対王国騎士団 後編
「左翼に伝えよ! 戦線を拡大せよと!」
隣のレオナが矢継ぎ早に各部隊に指示を出している。
俺が率いるジグサール騎士団はユウキの装備と長年かけて仕込んだ奇妙な陣によってエリートの王国騎士団に痛撃を与えて前線に張り付くことができたぜ。
「しかし、なんとまあ圧巻だな」
ここからは遠目にしか見えないが敵の王国騎士団の前線は混乱し、指揮系統が引き裂かれたせいか何の抵抗もなく俺達に打ち取られている。
「このまま勝負がつけば嬉しいのだがな」
レオナがそんなことを呟くが、俺はそう甘くないと見ている。
「レオナよ、希望的観測は述べるべきじゃないぜ」
兵士ならともかく、指揮官が希望にすがるといざという時に正しい選択が取れなくなっちまう。そうなると勝てる戦も勝てねえから甘い予測は禁物だ。
「ハハハ。冗談だ、それくらい分別がついている」
「変な冗談は止めろ」
俺がそう言い放つとレオナは首をすくめて。
「やれやれ、本当に今のクロスは容赦がないな。これがヘタレのクロスなら苦笑して終わりなんだが」
「今の俺はあまり冗談が好きじゃないんだぜ」
レオナはあまり堪えた様子がないのだが、これ以上話しても無駄だと悟ってそう言って無理矢理打ち切った。
「しかし、王が作った装備は凄まじいな」
またレオナがそんなことを呟くのだが、俺はそれに同意なので何も言わない。
通常、戦というのは数が最重要で次に装備、そして最後に士気がくる。そして、誤解されやすいようだが指揮や練度というのはそれら3つを如何に効率よく運用するためにあるのであり、勝利の因として重要な要素だが、絶対でない。
極論を言うと10人の農民に槍を持たして突撃させた方が2、3人の兵士による攻撃よりも効率が良い。
つまるところ数がモノを言うのだが。
「寡兵が大軍を圧倒している景色は壮観だぜ」
向こうが6万でこちらは3万しかいないのに、状況は終始優勢だ。
まあ、さすがにこれだけの数になると全兵をぶつけるわけにもいかないから、部隊の運用が重要になってくるのだが、それを差し引いても数というのは重要だ。
しかし、現在はこちらが勝っている。
もちろん指揮や練度によるのもあるのだが、一番の要因は装備だろうな。
「見ろよ、あっちの攻撃が全然通用していねえ」
視線の先には鉄仮面や鎧、鋼の脛当てで固めた重装歩兵が縦横無尽に動いている。
本来ならああいう兵種は相手の陣地を突破するための使い捨てとして突撃させるのだが、こちらはその常識を覆して軽装歩兵とはいかないまでも機敏な動きを維持していた。
しかも恐ろしいことにあれが特殊なのでなく、普通の一般装備として俺達の騎士団では標準装備だもんな。
普通あんな重装備など身に着けたらあまりの重さに動けなくなるものだが、そこはあいつの技術によって強度はそのままで、格段に軽くしたもんな。
俺が昔装備していた材料である鋼を全員に着られるよう改良し、そればかりか大量増産できるまでの設備を整えたユウキはすごいぜ。
敵ながら同情するしかないかもな。
あんな弓矢はおろか剣も槍も通せない鉄の塊に襲われ、さらにあちらの楯や鎧は容易に切断されるんだ。
俺だったら逃げる一択だな。
「……ん?」
思索から浮かび上がった俺は前線に目を向けると何か異常が起きていた。
竜騎兵が攻撃しているのは予想通りだが、それにしては混乱が大きい。
「一体何が起こっている?」
レオナも同じ疑問を浮かべたのだろう、そんなことを呟く。
そうしている内に連絡将校が陣内に入ってきたな。
「報告します! 敵は竜騎兵を投入した模様、こちらの指揮官が狙い撃ちにされています。さらに相手は風や炎など属性を操る武器を扱う一団によって指揮官不在の隊は混乱しています!」
なるほど、そういうことか。
あちらはついに奥の手である竜騎兵と属性武器を投入せざるを得なくなったか。
数体しかいない竜騎兵はその活用によって大きな効果を上げる。
地上なら指揮官の場所にまで辿り着くまで一苦労だが、空からだと一瞬で向かうことができる。
そこから指揮官を狙われると、たとえ殺せなくとも命令を出すことが困難になり、結果として指揮官が打ち取られたと同じ状態になってしまうし、誰かを掴まれて空中に惨殺されるとこれ以上ないくらい心理的ダメージを与えられてしまう。上空から仲間の血を浴びせられて平静でいられるのはごく僅かだしな。
また、属性武器による攻撃も厄介だな。
