三国統一
「リーザリア帝国第3王女――ヴィヴィアン=リーザリア=トルツエンで間違いないか?」
場所はジグサリアス王国の首都ジグサール。
ジグサールの中央役所の一室にある簡素な部屋にいるのは俺とベアトリクスと仮面を被ったメイド、そして縄で縛られさらに猿轡を噛まされている者だけだった。
「……」
身を整えれば女神と称えられそうなほど美しい容姿にも拘らず、今は敗北による憤怒と嘆きと疲労で見る影もない。
これでもまだ見れる方になったらしい。
舌を噛み切ろうとする彼女を無理矢理風呂に入れてさらに化粧を施してようやく今の状態なのだから、如何に彼女がこの現実に屈辱を感じているかがわかる。
「彼女は殺しておいた方が良いわよ。後々面倒なことになってしまうわ」
ベアトリクスの言葉通りに一般の慣習に従うのならそうなる。
ジグサリアス王国を窮地に追いやった張本人なのだからそうなっても仕方がないと言えるのだが、俺としてはもう終わったことなのでその責を負うのでなく、むしろこちらの幕下に入ってほしいと考えている。
もし俺がいなければヴィヴィアンは冗談抜きでシマール国を滅ぼしていたことは1人を除き、全員が納得する事実だ。
「失礼するわ、私がいるのに滅ぼせるわけがないじゃない」
とは謀殺されかかった某王女の弁。
「ヴィヴィアン、一つ聞くがお前は私の幕下に入る気はないか?」
考えていても仕方ないのでまずは言葉にして聞くのだが、ヴィヴィアンは俺を馬鹿にしたように笑う。
目が言っている――ありえないと。
「ほら、やはりここは殺した方が良いわよ」
ベアトリクスが横で囁いてくるが俺は無視する。
「ほう、つまり下でなければいいのだな」
「……?」
ここでヴィヴィアンが首を傾げたので俺はクックと笑い。
「なに、私はヴィヴィアン=リーザリア=トルツエンを妃に迎えようと考えている。さて、その返事は如何に?」
この言葉はさすがに予定外だったのだろう。ヴィヴィアンは顔を驚愕に染めて硬直していた。
俺はさらに続ける。
「お前は誰かの下につくことが嫌だと言ったな。なら、俺の隣につけばいい。そうすれば問題はないだろう」
ヴィヴィアンの様子から自殺する気配は消えたと判断して俺は彼女の前に膝をついて自ら猿轡と縄を解く。
これで俺とヴィヴィアンとの距離は20㎝もなくなった。
「アハハ……面白い冗談ね。そんなに私をからかいたいの? 嘲りたいの? そんなことをしても私はともかくあなたにメリットがないじゃない。もし私と契りを交わせばジグサリアスは崩れるわよ」
ほう、混乱した状態でもそこまで頭が回るのか。これはベアトリクスとは違った意味で賢いな。
「そうだな、確かに今のお前ではデメリットの方が大きい」
そこは認めよう。
いくら国民からの求心力が高くても侵略してきた者と結ばれれば一気に離れてしまう。
しかし。
「国民に納得させる方法がある、それはお前がリーザリア帝国を滅ぼすことだ」
納得させるには手土産が必要だ。
後ろ指を指されないほど見事な成果を持ってこれば国民も納得するに違いない。
「お前をリーザリア帝国討伐軍の総大将を命ずる。そしてもしリーザリア帝国を滅ぼすことが出来たのなら国民はお前を妃として認め、迎えられる」
ヴィヴィアンは瞳をせわしなく動かしながら。
「う……あ……。もし、私が裏切ったらどうするの? 私に部隊を任せるということはその部隊の兵士の生殺与奪を握っていることになるのよ」
そんなことを口走る時点ですでに裏切るつもりはないことを伝えているのだが、ヴィヴィアンはそれに気付かないほど狼狽していた。
もう一押しだ
あと少しで落ちると俺は踏み、さらに驚愕の事実を伝える。
「シクラリス、仮面を取れ」
俺は傍に控えていた仮面を着けていたメイドにそう告げると、彼女は面を外して素顔を見せた。
「あ……あなたは……」
予想通り、ヴィヴィアンの混乱は極致に達して唇をわなわなと震わせながらそのメイドに指をさす。
