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急転直下

『良いものだな』


 俺を背に乗せているイズルガルドはジグサールの上空を飛びながらそんな感想を漏らす。


 この老竜はキッカが竜騎兵の結成のために訪れた渓谷の長で、その時に俺と彼が交渉していくつかの竜を貸してもらったのだが、老竜は俺の何が気に入ったのか俺が生きている限りは共にいると言い始めた。


 なのでその老竜をイズルガルドと名付け、普段は南区画の隅にその巨体を置いている。


「そう言って貰えると嬉しい」


 眼前に広がるのは険しい山脈と活気ある豊かな街並み。

 

 ここに赴任してから1年半――荒れ果てていた都市は秩序を取り戻し、民も魔物に脅えるようなことはなくなった。


「イズルガルド、悠久の時を生きるお前からすればこの発展はどう思う?」


 何千年も生きていたイズルガルドにとっては人の営みなど一瞬にすぎないだろう。


 だが、それでも俺はこの発展は繰り返すものなのか、それとも俺だからこそできたのかが知りたかった。


 するとイズルガルドはしばし沈黙した後重々しく意志を伝えてきた。


『わしはお主が何をなすのかに興味があった。そして、お主はその期待を裏切っておらん」


「……ありがとう」


 詰まるところこの発展は俺だからこそ出来たと言っている。


 それが嬉しくて俺は自然にそう感謝を述べることが出来た。


「イズルガルド、もう少し高度を上げてほしい」


 俺がそう頼み込むとイズルガルドは承知したとばかりに羽を羽ばたかせ、それはジグサールが小指ほどの大きさになるまで続いた。


 ここまで高くなると寒いと感じるが、それでも俺は見てみたい光景があった。


 ジグサールの周辺は荒野や山脈が広がっているのだが、それ以東は不毛な地帯が続く『無限砂漠』。


 そこはジグサール周辺の魔物など比べ物にならないほど強大な魔物が出没する地域である。プレイヤー時代においてはジグサールが東の果てにある街となっていたので、あの無限砂漠から脅威がやってくることなど考えなくて良いだろう。魔物大侵攻も東からではないし。


 続いて西に見えるはシマール国の王都――カリギュラス。


 シマール国は平坦な土地が多い国なので馬や人などの交通手段が発達していた。また、温暖な地域に加え、肥沃な大地が広がっているためユーカリア大陸の中で最も農作物が豊富な国である。


 が、今はその土地に胡坐をかいて財産を潰し合っているのが現状だ。国の荒廃はますます進行し、国民の心は離れていっているにも拘らず王宮は目を向けようともしない。


 もはや末期症状なのではと俺は思う。


 北西に目を向けるとそこは険しい山脈が広がり、最も自然の驚異を受ける地域一帯を治めるリーザリオ帝国。


 あの国はシマール国と違い、気温も低くて土地が痩せ細っているので毎年のように餓死者や凍死者が出る国だ。常識的に考えるとそんな国などとうに滅びてもいいはずなのだが、土地に恵まれない分人が強い。


 リーザリオ帝国の農民に至るまで兵士としての資質があり、とくに帝国が管理している傭兵団は大陸最強と呼び声が高い。そのため武力に物を言わせて何度もシマール国に侵攻してくるのだが、ワイマール砦の堅固さによって攻めあぐね、そして持久戦を迫られて何度も撤退している。


 噂によると今年は飢饉だったそうだ。


 シマール国は対して影響はなく、小麦の値段が1割ほど上がった程度だったがリーザリオ帝国は死活問題だろう。このままだと例年より冬を越せない民が増えるのは必死なので、何かしら仕掛けてくるというのが俺の見立てだ。