あれは範囲が広いとはいえ1mから2mぐらいまでなので落ち着いて対処すれば問題ないのだが、いかんせん視覚による効果が大きい。
目の前でカマイタチや氷槍、炎を生み出されてそれが向かってくるとなれば、経験がないと足がすくみ上ってしまうだろう。
しかもそれはユウキが作っていた属性武器なのだから性能も大きいだろう。
全く、変なところで手間をかけさせてくれるな。
まあ、属性武器に関しては俺達の方が量も質も上だからすぐに鎮圧できるが、問題は竜騎兵。
あれは早急に対処しないとこちらの被害が大きくなる。
「俺が行くか。レオナ、切り札である重装騎兵を準備させておいてくれ。これが終わったら敵が浮き立つだろうからそこで勝負を決める」
本来なら別の手練れを向かわせるのが常であり、俺のような大将が戦うどころか武器を手に取ること自体おかしいのだが、そこはまあ性だ。
どちらかというと俺は前線で戦いたい性質なのさ。
「……止めても無駄なのだろうな」
レオナが呆れ顔で呟く。
さすがだな、俺の性格をよく分かっている。
「当たり前なことを言うなよ」
「危ないと思ったらすぐに退いてくれ。私はお前に死んでほしくないからな」
うーん。その言葉は嬉しいが副官としては頂けねえな。副官というのは大将の補佐だが、それ以外にも大将に万が一があった場合、代わりとして振る舞う役目もある。
レオナのことだから取り乱すことはないに決まっているが、そんなことを言われると不安になっちまう。
今のレオナは戦時における厳しい顔だが、よく観察してみると瞳の奥が僅かに揺らいでいるな。
まあ、いいだろう。
レオナは俺の恋人でもあるのだからな。
不安を取り除くのも俺の役目だ。
そう判断した俺はレオナの肩に手を置き、驚いて顔を上げた瞬間に口付けた。
それは1秒にも満たない短い時だったが、俺の意図は十分に伝わっただろう。
「行って来る」
俺のその言葉にレオナはただコクリと頷くだけに終わってくれた。
余談だが俺とレオナの仲は幹部全員が知っている。
「俺がジグサール騎士団将軍――クロス=カザクラだ! 誰か俺の首を狙う猛者はいないのか!」
戦場の中陣で俺はそう吠えて己の存在をアピールする。
俺が立っている場所は前線から離れているので地上の敵に狙われる心配はなく、上空の敵だけに限ることができた。
「しかし、まあ。この恰好は良いな」
剣を握らない俺は嫌がっているが、今の俺は何故嫌うのかがわからない。
見よ、この全身を紅蓮に染めた甲冑に真紅のマント。
他の兵の鎧は灰色だが、俺はさらに背丈が2mもあるので目立つことこの上ないだろう。
その証拠に中央の敵兵が俺を討ち取ろうと慌ただしく動き始めてきたな。
そんなことを考えていると俺の上空に5体の竜騎兵が集まる。
ふむ、どうやら一発逆転を狙って全ての竜騎兵を向かわせたらしいな。
肩慣らしにはちょうどいいな。
俺は一つ頷き、急降下をしてきた竜騎兵を手に持った獅子の剣で竜ごと真っ二つに叩き切った。
絶命する瞬間の兵がありえないとばかりに驚愕に染まっていたが、それは仕方ないだろうな。
けどな、残念ながら俺はキッカとよく戯れているんだよ。
あのギールとかいう野生の竜と比べれば飼いならされた竜の鱗など紙のようなものだから簡単に切断できる。
2体目の竜騎兵が俺の射程範囲外でのみ攻撃しようとしているが無駄なことだ。
この獅子の剣は炎と光を付与させているんだなこれが。
俺が獅子の剣を一振りすると金色の炎が出現して襲いかかり、竜騎兵を跡形もなく燃やし尽くす。
「さてと、次は」
こうなれば玉砕覚悟と心に決めたのだろう。3体が集まってこちらに突進してくる。
「まあ、意味ないがな」
俺はその重装備をものともせずに軽快に立ち回り、数秒後には竜騎兵全員が全滅していた。
よし、これで俺の仕事はあと一つだ。
俺は血に塗れた剣を掲げる。
「強敵! 竜騎兵は始末した! 後は怨敵を討つだけだ! 最後の勝負だ! 士気を奮い立たせよ!」
味方の士歓声が湧き上がると同時に重騎馬隊が俺の後ろへ整列する。
さあ、後は詰みだけだ。
「どうだ、サラ?」
ベアトリクスが「竜騎兵を殺さなくていいじゃない、あれは貴重なのよ」とぶつぶつ呟いているのを放っておき俺はサラに向き直る。
趨勢はほぼ決定し、後はキルマークを討つだけになっている。
中盤も圧勝の一言だった。
向こうがいくら攻撃を仕掛けようともこちらは傷一つつかず、逆にこちらの攻撃は相手を面白いように葬る。
