ビッグダディ 後編
正月ということで少し捻ってみました。
お楽しみ頂けると幸いです。
「お父さん」「こんにちは」「こんな所で出会うなんて」「一体どうしたの?」
俺がとある部屋に入ると、そこで遊んでいる全く同じ顔をした4人が一斉に俺の方を向いてそう話しかけてくる。
レアとフィーナは双子を産み、さらに両方とも一卵性双生児という天文学的確率を当てた。
レアの娘がユリアとリリアでフィーナの娘がナユとユーナなのだが、レアとフィーナ以外その違いが分からない。
「いや、何でもない。邪魔して悪かったな」
俺はそう言って立ち去ろうとしたのだが、いつの間にか4人は俺の両足をがっちりと掴んでいる。
「……一体何の真似だ?」
俺がそう聞くと。
「ここで会ったが運の尽き」「離してほしければ私達とゲームをしよう」「勝ったら大人しく離す」「負けたら今日一日私達と遊んで」
「「「「その名も『私は誰でしょう?』ゲームの始まり始まりー」」」」
「……また始まったか」
この4人は容姿が似ていることを種にしてこのようによく人をからかう。
まあ、良いだろう。
こういう時ぐらい付き合ってやるか。
「1問目は練習」「出てくるのは2人」「けど、一方が嘘付きでもう一方が正直者」「質問は2回」
その言葉と同時に4人の中から2人が進み出る。
「私は①、ユリアよ」「じゃあ②の私はナユ」
「「さあ、私は誰?」」
「確かに練習問題だな」
俺はそう呟く。
質問1回で2人を当てろというのは不可能だが、2回に加え最初の命題に正直者と嘘付き者の2通りがあると最初に言ってくれている。
それならば……
「……俺の娘でなければ手を挙げろ」
その質問に手を挙げるのは②のナユ。
なるほど、つまり①はユリアで確定か。
「次の質問に、②はレアの娘か」
「うん、私のお母さんはそうだよ」
それで確定。
②はユーナだ。
どうしてこの回答に至ったのかは理由がある。
最初の質問でユーナは嘘付きであることが分かったのでこの時点でユリアとナユの線は消えた。
後はレアまたはフィーナのどちらでも良いからそれに関する質問を出してやれば後は自動的に答えが出た。
「この類の問題は当たり前のことを聞けばいいんだよな」
その他にも自分は女かどうか、この国に住んでいるのかどうかという質問をすれば正直者か嘘付き者か区別を付けることが出来た。
「よしよし、正解したね」「次が本番だよ」「これが第2問」「始まり始まりー」
そう言った4人はシャッフルを行い、あっという間にユリアとナユが誰なのか分からなくなってしまった。
「第2問」「今回は4人」「質問は1回だけ」「そして正直者も1人だけ」
「①の私はユリアよ」「そして②の私はユーナ」「じゃあ③の私はリリアだとすると」「④の私はナユね」
「「「「さあ、私は誰?」」」」
「おいおい、それは不可能だろう」
前回の2人の時でさえ特定するのに2回も質問したんだそうなのに今回は質問が1回だけならどう考えても不可能だろう。
「うーん、それならヒントをあげよう」「私達がなんて言ったのか」「もう一度よく思い出してね」「そこに解くカギがある」
「……」
俺は思考をフル回転させてその意味を考える。
「――ああ、分かった」
俺は手をポンと叩く。
「4人の中で1問目に出ていた者は前に出て今の番号そしてその時言った名前を繰り返せ」
その質問に対して出てきたのは3人。
「①のユリアは1問目の時①のユリアだったよ」「③のリリアは1問目の時②のナユだったよ」「④のナユは1問目の時①のユリアだった」
前に出ていないのは②のユーナ。
これで正直者と嘘付きが確定した
正直者は①――つまり①はユリアであり、嘘付き者の一人である②はナユであることが分かった。
そして残るは③のリリアと④のユーナであるのだが、2人とも嘘付きだということを鑑みれば自然と答えが出てくる。
「①がユリアで②がナユ、③がユーナで④がリリアだ」
