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ゲームの世界で第二の人生!?  作者: シェイフォン
第2章 市民として
12/55

父親の偉大さ

これを書きたいがために前の2話を書いたといっても過言じゃないですね。

ふう、ようやく次へ進めることができる……

「……激しい雨だな」


 夜――


自分の部屋でランプに明かりを付け、眠気がくるまで安楽椅子で揺られていた俺はふと外を眺める。


 窓には大粒の雨が打ちつけ、外の景色は自宅の庭の全貌さえ見渡せないほどの土砂降りだった。


「おお、雷だ」


 突然一本の閃光が走り、次の瞬間には山が崩れ落ちた様な雷鳴が鳴り響く。


 くわばらくわばら、念じていると俺の口からあくびが漏れた。


 ようやく眠気が来たようだ。


 俺は蝋燭の明かりを消してベッドに潜り込む。


「結局サラは断ったな」


 先日の夜――俺はサラの答えを聞きに行った時のことだ。




「すみません、師匠」


 俺が窓から入るなり額に頭を擦りつけて詫びるサラ。


「まあ、サラが選んだ道なら仕方ない」


 だから俺は肩を竦め、努めて何でもない風に演じる。


 本心としてはかなり落胆していたが、それを表に出したところで誰も得をしまい。そう、サラに罵声を浴びせて弾劾しても、期待外れだと切り捨てても双方共に苦しくなるだけだ。


「確認するが、サラは鍛冶を捨てて一人の娘として生きると」


 俺の問いにサラは頭を上げてコクリと頷く。


「両親を捨てるなんていう選択などできません」


 よく考えてみればサラはまだ14歳、親が恋しい年ごろだろう。


 あの時は激情に任せて家出すると宣言したが時が経つにつれて心細くなっていったと想像する。


「師匠、何て言葉を申し上げれば良いか……」


「気にすることはない。俺は前にも言ったとおりサラの将来を案じている。だからサラがそう決めたのであれば俺からは何もない」


「しかし……」


 俺の受けた教えを全て無駄にするという罪悪感からか弱々しい声。


「そんなに苦しいなら3年後にサラを招待するから受けて欲しい。それで償いになる」


 サラが鍛冶を捨てようが捨てまいがどっちみちサラを救う予定だ。


 そこでサラがハンマーを手に取るかは分からないが見殺しだけはしない。


「何せ俺の近くにいた人間だからな」


 心が弱くても頼りなくても俺と触れ合ったのは何かの縁。


 救いの手だけは差し伸べるつもりだ。


「それじゃあサラ。また3年後に」


「はい……」


 やれやれ、最後ぐらいはもっとシャキッとして欲しいものだ。




 サラと最後の別れのことを考えながらうとうとしていると、突然ドアがノックされる。


「主、起きていますか?」


「エルファか、入れ」


「失礼いたします」


 ガチャリと開けられて三つ又の蝋燭台を持ったエルファが慇懃に入ってきた。


 ティータさんに「メイドにさん付けはおかしいわよ」と注意されたから、今はエルファのことを呼び捨てにしている。


 フランス人形の様な整った顔立ちと鮮やかな緑色の髪が蝋燭に照らされてよく映える。外見はこれ以上ないというぐらいメイドなのだが、いかんせん俺を主として見ていない節があるのが玉に瑕だった。


「で、どうした?」


 俺は促すと、エルファは書類を読み上げるかのように淡々と語り出す。


「先ほど、玄関からドアを叩く音が聞こえましたので外を確認すると、サラが玄関先で蹲っていました」


「サラが? どうして」


 俺は眠気も吹き飛ぶような大声を上げたが、エルファは動じずに先を紡ぐ。


「詳しいことは本人に聞いてみないと分かりませんが、長時間雨に打たれていたせいか酷く憔悴しています。この状態では話すのを酷だと判断しましたので、濡れた服を着替えさせて温かい飲み物を飲ませ、客間で寝かせました」


