悲壮な決意
ラブレサック教国は名目上の盟主であるため、重要な会議はこの国で行われる。
と、言っても軍事、食糧そして人口のすべてを握っているのはジグサリアス王国だから会議というよりは俺に対するお伺いを立てる場になっていた。
そしてその会議の結果、ギルトリア共和国とダグラス商国に食料の援助と軍隊の派遣を優先的に割り振ることが決められた。
会議が終わり、今俺は聖女のみが立ち入れる間にカルベルトと2人で聖女と聖女候補を待っていた。
「あいつは苦手なんだよなあ……」
隣に座っているカルベルトがポツリと呟く。
「運命やら神様やらを唱え、挙句の果てには俺を運命の人とかほざくのと会いたくない」
「おい、万が一信者に聞かれるとお前は大変なことになるぞ」
「そうは言ってもなあ、フローラと会うのは少しな」
そう言ってカルベルトは深いため息を吐いた。
フローラというのはこれから来る聖女候補であり、過去に俺が神殿の下働きをしていたフローラを無理矢理聖女候補へねじ込んだ覚えがある。
あまりの横暴さに残党の枢密派はもちろんのこと聖女派も反対したが、フローラの日頃の行いを見ていくうちにそういった批判は立ち消えていく。
フローラの立ち振る舞いや信者に対する接し方、教典の博識さに皆は瞠目し、今では聖女の最有力候補として名を連ねていた。
まあ、歴史を知っている俺からすればそれら一連の出来事は喜劇にしか見えなかったわけだが。
ガチャリとドアが開き、そこから2人の見た目麗しい女性が静々と入室してくる。
「勇者様……」
ボウッと熱に浮かされた顔でカルベルトに熱視線を送るのは話題のフローラ=リバング=アースニア。
背丈は一般女子と同じぐらいであり、櫛の必要が無いほどストレートな金色の髪を腰まで伸ばしている。体の起伏はあまりないものの、それが下手な欲情を掻き立てられないので、それがいいかもしれない。
純朴そうな雰囲気を放ち、一目見てその愚直さを感じ取れるほどの純粋さが万人の心に何かを訴えかけ、フローラのことを記憶に刻みつけられてしまうだろう。
それがフローラ=リバング=アースアニア
次代の聖女の最有力候補だった。
そしてフローラとともに入ってきたのは現在の聖女。
背が高く、年季がいっているように見え、フローラまでとはいかないまでも輝くような金髪に、人形のような整った麗しい顔の造形が印象的だった。
常に信者からの畏敬と崇拝を受けてきた彼女は全身から神々しさが溢れているのだが、フローラと並べると幾分か見劣りしてしまう。
おそらくこれが天然と人工の違いなのだろうと考えた。
「お待たせしたことをお許しください盟主様」
聖女はそう言って恭しく頭を下げる。
これが公式の場なら逆なのだが、実力的には俺が上になるためこうなる。
「いや、気にしなくて良い。それよりも早く本題に入ろう。フローラ、向こうでカルベルトの相手をしてやってくれ」
俺がそう言うと聖女の横にいたフローラは立ち上がってカルベルトの手を取り、別室へと誘導する。
「勇者様、どうぞこちらです」
「わかっているから触れるな。場所ぐらいわかる」
聖女候補の好意を無碍にする勇者。
何も知らない者がこの光景を見ると非常識に見えるが、俺と聖女は何も言わない。
このフローラ。
純粋というかなんというか非常に思い込みが激しい。
貴族の地位を捨てて神殿で下働きをしていたのも、そうするよう夢からお告げがあったからと言い、俺が聖女候補へ引き上げたのも動揺もせず真顔で運命だと言う。そして挙句の果てにはまだ何の関係もないカルベルトを一方的に盲信する始末。
正直な話、フローラを一人にさせたらどんなことをしでかすか危なっかしくて見てられない。
しかし、そのひたむきさから多数の信者の信頼を得ているのも事実なので、それを欠点と言えないのが悩みどころだ。
とにかく、嬉しそうにしているフローラが迷惑そうな顔つきのカルベルトを連れて別室へと移動するのを俺は最後まで見送っていた。
「フローラは相変わらずだな」
2人が消えてしばらくお互い沈黙していたが、俺はそう口火を切って話を始める。
「あの時から一向に変わっていない。それが吉か凶かは俺が知る由もないが」
