺は誰かを雇うことにした。
そのことをポツリとティータさんに漏らすと「じゃあ良い人を知っているわよ」と人を紹介された。
ティータさんの紹介なら何かと大丈夫だろうと判断した俺はろくに面接もせずに採用した。
しかし、それが運の尽き。
ご存じの通りエルファさんは俺に対して人間扱いしてくれません。
ティータさんは「愛情表現よ」と笑っていましたが、どこの世界に愛情をサドな言動で表現する輩がいますか。
「なにボサッとしているんですか、朝飯が冷めるからさっさと起きてください」
はい、分かりました。すぐに下へ向かいますから毛布でバサバサしないで下さい。
俺は高速で着替えた後、逃げるように下の食堂へ向かった。
食堂には人20人が座れるほど巨大な長テーブルが置かれている。で、入口から見て最も遠い上座の位置に俺の朝食が用意されていた。
パンに牛乳、季節のサラダやベーコンエッグで、デザート付きなど、普通の水準から見れば豪華な部類に入る料理が並んでいた。
俺はまだ湯気を立てているパンを齧ってみる。
パンは出来立てらしく口に含んだ瞬間にほっこりとした。
「うん、美味い」
食堂は清潔が行き届いており、敷いてあるテーブルクロスも皺一つなかった。
綺麗なことは綺麗だが、アイロンもない時代にどうやって皺を伸ばしているのか。
「失礼します」
その方法について頭を悩ませているとエルファさんが手にある物を抱えて食堂に入ってきた。
「何を聞きますか」
エルファさんはバイオリンを肩に乗せて俺にリクエストしてくる。
「そうだなあ、少し明るい感じで」
「了解しました」
俺の意向を聞いたのか、エルファさんが知っている中で楽しめのポップな旋律がバイオリンから響いてくる。
その演奏はとてもアマチュアとは思えないほどレベルが高い。
「しかし、まあ」
俺は演奏に集中しているエルファさんを眺めながら考える。
確かに言動は最悪だが、それを補って余りある程の長所を彼女は有している。
俺がエルファさんをここに置いている理由もそれだ。
料理も美味しく、掃除も行き届いてかつ演奏を楽しめるのであれば多少の言動ぐらいは我慢してやろう。
「次は悲しめの曲で」
そろそろ終わりそうだったので俺は新たなリクエストをエルファさんに注文した。
「師匠、おはようございます」
朝食も食べ終わり、紅茶を飲んでいるとその声と共に食堂に入ってくる人影。
親のお下がりなのか頑丈なつなぎ服に身を纏っている。しかし、それによって美しさが失われることはない容貌を持っているのは。
「ああ、サラか。おはよう」
俺がそう微笑みかけるとサラは恐縮したのかペコリと頭を下げた。
俺より頭一つ分高い身長と大人びた物腰ゆえに見た目20歳実年齢14歳という年齢詐欺を犯しているサラ=キュリアス。親が職人で、幼い頃からの手伝いをしているせいか作業しやすいようにレンガ色のくすんだ髪を肩口で揃えており、体も同年代の女子と比べるとやや筋肉質だった。
「師匠、今日は武器を作るんですよね」
目をキラキラさせて尋ねてくるサラに俺は苦笑して肯定する。
サラは俺のことを師匠と呼ぶ。
サラ曰く、鍛冶屋である親の所に、武器の修理に訪れた冒険者がその武器を絶賛していたので、冒険者に頼んで試しにそれを振るってみると雷にしびれた様な衝撃を受けたそうだ。
あれほどきめ細かい出来栄えなのに実践重視で作られている。形式美と機能美を兼ね備えたあの武器を作ったのは一体誰なのかを知りたくて探った結果、俺の家に辿り着いたらしい。
「師匠、見学しますから」
サラは俺と同レベルの鍛冶職人になりたいそうだ。しかしまた、女性で職人とは厳しい道を選んだものかと感嘆する。
鍛冶職人の中の暗黙のルールとして子供はともかく鍛冶場に女を入れないというのがある。よく分からないがそういう決まりがあるから、彼女が鍛冶職人として生きていくのは厳しいだろうと俺は考えている。
が、ドエスのエルファ曰く、常識無視の塊である主の弟子が職人達から村八分にされるわけがない、例え敵に回したとしても、主の腕前なら例え前人未到の場所でも武器を求めて買いに来る客が後を絶たないとえらく捻くれた褒め言葉を頂いた。
俺から言わせるとエルファさんの方が常識無視なんだけど。
小剣レベル85って一体何?