「そうか、御苦労」


 サラがどうしてこんな夜中に来たのか、すぐにでも理由を知りたいが本人が話せる状態でないのなら無理させることはない。


「明日の予定は全てキャンセルすることにする。そして明日はサラの分の朝食も用意してくれ」


「はい、畏まりました。しかし、明日の予定といいましても実質予定なしなのですから格好付ける必要はないかと存じます」


 そんなことを言う必要は無いだろう。


 俺の無言の抗議が伝わったのかそれともいないのか。エルファの表情から判断することは出来なかった。




 翌朝、サラの様子を気遣いながら俺はパンをかじる。


 俺の向かいにいるサラは以前と打って変わって塞ぎ込む様子は痛々しい。


「サラ、食べないとスープが冷えるぞ」


 俺は何とか会話しようとサラに話題を振るのだが、サラはずっと俯いていた。


 一体どうすれば良い?


 俺は無言で後ろにいるエルファに助けを求めるが、エルファはピクリとも動こうとしない。


 ……本当に薄情だなエルファは。主が困っているんだから助けろよ。


 エルファはあてにならないので、俺はどうしたもんかと首をひねる。


「まあ、言いたくないのなら言わなくても良い」


 出てきた答えが無難な言葉だった……まあ、俺は誑しじゃないからそれでいいと思い込もう。


「部屋もあるし食事も心配するな。好きなだけ滞在してもいいから、気が向いたら話してくれ」


「……」


 本当に、何か反応ぐらいしてくれよ。この空気は居た堪れないのだぞ。


 俺は頭をバリバリと掻き毟る。ああ、どうして俺はこんな朴念仁なんだ。これならもっと女性と付き合って経験を磨いておくんだった。


「主、それは方向性が違います」


 え? 心の中を読まれた?


 俺は驚愕の面持ちで振り返るのだが、相も変わらずエルファはそこに佇んでいた。


 こうしている間にもこの気まずい雰囲気はどんどん進行していく。


 仕方ない、あれを試すか。


 俺はコホンと咳払いして立ち上がり、サラの隣にまで移動する。


「…………」


 サラは放心状態なので、俺が隣に来ても何も反応しなかった。


 本当に、やって良いのか?


 俺は最後の確認という意味でエルファに視線を送ると、エルファは微かに顎を縦に振った。


 ええい、後は野となれ山となれだ。失敗しても知らん!


 俺はサラの手を掴んで引っ張った。


 突然手を引っ張られたサラはバランスを崩し、俺の方向へと吸い寄せられる。


「はっ、え?」


 サラは俺より身長が高いが、今は椅子に座っている。だからサラの頭がちょうど俺の胸あたりに来た。


「ちょ、ちょっと待ってください師匠!? 何をやっているんですか?」


 サラがバタバタと暴れるが、俺はサラを離さない。


 体はサラと同じ14歳だが、普段から武器作りで鍛えられた体はこの程度の抵抗でビクともしないぞ。


「大丈夫、大丈夫だから……」


 俺はそう囁きながらサラの背中を優しく撫でる。そうするとサラは初めのうちは暴れていたものの、徐々に大人しくなっていった。


「ふむ、少々ありきたり感があり、さらに行動も遅かったですが及第点と言ったところでしょうか」


 それら一連の行動をそう論評するエルファ。


 ……お前、本当に俺のメイドか?


 この時ばかりはエルファに殺意を覚えた俺がいた。




 俺はエルファを食堂から叩き出そうとした。が、エルファは俺が全力で押しても岩のようにビクとも動かない。それでも俺は諦めずに押し続けているとサラが「もう良いです」という形で仲裁に入って現在に至る。


「家を追い出されました」


 サラはそう口火を切って昨日のことを話し始めた。


 昨日の夕食時にサラが両親にもう師匠の家に行かない、鍛冶も辞めると宣言したそうだ。


 サラはこれで終わりだと思った。これで今までギスギスした雰囲気が消えて元の暖かい空気が戻ってくると考えていたが実際は違った。特にサラの父親から発するのが剣呑になっていたのだ。


「父は本当にそれで良いのかと聞きました。だから私は頷いたのですが、父は嘘を付くなと怒鳴り、私を外へ放り出しました。そして私が呆然としている間にドアをピシャリと閉められたのを覚えています」


