リーザリオ帝国討伐
ヴィヴィアンが主役です。
「お初にお目にかかります。私の名はオーラ=アメジストパープル=ユクエリス、諜報部隊『林』の副主任です。これから先ヴィヴィアン様のお目付け役としてご同行させて頂きます」
丁寧な口調で淀みなくそう述べるのは私率いるリーザリオ帝国の軍を戦いもせずに敗北させたあの焦土作戦の実行役の副リーダーだった。
しかし、よくもまあその1ケタの女児にしか見えない容姿を維持できるものだわ。何か秘術でも使ったのかしら。
私――ヴィヴィアン=リーザリオ=カザクラはユウキ王の国を攻めて敗北し、彼の妃へなる代わりに母国を滅ぼすという契約を結んでいる。
そのための兵として同時期に滅ぼしたバルティア皇国の兵士と敗残兵、そして『林』の部隊を借りているのだが。
「そうそう。最初に言い含めておくけど、私達はヴィヴィアン様の命令に従う必要はないから」
このオーラの言うとおり『林』は実質別部隊で、私を監視するためにあるものだ。
ただ、私はこの措置をやりすぎだと考えている。
なぜなら。
「そんなに心配しなくていいわよ。今更反旗を翻したところで将来負けるのは確定なのだから」
ジグサリアス王国は仇敵だったシマール国を滅ぼし、バルティア皇国を降伏させた実力を持っている。
それにシマール国が誇る王国騎士団に圧勝した事例も鑑みると、裏切っても近いうちに攻め滅ぼされることは明白。それなら妃として収まった方がまだ未来があるのよ。
そう答えるとオーラは得心したのか一つ頷き「そう」と返した。
「さて、ここからリーザリオ帝国までのルートを確認するわね」
こちらの兵力は30万で、向こうは40万。
数も向こうが勝っているし、こちらの兵の半分は借り物の兵のため、窮地に踏ん張ることができないので旗色が悪くなればすぐに逃げ出すので、質も劣る。
「本当に、よくこんな状態で攻め滅ぼせなんて命令を出したわね」
「これぐらいしなければ国民は納得しないのよ」
私の漏れてきた愚痴にオーラはそう返す。
「ここからリーザリオ帝国の帝都まで進もうと思えば最低でも城2つを通らなければならないわね」
一番近いのは三方が山に囲まれたベートリア城で壁が相当高く作られている。
このベートリア城はシマール国から侵略を防ぐための城だから防御力もリーザリオ帝国随一ね。
「さて、どうする?」
オーラの問いかけに私は少々考え、そして一つの案を出した。
「そうね、『林』は相手の陣地にまで手が伸びている?」
「詳しくはお答えできませんが、中級指揮官までに伝わる指示ならある程度こちらに入ってくるわね」
ジグサリアス王国の諜報部隊の優秀さに舌を巻くのだけど、それは表に出さない。
……全く、本当に恐ろしいわね。
「それなら彼らにこう噂を流して頂戴。『リーザリオ帝国のヴィヴィアンはジグサリアス王国から逃れてきた』と」
「ふうん、それで?」
「私は信頼できる手練れに酒と食糧を持たせて中に入るわ。そしてそれを飲み食いし、全員が油断したところで頃合いを見て火をつけ、城門を開くからその時に全軍を突撃させて」
「なるほどね、その手でいきますか」
オーラは納得するかのように顎に手を添えて内容を吟味する。
おそらく向こうは私が本当に寝返ったと信じていないから私が帰還したとして快く門を開くだろう。そして、私が持ち込んだ酒と食糧で宴会を開くだろう。
ベートリア城の兵士には悪いけどここで死んでもらうわ。
何を言っても言い訳にしかならないけど、私が妃になった暁には必ずリーザリオ帝国の民を救ってあげるから。
私は小さく黙祷した後、オーラに至急上記の伝言をベートリア城の陣中に広めるよう命令したわ。
作戦は終始上手くいったわ。
私が精鋭を連れてベートリア城の前に立ったところ、すぐに門を開いて私を迎え入れてくれた。
そして、その城の指揮官に持ち込んだ酒と食糧で慰労を行うよう頼んだ。
城門の向こうにまだ兵がいたので指揮官は難色を示したけど、そこは私が押し切った。
