妖刀アイラの鞘
2011/11/30
話を大幅変更しました。
「今日はここまで! 皆もアイラのように精進するように!」
教官の号令と共に本日の訓練が終わる。
今日は短刀を使った内容で、得意分野である弓矢ではなかったけど難なく一番を取れた。
ここはレンジャーを育成するための専門学校で私は2年目に突入したわ。
あらゆる職種の中で最も死と隣り合わせとされているレンジャーのための学校よ。
そのせいか入学してくる生徒も浮ついた雰囲気を持つ者が少なく、どちらかというと復讐や妄念に凝り固まった子供が多い。
「……またやられているわね」
部屋に戻った私はその惨状に溜息を吐く。
私の私物は全て部屋にぶちまけられ、足の踏み場の無いほど散らかっているわ。
全く、こんな姑息な手段を使うとか本当に陰険な輩が多いこと。
そんなに私が憎たらしいのなら実力で示せばいいのに。
自室の掃除を簡単に終えた私は備え付けのベッドに横になりながらそんなことを考える。
ここに入る人間は大体協調性がゼロなので部屋は個人に与えられ、調理台や不浄場も付いていた。
「ああ、早くユウキ様のお傍に参りたい」
最近は寝ても覚めてもそんなことを考える。
あのスラムから私達を引っ張り上げてくれたユウキ様。
私達のどんなに無茶なお願いにも快く叶えてくれるユウキ様。
私は親というものがどんな者なのか知らないけど、多分あんな感じなのだろう。
「少し疲れたわね」
今日の訓練は激しかったせいか普段は感じない眠気が襲ってくる。
「10分だけ眠ろうかしら」
そう決めた私はベッドから起きて立ちあがり、壁にもたれながら目を閉じた。
こうすると寝過ぎないで済むからちょうど良い。
起きた後は本格的に部屋の片づけでもしましょうか。
そこまで考えた私は心地よい睡魔に意識を手放した。
次の日
朝食を済ませた私は座学のため教室へと向かう。
まだ早い時間なので教室には人が少なく、まばらしかいない。
「あ、アイラだ」
そう声を上げて近寄ってくるのは2位に位置付けているオーラ=ユクリエス。
レンジャー志望には珍しく活発な性格で誰にでも声を掛ける人よ。
その気さくな性格から変人揃いであるこの学校でも人気がある。
確か前も誰かに告白されたとか言っていたわね。
まあ、ユウキ様と関係ないからどうでもいいけど。
「また孤立しているね、本当に辛くない?」
彼女は何が楽しいのかいつもそうやって私に声をかけてくる。
全く、本当にうっとうしい。
「……全然」
だから私はそっけなく答え、追い払うように手を振るのだけどオーラは全然堪えない。
むしろ。
「嘘付かないでよ、あれだけ邪険にされて辛くないわけないじゃないか」
そう私を心配してくる毎日。
本当に邪魔よ。
私は天を仰ぎながらそんなことを考えていたわ。
「ウフフフフフフフフ」
「あ、アイラ? 少し怖いよ」
隣のオーラが私を気味悪がるけど、どうでもいい。
何故なら次の課題が申告した人間をしばらくの間張り付くというものだからよ。
張り付く人間はもちろんユウキ様。
しばらく会えなかった分、しっかりと守らせてもらうわ。
ついでに害虫駆除も行おうかしらね。
オーラどころか教官さえも私に引いている様子を睥睨しながら私は心に決めたわ。
ユウキ様の屋敷の中で私は倒れていたわ。
「く……カハッ」
腹の底からせり上がってくる嘔吐感と闘いながら私は楽になるために体を丸める。
迂闊だった。
あのメイドの力量を見誤っていた。
ユウキ様に付き纏っているサラとかいう小娘は百歩譲って許すとしても、あのユウキ様を罵倒し責め立てると言う万死に値する言動を取るあのメイドだけは許せず、怒りのままに矢を向けた結果が今の様よ。
あのメイドにボウガンを構え、隙が出るまで張り付いた先に隙が出来たので私はその一瞬を逃さず矢を放った。
タイミングも完璧、軌道も問題無い。
私は仕留めたと感じた瞬間、あのメイドは首をこちらに向けて難なく矢を回避した。
失敗したらその場から逃げるのが基本。
それに忠実に従った私なのだけど、あのメイドにあっけなく追い詰められてしまった。
「まだまだひよっこですね」
