クロス将軍
とりあえず判明したことは自分に恋話など無理ということでした。
「全体! 整列!」
僕の隣に控えている副官がそう激励を飛ばすと眼前に控えていた3万に上る兵が一糸乱れずに統率を取る。
今は合同練習の最中。
全兵のうち3分の1を動員して行われるこの訓練は文官は勿論のことキッカやユキ、アイラやユウキも見に来るので決して無様な真似を見せることは出来なかった。
「右へ習え!」
ザッザと足音を鳴らして全員が右を向く。
「各隊に分かれよ!」
その指示を受けてからわずか5分後には綺麗な長方形が10個出来ていた。
「魚麟の陣!」
次から次へと出される命令に兵達は混乱することもなく所定の位置へ着いていく。100人や200人ならともかく3万の兵が生き物の如く動くというのは生半なことでは出来ないよ。
これはユウキが取り入れた公共事業による全体訓練の成果であるし、もう一つは。
「さすがレオナ教官ですね」
僕は右に控えている副官に向かって小声で称賛した。
するとレオナ教官は唇を僅かに綻ばせ。
「いえ。私は命令しただけであり、兵がここまで動いてくれるのはクロス将軍の人望です」
と謙遜するのは元僕の教官で今は副官の女性――レオナ=カリスリン。
レオナ教官はどんな暑い日でも礼服に身を包んでいることで有名だ。
とある事情で右目を失って眼帯をし、左目はその分鋭い光を放っている。年は20代前半で身長は180cmを超えるであろう長身と腰まで伸びた金髪ストレート。人形の様な整った顔立ち、そしてレオナ教官の最大の特徴である制服越しから盛り上がる胸があるせいでどんなに罵倒されようとも僕の他の候補生は喜んでいたのを覚えている。
ちなみに僕の身長は2mを超えている。
「レオナ教官、僕と話す時の敬語は何とかなりませんか? 肌がむず痒く感じます」
「何を言う。上司であるクロス将軍に普段通りの言動をとれば軍の規律に違反するだろう」
レオナ教官は大真面目でそう反論する。
「それに私のことを教官と呼ぶのは止めろ。私はクロス将軍の部下なのだからレオナと呼び捨てにするのだ」
「やっぱり厳しいなあ」
変わらないレオナ教官に僕は苦笑せざるを得なかった。
「私の目に狂いはなかった」
残った左目に感慨の色を浮かべながらそんなことを呟くレオナ教官。
すでに訓練が終わり、ユウキ達は引き揚げている。
隊長クラスとの反省会も終わって、この会議室には僕とレオナ教官しかいなかった。
「始めてクロス将軍を見た時からお前は将来大物になると直感し、例外的に幹部候補生の訓練を受けさせたことは正しかったと思う」
「僕はあれで何度も死にかけましたけどね」
あれは辛かった。僕は同年代と比べて体や力が大きいとはいえまだ13歳。
そんな僕が20歳以上の正騎士が受ける訓練に参加すること自体が無謀だった。
それだけでも辛いのにレオナ教官は僕にだけ厳しく当たる始末。
何回腕立て伏せをしたのかもう覚えていないや。
ユウキから貰ったブラッディーXが無ければ多分死んでいたと思う。
あの薬を飲むと血が沸騰したような高揚感と共に力が溢れてくる代わりに少し思い切りの良い性格になるんだよね。
「おかげで少し性格が変わりましたよ」
「フフフ、許せ。しかし、あの地獄を超えたからこそ今のお前がある。お前が率いるジグサール騎士団はシマール国で最強だ、近隣諸国と比べてもお前の騎士団には敵わない。これは王国騎士団元第二部隊の隊長だった私が保証する」
レオナ教官はその天才的な用兵術でエリート部隊である王国騎士団の部隊長を務めていた。彼女の指揮する部隊は精鋭と呼ばれ、どんな困難な状況でも必ず任務を達成することで有名だった。
「まあ、そんな輝かしい経歴を持つ私でもヘマはするものだ」
レオナ教官はそう言って影を落としたので僕は慌ててフォローする。
「そんなに落ち込まないで下さい! あれは国が悪いのです。ユリカール子爵の反乱を鎮めるために1000の兵を連れ添ったそうですが相手は倍の2000で、さらに城に立て篭もられている状況で勝てと言うのは無謀です」
信念を通すレオナ教官は兵達に親しまれ、騎士団の中で最も人気があったためそれを妬んだキルマーク騎士団長が仕掛けたのがその謀略だ。
結果は当然の如く失敗する。
多数の兵の命を散らし、国の名誉を落としたとしてレオナ教官は幹部候補生のお目付け役に左遷された。
「ああ、ありがとう。けどな、失敗したのは事実なんだよ。どれだけ言い繕っても死んだ部下は帰ってこないんだ」
