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番外編 英雄の復活

えーと……hiroさんから頂いたアイディアが面白かったため、堪え切れずに話にしました。


すいません。正月にあげる話は全然進んでおりません。

もしかしたら間に合わないかもしれませんが、お許しください。

「ツァスターよ、そなたにだけは言っておきたいことがある」


 寝台に横たわった俺の祖父はそう口火を切る。


 祖父――アルトリウス=シャンクフルーツはジグサリアス、ノースタジアそしてフォルケニアの3大都市を結ぶ大鉄道の計画を立案・施行した者として大陸中から喝采を浴びていた。


 そして大鉄道の完成が現実味を増してくるにつれ祖父の名声は高まる一方だったのだが、それに比例するかの様に祖父は苦悩が深まっていき、ついには倒れてしまった。


 医者はすぐに治りますよと仰っていたが、それが優しい嘘なのは明らか。すでに祖父はお粥すら体が受け付けず、砂糖の入った重湯を飲んで生き永らえていた。


「わしは……とんでもない大罪人じゃ。地獄に何度落ちても購い切れない罪を犯した」


 いつも柔和な笑顔を浮かべているけど、時折見せる鋭く厳しい雰囲気を発散させて周りから畏怖される祖父。


 幼い頃に両親を亡くした俺を育ててくれ、今までの20年間変わらず俺の憧れだった祖父は見る影もなく、もうそこら辺にいる臨終間近の老人と同じだった。


「何言ってんだよ、じいちゃんが重罪人なら他の皆はどうなるんだよ。じいちゃんが30年という長い時間をかけて作った鉄道は歴史に残る程偉大なものだ」


 だからこそ俺は明るく振る舞って笑い飛ばす。こんな弱気な祖父など見たくもないし、聞きたくも無かったからだ。


 が、祖父は俺の言葉に首を振る。


「それなのじゃよ。あの鉄道こそがわしが地獄に堕ちるべき因なのじゃ」


「は? どういうことだ?」


 その言葉に祖父は息を吸い、ゆっくりと噛み締める様に話し始めた。


「あの大鉄道はな、わしが考えたものではない。遥かな昔――そう、500年前からあったものなのじゃ」


「え?」


 祖父の言葉に俺は何も言えなくなる。


 500年前と言えばあの魔物大侵攻が起こった頃であり、ラブレサック教の全信徒が3日3晩祈った結果、神が勇者を遣わし、数多の英雄と共に魔王率いる魔物を撃退したとして語り継がれている時代だ。


 勇者カルベルト、剣聖メイア、聖女フローラや大魔導師マージを筆頭に、数え上げればきりがない。歴史の中でもあれほど民衆からの人気のあり、学者が最も歴史的価値のあると断定する時代というのが周知の事実だった。


「わしらの祖先はな、レア=レグリアス=ツバイク様なのじゃ」


「レア?」


 俺が首を傾げると祖父は愉快そうに笑って。


「ハッハッハ、ツァスターの反応も分からんでもない。わしも父から聞かされた時は同じような動作をしたものじゃ。レアはキアの旧名じゃ。昔、ある者によって名前を変えさせられたゆえにな」


「どうしてそんなことを」


「それは過去のことじゃから。現在のわし達には想像することしかできん。そしてな、大鉄道の計画の草案を考えたのはそのある者なのじゃ」


「え!? それはまさか」


 俺が驚いたのは最近巷で民衆の口に上っている存在が出てきたからだ。


 ルール将軍やワークハード文官を加えた総勢25人の英雄がいたというのが常識だが、現在ラブレサック教の支配が弱まってきた影響があるのか、実は26人目の英雄が存在しているというのが噂になっている。


 祖父は得心したように頷き。


「そう、それはユウキ=ジグサリアス=カザクラ。英雄を生んだ英雄、人類の歴史を存続させた最大の功労者。彼がいなければ今のわし達はいなかったにも拘らず歴史上から抹殺された悲劇の人物じゃ」