 最後に南西。


 バルティア皇国は川が多数存在し、移動手段も船が主となっている。


 聞いたところによると皇都とされている水上都市ファルケニアは雨季の時期になると道が水没し、完全に船のみの移動となるらしい。


 交通の段は極めて悪いが、攻める方にとってはこれほど厄介なものはない。


 シマール国は陸地続きゆえに水軍というのが発達していない。逆にバルティア皇国の民は幼少の頃から水とともにあるため船での戦いはお手の物だ。


 そのためシマール国は何度もバルティア皇国の侵攻に失敗している。


 今のところは考えなくてもよいが、最近バルティア皇国は軍事活動が活発になってきているという報告があるため、気を抜かない方が良いだろう。


 シマール国よりさらに西側には多くの国が存在してあるが、これら三国に比べると見劣りする。


 時たま侵攻してくる場合もあるのだが、にべもなく撃退されているのが現状だ。


「イズルガルド、シマール国が潰れるのには後何年かかる?」


 シマール国が亡くなるのはもはや時間の問題。


 俺が困るのは魔物大侵攻前に他国が攻め入ってくることだ。


 もちろん勝つことは出来るのだが損耗した状態で魔物大侵攻に突入すれば多大な被害が出る。


 それが俺の中での懸念材料だった。


 するとイズルガルドは重々しい様子で。


『2年』


 と答える。


「……そうか」


 それなら大丈夫だな。


『ユウキよ、なぜ安心するのだ?』


「簡単だ、あと半年もしないうちにこのユーカリア大陸にある国の大部分が滅びるからだ」


 俺がこの世界に飛ばされて戸惑ったのはプレイヤーとしての知識が全然生かせられないことだった。


 存在するはずのない国が多数存在し、出没する魔物も弱すぎる。


 これはおそらく魔物大侵攻によって大陸地図が大幅に変わった結果だと考えている。


『ふむ、そんなことが起こるのか』


 残念なことにこの事実は誰も信じてくれない。


 俺は孤独だが、歩みを止めるわけにはいかないという思いがあった。


「まあ、後半年だ。その時に俺は世紀の笑い者になるかそれとも預言者になるか決まる」


 皆からピエロと笑われる前者でないことを願う俺は救いようのない阿呆なのだろうな。





 いつも通りフィーナとレアの3人で仕事をしていた俺達なのだが、緊急の連絡があるとかで応接室にそろっていた。


「エルファ様が直接いらっしゃるなんて初めてですね」


 レアの言うとおり、エルファは普段カリギュラスに滞在しているためここに来る用件などない。それに加えてアポも取らずに来たということは重大なことが発生したのだろう。


 椅子に座って数分が立つと扉が開き、そこからエルファが入室してくる。


「お久しぶりです、主」


 エルファは普段と変わりなく平坦な様子で頭を下げてそう挨拶した。


「ああ、久しぶり。どうした?」


 エルファがここに来た事はおそらく初めてではないのか。


 サラを呼び寄せたからエルファも来るのかと考えていたがその予想は外れ、まだ王都に残って人材を俺の所へ集めていた。


「調子はどうですか?」


「ああ、上々だ」


 そう言って当たり障りのない言葉を少し交わす俺とエルファ。


「ええと、主にお伝えしたいことが」


 あの冷徹なエルファが珍しく戸惑っているのを見て俺は警戒心を強める。


「百聞は一見に如かずと言います、このお方を見て下さい」


 その言葉とともに遅れて入室したのは一人の少女。


 おそらく俺と同じ年代だろう。役所の中から現れたのは腰まである見事な銀色の髪を持っている。儚げな印象を醸し出し、純白と言っても差し支えないほど白い肌と相まって次の瞬間には折れてしまいそうな雰囲気だった。


「ひっ!」


 俺には誰だから分からなかったが、フィーナは即座に理解したようだ。


 口に手を当てて視線も落ち着かなくなっている。


「ま、まさかこのお方は」


 レアも目に見えて狼狽する。


「えーと……紹介をお願いしていいか」


 俺はこの中でただ一人状況を理解していないので助け船を求める。


 すると鮮やかな銀色の髪を持つ少女はツカツカとレアの前を通り過ぎて俺の前まで歩き、目を覗きこんだ。


 その底が知れない銀色の瞳で探るように俺をしげしげと観察してくる。


 そのまま俺と少女は硬直していたが、先に動いたのは少女の方だった。


 視線を外して後ろへ2,3歩下がる。


「へえ、私を見ても動揺の欠片も無い。さすがエルファの好いた男だわ、こんな反応を取った人なんて始めて見た」


 アハハ、と何がおかしいのか高い声で笑い始める。


 声を上げると一転。先程の儚い印象が霧散し、代わりに狂気そのものの雰囲気が彼女から溢れ出してきた。


「エルファ、レア、フィーナ。誰でも良いから彼女が誰なのか教えてくれ」


「このお方は――」


「いいわ、エルファ。私が名乗るから。でもその前に面白い情報をあなたに伝えるわ」


 口を開きかけたエルファを制した少女は何が面白いのか畏まって胸に手を当てて話し始めた。


「『ユウキ=ジグサリアス=カザクラ男爵。貴殿は第1王女を暗殺した咎として申し開きの場を開くも欠席したことによりこの咎を認めることとする。よって反逆罪の刑に処する』だって。近くこの都市に騎士団を差し向けてくるらしいし、他の貴族も呼応しているようだからこのまま無防備だと蹂躙されて終わるんじゃないかしら」


 とんでもないことをサラリと言う少女。


 王女を暗殺?


 申し開きの場を欠席? 


 始めて聞く単語に俺は混乱する。


「どういうことだ? 俺はそんな知らせなど聞いた覚えはないぞ、それに第一アイラからその類の情報は上がってきてない」


「そりゃそうよ。だって昨日王女が殺されてその日に裁判、そして今日に騎士団を出動させることが決定したのだから。で、あなた達はそんな重大な出来事が迫っているのに呑気に遊んでいた」


 あっけらかんとそう言い放つ少女の瞳から喜以外の表情が見当たらない。


「どうしてフォルター宰相とキルマーク騎士団長が手を組んだのかというと彼らは前々から中立を保ち続けるあなた達の存在が目障りだったみたい。だからこの機に乗じて協力したのよ」


 憎い敵のために手を取り合う、素晴らしいわね。


 そう言ってアハハハハと今度は回りながら笑う。


「……一体何が楽しい。そして、お前は何者だ?」


 まるで俺の不幸を嘲笑うような態度に俺は目の前の少女に煮えたぎる怒りを感じる。


「ああ、凄いわあ。そんな顔も出来たのね」


 が、少女は全然堪えていなかった。


「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったわね」


 少女はそう言って回転を止めてこう言い放つ。




「私の名はシマール国第1王女、ベアトリクス=シマール=インフィニティ。殺されたはずの王女よ」


 アハハハハハハハハハハハ。


 もう楽しくて仕方ないと言う風に目の前の少女――ベアトリクスは笑っていた。


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