代償
俺は今、カルベルトともにイズルガルドに乗って空を飛んでいる。
「おい、カルベルト。落ち着けよ」
イズルガルドに乗っている間中カルベルトはずっとそわそわしていたので俺は堪らずそう声をかけた。
「う、うるさいな。空が怖いんだよ」
カルベルトはそう言い訳するが、実際は違う。
『カルベルトよ、想い慕う娘と会うゆえに逸る気持ちはわかるが、少々落ち着くとよい。そのままでは愛想を尽かされてしまうぞ』
「何? それはまず――って! 俺はそんなんじゃなねえよ!」
一瞬イズルガルドの念に頷きそうになったカルベルトだが、すぐに思い直して慌てて否定する。
本人は必死に違うと言っているがイズルガルドの前だと嘘をつけないぞ。
それに普段の言動からお前がマージに気があるのは周知の事実だからな。
ちなみにマージの名を出すとメイアは不機嫌になり、フローラは涙ぐむ。
やれやれ、カルベルトとマージの恋路は一筋縄でいかないな。
そして俺達は都市を去り、町を抜け、村を通り越して木が生い茂っている樹海――通称『迷いの森』の中心地点に着地した。
この樹海は一般の人が足を踏み入れられる場所でなく、ここに来ようとすれば俺のように空から来るか、または遭難覚悟で森を突っ切るかのどちらかである。
まあ、この迷いの森に足を踏み入れたら特殊な磁場と霧によって方向感覚が狂うので魔物と戦っているうちに疲れ果て、大抵は屍となってしまうが。
で、俺はこの森の主となった者を訪ねるために、唯一人工のものである一軒家のドアをノックした。
「おーい、ユキ。いるか?」
俺がそう呼び鈴を鳴らしてしばらくするとガチャリと閂を外す音が響き、ドアが開いた。
「こんにちは、ユウキさん。師匠はすでに起きて待っています」
彼女の名はマージ=インスペンデンス
俺が保護をし、その面倒をユキに任せた少女だった。
魔女っ娘帽子であるとんがり帽子を被り、顔には大きい眼鏡をかけているのだが、サイズが合わないのか少しずれている。
栗色の髪の毛を三つ編みにし、少しのそばかすがあるのだが、それを愛嬌と思えるほど顔立ちは整っていた。
「こ、こんにちは。マージさん。今日もいいお天気ですね」
ガチガチに緊張したカルベルトがよく聞き取れないほど早口でそう捲し立てるのだが、マージは嫌な顔一つせず会釈を返した。
うん、本当によくできた娘だな。
まあ、あのユキを師事しているのだからこれくらいのコミュニケーションなど当然か。
ユキは必要なことも言わないから結構苦労するんだよ。
「じゃあマージ。俺はユキの部屋に行くからカルベルトと時間を潰しておいてほしい」
「はい、わかりました」
「よ、よろしくお願いします」
俺はマージに言ったのに何故かカルベルトが俺に腰を曲げて礼する。
……何やってんだか。
普段のカルベルトなら絶対そんなことをしないぞ。
俺はカルベルトの豹変具合に呆れながら階段を上った。
この一軒家には3部屋あり、入ってすぐがキッチン兼リビング。そして右に行くとユキの部屋で左に行くとマージの部屋だった。
「ユキ? 入っていいか?」
コンコンコンとドアをノックすると奥から「……どうぞ」と返事が来たので俺は開ける。
どうでも良い豆知識だがドアのノック回数は2回だとトイレ、3回だと親しい友人、そして4回が上司の部屋に入室する際の確認である。
そこは殺風景な部屋で奥には外へ繋がる扉があり、他には本棚と机やベッド――そして車椅子が置かれていた。
そしてベッドにちょこんと腰かけているのは大陸最強と謳われるユキ=ルビーレッド=カザクラだった。
「……久しぶり」
「まだ1か月も経っていないぞ」
ユキのその言葉に俺は苦笑して訂正するのだがユキは「……そう」で終わらせてしまう。
本当に変わらない。
ユキは会った時とそのままであり、まるで時が止まっているような印象だ。
「……外に出たい」
俺はユキの要望を叶えるためにユキの首と両膝に手を入れて持ち上げ、ゆっくりと車椅子へと下ろす。
「……ありがとう」
そして車椅子を押して外へ出るとユキはそっけなく、いつも通りに答えた。
ユキはあのキーツ王国救援の際、魔物による大けがを負って半身不随の身となった。
しかし、それでもユキは絶望することなくいつも通りに淡々としていたので、どちらかというと俺がユキに慰められていたのを覚えている。
あの時は辛かったな。
自分のせいでユキが半身不随になってしまった責に加え、そうまでして救い出したカルベルトの「自分の苦しみなんてお前には分からんだろ」というような態度に、俺は何度殺したく思ったか。
キッカやアイラ、そしてクロスが止めてくれなければ俺は奴をどうしていたか分からんな。
まあ、ユキは本当に大した人間だと思う。
あんな状態でもちゃんと子を産んだのだから。
そして、出産後のユキは魔導騎士団をミアに任し、俺が見つけたマージの指南を引き受けて現在に至る。
「「……」」
お互い何も話さない。
ユキも俺も口数は多い方じゃないから当然といえば当然か。
そうしてしばらく佇んでいると隣の来客室からマージの笑い声が響いてきた。
あの様子からまたカルベルトが何か失態をしたんだろう。
やれやれ、本当に初心な奴だな。
「……マージは天才」
俺がカルベルトに対して呆れ返っているとユキが口を開く。
「……魔法を教えてもう2年。マージは7大属性の全てをマスターした」
まあ、そうだろうな。
何せマージの名は俺の知っている中では歴史上最大の魔導師なのだから。
「ユキもそろそろ抜かれそうか?」
俺が少し茶目っ気を込めて聞くとユキは心なしか声音を固くして。
「……まだ負けない」
と、小さく答える。
その様子に俺は、ユキは本当に変わっていないと唇に笑みを浮かべた。
そのまま時が過ぎて真上にあった太陽が真っ赤に光る頃まで進んだとき、俺は口を開く。
「ユキ……ごめんな」
出てくるのは懺悔の言葉。
「俺があんな命令をしなければお前は――」
「ユウキが気にする必要はない」
普段よりハッキリとユキは否定する。
「怪我をしたのを私のミス。だからユウキが気に病まなくて良い」
視線を彼方に向けたまま、淡々とした調子でそう言うユキを見ていると俺は自分が情けなく感じる。
罵ってほしい。
罵倒してほしい。
自分をこんな目に合わせた俺を弾劾してほしい。
が、ユキはそうしない。
それどころかキッカもアイラも、クロスでさえも俺を責めようとはしない。
それが俺にとって最も辛い事なのだが、それがあるがゆえに俺は全てを敵に回そうとも歩み続けることができるのだから皮肉な事だ。
「……ユウキ。ユウキは自分の信じた道を貫いてほしい」
ユキは車椅子から俺を見上げてそう言う。
「……それが私にとって何よりの償いになる」
それは浮浪児時代に俺からパンを見ていた時と全く変わらない瞳。
本当にユキは純粋だなと思う。
あれから8年で身の回りの状況は大きく変わったにもかかわらずユキのそれはあの時のまま。
だから俺は真顔になってユキの瞳に焦点を合わせ。
「ああ、必ず」
しっかりとした声で俺はユキに誓った。
これで勇者の仲間が全員揃いました。
次が最後です。
納得いただけるような終わり方にしたいです。