対王国騎士団 前編
長くなりましたのでここで一旦区切ります。
「サラ、いるか?」
クロス率いるジグサール騎士団が出発する前夜。
俺はサラの住んでいる屋敷を訪れていた。
サラは技術関連において無くてはならない存在なので常に警備兵が常駐している。
「あ? 師匠! どうしたのですか?」
サラは俺の呼び出しから1分も経たずに現れた。
おそらく暇をしていたらしい。
「明日のことについては知っているな」
「はい、クロスさん率いる騎士団が王国最強の騎士団と戦うのでしょう? もう私も興奮していますよ」
その言葉の通りサラは元気一杯で、今にでも飛び跳ねそうな雰囲気だった。
「なら、サラ。明日の戦場は俺と一緒に行くか?」
俺はサラを戦場に誘うことにする。
「え? どうしたのですか?」
サラが疑問符を浮かべるがそれは仕方のないことだろう。
サラの様な技術者が戦場に出ることなどありはしないから。
「まあ、特例だ。俺はサラが開発し、制作した武器防具がどのように使われているのかを知ってほしいんだ」
サラは知らなければならない。
無邪気に作っている武器がどのような結果を生んでいるのかを知るのに今回は絶好の機会だと俺は考えている。
納得するならよし。
納得しないのであれば……
俺の内心の葛藤も知らず、サラは元気に「喜んで」と返事した。
明朝
俺はイズルガルドに乗り、そしてサラとベアトリクスも共に乗せていた。
「参謀たる者、戦況の把握はしておかないとね」
とか言って無理矢理俺の前に座ったのは記憶に新しい。
ちなみにサラは俺の後である。
「イズルガルド、悪いな」
突然増えたので俺は謝るのだがイズルガルドからは『気にするな』と返ってきた。
そして戦場へ。
この場所はイラキア平原と呼ばれ、周り一面の草原で遮るものは何もない平地だった。
守るのはともかく軍を展開するのにここ以上の適した場所が無いというのが俺達の見解である。
「さて、ベアトリクス。この状況をどう見る? こっちは3万と聞いていたが実際は倍の6万はいるぞ」
あの軍の展開量と陣の厚さから俺はそう評する。どうやらキルマーク騎士団長は予備兵力も投入してきたらしい。それに数体の竜騎兵と魔導騎士団も見えることからどうやらそれらも投入することは明白だ。
「……迂闊だったわね、私を追い落とした黒幕の存在を忘れていたわ」
どうやらベアトリクスは思い通りいかないと爪を噛む癖があるらしい。
悔しそうな顔で親指を噛んでいる。
「本当の敵は北のリーザリア帝国、そこまで考えなかった私のミスだわ。我が君、ここは一度撤退しましょう。さすがのジグサール騎士団でも倍の数である王国騎士団に加え、竜騎兵や魔導騎士団を相手にするのはむ――」
「必要ない」
ベアトリクスは撤退を進言しそうだったが俺はそれを途中で遮る。
「予定通り、このまま進軍させる」
「え? え? 我が君、どういうつもり? まさかクロスを見殺しにするつもりではないでしょうね?」
始めて見せたベアトリクスの狼狽具合に俺はほくそ笑みながら「それもない」と答える。
「はあい、ユウキ」
どうやらキッカが近くに寄って来ていたらしい、俺にそう手を振ってあいさつをする。
「見る限り竜騎兵や魔導騎士団を相手は投入しているようね。どうする? 命令さえあれば私達も戦場に出るけど」
「いや、別に要らないだろう。おそらくジグサール騎士団だけで十分だと思うが、クロスが必要だと要請したら戦列に加わってくれ」
そう言うとキッカは苦笑して。
「さっきほとんど同じことをクロスに言われたわ。ユウキが必要だと言うのなら加わってくれって」
「そうか、それなら必要ないな」
「ええ、その通りね」
俺の頷きにキッカが反応する。
