戦準備
キリが良いのでここで区切ります。
私――エレナ=グランシリア=イーズルブルは憤慨していた。
先日私が王と仰ぐお方――ユウキ=ジグサリアス=カザクラからの要請によってこのリーザリオ帝国と国境を接する砦を守衛しに来たのはいいのだが、先に到着していた輩の存在が気に入らない。
そいつは王の命令によって参謀として来たらしいのだが、その態度や行動が最悪だった。
先ほども挨拶の際に。
「こんにちは、私が美少女仮面――オマエ=バカダローよ。よろしくね、アハハハハハ」
と、クルクル回って踊りだしたのは百歩譲って認めるにしても、そのふざけた名前は何事か!
だから私はそいつを有無も言わせず放り出そうとしたのだが、それは側近であるキリングに固く諌められる。
「エレナ様、お止め下さい。このお方は王の使者です。それを無下に返されましたら不興を買うのは必至です」
ふむ、それは確かに困るな。
私の才を認めてくださったあのお方を怒らせたくはない。
「そして、最も大事なことですが、このお方はベア――」
「はーい、ストーップよキリングちゃん」
キリングが何かを言おうとしたのだが、その直前にあの仮面少女によって口を塞がれる。
「今の私は美少女仮面――オマエ=バカダローよ。わかっているわね?」
仮面を被っている上からでも分かる。
今、こいつは笑っているだろう。
私がどんな反応をするのか楽しみで仕方ないような表情を浮かべている。
しかし、私はそれ以上に。
「この下郎! キリングに馴れ馴れしく触れるとは何事か!?」
「ふーん、あなたはこういう態度を取られるのが嫌なのね」
すると私が激昂するに比例してオマエと名乗る者はどんどん冷めていく。
「まあ、単なる私の見込み違いということで構わないわ……先程の無礼をお許し下さいエレナ子爵、私の本当の名は――」
「――いや」
急に畏まった態度を取り始めた彼女に私は脊髄反射の如く否定する。
どうしたのかと首を傾げるオマエに私は頭をかきながら。
「……そのままでいい。すまないな、私も気が立っていた」
どうして私が謝らなくてはならないのかわからなかったが、ここでオマエに畏まられると後々大変なことになると私の勘が告げていた。
するとオマエはクルクルと回転を始め。
「そうよ、それこそエレナ子爵よ。良かったわね、もう少し遅れていれば面白いことになっていたわよ。アハハハハハハハ」
オマエは何が嬉しいのか前よりも一段階高い音程で哄笑を挙げた。
「……命拾いしました」
隣のキリングが心底安堵した様子でそう呟いたのが印象的だった。
「で、オマエ殿。我々はここで敵を食い止めればよろしいのですか?」
このワイマール砦には北方警備隊と私の部下を合わせて10000が集結している。
もっと数を揃えればいいのだが、生憎と今は亡きキルマーク騎士団長がここに最低限の兵だけ残して先の内戦に連れて行ってしまった。
まあ、地形的にも両脇は崖のようになっているので脇から突かれることもなく、守る側としては正面だけ相手にすればいいだけだから楽といえば楽なのだがこの数では……
「敵国の中に魔導騎士団や10体もの竜騎兵が確認できたという。もし彼らに連携されれば私達では荷が重いのだが」
しかもここには魔導騎士団と竜騎兵を常備していたのだがそれも徴収されてしまい、現在残っているのは歩兵だけだ。
本当にキルマーク騎士団長はなぜこのような暴挙を敢行したのか。
この国を滅ぼしたかったのかと疑ってしまう。
そんなことを考えているとオマエ殿は鼻をフンと鳴らして。
「あなた馬鹿? 誰が私達だけで相手をするというの? ちゃんとこちらも『火』と『風』を用意するわよ」
……ここで怒っては駄目だ、オマエ殿はこのように人を不快にさせることが大好きなんだから。
「勘違いしているようだけど、私達の任務は水際で相手の侵攻を止めることじゃない、住民が避難するまでの時間を稼ぐことよ」
オマエ殿は続けて。
「本来の予想ならもっと侵略が遅れると考えていたのだけど、我が君率いる騎士団『山』が圧勝し、大して損耗しなかったから向こうが慌てて進軍を始めたのよ。だから残された住民の移動が終わるまでここで敵を足止めね」
「何故籠城を選ばないのですか?」
リーザリオ帝国の兵は強い代わりに兵站に不安がある。だからここは兵法の道理に従って籠城し、持久戦を行うべきでは。
昔からシマール国はリーザリオ帝国からの侵攻の度にそうして跳ね返してきたのにどうしてそれを踏襲しないのか気になった。
するとオマエ殿は肩をすくめて。
「まあ、私もそれが一番だと思うんだけどね。けど、事情が変わった。リーザリオ帝国はシマール国の反対側にあるバルディア皇国と内通しているのよ。もし、リーザリオ帝国と持久戦を行っている際に南から攻め込まれるとどうなると思う?」
確かに。
暴政と内戦によって疲弊しているこの国に同時に二方から攻め込まれて撃退できる力は残っていない。もしリーザリオ帝国と持久戦によって疲れ果てた時に南のバルディア皇国から攻め込まれては本当にこの国は終わるだろう。
「なるほど、それは持久戦などできませんな」
敵はリーザリア帝国だけでない。
弱みを見せてしまった国はすぐさま他の国から侵略を受ける道理を忘れていた。
「しかし、よく気づきましたな。さすがは我々を生かした王」
ここは素直に称賛するしかない。
如何に己の視野が狭いのかを自覚させられる。
「そうね、本当に我が君は素晴らしいわ。策略や智謀においては誰にも負けない自信があるけれど、視点の高さにおいては我が君に勝てる気がしないわね」
オマエ殿もそこは素直に同意する。
「私は本当に良い君主を見つけられたものだ……」
しみじみと私は呟くのであった。
「それで、我々は何日ほどここを守る計算で」
王の慧眼の深さにしばし感動した後、私はオマエ殿にそう聞く。
「おおよそ2日というところね、それだけ持たせれば私達は撤退よ」
「承知した」
10000という数は心許ないが2日なら先鋒の2、3万を相手にする程度だから大丈夫だろう、その期間だけならこの私でも十分に対応できる。
「ああ、そうそう」
オマエ殿は何かを思いついたようにポンと手を打った。
「最初の策と撤退の際における置き土産についての策を献上しても良いかしら」
それは嬉しい。
恥ずかしながら私は普通の考え方しか出来ぬのであっと驚くような策を思い付くことが出来ない。
少しでもこの状況が有利になるのであれば良いに越したことはなかった。
「……ウフフフフ。私を嵌めた報いを十分に受けてもらおうかしら」
オマエ殿が何かをブツブツ呟いていたが、声が小さかったので私の耳にまで届かなかったことを追記しておこう。