こちらは何もしなくとも勝手に自滅していってくれる。
そして、その状況を作り出したのは間違いなくサラが絡んでいる。
サラの生み出した武器や防具が敵とはいえ命を刈り取っている事実をどう考えているのか。
「もし耐えられないのであればジグサールを去ってもいい。俺はお前を引き留めないし、これまでの謝礼も払おう。おそらく一生遊んで暮らせる額だから生活に困ることはないだろう」
正直に言えばサラは残ってほしい。
ジグサールの工業力はすでに最高水準とはいえまだまだ満足していないから、さらにはもう少し協力してほしいのだが、サラの親父さんと約束がある。
サラの親父さんはサラの幸福を願って俺に送り出してくれたのだから、それに応える義務がある。
だからサラがここを去る言うならば俺はそれに従うのだが、もしサラがこの景色を見て興奮しているようならば、俺は……
「……父が残した手紙に書いてありました」
ポツリと語りだすサラ。
「自分達は不幸を生み出す職業でもある。いつの日か己の所業を振り返り、後悔する日が来るだろう。しかし、どれだけ悔いても人も魔物も戻ってこず、失われた命は還らない」
それは概ね合っている。
鍛冶といえば聞こえはいいが、詰まる所生き物を殺すための武器を作り出している。
いわば死の商人。
言い訳などできない。
「そして! だからこそ逃げるなと!」
瞳に涙を浮かべながらサラは叫ぶ。
「泣いてもいい! 怒ってもいい! 悲しんでもいい! けど、鍛冶を止めるなと!」
大声で、あらん限りの力を振り絞って声を出す。
「葬った命に悔いないためにも! 最後まで続けろ! ……と、書いてありました」
「……」
サラの父親がそんなことを書いていたとは。
意外だったが、そう考えると色々納得いくところがある。
同じ鍛冶仲間からどれだけ弾圧を受けようともびくともしなかったのは、そういったことをずっと心に刻んでいたからなのか。
死を覚悟した人間は強いというか、確かにそんな信念があればそんな中傷なんてものともしないよな。
「……サラ、一つだけ訂正しておく。サラに罪はない。もしあるとすればお前に鍛冶を教え込んだ俺だ。何も知らないサラに武器や防具を作らせた俺こそが無間地獄へ堕ちるべきなんだ」
俺はサラの頭を撫でながら優しく囁く。
「だからここで辞めたとしても誰も責めない。もし何か弾劾されようともそれは俺の責任だ……しかし――」
「ここから先は私の責任になるんですよね」
サラは俺の言葉を引き取る。
眼元こそ濡れているが、無理に笑おうとしていた。
「師匠、私は逃げません。父の言葉通りに私は見届けようと思います。これから先、私の武器がどこに行くのか、何の命を葬るのか」
サラの言葉は決意に溢れている。
「今までありがとうございました。私、サラ=キュリアスは今まで師匠に甘えていました。しかし、これからは違います。これからは私自身が自ら立ち、選び、傍に参ります。王――ユウキ=ジグサリアス=カザクラ様。王のために私の持てる限りの技能を尽くしましょう」
そしてサラは俺の右手を取って額に当て、臣下の礼を取った。
「感動的な場面で悪いのだけど」
ベアトリクスがじと目でこちらを睨んできたので俺は慌てて前へ向き直る。サラも先ほどまでの気恥ずかしさから顔を真っ赤にしているようなのが横目で確認できた。
「あのままだとクロスは死ぬわよ」
ベアトリクスの指している方向には重騎兵隊を率いていたクロスが単身敵の総大将であるキルマークがいる陣へ強襲を仕掛けるところだった。
ベアトリクスは続ける。
「この謀略がリーザリオ帝国によるものだとすれば敗北したキルマーク兄様を生かしておく理由はないわね。もし私ならあそこへ突っ込んだクロス諸共伏せておいた魔導師で殺すわよ」
確かにすでに勝敗は決定しており、どう転んでも王国騎士団に勝ち目はない。しかし、何を血迷ったのかジグサール騎士団を率いるクロスは本陣へと突っ込んでいる。これならいっそ巻き添えにさせた方が後々有利に働くだろう、が。
「クロスなら死なないだろ」
俺はそんな呑気な感想を漏らす。
「は? どういうこと?」
やはりべアトリクスは信じられないようだ。目を見開いて俺を見つめる。
だから俺は肩をすくめて。
「まあ、見ていればわかる」
そう諭した数秒後にキルマークがいるであろう本陣に火の手が上がる。