そんなツーカーな返事に唯一ベアトリクスが反論した。
「さっきから聞いていたけど、あなた達はクロスを買いかぶり過ぎよ。さすがのジグサール騎士団でも竜騎兵や魔導騎士団相手を含め、さらに倍いる相手に正面からぶつかるなんて酔狂以外の何物でもないわ」
「へえ、あなたでも驚くことってあるのね。少し気分がスッとしたわ」
「何を呑気な事を!?」
ベアトリクスの慌てふためき具合に対してキッカはマイペースに返す。
そして続けて。
「出会った時はいけ好かない奴だと思っていたけど、あなたもそんな人間らしい一面があるのね。見直したわ。私はキッカ=カザクラ、これからよろしくね」
どうやらキッカは取り乱すベアトリクスに親近感が湧いたらしい。会議で見せる険悪感など遠くの隅へ追いやり、逆に笑顔を見せて手を差し出す。
ベアトリクスはどう反応すればいいのか迷っているのだろう。表情を目まぐるしく変化させながらキッカの手を凝視していた。
「もう良いだろう、あまりベアトリクスを苛めるな」
これ以上続けるとベアトリクスが崩壊しそうな気がしたので俺は止める。
「あら、残念」
結果的にキッカは握手を出来なかったのだが、全然堪えた様子もなくテヘっと舌を出す。
「それじゃあ私はもう行くわ。後はよろしく」
キッカはそう言い残して竜を旋回させてこの場を去っていった。
「……ありがとう」
「ん? 何か言ったか?」
後ろから何か聞こえたのだが小さくて聞き取れない。
「何でもないわよ!」
するとベアトリクスは怒った調子で言い返してきた。
「……まあ良いか」
理不尽な気持ちに駆られるも、追及すれば悲惨な目に会いそうだったのでここで止める。
「そういえばサラはどうした?」
この間中ずっとサラが黙っていたので俺は多少不安になったが。
「眠っているんじゃないの?」
ベアトリクスの指摘通り、後ろから微かな寝息が聞こえる。
確かサラは昨日興奮して眠れなかったらしい。
だから竜の背中に乗って揺られている内に眠ってしまったのだろう。
「サラ、そろそろ起きろ。戦闘が始まるぞ」
気持ち良さそうに寝ているのならばそのまま寝かせてあげたいが、ここは心を鬼にしてサラを起こした。
「緊張しているのか、クロス将軍?」
軍を展開し終えた僕は本陣の前で瞑想していると気遣う様な声が聞こえた。
「教か――いやレオナか。いいや、武者震いだよ」
だから僕は笑いながら大丈夫だと答える。
本当は全然大丈夫じゃなかったけど、ここはレオナ教官以外もいるため不安な様子を見せられない。
「その心がけは立派だ。何せ大将の信念が軍全体の行方を左右してしまうのだからな。空元気でも良いから取り繕わなくてはならない」
厳しいが優しく教えるレオナ教官は変わらないなあと思う。
「将軍! 報告します。魔導騎士団団長のユキ=カザクラがお見えになっていますがどうしましょうか」
すると連絡将校の1人が陣幕に入り込んでそう報告した。
「本当にクロスは愛されているな」
僕にしか聞こえない声でしみじみと呟くレオナ教官。
そういえばさっきもキッカが激励しに来ていたよね。
来るよう許可を出すと、すぐにユキが入ってくる。
小柄な体なのは相変わらずだけど、その内側には大陸屈指の魔力を秘めているんだね、これが。
「……大丈夫?」
開口一番そう言うユキ。
「……相手は魔道騎士団を出しているから、せめてそれだけでもこちらで引き受けようか?」
抑揚のない声で簡潔に述べるのだが、その瞳には心配の色がありありと浮かんでいる。
それを見て僕は苦笑しながら。
「大丈夫だよ、それはこの状況は意外だったけどまだ想定内。僕の率いるジグサール騎士団だけで十分だよ」