閑話休題
実際問題として職人達から嫌われたとしても、サラが後悔せずに生きていけるんだったらそれで良い。
そう結論づけて俺はこれ以上考えるのを止めた。
「師匠、何の武器を作るのですか?」
離れの竈に向かって共に歩いているとサラがウキウキした様子で聞いてくる。
「鋼の剣に風属性である『風の石』を付加させてカマイタチを飛ばせる『風の剣』を作ろうと思う」
一般的に武器は鍛冶屋によって性能が若干異なるが、それでも俺の域までには及ばないだろう。鍛冶レベルが低かった頃にも同じ材料で重さや切れ味が数段上なのをいくつも作っていたが、鍛冶レベルが20を超えると俺は本格的に独自路線を歩み始めた。
簡潔に言うと武器に属性を付与。
常に高熱を発する槍や帯電している斧などを作って売っていた
俺の武器は既存の概念をひっくり返すほどの衝撃を与えたらしく、鍛冶職人の間では俺のことを鍛冶職人の始祖であるメテルギウスの生まれ変わりと持て囃された。
まあ、呼び方なんてどうでもいいので、俺のことをなんて呼ぶかは自由に任せている。
とにかく、俺は武器に属性を組み込める唯一の鍛冶職人として評判を得ていた。
そう、俺は武器に属性を付与させるという困難な技術を習得している。
経験がある今でこそ簡単に出来るが、ログアウトが可能なプレイヤーの時は難しかった。
属性付与は豪快な腕力と繊細な技術の2つが必須である。
その相反するものを両立させるにはどれだけ困難か。
繰り返される失敗に心が折れかけたことは一度や二度でない。
さらに付与させる属性を増やすとさらに難易度が上がる。
『火』『水』『風』『雷』『土』『闇』『光』7種類全ての属性付与ができたときは冗談抜きで死んでもいいと思った。
鍛冶に関しては俺と肩を並べるプレイヤーはいなかった。
つまりすごいわけ。
だから、そう。
「師匠、1つの属性付与なんて言わずにもう2、3個属性を付け加えましょう。私は『風』と『雷』を付け加えた『風雷の剣』を作れますから」
出会ってから一年にも満たないのにここまで出来るのは天才を通り越して異常だぞ。
サラ曰く、師匠のやり口を真似ているだけですからすぐに覚えられたのであって、もし独学なら1つの属性付与さえ無理ですよ。と、言っているが鍛冶は見て出来るものでなく、経験が重要なのだから、やはりサラは天性の何かを持っている。
だってステータスが。
名前:サラ=キュリアス
装備:
武器なし
防具丈夫なツナギ
頭なし
足火モグラのブーツ
装飾品力の指輪
ステータス
鍛冶105
そのステータスを見たとき俺は目を疑ったよ。
ハンマーすら握ったこともないサラが鍛冶レベル3桁。
しかもそれ以外は全く使えない。
難しい剣の製造方法は一発で理解できる癖に、本を読むとなるとどれだけ優しくとも3行で眠ってしまう。
エルファさんとは別の意味で驚いた。
「それもいいが生憎と材料がない。だから今日はこれで我慢してほしい」
「えー、何で材料が無いんですか?」
「キッカ達の試験が近いからな素材を取りに行く余裕がないんだ」
最初の1年はともかく、2年目に入るとキッカ達も学校に慣れてきたのか4人は冒険に出かけて魔物を倒し、その際のドロップアイテムを俺に届けるようになってきた。
俺としては素材が格安で手に入り、キッカ達は小遣い稼ぎそして学費返済と双方ともに利益があるので結構長い間続いている。
「一応キッカ達の名誉のために言っておくが、この風の石は市場に出回らない非売品だぞ」
一般に流通しているのを市販品なら、闇市や冒険者から直接買わないと手に入らない素材が非売品である。
で、属性付与させるための素材の大半が非売品だからキッカ達の存在がどれだけありがたいか。