するとそのメイドは少し頭を下げた後、涼やかな声音で言葉を紡いだ。
「はい、私はバルティア皇国第2皇女――シクラリス=バルティア=ライソラインです」
プラチナ色の髪と病的なほど白い肌を持ち、物憂げな表情を常に浮かべてさらに深窓の令嬢という言葉が似合いそうなほど何気ない動作の一つ一つが気品に満ちていた。
「ど、どうしてあなたが侍女をやっているの? 一国の皇女のあなたがそんな真似をする――」
聡いヴィヴィアンはどうしてバルティア皇国の第2皇女が俺のメイドの真似事をしているのか理解したようだ。
だから俺はその理解を裏付けるかのような用紙をヴィヴィアンに見せた。
「つ、つまり――」
その先を俺が引き取って。
「そう、バルティア皇国はジグサリアス王国に降伏した」
その驚愕の事実を述べた。
バルティア皇国がリーザリオ帝国と共謀している事実を掴んでいた俺は、あの決戦後、そのままバルティア皇国へ攻め入っていた。
始めにキッカ率いる竜騎兵軍団とユキ率いる魔道騎士団を先行させると相手はまだ準備の最中だったので、痛烈なダメージを与えることが出来たらしい。
そしてそこに騎馬隊のみで編成させたジグサール騎士団を投入するとその日の内に決着がついたという。
その動きは疾風迅雷。
またの名を電撃作戦。
そのためバルティア皇国から聞こえる声というのは「何が何だか分からない内に始まり、そして終わった」というのが大部分である。
「お前にはバルティア皇国の兵士と今回の戦で連れてきたリーザリア帝国の兵士を任せる」
ひどくゆっくりと、ヴィヴィアンの心に染み付かせるように囁く。
それは言外に「裏切られても怖くない。もしそんなことをすればどうなるのか分かっているのか?」との意味もある。
そして最後に。
「選ばせてやろう。俺に反旗を翻して死ぬか、それとも俺の横に立って生きるか」
ヴィヴィアンが素直にコクリと頷いた様子から俺は完全に決まったとほくそ笑んだ。
「……疲れた」
ヴィヴィアンを連行した後なので今、この部屋には俺とベアトリクス、そしてメイド服を着たシクラリスがいた。
「お茶です」
俺の呟きを耳にしたシクラリスが如才なくお茶を差し出したので俺は苦笑して。
「あ~、シクラリス? もう演技はいいぞ。メイドとして振る舞わなくていいから」
「いえいえ、ご主人様に尽くすのが私の役目です」
が、シクラリスは首を振ってそう答えたので。
「……どこかのメイドに聞かせたいセリフだな」
俺はしばし遠い目をしてしまった。
このシクラリス。
将来はどこかの国の嫁になるとして幼い頃からそうした術を叩き込まれた結果、誰かに尽くすことが全てであり、主となる人物が喜ぶことが生きがいになるという性格になってしまった。
ベアトリクスが「こんな性格になるくらいなら死んだ方がましね」と吐き捨てていたのが酷く印象的である。
誰かに尽くすというのは王女の教育として間違っているのではないのかと思ったのだが、そう言うとシクラリスに「そうなのですか?」と首を傾げられてしまう。
「男尊女卑のバルティア皇国皇女の教育方針はこうなのよ」
ベアトリクスのその言葉で俺はこれ以上聞くのを止めた。
うん、女性を差別してはいけないな。
もしジグサリアス王国で女性を怒らせると国が崩壊してしまうからな。
と、女性が軍政両方において中枢機能のほぼ全てを担っている国の王の意見だ。
十数日後
ジグサールはこれまでにない異様な活気を見せていた。
それもそのはず、何故ならまもなくリーザリア帝国を討伐しに向かった軍が戻ってくるのだから。
「予想より早かったな」
ジグサール全体を見渡せる場所で俺はそう呟く。
借り物の兵に加え、自分の思い通りに動かせる兵士も自国を攻めるんだ。
士気は全然上がらないに決まっているので失敗も視野に入れていたのだが、見事にヴィヴィアンは勤めを果たしてくれた。