私はまだ王女の身分だったから向こうは逆らえないからね。
そして皆が酒を飲んで油断している時に、私の手練れが城門を開いて外の軍を中へ招き入れたわ。
その途中、事態を知った指揮官に殺されそうになったけど、『林』の主任であるアイラが表れて私を守ってくれたことを追記しておくわ。
「お見事です、ヴィヴィアン様」
隣のオーラが私を称賛するけど、自国の兵士を殺したという事実はやはり晴れないわね。
一応今は敵になっているのだけど、1か月前までは味方だったのだからそれも当たり前か。
私は勝利に沸き返る軍をしり目に息も絶え絶えになっているベートリア城の守兵の手を取る。
「最後に何か言いたいことはあるかしら」
するとその守兵は瞳に憎しみをみなぎらせ「……裏切り者」と残して逝ったわ。
「……次はアシアン城ね」
悲しんでいる暇はない。
泣いている暇があるのなら私は少しでも先に進み、この不毛な戦いに終止符を打たなければならないのよ。
アシアン城は平原にある城であまり城自体の防御力はないが、代わりとして詰めてある人数が最も多い。
まあ、そこは帝都に次ぐ規模の都市にある城だからそうなっても仕方のないだのだけど。
「どうしますかヴィヴィアン様。おそらく向こうは野戦を仕掛けてくるかと思われますが」
オーラの言うとおり、数も質も向こうが勝っているのだから、障害のない野戦を行ったほうが効率がいい。
「そうね、食糧と金はどれくらい使ってもいいのかしら」
「ふむ、相当な猶予はありますがどうなされるおつもりで」
「簡単よ。向こうは数が多いといってもそれは食い詰めた連中が大半で、愛国心なんて高尚なものは持ち合わせていないわ。食べさせてくれるのだったら彼らは喜んでこちらにつくわよ」
悲しい事実なのだけど、リーザリオ帝国において忠義の心を持っている兵士はごく僅かしかいないわ。兵士のほとんどが農民の次男坊三男坊で、食い詰めたから仕方なく兵士になった者が多いのよ。
「できるだけ一般兵士も気付くぐらいに派手に送って頂戴」
「わかりました。しかし、この策を確実なものにするために少々仕込みを行います」
「どのような内容?」
「『ジグサリアス王国へつけばもう飢えなくて済む』や『上官が送られてきた食糧を独り占めにしている』という情報を流すことです」
「それはそれは……」
私が言うのもなんだけど結構あくどいわね、それは。
もし上手くいけば向こうは戦うどころか組織を維持することすら困難になるわね。
けど……
「もう一つ付け加えてよろしいかしら」
そこまで能力が高いのならこの策も出来るでしょうね。
「今、あの城の指揮官はルール=ウェスタン=イザラニアというリーザリオ帝国きっての猛将よ。あのやかましい将軍がいる限り兵の動揺は少ないでしょうね」
30代にも関わらず髭面で大柄な体躯の持ち主で、その野太い声で吠えるとリーザリオ帝国全土に響き渡ると噂されるほど声が大きいのよ。だから彼が一喝すると大抵の兵士は大人しくなるわ。
兵からも慕われ、帝国からも信頼されている希少な人材なのだけどやはり彼にも弱点があるのよね。
「ここに彼の母が書いた手紙があるわ。誰かこの手紙に書いてある筆跡を真似て将軍に送り付けて頂戴。『立派になったお前の顔を見せてほしい』という内容がいいかしら」
彼は親孝行な人物なのだから母の願いには逆らえないの。
「わかりました。そして、ルール将軍の母君がいる村にアイラ主任を送り込んでおきましょう」
「アイラを送っていいの? 彼女って確かあなたの上官でしょ? わざわざ上が行くのかしら」
「普通ならおかしいのですが、アイラは人を扱うことが不得手であり、単独潜入においては彼女の右に出る者がいないためそうなる役回りなのです」
つまり実質的な上官はあなたというわけね、ややこしい。
まあ、確実に捕獲してくれるなら問題はないわ。
「できれば生け捕りが望ましいのだけど」