「……下らない」


 あまりの事実に俺はそう毒を吐く。


「じいちゃんまであの狂人に誑かされたか」


「頼むからわしの親友であるジェイムズを悪く言わないでくれ」


 あの祖父がそう懇願するが、俺は素直に賛同できない。


 ジェイムズ=アルバート。尊敬できる祖父だが、たった一点許容しがたいのが祖父が親友と呼ぶジェイムズの存在だ。


 あいつはずっとユウキとかいう存在が実在していたと声高に宣伝していたため、教会から目を付けられて様々な迫害に会っていたが、それでも自説を曲げなかった。


「そして有罪判決を受けたあいつは精神が触れているとされて隔離され、そこで無意味に死んだどうしようもない奴だ」


 信念を貫き通すの立派だが、もう少し周りの人の迷惑を考えて欲しい。


 あいつが学校時代に祖父と親友だったというだけで祖父もあらぬ嫌疑をかけられ、役人の花形である財務関係から今の鉄道関係に左遷されてしまった。


 あいつを殺したいほど憎しみを抱いても仕方ないはずなのだが、祖父は怒りの欠片すら浮かべずに淡々と左遷を受け入れたと祖父の同僚から聞いている。


 まあ、祖父が鉄道関係の役場に回されたおかげで今の功績があるのだから何とも言えないな。


 祖父の懺悔は続く。


「わしは……間違っていた。あの時ジェイムズの差し出す手を取っていれば、裁判の際に親友を擁護すれば。しかし、わしは臆病風に吹かれて何もせんかった。ジェイムズが有罪判決を受けた瞬間の表情は今でも鮮明に覚えている。そして、それが今でもわしを苦しめる」


 祖父はここで一息吐き、部屋のクローゼットの裏側にある隠された小箱を持ってくるよう頼む。


 そして祖父の言葉通り裏に隠し扉があり、中から古びた小箱が出てきた。


「開けて中にある羊皮紙を読んでみるが良い」


 祖父の言葉に従ってそれを開ける。


 相当年月が経っているのだろう、中から黄色く変色した羊皮紙の束が現れた。


「これは」


 その中身に書かれたいた内容は祖父が計画した草案と酷似していた。


 さすがに500年前とは地形も技術も違うので細かな箇所は違っているが、根本となる骨子は同じ。


「こんなものが5世紀も前に……」


 500年前と言えば技術が全然発達しておらず、部品一つ作るにも形や重さがバラバラという時代だった。


 しかし、これは全く同じ形状をした部品の製造が当たり前という前提で書かれている。


 これを書いた者は今の時代を見通していたというのか。


 俺は震える手でこれを書いたものの名を確かめると、記されていた名前に俺は羊皮紙を取り落としてしまった。


「……ユウキ=ジグサリアス=カザクラ」


 あの架空とされた存在の名が筆記者として最後のページに書かれていた。


「そう、これはご先祖様が技術が一定の水準に達したらこの計画を施行するよう遺してくださったのじゃ」


 祖父の重々しい言葉に俺はただ呆然とする。


 そして、俺は次の瞬間に気付く。この羊皮紙の存在が抹消されていたユウキの存在を復活させる大きな手掛かりになるのではないか。


 しかし……


「こんなものを発表したら俺は勿論のこと友人やシェラにまで迷惑がかかる」


 教会の支配力は衰えたと言ってもまだまだ個人をもみ消せるだけの力を保っている。下手すれば俺はあのジェイムズと同じ運命を辿る可能性だってあるのだ。


 そんな俺の苦悩を察したのか祖父はやせ細る体に鞭を売って起き上がり、俺の両手を取った。


「無茶なことを言っておるのは重々承知しておる。たった一人の肉親であるお前の幸せを考えるのならこんなものなど発表せん方がええ。しかし、それでもこの事実を公表せんかったらわしは死に切れんのじゃ。今のままじゃとあの世で待っているジェイムズに会わす顔が無い。頼む、老いぼれの最後の頼みと思うてわしの願いを聞き入れてくれ」


