運命
最終話です。
ハッピーエンドとは程遠い内容ですが納得いただけると幸いです。
ある日
ジグサール城内は騒然となっていた。
「やれやれ、どうしてこんなに驚くのかな」
あのベアトリクスやエルファでさえも動揺している中、俺は手に持った紙をヒラヒラさせて呟くと。
「夫よ、いくら何でも落ち着き過ぎではないのか?」
「そうですよご主人様。あの魔王から手紙が届くなんて前代未聞ですよ」
ヴィヴィアンとシクラリスが呆れ調子で返してきた。
そう。
今、俺の手の中にある手紙が全ての元凶だった。
脈絡もなく突然魔物が現われ、迎撃に赴いたキッカにこの手紙を俺に渡すよう言伝たらしい。
その中身はこうだ。
明後日、この紙に指定された場所に最大3人まで連れて来るようにとのことだ。
「明らかにこれは罠です」
「でもレア、向こうが罠なんて仕掛ける必然性ってあるかしら? 何もしなくともこちらは負けると言うのに」
レアの言葉にフィーナが否定する。
確かにこのユーカリア大陸全体の状況は芳しくなく、じりじりと押され続けている。
その速度が常に一定なことから向こうは余裕を持って侵略していることは容易に想像できた。
「どっちみち……この提案は受けなくてはならない」
俺は玉座に体を預け、深く息を吐く。
「アイラ、そしてカルベルト。その2名は俺と共についてこい」
アイラは目を見開き、カルベルトは驚いたものの頷く。
「俺の代わりに指揮を取るのはシクラリス、お前だ。そしてベアトリクスとヴィヴィアンはその補佐を命じる」
本来なら名代は妻であるヴィヴィアンなのだが、彼女はベアトリクスと犬猿の仲なので間にシクラリスを入れる必要があった。
さすがに事態が事態なのか3名とも異は唱えず、了承した。
「そして、この封筒を置いておく。何か重大な異変を感じたら開けると良い」
さらに俺はシクラリスにある封筒を手渡す。
「悪いが俺は一人で考えたいことがある。だからしばらく一人にして欲しい」
玉座に座ったままそう命令を発すると、皆は何も言うことなく素直に従ってくれた。
全員が退出したのでこの広間には俺しかいない。
そこで俺はこれまでの軌跡を思い浮かべていた。
「振り返れば一瞬だったな」
突然わけも分からないまま少年の姿でこの世界に放り出され、がむしゃらに動いていたらいつの間にか王となっていた。
日本にいた頃のあのうだつの上がらない高校生をやっていた自分と比べると何て充実していたことか。
俺はこの世界には無い知識と技術を持っていたがゆえにここまで上り詰めた。
それはとても大きなアドバンテージだろう。
しかし、それは無償で与えられるわけではない。
得たものが大きい分、それに見合う代償を払わなくてはならない。
そして、その清算を行う時が今なのだ。
「……まあ、楽しかったから良いか」
今まで得たものを鑑みると、それぐらい安いものだなと考えた。
そこは長い間使われていなかった古城で、外装は勿論のこと内装の至るところまで朽ち果てている。
普段のカルベルトなら絶対に文句を言うのだが、さすがにこの場面でそんなことを言う胆力はないようだ。
俺は指定されていた部屋にあったテーブルに腰掛け、アイラとカルベルトは俺の後ろに控える。
「ユウキ様、必ずお守りいたします」
アイラが普段と違い、決意溢れる様子でそう語りかけてきたので俺はただ苦笑して済ませた。
……多分その約束は守れないと思うな。
そして数十分後。
背筋に怖気が入る程の悪寒と共にドアがガチャリと開いた。
そしてその者はコツコツとこちらに向かってくる。
「……1人か」
俺は入室してきた者に対してそう呟くと。
「1人で十分なのである」
と、自信満々に言い放ってきた。
「こいつが!」
「……魔王」
カルベルトとアイラがそう口々に囁く。
全身緑色の皮膚に顔を潰して固めたかのような醜悪な表情、背丈は2mもあり、幅も俺が3人でようやく囲めそうなほど大きい。