2人とも嘘を吐いているのなら、それではない名前が本当の名前となる。だから俺はそう答えると。
「凄い凄い」「その通りだよ」「まさか1回のヒントで分かるとはね」「さすがお父さんだよ」
「そう称賛されると嬉しいな」
俺はくすぐったく感じたので頬を掻く。
「ちなみにベアトリクス様はヒント無しだったよ」「シクラリス様は降参した」「けど、ヴィヴィアン様は面白かったよね」「うん、頭から煙を出しそうな雰囲気だった」
「……容易に思い浮かんでしまうな」
4人がケラケラと笑っているのを見た俺はヴィヴィアンが目を血走らせながら考えている光景が目に浮かぶ。
「ヴィヴィアンは頭は良いのだが応用がきかず、一度袋小路に嵌るとしばらく抜け出せなくなるからな」
「ユリア、リリア。そろそろおやつの時間よ」
「あ、お母さんだ」「今日はケーキみたい」
レアの声にユリアとリリアが反応する。
「それじゃあまた」「今度は負けないよ」
2人はそう言い残し、レアのいる部屋へ走って行った。
「2人になっちゃったね」「つまんないね」
残されたナユとユーナが2人で相談する。
そこでタイミング良く。
「ナユ、ユーナ。そろそろお昼寝の時間よ」
「あれ、もうそんな時間?」「本当だ、そういえば少し眠いよ」
途端にウトウトしだすナユとユーナ。
「お父さん、ありがとう」「うん、負けちゃったけど楽しかったよ」
そして2人は行儀よく頭を下げてフィーナの元へ向かった。
「……さて、俺も行くとするか」
1人残された俺はそう自分に発破をかけると、スタスタと廊下を歩いていった。
俺がそのまま歩いていると、前の方からエレナ子爵とキリングが歩いてくるのを見かける。
別にそれだけなら大したことはないのだが、今回はエレナ子爵がキリングに何かを教えていた。
「――シャーリーがやんちゃで困っています」
「ハハハ、子供というのはこっちが抑えつけようとすると逆に反発するものだ。見ろ、私のサクヤを、見事に思慮深く育ってくれている」
普段はキリングがエレナ子爵に何か小言を言っているのがデフォルトなので、逆の光景を見るとまじまじと見入ってしまう。
「ユウキ王ですか、どうしましたか?」
だからキリングがそう語りかけるまで俺はずっと立ち止まったままだった。
「ああ、すまない。エレナ子爵がキリングに教えるという光景が少し珍しくてな」
「そんなに珍しいですか……」
エレナ子爵が意外だという表情を作るが、俺もキリングもそのフォローしなかった。
「落ち込む必要はありませんよエレナ様。むしろ部下の諫言に耳を貸す主として胸を張るべきです」
「その諫言を行っている張本人にそう言われても全然嬉しくないぞ!?」
「確かにその通りかもしれません」
エレナの突っ込みにキリングはサラリと笑顔で受け流した。
「まあ、2人の漫才はどうでも良いとして」
放っておくといつまでも続きそうだったので俺はそう締め括ろうとしたのだが。
「お待ち下さいユウキ王! 私は冗談でなく、真剣に――」
「確かに今、この場で行うものではありませんね」
エレナ子爵は何事か喚いていたが、隣のキリングがそう答えたことによって俺は頷く。
「さて、聞こえた内容によるとキリングは娘のシャーリーに手を焼いているようだな」
「ハハハ、さすがのキリングも子供だけは敵わないようだな」
その言葉にキリングは笑顔を引っ込めて溜め息を吐きながら。
「ええ、本当です。エレナ子爵の扱いはこんなに上手くいったんですけどね」
サラッと切り返した言葉によってエレナ子爵がダメージを受けてしまった。
「……まあ、キリングはそんなに気遣わなくても良いぞ。シャーリーは他の娘といる時は大人しくしているし」
「本当ですか!」
俺は咳払い1つして娘は大丈夫だと伝えるとキリングは食いついてくる。
「あ、ああ。何というかシャーリーはとてもあざといんだよな。狡猾というか計算高いというか損得勘定にもの凄く目聡い嫌な子供だった」