私の鳩尾に膝を叩きこみながらそう教えることから、あのメイドは始めから狙われていたのを知っていたのでは。
そのために逃げるのが困難な場所にまで私を誘導してわざと隙を見せたのでは。
私は掌の上で転がされていた事実に気付き、二重の意味で悔いていたわ。
力が欲しい。
私は強烈に力を求めたわ。
だから私はユウキ様にどうすれば力を付けられるのか手紙を送ってみると数日後に小包が届いたわ。
その小包の中に収められていたのはブラッディーX――飲んだ人間の潜在能力を引き出す薬よ。
副作用の心配があるから異変を感じたらすぐに服用を辞めるようにと警告文があったけど私は気にしない。
力を得られるのなら私は全てを差し出すつもりだったわ。
その薬を飲み始めてから1ヶ月。
私は同級生から化け物と畏怖されるようになったわ。
飲み始める前も化け物じみていたけど、今では正真正銘の怪物だと。
教官ですら私に敵う者はいないまでになったわ。
でも、私の心は晴れない。
どれだけ称賛されようと畏怖されようと私の心は高鳴らない。
何故なら、私はまだ勝っていないから。
これまで何度も挑戦したけどあのメイドは私を苦もなくあしらう。
あのメイドと私の差は何なのか。
どうして敵わないのかずっと考える日々だったわ。
「アイラ、最近どうしたの? とても怖いよ」
あなたは……確かオーラだったわね。どうでもいいから名前を忘れかけちゃった。
あの薬を飲み始めてから酷く記憶が曖昧になってきちゃったのよね。
もちろん昨日食べた物とか授業で習った内容については逆に怖くなるくらい鮮明に覚えているのだけど、人の顔と名前が全然一致しなくなっちゃったのよ。
まあ、ユウキ様のことと全然関係ないから忘れても良い記憶なんだけどね。
そうこうしている内に授業が始まり、教官が講義を始めたわ。
すでに頭に入っている内容なので聞き流していたけど、途中で脱線した話に興味深い内容があった。
「狩人は見える罠と見えない罠の2段仕掛け行います。見える罠を回避したからといって油断していると獲物は見えない罠に絡め捕られます」
「これよ!」
突如私は電流に打たれたような天啓が閃いたわ。
これでようやくあのメイドを排除できる。
心の内から高ぶる歓喜に私は周りの奇異な視線などどうでもよかったわ。
「こんにちは、オーラ」
あの金髪のボブカットと少し小さい瞳は確かオーラだった気がする。
「アイラ、どうしたの? 私の部屋に」
突然現れた私に狼狽するオーラ。それはそうでしょう。
私が誰かの部屋を訪れるなんて初めてなのだから。
「少し聞きたいことがあってね……オーラ、あなたが私を苛めていた黒幕だったのでしょう」
そう言い放つとオーラはビシリと顔を硬直させる。
「アハハ、いきなり現われて何を言っているのかな。私がアイラを苛める? そんなわけないじゃないか」
ふうん、まだしらばっくれるのね。証拠も上がっているのに。
「オーラ。あなたのやり口は見事だった。私でさえ最初は無関係だと思っていたのよ」
オーラは直接手を下さず、間接的に情報を小出しすることで痕跡を残さず陰湿に私を責めていた。
「けど、あなたやり過ぎたわね。いくらばれにくくとも、何度も使用すればボロが出てくるのよ」
1つ1つだと分からなくとも、数が揃えばパターンというものが浮かび上がってくる。
そのパターンというのは個人個人が持つ特有の匂いの様な物。
それを辿っていけば自然と真犯人へ辿り着くのよ。
「そんなに否定するのなら証人でも連れて来ましょうか? ジェーンやキャシーが自白したわよ」
名前は確かこうであっていたはず。全く、本当に人の名前を覚える能力が低下しているわね。
そこまで問い詰めるとオーラは俯いたまま顔を上げなかったわ。
そしてそのまましばらく時が過ぎた後、顔を上げてこれまで溜まっていたものを吐き出し始める。
「どれだけ頑張っても私はいつも2番。私は1番でいたいの! アイラがいるから私が1番になることを許せなかったのよ!」
オーラは優等生の仮面を投げ捨ててそう叫ぶわ。
目を血走らせて恥も外聞もなく喚く姿はいつもの姿とは程遠いわね。