しっかりと一音一音発音してそう言い含めるとユキは少しだけ目を伏せて「……分かった」とだけ呟いた。
そして踵を返したユキは最後にこう言い残して去って行く。
「……アイラから伝言『敵の数を見誤りました、申し訳ありません』だって」
アイラが気にする必要はないのに。
この状況は誰も想定できなかったのだから仕方ないよ。
アイラの昔から変わらない変な律儀さに僕は苦笑をますます深めた。
さて、戦いの前の前哨戦を始めるか。
僕は立ち上がり、そして愛用の剣を探す。
「……これを」
レオナ教官は前もって準備していたらしい、僕の前に跪いて『獅子の剣』を差し出す。
そして僕はその剣を携え、刀身を一気に引き抜く。
すると体の奥底から燃え上がる様な高揚感と破壊衝動が湧き上がってきた。
いつもながら慣れないなと思う。
ユウキが贈ったブラッディーXの副作用によって僕は力を得る代わりに別の人格が芽生えてしまった。
それはとてつもない戦好きで僕とは正反対の性格なんだけど、戦いにおいてはこれほど適した性格はないというのが僕の考えだった。
昔はともかく、今はコントロールが出来るから全然問題はないけどね。
そんなことを考えている内に、湧き上がる衝動が僕の全てを塗り潰していった。
「……レオナ、行ってくる」
そう言い残した俺は振り返らず、憎きキルマークとの舌戦に向かった。
「大罪人! ユウキ=ジグサリアス=カザクラ率いる逆賊どもよ! 貴様らに救いなどない! 命が惜しくばすぐに去れ!」
短く髪を切り、大柄でがっしりとした体躯の男が剣をこちらに突き付けながらそんなことをぬかす。
やれやれ、もう少し気の利いた言葉を言えねえのかと呆れちまうな。
「何を笑っている! 何度も言うが我が王国騎士団の前には貴様らなど塵芥に等しい! 思いあがった貴様らに正義の鉄槌を加えてやる!」
どうやら俺は笑っていたらしい。いやあ、あまりにお粗末だからついついな。
しかし、このまま一方的なのは全軍の士気に関わるから頂けねえ。
ここらで反論させてもらうか。
「正義だと! それは笑止千万! 貴様らは我々に何をした! 無数の同胞を餓え悲しませた貴様らこそ悪! そして、天誅を下す我々こそ正義だ!」
「何を寝言を! 貴様らの主は私の妹を謀殺した! その嘆き! 悲しみが貴様に理解できるか!」
妹を殺したのはお前らだろう。よくもまあいけしゃあしゃあとそんなことを言えるものかと感心したぜ。
「ならば我々も同じだ! 貴様らの悪逆非道な行いでどれだけの同胞が絶望の淵で亡くなって行ったと思う! その何十万の悲しみこそ理解できるのか!」
「貴様ら下賤な者と私の妹が釣り合うと思っているのか!」
「釣り合わん! あんな下賤な奴一匹じゃ我が崇高な同胞の鎮魂になりはしない!」
「そうか! そこまで侮辱するならその罪! 身を持って味わうが良い!」
「我が同胞の弔いのため! 貴様の血も添えさせてもらうぞ!」
そうして舌戦は終わった。
まあ、正直な感想としては引き分けだな。
やはり言葉は苦手だ。
「お疲れ様だ、クロス」
陣幕に戻るとレオナが手拭いを用意していたので俺はそれを手に取りって汗をぬぐう。
「レオナ。お前、本気で戦えるか?」
相手はレオナの古巣である王国騎士団だ。
情に負けるようだと困るからあえて聞いてみる。
するとレオナは一瞬悲しそうな表情を作ったがすぐに引き締めて。
「今の私はジグサール騎士団副将軍レオナ=カリスリンだ」
「……そうか」
その迷いなき信念を聞いて俺は安心した。
そして手拭いを近くの世話係に投げ捨てて俺は立ち上がって宣言する。
「始めるぞ! 俺達の恐ろしさを奴らに見せてやれ!」
おおおおおおおおおおおおお!