 祖父が苦悩と悔恨に表情を歪ませながら涙目でそう語る様子を見ると俺は何も言えず、ただ黙って頷くことしか出来なかった。




 そして、祖父は大鉄道の完成を待たずに逝った。


 祖父の葬式は国を挙げて行われ、多くの人が涙を流し、数々の著名人が葬儀に参列するほど大きなものだった。


 こんなにもたくさんの人々から死を惜しまれるのは幸せなことだと神官がご高説を垂れるが俺は知っている。


 祖父の死に顔は決して安らかなものではなく、むしろ生きて来たことを後悔しているような苦渋に満ちた表情だった。


「じいちゃん、分かったよ」


 俺は死化粧を施された祖父の亡骸の前で一通りの弔文読み上げた後、静かにそう決意した。




 そして大鉄道開通の日。


 残されるのはテープカットだけとなり、そして俺はその前に祖父の肉親として集まった群衆にスピーチを行うことになっていた。


 俺の前に教会から派遣された神官が話している。


「ゆえに、この発展は神が思召したものであり、故アルトリウスは必ずや天国で幸せに暮らしているでしょう。思えば神はあの魔物大侵攻の際に人類が危機に瀕した時、敬虔な信者の祈りによって――」


 そこから先はいかに教会が素晴らしい存在なのかをアピールする場へと変わる。


 最近教会は影響力の低下に危機感を募らせているのか、あらゆる行事に出没してこのようなスピーチを行っている。


 何も知らない者はともかく、祖父から全てを聞いた俺にとっては滑稽以外の何物でもなかった。


 俺の番が回ってくる。


 小箱を抱えて壇上に立った俺に何千という視線が集まってくるのを感じて少し押されてしまう。


 俺は最初、台本通りの当たり障りのない言葉をつづる。


 そして、次に祖父の功績を述べる段に至った時、俺は友人や恋人の名を思い浮かべた。


 クラミツ、シェルクーフ、ロン、バラン、そしてシェラ、ごめんな。


 俺のせいで迷惑をかけるかもしれないけど、それでも祖父の遺言と死に顔を見ると声を上げずにはいられないんだよ。


「さて! 祖父の功績についてだが、重大な見落としがある! それはこの大鉄道計画が祖父の考えたものではないからだ!」


 突然俺の調子が変わったことに皆がポカンとする。


「この計画は約500年前にはすでに創案されていた! 祖父はそれに則って施行したにすぎない!」


「お、おい! あいつを止めさせろ」


 正気に返った神官が泡を食って俺を指差す。


 が、俺は止まらない。さらに声の調子を上げて。


「祖父は苦しんでいた! 親友であるジェイムズを裏切り、他人の名声を掻っ攫っていることにずっと苦悩を続けていた!」


 群衆がザワザワと蠢き始める。


 戸惑っている者が大半だが、中にはその通りだと頷いている者もいた。


「そして! これが証拠だ!」


 俺は小箱に入っていた羊皮紙の束を群衆に向かってぶちまける。


 黄色く変色した羊皮紙が乱れ飛び、広範囲にわたって広がった。


 と、ここで到着した警備兵によって俺は抑えつけられる。


 そして、口を塞がれる最後の瞬間にこう言い放った。


「その計画書に記された名はユウキ=ジグサリアス=カザクラ! 教会の陰謀によって消された最初にして最大の英雄だ!」


 警備兵に拘束され、猿轡を噛まされたが今の俺に全く後悔はなかった。


 神官が「それは悪書だ! 絶対に読むな!」と声高に触れまわっていたが、おそらく群衆は言うことなど聞かないだろう。


 祖父の時代ならともかく、今の時代に民衆の言動を完全に支配する力などもう教会には残っていないのだから。


「はてさて、どうなることやら」


 おそらくこの出来事を皮切りとして一気にユウキの名前が浮上するだろう。


 祖父からの話によると、現在各国で行われている政策の大半はユウキの草案が元になったものらしいから、第二、第三の俺が現れるかもしれない。


 もしかすると俺は1人の英雄を復活させたかもしれない。


 そして、そこから今認知されている歴史が大幅に変わる可能性もある。


 この後ユーカリア大陸全土に吹き荒れるであろう大嵐を想像した俺は何となく震えた。

すでにお気づきかもしれませんが、皆様から頂いた名前をいくつか拝借しました。

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