「当り前よ。ヴィヴィアンは頭だけでなく度胸もあるわ。言うなれば覇王としての資質を兼ね備えているのよ」
すると隣のベアトリクスがそんな感想を漏らしてさらに。
「我が君は本当にヴィヴィアンを嫁に迎えるのかしら。言っておくけど辞めておいた方が良いわ。彼女は虎よ、間違っても飼い慣らせない」
シクラリスも続いて。
「いつか彼女はご主人様の首を噛み切るかと思います」
どうやら2人の王女の意見によるとヴィヴィアンを嫁に加えるのは大変危険だと言うことらしい。
しかし、俺は苦笑して。
「蛇よりはましだろう」
「失礼ね、誰が蛇よ」
ベアトリクスがプクッと頬を膨らませる。
相手の弱みを徹底的に突き、周りから恐れられるお前が何故蛇じゃないのか逆に聞きたい。
「確かに、その通りかもしれません」
「あなたも!?」
シクラリスの呟きにベアトリクスは目を剥く。
そんなことを考えている内に歓声が一際大きくなった。
どうやら無事に帰還したらしい。
ヴィヴィアンを先頭にした軍隊はゆっくりとした歩きで俺の前の広場に向かい、そしてそこに辿り着くとヴィヴィアンが一歩先へ進み出て胸を張ってこう宣言した。
「ユウキ=ジグサリアス=カザクラ王の妃! ヴィヴィアン=リーザリア=カザクラは! リーザリア帝国を打ち倒した!」
その途端広場が爆発したような印象を受けた。
国民が全員歓喜の涙と歓声を上げて誰もが憚りなく抱き合っているのが見える。
それを俺は睥睨しながら。
「嬉しいのは分かるが少しはしゃぎすぎだろう。そんなに凄いことなのか?」
俺はそう言って首を傾げると。
「「そんなに!?」」
2人の王女が突っ込まれた。
「我が君は分かっていないようね! 如何に私達が歴史的瞬間に立ち会っているか!」
「そうですよ! ご主人様は歴代三国の王が夢見ていたことを成し遂げたんですよ!」
「わ、分かった……」
ベアトリクスもシクラリスも普段の調子とは打って変わって興奮した様子で詰め寄ってくるので俺は熱意に押されて頷くしかなかった。
「しかし、どうしましょうシクラリス。ジグサリアス王国はユーカリア大陸において最大の国になったわ」
「ええ、他の国々は必ずジグサリアス包囲網を敷くでしょうからその対策を練らないと」
「このまま世界を統一しちゃおうかしら」
「行く行くはそうかもしれませんが、今は国の安定が先なのでは」
そして2人はそのままこれから先について話し出す。
元凶である俺が言うのもなんだが、お前らは亡国の王女だろう。少しは亡き国について感傷してもいいのでは。
眼前の国民の内誰かが「ジグサリアス!」と声高に唱えるとすぐに周りが後に続き、あっという間に大合唱へと繋がる。
ジグサリアス! ジグサリアス! ジグサリアス! ジグサリアス!
横を見ればベアトリクスもシクラリスも「ジグサリアス!」と讃頌していた。
その光景を見ながら俺は考える。
魔物大進行まで後3ヵ月。
三国を統一したことで守るべき領土が増えたものの、元リーザリア帝国の兵とヴィヴィアンがいれば広範囲な場所をカバーできるだろう。
本当はバルティア皇国を攻めるつもりなどなかったが、もし魔物大進行まで後1か月以内の時期に攻められたら不味かったので、ちょうど良いからこちらから攻めた。
シクラリスを得たのはついでだったのだが、彼女はベアトリクスと相性がいいのかよく話し込んでいたのでこれは思わぬ収穫だった。
「まあ、予定は大幅に狂ったが許容範囲まで修正できてよかった」
始めはジグサール一地方だけの予定だったのが今では三国を守らなければならない。
当初の予定と比べると想像を絶するだろうが、3ヵ月もあるのなら対策は打てる。
「だから今はこの瞬間を喜んでおこうか」
そう考えた俺は手を突き上げるとさらに歓声が一段階大きくなった。
魔物大進行の期限があまりにきつかったので後3ヵ月に変更しました。
これで第4章は終わりです、ありがとうございました。