その炎は普通でなく、黒いことから魔法によって生み出されたものであることは容易に理解できた。
「火と闇を融合させた黒炎ね。あれは水じゃ消せず、燃え尽きるか光属性をぶつけるかそれとも術者の魔力が尽きるかしかないわ」
炎はどんどん勢いを増し、ついには本陣全てが黒い炎に包まれた。
突然の出来事に味方はおろか敵さえも見入っていた。
そして、燃え尽きるものがなくなったらしく、黒炎の気配が弱まる。
「な、言ったとおりだろ」
そして、奥からのそりとしながらも真紅の甲冑に身を包んだ者が現れた。
「クロスの鎧は特別製だ。あれはどんな魔法も効かない」
神話に登場するオーディーンの名を冠したあの甲冑には一般の魔導師による攻撃など効きはしない。
あれにダメージを与えようと思ったら俺達が擁する魔法騎士団の団員全ての全魔力を結集した魔法をぶつけないと駄目だな。
そんな伝説クラスの甲冑を身に纏うクロスは手に持った獅子の剣を掲げながらこう叫ぶ。
「王国騎士団団長キルマーク=シマール=インフィニティ! ジグサール騎士団騎士団長――クロス=カザクラがこの手で討ち取った!」
ここからはよく見えないが左手に何かスイカのようなものを抱えているからあれがそうなのだろう。
するとあちこちで絶望やら歓喜の声音が上がり、そして「ジグサリアス!」と連呼が始まる。
俺はその様子を睥睨しながらベアトリクスに声をかける。
「お前の兄は討ち取ったぞ。何か思うところはないか」
裏切られたとはいえ血縁の繋がった者である。
ベアトリクスから何かしら感傷のセリフをでも言うのかと思っていたが。
「……素晴らしいわ」
「は?」
ベアトリクスは震える声音でそう呟き、俺へと向き直る。
その表情は興奮と歓喜――間違っても悲哀の色は見えない。
「本当に素晴らしいわ! あの王国騎士団が相手にもならない! それどころか魔道騎士団さえも無力! 何これ? どうしてこんなに強いの! これならリーザリア帝国から守るどころか三国を狙えるわ!」
アハハハハハハ!
とベアトリクスは狂ったように笑う。
笑い、囃し、嘲る。
どうやら兄であるキルマークのことなどどうでも良いようだ。
「我が君!」
そして哄笑がピタリと納めて、改めて真剣な表情で向き直る。
「今までの非礼、申し訳ありません。このベアトリクス=シマール=インフィニティは我が君に栄光を捧げることを誓います」
そう言った後、また笑い始めるベアトリクス。
何故だろう?
サラの時と違って安堵よりも不安の方が勝っているのはどうしてなのだろう。
理由についてはおおよそ見当がついているが、それはあまり考えたくなかった俺がいた。
「緊急連絡! 緊急連絡!」
サラの要望によりイズルガルドの背に乗って戦場周辺を滑空していると緊急用の赤旗を掲げた2体の竜騎兵がこちらに接近し、用紙を渡してきた。
「……やはりか」
その用紙に書かれた内容が予想通りだったため俺は渋面を作る。
「うふふ、楽しくなってきた♪」
ベアトリクスは楽しそうだ。
「あの? どうしましたか?」
この中で唯一用紙に目を通していないサラが聞いてくる。
「簡単よ、サラ。ついに来たのよ」
俺の代わりにベアトリクスがそう答えるのだが、それだけでは何も分からないだろうと思ったので俺は補足する。
「北のリーザリオ帝国が軍隊を動かした。その数20万」
「えっ!? つまり……」
サラもここまで言うと理解したのだろう。
しかし、それだけでない。
「さらにバルティア皇国も国境線に軍隊を集めている」
二か国同時進行、その予想が現実のものとなりつつある。
「し、師匠! どうします? このままではいいように蹂躙されますよ」
サラはそう慌てるのだが、残念ながら俺はそんなに脅威とは考えていない。むしろこのタイミングで良かったとさえ安堵している。
「ベアトリクス、アイラ率いる『林』と共にリーザリオ帝国を撃退しろ」
「承知しました我が君」
続いて1体の伝令兵に目を向けて。
「『火』のユキと『風』のキッカに連絡。早急にバルティア皇国の首都を攻めろと」
「はっ!」
「『山』のクロスはそのままカリギュラスヘ侵攻。シマール国の息の根を止めろ」
「分かりました!」
そう言い終えた俺は一息つき、そして最後にこう宣言する。
「これよりシマール国、リーザリオ帝国そしてバルティア皇国の三か国を同時に征服する」
魔物大侵攻まで後4か月。
木枯らしの風が嫌に体に染みた。
ようやく終わりました。
はあ……長かった。