 ごめんなさい、そこから先の記憶が曖昧です。私は家の扉を叩いていたはずなのですけど、気が付いたら師匠の家で寝かされていました。


そう言ってタハハと笑うサラ。無理にでも笑おうとしているのか顔がぎこちない。


「……」


 俺はすべてを聞いてサラの父親が何をしたいのか考える。


 俺が直接向かった時にはサラと話もさせなかったので、サラの父親はサラに二度と鍛冶をさせないつもりだろうと考えていた。


 が、実際にサラが鍛冶を止めて家にいると宣言するとサラを勘当した。


「うーん……」


 サラの父親は職人というものを体現した人物だ。


 己の信念を貫き、決して外部の圧力に屈しない気質を持っている。


 あの時もそうだ。


 職人の間で女を入れることがご法度なのは周知の事実。


 俺も当初のころにサラを弟子入りさせ、それを妬んだ俺の弟子入り志願者が職人組合に密告して相当叩かれた。おかげで一時は俺の武器を持っている奴はこの街の鍛冶屋は相手にしないとここに来る商人や冒険者に通知され、「ユウキ=カザクラの作った武器は欠陥品」と誹謗中傷の連続だった。


 彼らも鍛えればそれなりの鍛冶職人になるのだが、サラと比較するとどうしても霞んでしまう。


 例えるなら人工の山と天然の山ぐらい違う。


 どれだけ土を盛り、木を植えて景観を良くしようとも所詮は作られた物――天然の山のみが持つ雄大さには何一つ敵わない。


 だからこそ俺は始めて訪れたサラのみを重点的に鍛え上げていた。


 サラを育てていたから村八分による精神的な攻撃は辛くなかったものの、金銭面で苦汁を味わったのを覚えている。


 本当に、ティータさんがいてくれて良かった……


 幸いにも俺が属性を付加させた武器を生成できることが広まり、職人組合よりも俺の武器を選ぶ者が増えたのでそういった弾劾運動は潜んだはずだが。


「サラの父親はあの時でもビクともしなかったのだが」


 危害はもちろんサラの自宅にも向かっていた。そこでも俺と負けず劣らずの非難を浴びたのだがサラの父親はサラがここに来ることを禁止しなかった。


「この無神経が」


 どうしてエルファに毒づかれなければならないのか、全然わからん。


 しかし、突然の出来事に戸惑っているのは俺も同じ。これは一度親父さんと話す必要がある。


 よし、行くか。


 俺は自分に気合を入れると勢いよく立ち上がった。


「サラ、俺はちょっと用があるから席を外す。何か困ったことがあればエルファに申し付けてくれ」


「え、ちょっと、どこに行く気ですか」


 俺の突然の行動にサラは動揺した。ここでどこに行くのか話すのは得策でないと判断した俺は嘘をつく。


「日課の散歩だよ。だから心配しなくていい」


 サラが次の言葉を述べる前に俺は背を向けて食堂を後にした。




「こちらでございます」


 俺が来ることを予想していたのだろう。突然現れた俺にサラの母親は多少目を見開きながらも前回のような硬直はなかった。


 前に来たときは店先で終わってしまったため、奥まで入ることはなかったが今回は違う、俺はサラの母親に案内されて小さい居間に案内される。


 そこは年季が入っており、多少汚れているが、日ごろの掃除のたまものなのか見かけほど酷くは無さそうだ。


「主人はもうそろそろ来ると思います」


 サラの母親は身長こそ俺と同じだが、横が俺の二倍ほどある。かといっても、それは不快に感じることはなく、逆に包み込む暖かさを内包しているように見えるのでむしろ安らぎさえ感じた。


「ありがとうございます、おばさん」


 ふっくらした顔立ちの、笑顔が似合いそうなのだが昨晩の件が影響しているのだろう。多少やつれて見えた。


「……」


 俺はサラの母親が淹れてくれた水を口に含みながら静かに時を待つ。


 すでに賽は投げられた、オロオロしていても仕方ない。


 二、三口ほどコップを傾けると、親父さんが奥からノッソリと姿を現した。


 例えるなら岩。体は鋼のように鍛えられ、服の上からでも筋肉が盛り上がっているのを確認できる。そして、その瞳はギラギラと輝いており、生半可な覚悟ではその瞳の前にたちまち吹き飛ばされてしまうだろう。