そして、そんな不快感を与える外見をしているにも拘らずあまり気にしないのは、それら嫌悪感を全て圧倒しているのが全身から発する並々ならぬ暗黒の気配だった。
「ふむ、貴様らが人間の王か。一応名乗ろう吾輩の名はジルベッサー=シュバルツ。崇高な種族であるオークの王である」
魔王は椅子に腰かけた後、そう流暢に話し始めた。
「遥かな昔――このユーカリア大陸の支配者は人間でなく、我々オークであった。オークの王は『冥』を使え魔物を操れるにも関わらず、『天』を扱う人間の出現によって敗北した我々は辺境の隅へと追いやられてしまった」
ほう、それは初耳だ。
俺の知っている知識だと、オークはいるにはいるが数も知能も低いので、辺境の隅っこで細々と生息しているものなのだが、この時代だとオークは人間並みの知性を持って魔物を操れるらしい。
まあ良い。
今はそんな考察よりも目の前のジルベッサーの話だ。
「そしてそのまま時が過ぎ、力も知恵も失った我々が辺境にずっと居続けることになりかけた時、神は吾輩に力を戻して下さった。そう、古代のオークの王が使えた『冥』という最大最強の力と魔物を操る術をな」
途端に魔王の全身から黒い瘴気が溢れ出して気温を下げる。そして、その瘴気に触れた物はまるで生命を吸い取られたかのように石化し、朽ち果てていった。
「『冥』というのは命を吸い取るのか」
『闇」という属性もあるが、あれは紛い物の命を吹き込んだり幻想を見せたりとどちらかというと『与える』種類の物であり『奪う』ことはしない。
だから本当にあれは『闇』とは別種のものなのだろう。
「オークが如何に崇高なのかは分かったが、一応こちらも自己紹介しても良いか?」
「滅びる人間の名など覚える必要はないのである」
そのぞんざいな台詞にカルベルトがいきり立つ。
「吾輩がお前を呼んだのはただ絶望を突き付けるためである。降伏は認めない、貴様等は一匹残らず死ぬことを伝えに来たのである」
どうやら自慢話をしたいがために俺達を呼び寄せたらしい。
やれやれ、本当にジルベッサーは良い意味でも悪い意味でも王様だな。
「無傷で帰れるとお思いですか?」
これまで何も話さなかったアイラがスッとボウガンをジルベッサーに向ける。
「わざわざ相手の親玉が現れるのに、こちらが何もしないとお考えでしたか?」
「ふん、人間風情が。やってみるが良い」
その言葉と共にアイラが矢を放つ。
それは一直線にジルベッサーの額へと向かっていったが、途中から矢の腐食が始まり、ついにはただの錆へと変わり果てた。
「『冥』の絶対防御か」
「その通りなのである。一部を除いてこの防御を打ち破れるものは存在しないのである」
鼻をフンと鳴らしてそう自慢するジルベッサー。
「なるほど、だから『冥』を打ち破れる『天』の使い手のキーツ王国を滅ぼしたのだな」
「ご名答である」
俺の答えに大仰に頷いてくる。
「しかし、滅ぼしたはずのキーツ王国の生き残りがいるという噂のため吾輩は大仰に力を使えず、魔物によって国を攻めるしか方法が無かったのである……が」
「生き残りは満足に『天』を扱えなかったと」
俺がそう言うと同時に耐え切れなくなったのかカルベルトが手をジルベッサーに向けるのだが、何も起こらない。目を血走らせて血管を浮き出るほど力を込めても、何も起きなかった。
「ほら、やはり使えないのである」
ジルベッサーは満足そうに鼻を鳴らした。
「ふむ、お前の言いたいことはそれだけか?」
「その通りである」
「お前以外に『冥』や魔物を従えさせるオークはいないのか?」
「そうである。この崇高な力は吾輩のみが扱えるのである」
ああ、そうか。
それは良かった。
これでしばらく時間を稼ぐことが出来るな。
「アイラ、カルベルト。倒すべき敵の存在を刻みつけたな」
その言葉に悔しさを滲ませながらも2人は頷く。
「何を無駄なことを、魔物大侵攻の第2波によって貴様ら人間はもう終わりである」
俺の言葉を悪あがきと受け取ったのであろう。
ジルベッサーは呆れ口調で言い放つ。
やれやれ。