ルールは殺すのに惜しい人材だわ。できれば信頼できる人間として私のもとで働いてほしいわね。
「アイラなら造作もありません」
そう返すことからオーラはアイラに対して絶対の信頼があるのでしょうね。
私はここまで決め、大きく伸びをする。
「さあ、後は結果を待つのみよ。しばらく兵士には休んでもいいと伝えてね」
後は自滅を待つのみ。
こちらはそれまでの間、この寒い気候になれない元バルティア皇国の兵士の体調を慣らしていきましょうか。
「さて、後は本丸ノースタジアね」
アシアン城も兵士達による不信によって関係が崩れ、それを抑える将軍もいなかったせいか、短期間で向こうは内部分裂を始めたわ。
兵士の損耗率が低く、多くの捕虜を捕えたので糧食に不安な面が出てきたことが懸念材料かな。
ルール将軍を捕えたのはいいけど、私の幕下に入る条件として将軍の力を使わずにリーザリア帝国を滅ぼすことが決まったわ。
まあ、本来なら彼の力などあてにしてなかったから別に構わないけど。
「帝都決戦といっても消化試合の側面が強いけどね」
オーラがそう呟くのも分かる。
すでに大勢は決している。
リーザリオ帝国において最大の防御力を誇るベートリア城は陥落し、交通の要所であるアシアンも抑えた。
後は戦わずとも持久戦に持ち込めばこちらが勝つというのが大方の見方だ。
現に利に敏い商人や貴族はこちらに集まり始めているし。
けど、軍の内情はそうでもないのよね。
特に食料が予定より消費速度が多いから、実際に持久戦に持ち込まれるとこちらが負けてしまう。
「さて、早いところ帝都を落としましょうか」
私はそう檄を飛ばして軍を進めたわ。
「やはりこれを使ってきたか」
私は帝都の前で呆然とする。
本来ならここから帝都までの道のりは一本道で木一本生えていない荒野地帯のはずなのだけど。今、私の目の前には多数の氷の壁が帝都を遮るかのように立ち塞がっていた。
「これは見事ですね」
近くに生えてある氷の壁を叩きながらオーラは感嘆の息を漏らす。
「中に土が見えることから、一度土壁を作り上げた後に上から水をかけたのでしょう。この寒いリーザリオ帝国の中でも最寒といえるノースタジア帝都周辺の気候だと一日で氷の壁が誕生するわ」
昔、シマール国からの侵略に対してこの戦法を用いた実例があった。
当時のシマール国は精強で、このノースタジアまで攻め入れられたけど、この戦法を使って撃退した史実がある。
「『火』も多少いますから魔導師によって溶かすことも可能ですが、そんなことをしていると先にこちらの糧食が尽きてしまいます」
オーラの言うとおりそんな悠長な方法など取っている暇はない。
この温度では溶かす傍から凍っていくわ。
だから私は大きな被害が出るのを覚悟して正面突破を敢行したわ。
帝都攻略からもう1週間
状況は芳しくない。
いえ、確実に進んでいるから成果は上げているのだけど死傷者が多すぎるのよ。
そして、それよりも大事な問題が食料。
もうこのペースのままだと帰りの分を計算すると後1週間で終わる計算となってしまう。
「どうも旗色が悪いようですね、撤退しますか?」
オーラがそう聞いてくるけど私は首を振ってその意見を却下する。
今ここで退けばリーザリオ帝国を落とすことが出来なかったとして妃に相応しくないと判断されてしまう可能性がある。
そうなれば後は惨めなもので私に行き場などなく、今度こそ死しか道はなくなるだろう。
しかも自国を攻め滅ぼそうとした忌むべき王女としての烙印を押されながら。
「そんな未来はごめんだわ!」
我知らず叫んでしまう。
考えただけで震えが止まらない。
地位も名誉もなく、ただ悪人として死ぬなんて。
何とか考えないと。
このリーザリオ帝国を滅ぼし、ユウキ王の妃としての地位を確立しないと私は全てを失ってしまう。
「……仕方ないわね」
私はある決断をする。
「食糧の配分を減らしなさい」
「しかし、それをしてしまうと兵からの不満が。ただでさえ結束力が低い我が軍がそんな真似をすると――」