「こんにちは、おじさん」


 俺は背筋を畏まらせてまず始めに挨拶した。


「サラの師匠を務めているユウキ=カザクラです。よろしくお願いします」


「キュリアス鍛冶屋のジド=キュリアスじゃ。ユウキ殿の活躍は耳に届いている」


 本人は何気なく言っただけだが聞いているこちらとしては体の奥にまで響く重低音の響きがある。さすが長い間この店を守ってきただけのことはある。貫禄が滲み出ていた。


「サラについて伺いました。事情を聞いてもよろしいでしょうか」


「話す必要はない」


 つっけんどんに突っ張られる。その言葉に俺はどう反応していいか困っていると、さらにジドさんが言葉を重ねる。


「あいつとはもう親子の縁を切った。もう赤の他人じゃ。ユウキ殿が煮ようが焼こうがわしには関係あるまい」


 どうやらそれで話は終わりのようだ。ジドさんは立ち上がろうとしたので俺は慌てる。


「ちょっと待って下さい。サラは、サラは突然のことで混乱していました。せめてサラに何か言葉を掛けてあげてください」


「サラという娘は知らん。だからワシには関係のない話じゃ」


 どうやらこれで話は終わりらしい。ジドさんは立ち上がって背を向けた。


「お前ほど自分勝手な人間は見たことがない!!」


 俺は敬意をかなぐり捨てて腹の奥から叫んだ。ジドさんの足がピタリと止まる。


「サラを鍛冶から引き離すかと思えば勘当して家を追い出す! 何をしたいんだ、あんたは! サラを苦しませたいだけなのか!」


「そんなことあるわけなかろうが!!」


 大地が揺れたと思うぐらいの一喝。俺はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、ありったけの力を込めてジドさんを見返す。


「わしはな! サラが赤子の時から知っておる! サラが生まれてから今までの間! サラのことを考えんかった日など! 一日もあるまい!」


 こちらを見下ろしながら放つ一言一言が魂を抉り取るような衝撃を持っている。怖い、止めたい。そんな弱気な感情が胸の奥から出てきてしまう。


「じゃあどうしてサラを苦しめる! サラがどれだけ憔悴しているのかわかっているのか!」


「黙れ若造! 青二才が知ったような口をきくな!」


 人間は本当の恐怖を感じるとその場に凍り付くことを思い知った。ジドさんから発する冷たい怒りに俺は身動きすら出来ない。


「サラは貴様のことを話すたび目をキラキラさせよる! いつかは貴様のような武器を作りたいと訴えておる! そのために己の体を壊しても良いというぐらいにな! 娘が傷付いていく様子を眺めていたわし等の気持ちが貴様に理解できるか!」


 ジドさんの魂の叫びに俺は狼狽えてしまう。サラの態度に辟易していた俺が悪意ある課題を出してしまったのは事実。そしてそのためにサラは己の身を省みずに鍛冶に打ち込んでしまった。


 もし俺があんなことなどせず粘り強く接していれば今回のような事態にならなかっただろう。つまり事の発端は俺にあるわけだ。


「……これだけは言える」


 だからこそ、俺は筋を通す。


 殴られようが罵られようが言わなければならないことがある。


「俺とあんたはサラに対する対応を間違えた! もう少しサラのことを考えていればこんな事態にならなかった。そして、間違いはやり直せる! 俺とあんたとサラの3人で話し合えばまたやり直せる!」


