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ベアトリクスの智謀

前置きが長くなりましたのでここらで一旦区切ります。

申し訳ありません。

 ――ジグサリアス王国謁見室。


 最も奥にある王座に俺は腰掛け、右にキッカ達武官を左にベアトリクス達文官を並べている。


 今行われているのは先の戦いで殺さずに捕えた貴族の処遇を本人の前で伝えることだった。


「エレナ=グランシリア=イーズルブル子爵だな」


 俺が静かにそう問うと彼女は頭を下げ、片膝をついたままゆっくりと頷く。


 エレナ子爵は無骨というか、一本気が通っている。180cmを超える身長にボリュームのある赤毛。すっきりと通った目鼻とそして燃えるような瞳が印象的だった。


 やはり何もできずに負けた悔しさなのかその態度が少しばかり固いし、全身から並々ならぬ殺気を放っている。


「……エレナ様、もう少し柔らかくなってください。ここで相手の不興を買ってもこちらが苦しくなるだけです」


 隣のキリングがそう諭すとエレナ子爵は完全にはないにしろ幾分か殺気が和らぐ。


 エレナ子爵を諌めたのは片眼鏡をかけている女性で、ちょっと仕草から知性が見え隠れしていた。そして、特徴的なのが黒光りする美しい髪である。


「何も申し開きはない、反逆者――ユウキ=ジグサリアス=カザクラ男爵。私は貴殿を反逆罪として捕えに参った、それだけだ」


「エレナ様!」


 その強気な口調に隣のキリングが血相を変える。


 そしてキリングは何とか誤解を解こうと口上を述べ始めたが、俺はそれを制した。


「噂に違わない御仁だな。まあ、その発言は許そう。さて、本日ここに呼んだのは何でもない。私はエレナ子爵にこれまでの働きを奨励して領地を送ろうと考えているのだ」


「え?」


 俺の言葉がよほど意外だったのか顔を上げて呆然とするエレナ子爵だが、構わず先に進める。


「体面もあるので名目上は直轄地となるがな。エレナ子爵が持っていた所領の特性上暖かい所は苦手だろう。エレナ子爵の隣り合わせであるヴァルザック公爵とベナンス侯爵を合わせた領地はどうかな?」


「あ、あの……」


「まあ、エレナ子爵は必然的に元シマール国の3分の1の領土を統治することになるわけだ。しかし、領地に移住する時期についてだが今は少し荒れていてな、こちらの準備が終わるまで我慢してほしい」


「ま、待って下さい」


「ん? 何か問題でも?」


「大ありです。そもそも私はあなたを討伐しようと兵を挙げた者です。罰を与えるこそすれ何故褒美を与えようとするのですか?」


 エレナ子爵は何故自分が領地を与えられるのか分かっていないようだ。


 やれやれ、有能な人間と言うのは得てして己の行いがどう映っているのか客観的に見ようとしないんだなあ。


 エレナ子爵が統治していた領地に住む者は、生活こそ貧しいが皆が笑顔だ。


 それにエレナ子爵自身も質素倹約を行って余計な散財をせず、飢饉などの際には民に手を差し伸べるなど善政を行っているんだよな。


「エレナ子爵はよほど謙虚な人物と見受けられる。そして、だからこそ私はお前にもっと多くの領地を統治し、民を守ってほしいのだ」


「し、しかし。私には分不相応です、謹んでおこと――」


 エレナ子爵は断ろうとしたが、隣のキリングが黙っていろとばかりに彼女の脇腹を突いたので彼女は蹲る。


「申し訳ありません。エレナ様は突然の事態に混乱していますので代わりに私がお伺いします」


 ツラツラと立て板に水のように饒舌に話すのだが、どこか知性の感じさせる雰囲気があるキリングが口を開いた。


「カザクラ男爵――いえ、王がエレナ様を殺さなかったのは善政を敷いているが故ですか?」


「その通りだ。少なくともエレナ子爵の領地から民の怨嗟の声は聞かない」


「次にお聞きしますが、エレナ様に領地を奉じるのは欲をかかなかったからですか?」


「そうだな、私が仕掛けた人の欲を刺激する罠を見事に見破った。これだけでもエレナ子爵は己を律することが出来る貴族だと判断した」


「最後にお聞きします。エレナ様に最大の領土を与えるのは何故ですか?」


「それはお前を始めとした有能な家臣を多く召抱えているからだ。人は万能でない、間違うこともある。だが、重要なことは間違うことでなく、間違いを認めて正すことだ。そして、その間違いを諌める家臣が多いエレナ子爵に最大の領土を与えるわけだ」


 俺は前もって用意してあった内容を述べるだけだったのだが、目の前にいる2人には効果が抜群だったようだ。あの切れ者そうなキリングさえ眼鏡がずれかかっている。


「……申し訳ありません、もう一つ質問をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「構わない、述べてみよ」


