受け継いだバトン
「王都、カリギュラスを制圧しました……しかし」
「わかっているアイラ。城は崩れ、街並みも大火事によって見るも無残な姿になったと」
「はい、せめて命令を下したフォルターは捕まえたかったのですが、ワークハードと名乗る者によって妨害されました。現在彼は拘束中です」
「火を止められなかったのか?」
「言い訳になりますがここ数日晴れが続き、乾燥している条件に加え強風が吹いていました。そのため出火場所のいくつかを取り押さえられてもどこか1か所だけでも火が付けばもう終わりでした」
「そうか、それなら仕方ないな」
どっちみちカリギュラスの滅亡は避けられなかったのだろう。そうならばアイラを責めても意味が無い。
カリギュラスの近くにある平原に降り立った俺はアイラからそんな報告を受け取る。
ここにいるのはサラと俺とアイラの3人。
ベアトリクスはイズルガルドに乗ってすでに北へと向かっていた。
本当ならもう少しここで滞在してもよかったのだが、イズルガルドがベアトリクスと少し話をさせてほしいということで彼女だけ乗せて飛び立っていった。
「あいつは泣いていたらしいな」
イズルガルド曰く、ベアトリクスは表面上は何でもない風に振舞っていたが、心の中では泣いていたらしい。
ああいうタイプは決して落ち込んでいる姿を他人には見せないのであの不自然なテンションの高さはおそらくそれを隠すための演技だということになる。
ああいう時ならイズルガルドと話し合った方がいいと俺は思う。
何千年も生きている老竜イズルガルドは俺達人とは比べ物にならないぐらい経験が深いので、きっとベアトリクスを慰めてあげることが出来るだろう。
「アイラ……故郷がなくなったな」
「今の私には関係がありません」
アイラは努めてそっけなくそう返すのだが、普段と比べて僅かに震えていた。
無理もない。
アイラを始めとした浮浪児組はあそこで生まれ、育ってきたのだ。
何かしら思うところがあるのかもしれない。
「何もかも無くなったな」
俺の眼前には血と瓦礫に埋め尽くされた都市がある。
王城が崩れ落ちる瞬間まであの都市はシマール国の兵とジグサリアス王国の兵、そして関係のない市民を巻き込んだ戦いが行われていた。
報告によるとそれは凄惨を極めたらしい。
フォルター王による勅命で都市の住民は事前に逃げ出すことすらできず、何も知らされないまま街中に火を付けたらしい。
炎が街を覆う中、混乱の極致にあった都市での戦闘。
逃げる者、略奪を行う者、戦う者。
そんな三者三様がカリギュラス中で横行していた。
――人間だけだ。人間だけがあそこにいる。カラスもネズミもゴキブリさえもいない中、人間だけがあの灼熱地獄の中で殺し合っていた。
誰の言葉だったか忘れたがそんな一句が脳裏に再生する。
5年前、俺がここに来た際の活気ある街並みはすでに見る影もない。
どちらかというとプレイヤー時代に出てくる廃墟カリギュラスに似ている。
これで魔物も出てくれば完成だな。
魔物が跋扈し、戦死した亡霊が渦巻く都市――カリギュラス。
皮肉にもその原因を作ったのが未来を知っているこの俺ということだから滑稽だ。
100万人を擁した都市は火で包まれ、生き残った民はその1割もない。
お互いの兵を合わせて約100万人分の怨念があそこに渦巻いていることとなる。
「あの王城には宝が眠っているかもしれませんね」
「じゃあ取りに行ってみるか?」
あの火事によって運び出せた街の財宝も少なく、王城の宝に至ってはほとんど手を付けられていない。運が良ければ一攫千金の宝に出会えるかもしれない、が。
「御冗談を。あんな場所へのこのこと出向けばゾンビに食い殺されるのがオチです」
アイラの答えの通り、あそこは殺された者の怨念が溜まっているので、もうしばらくすれば死体が動き始めて宝を探すどころか歩くことさえ困難になるだろう。
まあ、今から処置すればそんなことになどならないが俺はあえて放置する。
あそこは俺が知っている知識によると最難関に近い魔物の巣窟となっている。
そうなら俺は何もしない方がいいだろう。
「まあ、処置するにしてもたった4ヶ月ではあれを鎮めることなど不可能だしな」
あと4ヶ月後に魔物大侵攻が起こるので、今はそこに手を加えることはできない。
幸いにも亡霊はあの場に留まり続けるので、こちらに影響することはないだろう。
ならばカリギュラスは冒険者のために置いておこうか。
「しかし、アイラなら大丈夫だろう」