シャーリーの行動は必ず自分に得があることしかしない。その場面だけ見れば損をしているように見える行動も後々振り返ると必ず利がある。
「……何か自分を見ているようです」
俺のその言葉にキリングは何とも言えない微妙な表情を作り。
「そしてサクヤは皆に弄られるイジラレキャラだったな」
「う……」
続いた言葉でエレナ子爵も渋面を作った。
不味い。
何かとても微妙な空気が漂っている。
で、この悪くなった雰囲気を払拭させることに俺はこう言い放った。
「ちなみにサクヤを最も弄っているのはシャーリーだぞ」
「「……」」
その後、本気でキレたエレナ子爵は何故か俺も巻き込んだ大説教会を始めてしまった。
「……どうして俺まで」
エレナ子爵の説教によって精神がズタボロになった俺がトボトボ歩いていると、右にある扉が少し開いていたので、そこを覗くとヒュエテルさんとティータさんが談笑しているのが目に入った。
なので俺はそのまま立ち去ろうとしたのだが。
「あら、そこにいるのはボクじゃない?」
ティータさんが目ざとく俺の姿を見咎める。
「あらあら、本当ですね」
ヒュエテルさんも気付いたようだ。
「すぐにユウキ様の分もご用意いたしますので少々お待ち下さい」
と、俺が何も言わない内にそうテキパキと準備を始めた。
そういうわけで即席の席が用意されて俺が混じる。
「そう言えばティータさんはずっと俺のことをボク呼ばわりするんだな」
口に含んだクッキーを紅茶で流し込みながら俺はそう問うとティータさんは笑いながら。
「私の中ではいつまでもボクはボクだからね。そのイメージがずっと変わらないのよ」
「一応俺は王であり、さらに関係を持った仲なんだけどな」
「だからよ。私から見ればボクは一人だと何もできそうにないし、そっちの方でも何か頼りないのよね」
笑顔でそんなことを言い放ってきたので俺は固まってしまう。
ここでヒュエテルさんが会話に入ってきて。
「そうですよね。ユウキ様は奥手というか、こちらが誘惑しないと自分から求めてきませんから。女である私からするともう少しガッツリきても良いんじゃないと思うのです」
「ちょっとヒュエテルさん? 俺はそっち系の話題を好かないので止めようか」
俺はここでストップをかけ、そして別の方向へ持っていくために子供の話題を出した。
「そう言えばティータさん、サクラはどう?」
「そうねえ……サクラは薬草関係に興味を持ち始めているわ。昨日も王宮にある図書室から分厚い薬草全集を借りてきて読んでいたし」
どうやら上手いこと逸らすことが出来たようだ。そして俺はさらにそれを盤石とするため。
「へえ、そうなら将来は薬学博士かな?」
「アハハ、そうなってくれると親冥利に尽きるのだけど」
ティータさんは満更でもなさそうに笑って返してくれた。
「それにしても、私が子供を持つなんて思いませんでしたよ」
ヒュエテルさんがしみじみとそう呟いたので、話題の中心はヒュエテルさんへと移る。
「そう言えばリッカが子供の中で一番立派に育っていたわね」
「確かに、ヴィヴィアンとベアトリクスが陰でヒュエテルさんの教育法を盗もうと画策していたな」
ヒュエテルさんの娘であるリッカは最も理知的で決断力に溢れ、周りをぐいぐい引っ張っていくカリスマ性をすでに4歳の時点で身につけていた。
現時点俺が後継者を選ぶとすれば迷うことなくリッカを選ぶだろう。それぐらいリッカは子供達の中で飛びぬけている。
そしてリッカの親であるヒュエテルさんは笑いながら。
「いえいえ、私は浮浪児達の世話をしていましたので、それを応用させただけですよ」
と、簡単に言ってくれた。
遠慮しているのか謙遜しているのか分からなかったが、俺は先に進める。
「けど、不安なんだよなあ。妾の子が優秀だと統治に問題が出てきそうだ」
「いえいえ、その心配はありませんよ。リッカにはしっかりと立場を弁えさせていますので、国を乱して浮浪児達を増やすような愚挙は行わせません」