「分かっているから早くしなさい!」
私の剣幕に押されたのかオーラはそれ以上何も言わず、ただ頭を下げたわ。
「予想通り、兵からの不満の声が上がっています」
オーラからの報告通り、突然食糧の配分を減らされたのでこちらも兵の怨嗟が聞こえてきていた。
「予定通りね」
「は? どういうことですか?」
私の呟きにオーラは目を点にするけど、生憎とそれを気に留める時間はないのよ。
「オーラ、食糧の配分を担当する者を呼べるかしら」
「だから何が――はっ、まさか!」
オーラは途中で私の意図に気付いたようね。出会ってから始めて声を荒げたわ。
「何という非情な策だこと。これは絶対に真実を知られるわけにはいきませんね」
オーラの指摘も最もだろう。
今、私は何の罪もない者に濡れ衣を着せようとしているのだ。
本当に申し訳ないのだけど食糧の配分を担当している者を殺してその首を兵達の前に晒す。
罪状は兵士の食糧を誤魔化した罪。
そして兵の鬱憤が彼に向けられたところで食糧の配分量を増やして一気に帝都を攻め落とす。
それしか勝つ方法がない。
犠牲になる者は申し訳ないのだけど、贖罪として彼の兄弟と妻子の面倒を見てあげるから。
「もう一度言うわ食糧の配分を担当している者を呼びなさい」
けど、なぜかオーラは動こうとしない。
やはり非情過ぎてこの策は使いたくないのかと一瞬考える。
「……王のご懸念通りになりましたね」
そう言ってオーラは懐から一通の手紙を取り出す。
「もし、王妃ヴィヴィアンが非情な策を取るようであればこれを渡すようにと」
そしてオーラはその手紙を私に寄越したわ。
私は恐怖によって手が震える中、中身を取り出して確認すると。
「アハハハハハハ!」
もう笑うしかない中身だったわね。
「如何なされました?」
オーラは片眉を上げて私に問いかけるけど、全然気にならなかったわ。
その答えとしてその手紙をオーラに渡す。
「こ、これは……」
オーラも目を見張っただろう。
そこに書かれていたのは私の罷免の類ではなく、このリーザリオ帝国で育成する植物の調理方法について書かれていたからだ。
あんな槇にしかならない植物が食べられるなんて考えたこともなかった。
アクが強くて渋く、食べられない類のものを中心として書かれたそれは現在の食糧状況をひっくり返す程よ。
「これで食糧の問題はなくなったわね。さあ、ノースタジアを攻略しましょうか」
どうして彼がこの北国で生息する植物の調理法を知っていたのか気になるところだけど、そこは後で問い詰めましょうか。
今は目の前の帝都を落とすほうが先決よ。
そして帝都を落とした私は意気揚々とジグサールに戻ったわ。
父様や兄様、姉様達は捕えて専用の場所で拘束してある。
自害しそうだったのをアイラが止めたらしい。
私としては情けとして殺したかったのだけど、アイラがジグサールへ連れ帰るというのなら反対はできないわね。
そこは負けた者として仕方ないと割り切るしかないわ。
さあ、中央広場が見えてきたわ。
どうやらジグサリアス王国の国民は私を認めてくれたみたい。
ふう、これで一つ目の難関を超えたわ。
次は王妃としての地位を確立すること。
今のままだと良い側室が来れば切り捨てられる恐れがあるから気を付けないと。
さて、宣言しましょうか。
私は王妃だということを皆に知らしめるために。
私の視線の先には夫のユウキ=ジグサリアス=カザクラがいて、両隣にはシマール国の王女とバルティア皇国の皇女が控えている。
全く三国を統一するなんて本当に彼は化け物ね。
「ユウキ=ジグサリアス=カザクラ王の妃! ヴィヴィアン=リーザリオ=カザクラは! リーザリオ帝国を打ち倒した!」
私は大きく息を吸ってそう宣言すると広場に集まった国民は歓喜が爆発したわ。
気付いておられる方もいると思いますが、作中に登場した策の元ネタは三国志演技に登場する曹操を参考にしています。