 俺のミスはサラの欠点を知りながらも無理な課題を出してしまったこと。


 ジドさんのミスはサラの性格を知りながら鍛冶から引き離してしまったこと。


 この2つの間違いを正せば大丈夫だと俺は考えていた。


「……」


「……」


 しばらくの間、俺とジドさんは見つめあったまま動こうとしない。


 俺のほうはほぼ空元気だったが、ジドさんはどうなのか分からない。まだ底があるのかもしれないが、それでも俺は最後まで付き合おうと決めていた。


「……やはりユウキ殿は見かけによらず強いな」


 ジドさんがそうポツリと洩らして目を瞑った。


「娘のような世間知らずに対しても目くじら立てず、それ以上に娘の身を気遣う。そんなユウキ殿のような方であれば安心して任せられる」


 先ほどの剣幕が嘘のように消え、ようやく息が楽に据えるようなる。


「それならサラに会って下さい。そして、3人で話し合うべきです」


 俺はそう提案したが、ジドさんは寂しそうに首を振る。


「会えばわしはサラをここに引き留めてしまう。だが、それだとサラの夢を壊してしまうからそれは無理じゃ」


「そんな、それとこれとは別でしょう。鍛冶職人とジドさん、両立できる道があるかもしれません」


「はっはっは、ユウキ殿よ。今回のサラの態度を見たであろう。サラは弱い子じゃ。弱いがゆえに自分の夢よりもこの老いぼれを選んでしまい、弱いがために鍛冶職人への未練を抱きながら人生を過ごすことは容易に想像できる」


「それは……」


 俺が何と言おうか言葉に詰まっているとジドさんは続けて。


「サラにこう伝えてくれ『生まれてきてくれてありがとう』と」


 ジドさんは最後にそう言い残し、その場を立ち去った。




「お水をありがとうございました」


 俺はしばらくその場で呼吸を整えた後に席を立つ。


 もうここに来ることはあるまい。


 何となくだが、そんな予感がする。


「待って下さい」


 俺はそのまま立ち去ろうとしたが、その背に声が掛けられる。何だろうと思って振り返るとサラの母親が一抱えある荷物を両手に持っていた。


「サラの私物です。身一つで飛び出していきましたから、ユウキさんにさぞかしご迷惑を掛けているでしょう。少しでも軽くなればと思いまして」


 その中にはサラの服といくらかのお金が入っていた。金は要らないと断りたかったのだが、サラの母親は頑として受け取ろうとしない。


 こういうところは両親に共通しているんだなあと心の中で苦笑していたが、手荷物の奥の方にある一品を見て俺は目の色を変える。


「おばさん、これは家宝だ。さすがに受け取れない」


 俺が突き返したのは一本の古びたハンマー。相当年季が入っているがそのハンマーの材質は史上最高の硬さを誇るオリハルコン。おそらくこれ一本で俺の屋敷が買えるほど高価な代物だ。


「道具は使ってこそ意味があります。主人はこれを使うほどの武器を生成する技術を持ちませんでしたが、サラならこのハンマーを使ってくれると信じています」


 俺は思わず奥の方に目を向けると、ジドさんが背中を見せながら佇んで頷いていた。


「おばさん、サラについては安心してください。決して後悔させません」


 オリハルコンのハンマーを背負った俺はサラの母親の手を握りながら力を込めて訴える。


「本当に、本当にサラのことをよろしくお願いします」


 サラの母親は腰を深く折り曲げて俺を見送った。





「おかえりなさいませ、主」


「サラはどこにいる?」


「サラ様は客間です」


 自宅へと帰った俺はエルファにサラの居場所を聞いて客間へと向かう。


 サラはまだ元気がなかったものの、朝から大分回復したようだ。


「これ、サラの母親から」


 俺はまずサラの母親から受け取った荷物を渡す。


「……お母さん、お父さん」


サラはそれを見るとうっすらと涙が滲んできた。


「後、父親からの伝言だ『生まれてきてくれてありがとう』」


 俺は居心地が悪くなったので背を向けながらジドさんからの伝言を伝える。


 案の定、鼻をすする音が後ろから聞こえ、さらに嗚咽が漏れてきた。


 これ以上この場にいるのは耐え切れない。


 俺は早足でその場を後にした。


 扉を閉めると同時に部屋から泣き声が聞こえてきたのは言うまでもない。


「やれやれ、今日は疲れた」


 俺は歩きながらそう呟く。正直な感想、キッカ達を拾った出来事と並ぶほど忙しかった。


「ん? エルファ、何か用か?」


 途中にエルファが待ち構えるように立っていたので俺はそう声をかける。


「いいえ、何も。ただ、今日の主は主に近づいていましたよ」


「それはありがとう」


 俺は艶然と微笑むエルファの横を通り過ぎて自室へと戻っていった。




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