そう言えばヒュエテルさんはスラム街や浮浪児達が増えるのを嫌っていたな。
ヒュエテルさんは出会った当時から全然変わっていないようだから、これから先も心配要らないだろう。
俺は1つ懸案事項が取り除かれたので紅茶を美味しく飲むことが出来た。
「良いですかリィン、金鎚というのはこう扱います」
「……サラよ、4歳の子供に何を教えているんだ」
俺が呆れ返っているのは、自分の娘であるリィンに金鎚の使い方をサラが教えようとしていたからだ。
「何って鍛冶ですよ? そろそろリィンもナイフを作って良い年頃になりましたので」
「おい、どこの世界に4歳からナイフを作る子供がいるんだ?」
「はい、ここにいます」
どうやらサラは4歳の時点からすでに金槌を持ってナイフを作っていたらしい。
それを聞いた俺はますますサラの天才ぶりに戦慄する。
「今はもう朧気にしか覚えていませんが、私の初めて作ったナイフを見た時、それはもう感動しました。あの鉄の塊から目的を持たせた品を作ったのは自分なんだなと嬉しくなりましたね」
「そうか……」
瞳をキラキラさせながらそう語るサラは続けて。
「鍛冶って一瞬一瞬が大事なんですよ。少しでも気を抜くと出来が全然違い、そして苦労を乗り越えてできた一品を見ると、疲れなど一瞬で吹き飛びます」
どうやらサラの中にある何かのスイッチが入ってしまったらしい。俺とリィンがドン引きしている中延々と鍛冶についての素晴らしさを語っていた。
「……リィン、こんな母親でごめんなあ」
もはや俺達のことなど気にも留めずに話し続けるので、俺は横にいるリィンに話しかけると、リィンは首を振りながら。
「ううん、お母さん好き。鍛冶をしているお母さんって本当に格好良いもん」
どうやら鍛冶一辺倒のサラに対してリィンは好感を抱いているらしい。
良かった良かった。
実はこの中で一番育児放棄の危険性があったのがサラだったので、今のところその心配はないらしい。
リィンは続けて。
「それに本当に構ってほしかったらヒュエテルお姉さんに頼めばいいもん」
そう言えばサラの暴走を唯一止められるのがヒュエテルさんだったな。そこまで弁えているなら問題はないだろうと思っていたのだが。
「リィン……お前ってまだ4歳だよな。どうしてそんなに頭が回るんだ?」
これが10歳ぐらいの子供ならともかく、リィンはその半分もいっていない。
リィンがその境地に至るには聊か早過ぎるのではないかと思ったが。
「……?」
リィンは首を傾げているので素で考えているらしい。
「まあ、とにかく。2人が安泰なのなら良かった」
と、俺は無理矢理納得することにする。
「それじゃあ俺はもう行くので、サラが正気に戻ったらそう伝えておいてほしい」
未だに鍛冶について話し続ける横でリィンにそう言い含めると。
「うん、分かった。じゃあまたね」
リィンはニッコリと笑ってそう返してくれたのだが、その後に続いた言葉が。
「もっとお母さんと構ってあげてね。じゃないとお母さんの癖がもっと酷くなるよ」
「……ごめんなさい」
結構心にグサっときたので俺は素直に謝るしかなかった。
「さて、そろそろ戻るかな」
一通り皆の顔を見終えた俺は自室に戻ろうかと思う。
時間的にヴィヴィアンとベアトリクスが子供を引き取りに戻る頃だ。
その際に部屋へいないとどんな嫌味を言われるか分からない。
「あの2人から責められるのは勘弁願いたいところだ」
ベアトリクスは陰湿的、ヴィヴィアンは高圧的なので、その硬軟織り交ぜた責めは俺以外であっても神経がガリガリと削られる。
「本当に、ああいう時は息がぴったりなんだからな」
普段は喧嘩ばかりしているのに、目的が一緒だとまるで姉妹のようにコンビネーションが揃っている。
そして、こういう時に抑え役となるシクラリスは今はいない。
だから俺は急ぎ足で自室へと戻った。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。