焦土作戦
グロ注意
「で? まんまとやられたと?」
先遣隊の隊長である男に詰め寄ると、男は恐縮しながらも頷き、言い訳を始めた。
男からの報告はこうだ。
一昨日――男はワイマール砦に辿り着いたのだが、その砦は門が開け放されていた。
不安に感じたので先鋒隊2万のうち半数を連れて門へと接近し、そしてあと50歩のところまで到達すると、門の内側から魔物の咆哮が鳴り響き、次の瞬間には興奮したケルベロスやビッグガゼルなどが大挙してこちらに襲いかかり、混乱の極みに陥ったとおろで向こうが騎馬隊を出撃させたのでこちらの兵は魔法騎士団を含む7000の死傷者が出たと。
「何よそれ!? そんなの典型的な空城の計じゃない! 何で見破れなかったの、あんたは何を学んでいた!」
私はそう詰め寄るのだが向こうは謝るばかり。
私はそれに辟易して溜息を吐いた。
私――リーザリオ帝国第3皇女のヴィヴィアン=リーザリア=トルツエンは非常に不機嫌だった。
私の仕掛けた謀略によってシマール国は弱体し、内戦にまで持ち込んだところまでは全て思い通りに進んだものの、あの邪魔な第1王女のベアトリクス殺害の疑いをカザクラ男爵に被せてからおかしくなった。
ジグサリアス王国の設立を宣言したのは良い。
しかし、その後の貴族連合において有能な者だけを残し、シマール国最強の王国騎士団との戦いでほぼ無傷だった。
時間を置いてしまうと向こうがどんどん有利になると判断した私は予定より早く軍事行動を起こさなければならなくなったおかげで糧食が十分に確保できず、こうして見切り発車をする羽目になってしまった。
もし、こちらの糧食が尽きてからバルディア皇国が行動を起こしてしまうとこちらは良いように利用されるだけで終わってしまうだろう。
バルディア皇国だけが利するわけにはいかないので当初はワイマール砦の前で持久戦を行うつもりだったのだが、その予定は大幅に狂ってこうして侵略行動を起こさなければならなくなった。
「全く、本当に予定通りにいかないわね」
もし普段の私を知っている者が今の私を見たら腰を抜かすだろう。それぐらい今の私の顔は憤怒で彩らているわ。
6歳から現在までの11年間手入れを繰り返したこの髪は黄金のように美しく、美貌においても入念に手を加え、いつも柔らかな微笑みを浮かべるよう訓練し、このスタイルを維持するために毎日運動を繰り返した結果、リーザリオ帝国においては私より美しい者はいないとの評判だ。
そして、智謀においても指揮においても私に敵う者はいない。私の戦略の前にはリーザリオ帝国お抱えの参謀でさえも舌を巻くほどだ。
そんな私に唯一足りないもの――それは立場。
私の上には3人の兄と2人の姉がおり、私は末っ子なのでどんなに頑張ってもどこかの国に嫁がされてしまう運命だ。
私より無能な人間が私の上に立つなんて許せない。
なら、どうするか。
簡単だ、実力を示せば良い。
私こそが国を総べるものだと周りに認めさせれば良い。
だからこそ仇敵であるシマール国を乗っ取ろうとしたのだけど、結果はご覧の様。
正直今の状況は芳しくない。
軍を引くことも視野に入れるべきだ。
しかし、軍を引いてしまうと私の今までの努力が水泡と帰し、2度と挽回のチャンスはないだろう。
だから私は無茶を承知で軍を進めたのだけど。
「……まだ進まないの」
私の視線の先にはワイマール砦の外壁に梯子をかけて登っている兵士と門を防いでる土砂を崩し、ここらは見えない位置にある堀を埋めている作業が映っていた。
「大丈夫です。これなら明日にでも通れるようになります」
副官がそんなことを言ってくるけど、その1日がどれだけ貴重なのか分かっているのか。その間に向こうはまんまと撤退し、こちらの迎撃の準備を整えているだろう。
「どうしようかしら」