私はオーラの気が済むまで何も反論せず思うがまま叫ばしてやったわ。
「……私をどうするの?」
全てを吐き終え、息を切らしながら私にそう問いてくるわ。
「この事実を公表して私を除け者にする? 別にそれでも良いわ。私は負けちゃったんだもの」
諦め、蚊の鳴く様な声でそう呟くオーラ。
ふむ、もう良い頃かしら。
「それじゃあ一つお願いを聞いてもらおうかしら」
オーラが頷いたのを確認した私はこれからの計画について話したわ。
私はオーラとともにユウキ様の屋敷へ赴いたわ。
「ね、ねえ。本当にやるの?」
オーラは初めて経験することなのか声音が震えている。
「大丈夫よ、先程も言った通りあなたは囮よ。奴の注意を引き付けてくれればそれで良いわ」
あのメイドがオーラを相手にした直後にこの矢を放てばいくら化け物でも反応できまい。
これでようやくユウキ様に平穏を与えることが出来る。
そう考えた私は逸る気持ちを抑えてじっとその瞬間を待ち続けたわ。
「……ねえアイラ。彼女って何者?」
「化け物よ」
私は吐き捨てる様にそう言い放つ。
「アハハ、化け物が誰かを化け物と呼ぶかあ」
オーラは何が楽しいのか廊下に転がったまま笑い始めたわ。
襲撃は見事に失敗したわね。
一応弁護しておくけどオーラは相当な体術と短剣の使い手よ。
ブラッディーXを飲み始めた私でもオーラと組み手を行えば結構手こずらさせられるわね。
そして私はあれから弓矢の技量も磨き、獣にすら気取られないほど殺気を抑えることが出来るようになったわ。
なのに完敗。
不意を突いたにも関わらずオーラは一瞬で無力化され、その数分後には私も廊下に伏していたわ。
私は痛む体に鞭を打ち、壁にすがりながらも何とか立ち上がる。
「……オーラ、もう良いわ。私を虐めたことは金輪際口にしないから。と、いうより私はこれから先あなたの前に顔を出さない」
「どういうこと?」
「決まっているでしょう、私はもう学校を辞める。これ以上あそこで学ぶべきことはないわ」
知識も技能も吸収した。
教官も全て倒した。
ならもう学校にいる必要はどこにもない。
「……それでどうするの?」
「奴に弟子入りする」
もう決定している。
おそらく学校で学べる技量では奴に敵わない。
そうならば学校に通う意味はないに決まっているじゃない。
「おめでとうオーラ、これであなたは一番になれるわ。精々楽しい学園ライフを送っていなさい」
これ以上話すことはない。
だから私はオーラに背を向けて奴を探し始めたのだけど。
「……何をしているの?」
オーラは私の袖を引っ張って行かせないようにする。
「何か言いたいことでもあるの」
うっとうしいと感じながらも私は真意を問いただすと、オーラは口を開けてポツリポツリと語り始めたわ。
「私も連れて行って」
「は?」
突然そんなことを言いだしたオーラを私はマジマジと見つめる中、オーラは続ける。
「私は井の中の蛙だということを思い知ったわ。あんた達の様な存在を知っちゃったら学校で一番になっても満足できない。いえ、むしろよけい惨めになるだけよ」
オーラの決意は固いようです。
何が何でもついていくという気概が満ち溢れています。
「はあ、分かったわ。そんなに言うなら私も手助けしてあげる」
私はため息をついてオーラの願いを聞くことにしました。
「ん? どういうこと?」
オーラが首を傾げたので私はブラッディーXについて話し始めました。
「なるほど、あれがあったからアイラは常軌を逸し始めたのね」
あれを境に私が変化したのを感じ取っていたのでしょう。
「それを飲めば私もアイラ並みの強さを手に入れることが出来るのかしら」
「その可能性は限りなく高いけどお勧めしないわ。何せ強烈な副作用があるのよ。例えば私は感情が希薄になったわ。オーラもそう、それを飲めば心身に何らかの異変が現れる。もしかすると別人格に変貌してしまうかもしれないわ」
「構わないわ」
オーラは躊躇もなく答える。
「一番になれるのなら、強くなれるのならそれぐらい構わないわ」
オーラは瞳に決意の光を浮かべている様子から叛意を促すことをもう不可能でしょう。