俺の掛け声に全将兵が咆哮したな。
戦いの皮切りというのはまず魔導騎士団による魔法の打ち合いから幕を開ける。
ゆえに、戦いの序盤は如何にして魔導騎士団を守れるかによって決まると言えるだろう、が。
「ほら、やはりこちらは魔道騎士団を有していない分一方的に撃たれているわ」
ベアトリクスの言う通りクロス率いるジグサール騎士団には魔道騎士団がいないので遠距離攻撃が出来ず、結果的にこちらから攻め入るしかなくなる。
「そんなに気にする必要はないだろう。ほら、魔法による攻撃は魔防効果のあるミスリルの楯で防いでいる」
向こうから魔法が飛んで来るものの、こちらの被害はほとんどない。
それは彼らに持たせているミスリルの楯が大きな効果を発揮しているからだった。
「あれはサラが作った楯を量産した物だ。ミスリルが最も効果を発揮できるようミスリルの量や熱具合を計算されて作られたあの楯はこれぐらいじゃビクともしないだろうな」
「凄いです! 魔導騎士団の攻撃が全然効いていません」
サラは自分の作った防具が役に立って嬉しいようだ。
クロスは敵に接近するよりもまず魔導騎士団を何とかする必要があると考えたらしく、その場から動かずに弓矢部隊を前線に出す。
彼らの持っている弓矢は通常のと違い、少ない力で遠くまで飛ばせるよう設計された代物だった。
向こうは飛んでくるはずがないとたかを括っていたがそれが仇となり、守られていなかった魔導騎士団が次々と矢の餌食になってしまい、慌てて魔導騎士団を下げさせたのだが、すでにその数は半分以下にまで減っていた。
「とりあえず魔導騎士団は無力化させたな」
あれだけやられれば組織的な魔法は使えないと判断する。
「魔導騎士団は無力化させたわ。けど、それは局地的勝利にすぎない。向こうはまだあんなに厚い陣を持っているのよ」
ベアトリクスの言葉通り、向こうはこちらの倍を抱えている。
その彼らが槍を構えて突撃しようとしているのだから、参謀からすれば心もとないのだろう。
しかし、俺はそれを一笑に付する。
何故ならクロスも前線に突撃兵を送り込んで突進を開始した。
「あの槍は」
まあ、サラにとってもあの槍に見覚えがあるだろう。
何せあの槍は通常のと比べて何と約3倍の長さを誇る。
それらを一列に構えているのは壮観だった。
普通ならそんな槍など重くて持てないし、それ以前に作る前に折れてしまうのだが槍の中を空洞化させさらに金属配合を調整して強度を維持し、さらに槍を腰に装着させることによって持ち運びを可能としていた。
そのあまりのリーチの差に向こうはなす術無く打ち取られていく。
キルマーク騎士団長は不利と悟ったのだろう。
突撃兵を引っ込め、前線に大楯部隊を配置する。
「どうするの? あれを破るのは容易じゃないわよ」
王国騎士団の陣の幅はこちらの倍はあり、特に最前列から2、3段目まで大楯を構えいるので容易に打ち崩せないだろう。
しかし、俺はその懸念に首を振って。
「まあ、見ておけ。こちらの騎馬隊が出るぞ」
クロスの方から騎馬に跨った騎士が大楯部隊に守られながら王国騎士団へと接近する。
「どうしてあんなにバラバラなの? 普通は密集させて使うものでしょう」
ベアトリクスの指摘通り、騎馬隊の真の実力はその突破力にある。
そして、それを十分に生かすためには密集させるのが合理的なのだが、こちら側は百人単位で集合させた騎馬隊を各地に散布し、さらに彼らは方円陣を構えていた。
「さて、出来るかな」
序盤において最難関ともいえるこの局面をどう乗り切るのか俺も固唾を飲む。
騎馬隊がもう少しで敵と接する時、一際大きな銅鑼の音が鳴り、それを合図にして、100程度の騎馬隊の軍勢が動きを変える。
方円の陣形を組んだまま左周りまたは右周りと騎馬隊は陣形の円を回転し始めた。
それは戦場にいくつも出来た小型の台風。
こうして、高みから見下ろしている俺達は一目瞭然だが、向こうは何が起こったかが全く解らないだろう。
正面に居たはずの敵が、いつの間にか側面に居り、一瞬にして消えた様な錯覚に陥っているに違いない。
しかも、まるで途切れる事のない騎馬隊の側面攻撃を受け、兵士達は恐慌状態となっているはずだ。
「これは……」
ベアトリクスも始めて見る新戦法に目を丸くしている。
参考は戦国武将――上杉謙信が用いた車掛かりの陣。
風車の如く騎馬隊を回らせることによって敵に間断なく攻撃を仕掛けられるという利点がある。
ただ、この戦法は上杉謙信しか使えなかったという逸話の通り、習得するのに相当な技量が必要となる。
だからこそ俺はジグサールへ赴任した当初から2年間、この陣形を使える部隊を編成して、叩き込んでいた。
まあ、人間相手に使うことは予定外だったがその効果は実証された。
王国騎士団の陣列はズタズタに引き裂かれ、あちこちで逃げ惑う兵士が確認できる。
「……これは戦い方の歴史が変わるわね」
ベアトリクスの呟きを聞きながら俺は考える。
序盤は完勝。
魔道騎士団を無力化させ、敵の大楯部隊を打ち破って陣に食い込んだ。
「はてさて、次はどうなることやら」
戦いは中盤へと移り始めていた。
ベアトリクスはドSですから受けに回ると弱くなります。