「それで……そこまでする見返りは何でございましょうか。あなたのために兵や軍事物資を支援することでありましょうか」


 そんなことを大真面目に述べたので俺は高笑いをしてしまった。


 2人が身構えたので俺は手を振って侮辱したわけでないとアピールする。


「済まない。決してお前達を侮辱したわけでないのだ。ただ、おかしくてな」


 と、そこまで言って俺はコホンと一つ咳払い。


「それに対する答えだが、エレナ子爵からは何も支援してもらう必要はない。しかし、誤解するな。それは役立たずと言っているわけでなく、エレナ子爵が私に味方して私が敗北した場合、王国はお前という貴重な人材を失ってしまうからだ」


 実際は負ける要素など微塵にもないけどな。と、心の中で付け足す。


「エレナ子爵の働きは誰よりも私が見ている。そして、お前が己の領地で奮闘している様子からエレナ子爵こそがジグサリアス王国最大の領土を持つに相応しい」


「「……」」


 そこまで言い切ると2人は押し黙って沈黙してしまった。


 いくら経っても何も言いださなかったので俺から口を開く。


「さて、エレナ子爵は王国から疑われない内に領地へ戻ってほしい。そして、できるなら臣を纏めてすぐに移動できるような環境を整えてくれると嬉しい」


 俺は2人に退出を命じる。


「どうした? もう終わりだぞ」


 と、俺がそこまで言った途端片膝をついていたエレナ子爵が両膝をつき、そしてついには額を床に擦り付けた。


「エレナ様!?」


 キリングは突然の事態に驚く。


 2、3秒ぐらいそうしていたエレナ子爵がパッと顔をあげる。その顔は感謝と尊敬の意があることをありありと伝えていた。


「王よ、これまでの無礼をお許し下さい。王がそこまで私に期待しているのならこのエレナ=グランシリア=イーズルブルは己の身命をとして忠誠を誓います」


 ハッキリと、迷いなくエレナ子爵はそう言い切った。




「これで良かったのか?」


 エレナ子爵が退室した後、俺は隣のベアトリクスに聞く。


「良いのよ。彼女は指揮官としても領主としても優秀だけどその子孫までが優秀とは限らない。だからエレナ子爵は派遣貴族として北を統治してもらうわ。それに、これからあそこは荒れるだろうから彼女の力が必要だろうしね」


「何か騙した様で気が引けるな」


 北方に位置するリーザリオ国は近い将来に侵略してくるのは火を見るより明らか。


 そしてその際に戦場となるのはヴァルザック公爵とベナンス侯爵の領地になると俺達は踏んでいた。


 だからその2つの領土に住む民を移住させている途中であり、さらにアイラ直属の部隊にある仕掛けを行わせている。


「……何というかお前はもう悪魔だな」


 そのあまりに凄惨な仕掛けの内容に俺はそう零したのを覚えていた。




「結局、捕えた貴族20人が全員俺に忠誠を誓ったな」


 謁見も終わり、一息をついた俺はそんなことを呟く。


「領地を与えるといってもそれは直轄地だから一代限りであり、領地を国に返さなければならないと明言しても彼らは渋面すら浮かべなかったな」


 贅沢かもしれないが、もう少し国のために死を選ぶ者が多いと考えていた俺である。


「アハハハハハハハ、何を言っているの? 例え紐付きでも領地を与えられるのだから逆らうより従ったほうが得よ。そして何より有能な者がこんな国と殉じるわけないじゃない」