私は手を差し伸べました。
「改めてよろしく、オーラ=ユクエリス」
するとオーラも笑顔で手に取って握り返してきます。
「こちらこそよろしく、アイラ=カザクラ」
お互い手に力を込めた瞬間、私は久しぶりに心から笑いが込み上げました。
「また私の侵入を許しました。一体あなた達は何の訓練を受けてきたのですか?」
私は定例会議の警備担当をしている者達を弾劾します。
彼らは申し訳なさそうに恐縮していますがそれで済まされると思っているのでしょうか。もし万が一が起きれば彼らは生かしておけませんよ。
もう少し彼らにそのことを理解させようと思い、さらに責めようと口を開きましたが。
「もうそれくらいにしておけば、アイラ」
「オーラ……」
呆れ調子のオーラがそう言いながら私の隣に立ちました。
諜報部隊副主任――オーラ=ユクエリス
装備
武器 デモンズダガー 5%の確率で即死
防具 闇夜のマント 闇を生み出す
頭 影の帽子 光を吸収する
足 盗賊の靴 AGL上昇 足音を消す
装飾品 梟の瞳 隠れている敵を見つける
ステータス
小剣 67
素手 66
隠密 79
魅了 72
支配 67
2人揃って学校を辞めた私達はそのままエルファ様に弟子入りを志願しました。
エルファ様も何か思う所があったのかユウキ様に私達のことが知らされないことを条件に私達を受け入れ、エルファ様の手足として動いていました。
で、オーラにも私が飲んだブラッディーXを施したところ、彼女は私と同じく技能が飛躍的に増大しましたが代償として。
「何かもう慣れたけど人を見上げるってしんどいわ」
オーラ曰く「私が8歳の頃とそっくりね」と言う通り幼児へと体が退行してしまいました。しかし、体は幼女にも拘らず体力も技能も成人のそれと変わらないことからオーラ自身はあまり気にしていないようです。
……本当にブラッディーXは摩訶不思議な薬です。
で、そのオーラが腰に手をを当てて私に説教を始めました。
「あなたはもう少し自分の力量というものを鑑みなさい。あなたが本気を出せば侵入を防げるのはエルファ様か私しかいないわ」
確かにその通りです、私を止めた者は今の所オーラしかいません。
「ほら、あなた達は行っても良いわよ。各自反省をしておくように」
オーラは私が一言も話さない内に勝手に解散を宣言しました。
「相変わらずユウキ男爵一筋ね」
残るのは私とオーラの2人だけになった時、オーラが感嘆とも呆れとも似付かない声を出します。
「皆がアイラと同じなわけないんだからもう少し加減しなさい」
「慰めるのはオーラの役目です。適当な所になれば止めてくれるから私は加減しなくてもいいでしょう」
「まあ、その通りだけど」
私の言葉にオーラは苦笑してしまいます。
信じられないかもしれませんがオーラは私の一番の理解者となりました。
エルファ様の下で共に過ごした仲故なのでしょうか、オーラと私はお互いの好みから行動、昨日何をしていたかまで全てを知っています。
余談ですがオーラと深い仲になって以降物忘れが止まり、今では感情を消したい時に消せるようになるまでコントロールすることが出来るようになりました。
具体的にはユウキ様の単語が出てきても感情を消すことによって相手の挑発に乗らなくなりました。
……オーラとの組み手ではそこを攻められて負け続けでしたからね。
「ユウキ男爵が大切なのは分かるけど、そこをつかれて熱くなるようじゃ駄目よ」
と、何度もオーラから注意されました。
「彼らの元へ行くのですか」
オーラはしばらく私と談笑した後踵を返します。
「ええ、アイラの折檻が原因で彼らが委縮してもらっては困るからね。彼らはあれでも将来有望の人材よ、フォローは必要でしょ?」
オーラはそう言って手を振りながらその場を後にしました。
「さて、私は情報確認でも行いましょうか」
残された私はこの国に散らばらせた多くの間諜が集めてきた情報を確認しに部屋へ向かいました。
苛めっ子と苛められっ子の関係から親友へ。
その辺りをテーマとして書いたのですが、締まらない内容になりました。
うーん、何がいけないのかなあ。