「人間としては凶ですが教団としては吉です」
聖女の答えに俺は皮肉気に口を歪める。
確かに1人の人間としてみたらフローラは失格だが、集団のリーダーとしてみると彼女ほど有能な者はいない。
リーダーにとって必要なのは何かを信じさせてくれる力。
それを十分すぎるほど持っているフローラはまさしく理想のリーダーの一人と言えた。
そこで俺は話題を変え、先ほどの会議について話し合う。
「先ほど現在進行形で領土を削り取られている2か国に援助を決定した。だから後少しは踏ん張れるだろう」
「はい、確かに盟主の予想通りにあと一年は持つでしょう……しかし」
聖女はその先の言葉を言い難そうにしているが、俺は何を言いたいのか予想がついていた。
「このまま小手先の戦いを続けていいのか。そんな疑問が各王に溜まってきているようだな」
俺の言葉に聖女は頷く。
確かにこの3年間、俺が取った戦法はひたすら耐えることであり、領土を取り返すための大規模な討伐に出たことは一度もない。
「『このままではじり貧だ、この厭世気分を吹き飛ばすためこの辺りで攻勢を仕掛けてみる』という多くの意見が私の元へ寄せられています。それに対して盟主はどのようにお考えですか?」
聖女の提案に俺は腹の底で笑う。
確かに今の時期なら奪われた国の一つや二つは取り返せるだろうがそれだけだ、全てを奪い返すには不可能。
しかもその領土は魔物によって蹂躙されつくしているため俺達人間が利用できる建物など皆無であり、畑も同じなので必要なものは全て持ってこなければならない。
統率された魔物が輸送隊を狙って弱体化され、そして一気に叩かれればこちらは全滅するだろう。
「こちらが勝つには魔王の抹殺が絶対条件。魔王さえ倒せば魔物どもは統制を失い、こちらが容易に勝利するのだが、現在はその魔王の位置すら掴めていないんだぞ」
国の一つや二つ奪い返したところで何の意味もない。
そんな戦力の小出しをするよりか、乾坤一擲の大勝負にかけた方が良いだろう。
「とにかく、そんなことを言ってくる王は無視しろ。まだ勇者が育っていない以上戦うのは無意味だ」
俺はそう締めくくって背もたれに体を預ける。
が、聖女はまだ何かを言いたいようだ。
「なら、せめて勇者の存在を公表して下さい。キーツの王族のみが使える『天』を見せつければ各王も納得するでしょう」
「そんなことをすればすぐにでも魔物の大群が押し寄せて来るぞ。しかもそれに勝ったとしても向こうは無限に近い物量を持っているんだ。第2陣、第3陣と続き、いつかは敗北するだろう。『天』の使い手を滅ぼした――向こうがそう錯覚しているからこそ俺達はまだ生きていることを忘れるな」
絶対的優位に立っている者の傲慢なのか、魔王はキーツ王国を滅ぼした後はじっくりと、まるでこちらをいたぶるかのように侵略してきている。
生かされているというのは癪だが今はそれに甘んじなければならない。
俺もこの状況に苛立ちを感じているが、だからと言って暴発すればそれこそ終わる。
ここは耐える時なのだ。
「盟主が魔王ではないかという声にはどう答えますか?」
「違うと答える。そう非難されたからと言って魔王の領土に攻め込むことはない」
「愛しい人を亡くした者に対してはどう声をかけますか?」
「話は聞こう、怒りや嘆きを俺にぶつけても構わない。しかし、俺は考えを改めようとはしない」
「例え盟主の目論見通り魔王を倒したとしても、盟主が尊重されることはなく、むしろ臆病者として記憶されますよ」
「人間の歴史が続くのならそれでいい」
全てはそこに集約されている。
そのためならば俺はどのような誹りも甘んじて受けよう。
「……そうですか」
俺の意図が伝わったのか聖女は「ふう」と息を吐く。
「そこまで決意が固いのであれば私からは何も言いません。しかし、そのために盟主はこれからも誰にも理解できない茨の道を歩み続けますがよろしいですか?」
俺は迷わず首肯する。
俺が悪人として名を刻んでも構わない。
俺を悪人として認識できる後世があるのならば俺は喜んで悪の汚名を着よう。
聖女の言葉を最後に俺も聖女も何も言うこともなく、ただ、時が過ぎるのに身を任せていた。