どうして過ぎたる力を持った者はこうして傲慢になるのか。
まあ、そのおかげでこちらに勝機が出来るのだから構わないか。
「アイラ、カルベルト。お前らはイズルガルドに乗ってここから去れ。俺はもう少し魔王と話したいことがある」
「ですが――」
「いいから言う通りにしろ」
アイラが多少戸惑ったが、俺は強く言い放つと「承知しました」と頭を下げてカルベルト共にこの場を去っていった。
「ふむ、お前1人きりだがどうするつもりであるか」
完全に俺とジルベッサーだけになった場で、ジルベッサーが口を開く。
「なあに、こちらもちょいとご高説を垂れようと思ってね」
俺はしばし目を閉じ、呼吸を整えた後話し始める。
「魔王、俺は別世界から来た人間だと言えばお前は信じるか?」
「まあ、お前は人間にしては異質であるな」
「まあ良いだろう。で、俺はゲームによってこのユーカリア大陸の未来を知っている。それはこの時代より遥か未来の話。文明レベルは現在とそう変わらないが、そこは人間がこの大陸を謳歌し、オークは辺境に住んでいた」
「胸糞の悪い未来であるな、我々オークが陰で過ごしているなど」
「確かにお前からすれば不愉快な未来だろう。しかし、それが真実だ。俺達人間が今も未来もこの世界の支配者なのは純然たる事実だ」
「何を言っているのか。もしそれが未来なら吾輩が壊してやろう。この『冥』と魔物を操る力を以て正しい歴史へと導くの吾輩の役目だ」
「いいや、それは違う。お前は滅びるのだよ、今から3年後の未来にあのカルベルトによってお前は死ぬ」
「ハハハ、面白い冗談であるな。しかし、それは何を根拠に言ってあるのか。すでに人間は息も絶え絶えであり、次の大攻勢で滅びるであろう。そして頼みの綱である者はまだ『天』を扱えきれていない。この状況のどこを見ればそんな未来を言えるのであろう」
「簡単だ。今、お前がここで死ねばいい。いや、そこまではいかなくともしばらく動けなければ、魔物の統制は利かなくなり、こちらは大攻勢のための魔物を滅ぼして時間を得ることが出来る」
「それこそ妄言であるな。この『冥』を打ち破れるのは『天』だけである。それ以外の攻撃は効かぬのに、どうしてそんな――」
「いや、その絶対防御を破壊することが出来る」
この言葉に始めてジルベッサーが表情を崩す。
「言っただろう。『天』ならばその『冥』の防御を破れると。なら簡単だ、『天』を作れば良い」
「何を馬鹿なことを。そんな真似をできるわけがない」
「ハハハ。先程言っただろう、俺は別の世界から来たと。つまり今の水準では到底作り出せない技術も俺は知っている」
俺はそう言ってテーブルの上にある物を置く。
それは黒く光り、周りに何とも言えぬ威圧感を放っていた。
「これを作るための必要な原石はそのままだと何も起こらないが、ある加工を施すと周りのエネルギーを限界まで吸い取り始める効果を持つ」
その名も暗黒物質――ダークマター。
プレイヤー時代、あまりの強さによって運営側から使用禁止になってしまったものである。
ブラッディーXと同様作れるはずがないと思っていたのだが、現実には作れてしまった。
なお、この技術はサラにさえ教えていない。
何せこんなものがあれば世界が2、3度滅びてしまうからな。
この代物は俺だけが知り、俺と共に滅びるのが一番良いんだ。
「そしてな、これを破壊すると今まで貯め込んだエネルギーを周りに放出するんだ。そしてその威力は『天』と同様……ここまで言えば分かるだろう? 俺がこれから何をしようとしているのか」
俺は懐から金鎚を取り出してそのダークマターの上で振り上げる。
「お、お前は死ぬ気か? そんなことをすればお前も無事では済まないであるぞ」
さすがのジルベッサーも狼狽の色を浮かべる。
それを見ながら俺は笑って一言。
「人間の歴史が続くのなら俺の命ぐらい安いものだ」
そして。
俺は躊躇なく金鎚を振り下ろした。
次は今までに登場した人物の後日談です。
それで終わりです。
今まで本当にありがとうございました。