いやいや、本当にキッカ達を拾って良かったと思う。
「はい、わかりました」
俺の言っていることが通じたのか、しぶしぶながらも引き下がってくれるサラ。
もっと強くなりたいという向上心は称賛に値するが、感情をストレートに出すことをもう少し抑えてくれないものだろうか。
まあ、そこのところは壁にぶつかれば改善するかと思っている。やはり人間には挫折というのが必要だということかな。
そして俺は頭を切り替えて原材料の鉄鉱石と風の石を手元に並べる。
どのように配分すれば出来上がりの剣に風を付与できるのか、俺はゲーム内での記憶にある精製法を引っ張り上げた。
「うん。よし、これでいくか」
頭の中で一通りまとまった俺はハンマーを持つ。
「サラも近くで見ておけよ。こういうのは基礎だから反復させても損はない」
サラが頷き、真剣に見ているのを気配で感じた俺は灼熱に溶けた鉄鉱石を打った。
カーンっ! っと、小気味の良い音が辺りに響いた。
武器の生成は一日に一本。
今回は単純に一属性だけ付与するので二時間あれば完成するが、もし全ての属性を付与するとなれば今日だけでは間に合わない。少なくとも明日までかかる。
サラの体力上まだ5つは厳しいだろう、と、なればそこがサラにとっては壁になるかな。
俺はそんなことを考えながら、完成したばかりの『風の剣』を振ってみる。
軽く振ったつもりだったのだが、発生したカマイタチは一般の魔術師が放つウインドと同威力だった。
「ほら、振ってみろ」
サラが試し切りしたそうだったので渡す。
「さすが師匠、私が作ったのと比べても段違いに強いし軽いです」
するとサラは大喜びでカマイタチをあちこちに放った。
サラの実家は鍛冶屋のためたまに俺から材料を貰って作ることがある。完成品を俺に見せてくれるのだが、いかんせんまだ俺の領域にまで達していないとみる。
「まだまだサラには負けないつもりだ」
サラが放つカマイタチを避けながら俺はそう言い放つ。
「さすが師匠です。これだから越えがいがあります」
剣を俺に返しながらサラは喜色と闘志を混ぜ合わせた感情を瞳に浮かべてニッコリと笑った。
「完成しましたか、そろそろ昼食ができますのでそれまでに汗を落としてください」
レディーファースト。だからまず始めにサラを水場へ行かせる。
サラは「師匠より先に入るなんてとんでもない」とよく分からない所で恐縮していたが、俺が入るよう命令すると従ってくれた。
俺に対する敬意を持っているのは構わないけど、その使う場面が間違っているのではないかと考える。師匠の言葉に嫌な顔を浮かべて「えー」は無いだろう。
そんなことを考えているとサラが上がったらしく、次に俺が入る。
屋敷の一角に備え付けてある水道は特別製で、常にお湯が出るよう改造されている。この発明はエルファも嬉しかったらしく「たまには良いことしますね」と呟いてくれたのが印象に残っていた。
「サラ、先程の工程は覚えているか? 昼食を食べた後はサラが同じのを作るんだぞ」
「はい、バッチリです。師匠の作品を超えた逸品を作り上げてみせます!」
その意気込みは素晴らしいが、空回りしないようにな。何せ後始末は俺がしなくちゃなんないから。
エルファさんが昼食を用意している間に俺は午後の予定を確認する。
「エルファさん、ティータさんから頼まれごとか何か無かった?」
「そろそろポーションが切れそうですので納品してほしいとか」
パスタとスープを乗せた盆を運びながらそう受け答えするエルファさん。
「うん、分かった。サラの鍛冶が終わり次第ポーション作成に取り掛かるから準備をよろしく」
「畏まりました」
エルファさんはそう述べた後、定位置に座ってバイオリンを響かせ始めた。