だから俺は茶目っ気たっぷりにそう返すとアイラは首をすくめて。
「人はともかく魔物はまた別の感覚を持っていますからね。それに数が多すぎます、あのゾンビによる包囲網を掻い潜れる自信がありません」
「それは残念。ならキッカはどうかな? あいつなら喜んで向かおうと思うが」
「キッカは肝試しすら全力で否定するほど怖いものが大の苦手ですから絶対行こうとしないでしょう。ユウキ様が光属性の装備を作って出向けばどうです?」
アイラがそう振ってきたので俺は手を振りながら苦笑する。
確かに光属性はゾンビに有効だが、カリギュラスのようにあそこまで死体と亡霊が溢れる場所だと光属性の効果が半減してしまう。
王城の中には目もくらむような宝が眠っているかもしれないが、そこまでたどり着くまでにどれだけの怨霊やゾンビを相手にしなければならないのか見当もつかない。
一体一体はともかく数がな。
100万人を相手にするのはさすがに……な。
それに兵士の死体は一般人の死体と違ってまた一段と強いし。
確かに廃墟カリギュラスは上級者向けだよ。
「ねえ、お父さんとお母さんは無事かな」
サラがアイラに向かって発した言葉に俺は顔が硬直してしまう。
「あんな大火事があって心配だから会いたいのだけど、会えるかな?」
その無邪気な問いにさすがのアイラでさえもどう答えていいのか分からないようだ。
どう伝えるべきか迷っているように見える。
「サラ様、実は――」
「サラの両親は行方不明だ」
だから俺はアイラの声を遮ってそう述べる。
「『林』の部隊がサラの両親を保護しようと両親がいる店へ向かったのだが、すでに両親はいなかった」
その非情とも言える答えにサラがみるみる血の気を失っていく。
「え……つまり」
「まだ決まったわけではない。今避難させている民の中にサラの両親がいるかもしれない」
「うん、そっか。そうだよね。お父さんとお母さんが死ぬわけないもんね」
サラは自分に言い聞かせるように「大丈夫」を繰り返す。
それはまるで自分に暗示をかけているように見えてしまう。
「ユウキ様……」
アイラが何とも言えない視線を向けているにはわけがあった。
――言えるわけがない。
サラの両親は俺が反逆罪を掛けられた際にはすでに捕えられていたことを。
シマール国はサラに叛意を促す内容をしきりに宣伝していたが、その情報がサラの耳に入る前に俺とアイラで全て握り潰していたのでサラは両親が捕らえられたことすらも知らなかった。
――言えるわけがない。
貴族連合を撃退した際、サラの両親は見せしめとして公開処刑されていたことを。
多くの仲間を失った彼らは敗戦の鬱憤を晴らすために俺と関係のあった人を問答無用に捕えて拷問にかけた。そしてその最たる者がサラの両親として面前で両親ともども車裂きの刑に処したことだった。
――言えるわけがない!
2人は泣き言恨み言を漏らさず! 最後まで俺の正義を訴えていたことを!
アイラはサラの両親を事前に救い出そうとしたが、2人から頑強に拒まれたらしい。
曰く、「この老いぼれの2人の生などどうでもいい。それよりも私達の死に様によってユウキ殿の正しさを証明し、国の腐敗を糾弾する」と。
もちろんアイラは問答無用で2人を連れ出そうとしたが、大声をあげられてしまったのでやむなく撤退したそうだ。
「ジドさん、俺はあなたにどう報いればいい?」
思い起こすのは3年前。
ジドさんとサラについて怒鳴りあったことがまざまざと思い浮かぶ。
もっと教えてほしかった。
たった一人で家を支え、家族を守ってきたジドさんに聞きたかった。
俺は今、ジドさんと同じ国を支え、国民を守る義務がある。
規模こそ違えど、一国一城の主であったジドさんはどうしてあんなに強かったのか教えてほしかった。
「……まあ、後悔しても仕方ないよな」
俺はそう割り切った後、サラを見る。
サラはまだブツブツと自己暗示をかけているようだ。
「偽善かもしれないがお前は必ず守るから」
俺がそう声をかけても返事すらしない世界にサラは没頭していた。
その儚く、壊れそうな様子から俺はますますジドさんのことを思い浮かべる。
ジドさんは俺にサラを託してくれた。
なら、俺はそれに応えることがジドさんへの手向けとなるだろう。
「……アイラ、しばらく2人にしてほしい」
アイラは少し眉を上げたものの、軽くうなずいて姿を消す。
俺はサラが自己暗示から復活するまでずっと傍にいた。
己の文章表現のなさをここまで恨めしいと痛感したことはありませんでした。