道は2つある。
1つは早さを尊び少数の兵で進軍させる方法ともう1つは移動速度は犠牲にしながらこのまま大軍で進ませる方法よ。
少数の兵で先行させる方法は兵糧の関係から望ましいけど、こんな敵地で寡兵を進ませることがどれだけ危険か。
そうなると必然的に大軍になるけれど、そうなると問題になるのは兵糧。
兵糧は国から送られてくるので距離が空けば空くほど移動距離が長くなる。そうなると危険なのが竜騎兵軍団ね。
リザーリア国は10体だけど、向こうはその3倍の30体を保持している。
彼らから糧食を守るために普段の倍以上の護衛兵を付けないとまずいわね。
「……やはり現地徴収しかないか」
どう考えても寡兵では無理なのだから大軍で行くしかないわ。
そうなると大量の食糧が必要となるからそれは送られてくる食料のほかに現地で賄うしかない。
幸いにも今は秋の終わりなのだから民家に備蓄はあるだろう。
「全軍に伝えなさい。食糧は現地で徴収するように」
2日間でどれだけ逃げれるか分からないけど、突然の事態に半数以上はまだ残されているだろう。その彼らから食糧を奪えば何とかなるわね。
私はそう自分に言い聞かせるように頷いたわ。
「……焦土作戦」
私は手のひらに爪が食い込むほど固く握りしめながらそう呟いたわ。
斥候からの情報によると辺りには人どころか民家もない。田畑も全て焼き払われ、井戸には毒を流し込む徹底ぶりらしい。
さらに嫌な報告は続く。
時折どこからか水稲と槇を括り付けた羊や牛が小隊の前に現れるのだが、それを食べた小隊の兵士は久しぶりの食事のため気が緩み、次の日には行方不明になっているそうね。
行方不明となった兵士はともかく、今の状況はまずいわね。
夜中になると竜騎兵が現れて鐘の音を鳴り響かし、私達を安眠させないのよ。
おかげでこの数日は私も寝不足だわ。
私達の兵がいくら飢えと逆境に強いとしても、常に腹をすかせ、夜中は安眠できずさらに時々仲間が行方不明になるという状況は彼らの士気を著しく下げているのよ。
「……このままだと戦わずに負けてしまうわ」
領内に入ってから一戦も戦っていないのに自軍はすでに敗北の空気が漂い始めているわ。
これでもう一つ何かがあれば彼らは完全に心を折られる。
「早いところここを抜けないとね」
この領地さえ抜ければ産業都市ジグサールまで目と鼻の先だ。あそこの周辺は有名な穀倉地帯なので自軍の士気も回復するだろう。
私は何もない荒涼とした野原に目をやりながらそんなことを考えたわ。
私は完全にカザクラ男爵を見誤っていた。
彼も人間なのだからそこまで残酷なことはできないとたかを括っていたのが仇となった。
よく考えれば彼は浮浪者から王へと成り上がった者。
清濁併せ呑める強さを持っていることを失念していたわ。
「ザール! ケイン!」
兵士の誰かが旧友の名を呼んだのだろう。
しかし、それは珍しいことじゃなく、軍のあちこちで起こっていた。
今、私達の軍は目の前の光景によって完全に息の根を止められたわ。
そこは大きな街道に沿って無数の十字架が立てかけられている場所よ。
それだけだったら別に構わない。
けど、その十字架に張り付けられているのが行方不明になっていた兵士だとすれば、その衝撃は計り知れないわね。
死体には蠅と蛆が湧き、酷い悪臭が漂うこの光景にはさすがの私でさえも食べたものを戻したわ。
これが地獄なのかしら。
歩いていた兵士が突然止まり、反転して逃げ出す。
一人がそうなると後にも続き、いくら隊長が押し留めようとしても無駄だった。
「……負けたわね」
敵であろう一騎の竜騎兵がこちらに向かってくるのだけど、誰も迎撃しようとしない。
そんな光景を眺めながら私はポツリと呟いたわ。
悪魔――ベアトリクス復活!
参考元はヴラド・ツェペシュです。