レオナ教官はそう言って右目の眼帯に手を添える。
その傷はユリカール子爵の鎮圧に失敗し、撤退している際に飛んできた流れ矢によってつけられたものらしい。
任務に失敗し、部下を失い、さらに自身の目も失って追い打ちとばかりに名誉も失ったレオナ教官がどんなことを考えているのか僕には分らない。
「教官、僕はキルマーク騎士団長が許せない」
だからこそ、僕はレオナ教官をこの立場に追いやったキルマーク騎士団長を憎む。
「もし戦うことがあれば刺し違えても奴を葬り去ります」
それしか僕には出来ない。
だからそう力強く宣言することでレオナ教官を元気づけようとした。
するとレオナ教官は少し目を瞬いて僕を見、次にゆっくりと笑みの形を作る。
「その言葉は嬉しいが私はお前に死んでほしくないな。どこの世界に愛する人間の屍を見たいと思う?」
「いや、それはまあ……」
突然愛する人間とか言われて戸惑っても仕方ないと僕は思う。
そう慌てふためいている隙にレオナ教官は僕の隣まで近寄り、もたれかかってきた。フワリとしたレオナ教官の匂いが鼻腔に広がる。
「きょ、教官!?」
「今は教官じゃない、レオナだ。クロスの恋人としてのレオナだ」
「そ、そうか……れ、レオナ」
僕がたどたどしくそう呼ぶとレオナ教官はクスクスと肩を揺らして。
「何だ、今の君はヘタレモードだな。剣を持った際に見せるあの君はどこにいる?」
その言葉に僕の顔が引き攣る。
ブラッディーXの副作用というかあれを飲んだおかげで力は付いたものの剣を握ると少しだけ気が大きくなってしまうんだ。
「私に告白して振られた際、野獣のように無理矢理私を求めたあのクロスはどこに行ったのかな?」
「きょ、教官!?」
黒歴史を掘り起こされて僕は慌てる。
いつの間にかレオナ教官に恋心を抱き、意を決して告白したのは良いけどにべもなく振られた時のこと。
僕は剣を握っていないにも拘らず狂暴になってしまい、衝動のままにレオナ教官を求めてしまった過去がある。
「今振り返るとお前は殺されても文句は言えなかったな」
「それは、まあその通りです」
上司に恋心を抱き、それどころか無理矢理求めると言うのは極刑になってもおかしくない。
「まあ過ぎたことだ。キッカケはあれだったが、今はお互い恋人同士。終わり良ければ全て良しだ」
そう言ってカラリと笑うレオナ教官は本当に器が大きいと思う。
僕じゃ釣り合わないと思ってしまうほどだ。
そんなことを考えていると急に僕の唇が塞がれる。
驚く僕の眼前にレオナ教官の瞳が全く揺れずに僕を見据えていた。
しばらくの間、そのままの時が過ぎる。
ようやく唇を離したレオナ教官は普段とは違う震える口調で語りかけてきた。
「なあクロス。私は怖いんだよ。部下も名誉も何もかも失った私が今ではお前が傍にいて、さらに最高の騎士団を率いている事実が怖いんだよ。こんな幸せがあって良いのか、いつ失ってしまうのかを考えると怖くて仕方ないんだよ」
レオナ教官から漏れる弱音を聞いて僕は胸が締め付けられる思いがする。
レオナ教官も人の子だ。
人なのだから完璧なわけがない。
「……ごめんね」
だからポツリと僕は謝罪を口にする。
「僕はレオナのことを疑っていた。レオナの器があまりに大きいから釣り合わないと思っていた。本当にごめん」
僕は精一杯謝罪したつもりなのだが、レオナ教官は僕の様子を見て噴き出した。
「ハハハ、何を言ってるんだ。私よりお前の方が器が大きいぞ……全く、本当に今のお前はヘタレモードだな。あの野獣モードのお前はどこに行った? 私はあの本能丸出しで求めるあっちの方が好みだぞ」
「き、教官!?」
今までの雰囲気はどこにやら。急にレオナ教官は元気を取り戻してそんなことを言い始める。
「教官でないレオナだ。安心しろ、冗談だ。私は今のお前も好きだぞ」
「……本当に教官は冗談が多いですね。あの鬼教官とどっちが本当なんですか?」
「どちらかというと私はこっちの性格だ、出来れば1日中冗談を言って過ごしたいぐらいだ……しかし」
そう言ってカラカラと笑っていたレオナ教官だけど急に笑いを引っ込め、代わりに妖艶な雰囲気を醸し始める。
「ここから先は冗談でないぞ」
レオナ教官は自分の軍服に手を掛けてゆっくりと脱ぎ始めた。
意外ですがクロスはユウキより大分進んでいました。
まあ、ユウキがそんなことを知っても「あ、そう。おめでとう」済ますと思いますが。