 こんな国の元王女だったベアトリクスがそう俺を馬鹿にする。


「中にはいるだろう、容易く主君を変えられない不器用な貴族とか」


「そんな貴族は無能以下、ただの部品よ。まあ、その人が騎士だったら有能と言えるけど、少なくとも貴族においてそんな不器用だったらあっという間に食われるわ」


 どうやら複雑怪奇な政治を領分とする貴族においては応用が利かない人間だと駄目らしい。


「しかし、何度も言うが本当に俺が王を名乗って良かったのか? これが謀略ならお前が王女と宣言すれば良いと思うが」


 信じられないかもしれないが今の俺は王と名乗っている。


 掲げた標榜は『貧困に喘ぐ民を救うべく私が王となり、新しい国を建設する』というもの。


 それに関してベアトリクスは。


「ジグサリアス王国の戦力を確認したけどこれなら大義名分など必要ないわ。むしろこれだけ差があるのなら全てを破壊して一から作り上げた方が後々効率が良いのよ」


 とのこと。


 しかも不可解なことに自分や近隣の民からの反発もなく、むしろ好意的に受け止められている。


「良くやってくれた」とか「最後までついていきます」との評判から如何にこの国の民が愛想を尽かしているのかよくわかる。




 ところ変わって会議室。


 議題の内容は次に来るであろうシマール国最強と呼び声が高い王国騎士団3万についての対策だ。


「さて、ベアトリクス。何か策はあるか?」


 俺がそう振っても他の者は不満げな様子を見せない。


 やはり先日の貴族連合による大勝が皆の心境を変化させていた。


 と、言ってもそれは表面上だけで中身は全然納得していないのが見て取れるのだが。


 まあ、必要とはいえ3回も負けさせられたらそう思っても仕方ないよな。


「そうねえ……」


 ベアトリクスはまたも己の銀髪を弄りながら考え込んでいる。


 周りはベアトリクスがどんな意見を出すのか注視していたが、俺はクロスの様子が変だということに気付く。


 提案があるが、それを出していいのか。


 そんな葛藤と戦っているのが目に見える。


「クロス、何か意見はあるのか?」


 だから俺はクロスにそう聞いてみるとクロスは一瞬ハッとなり、そして表情を引き締める。


「はい、自分はこの王国騎士団と正面決戦を望みます」


 その言葉を受けた者の反応は2つに分かれた。


 武官組を中心に「それは面白い」と頷き、逆に文官組は「それは非常識だ」と渋面顔。


 クロスは続ける。


「我々の強さは控えめに見ましても王国騎士団より上回っています。ならば彼らと同じ3万で正面決戦を行って勝利し、『山』の強さを国の内外に知らしめては如何でしょうか」


「論外ね」


 クロスの提案にベアトリクスが一言で切って捨てる。


「よく考えなさい。今、この国は隣国リーザリオ帝国が虎視眈々と狙っているのに、何故精鋭ともいえる王国騎士団と正面から戦うの? 相手が喜ぶだけだわ」


「あんたはクロスの苦悩を知らないからそんなことが言えるのよ!」


 当然、キッカが反論する。


「確かに先の戦では勝利を得たわ! しかし、その代償としてクロスは軟弱な指揮官として周りから蔑まれている! あんたに分かる? 格下の相手に馬鹿にされる辛さが!」


 クロス率いる騎士団は自分たちのことを王国最強と自負し、それは下にも共通していたからこそ不満なのだろう。事実、最近兵が不祥事を起こすことが増えている。


 他を武官の様子を見ても程度の高低はあろうともキッカと同じ感情を抱いているようだ。いや、唯一レオナだけが何とも言えない表情をしているな。


「ふむ……」


 仮に3万を失ってしまったといってもまだ7万の兵を持つ。それだけあれば再戦も可能だし、何より今後のためにここでキッカ達のガス抜きを行ってもいいかなと思う。


「まあ、良いだろう」


「ほんとっ!?」


 その決定にキッカが目を輝かせ、他の武官も似たり寄ったりの表情を作る。


「ベアトリクスもその方向で進めることにする、だから納得しろ」


「我が君が仰るのならその通りに」


 俺は反対すると思っていたのだが、意外にもベアトリクスはアッサリと従った。




「意外だな」


 会議も終わり、キッカ達は勇んで軍の準備のために足早へと退出し、文官も己の業務を果たすとしてこの場にはいない。つまりこの場には俺とベアトリクスの2人だけだ。


「よく俺の意見に賛成したな。お前のことだからもう少し粘ると考えていたのだが」


「アハハ、あの時はそうした方が良かったのよ。ここら辺で我が君の株を上げておくべきだと考えてね」


「なるほどね」


 俺は得心する。


 ベアトリクスがあの場で引き下がってくれたからこそ、その後の会議は刺々しい雰囲気もなくなって議題を進めることができた。


「しかし、正面決戦でよかったのか? 勝てるには勝てるが。彼らの力量は侮れないし、何よりリーザリア国との戦いを考えれば降伏を促した方がいいんじゃなかったのか」


「あらあら、ただの騎士ならともかくエリートである王国騎士相手にそれは無理よ。彼らは貴族と違って全員石頭だわ、多分ほとんどの者が従わないから、それなら殲滅させて内外部に対する宣伝と自軍の士気向上のために利用した方が得よ」


 あの後に決まったことは『山』の強さを見せつけるために『風』や『火』は別命あるまで待機。あくまで騎士団のみでの決戦に決まった。


 こちらは騎士団しかいないのに向こうが竜騎兵軍団や魔導騎士団を持ち出してきたらどうするのか懸念したのだが、ベアトリクスがそれを否定する。


「『先の戦の評価はジグサール騎士団は弱いが、竜騎兵軍団と魔導騎士団があったからジグサリアス王国が勝った』というのが大勢を占めているわ。そしてこちらは王国騎士団との戦いで竜騎兵軍団と魔道騎士団を使わないと宣言しているのだから、プライドの高いキルマーク兄様が使うわけがないじゃない」


 まあ、それ以上に。


 と、ベアトリクスは続ける。


「自称、王国最強の騎士団が貴族連合に3回も負けた相手に竜と魔導師なんて投入したら後世の笑い者になるから誰であっても使えなかったでしょうね」


 アハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 そう言ってベアトリクスはクルクルと回りながら笑い始めた。

2011/12/8改訂しました。


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