逢引き?
サラの話は次で終わりです。
やれやれ、本来なら1話で終わらせる予定だったのに……
世界最高峰の鍛冶職人という名は伊達でない。
高名な冒険者も大富豪も俺の武器を求めに来るため俺はあまり外へ出られないし、所用があって外出するにしてもこの馬車のように外から中の様子が伺えない様カーテンで外部と遮断されていた。
「まあ、有名税といったところか」
俺はフフンと鼻で笑うことにする。
と、いうか笑うしかない。一体何が悲しくて屋敷の外から出られない実質軟禁生活を送らなければならないのか自問してしまうため、ここは優越感に浸っておくことにしている。
「が、今はそんなことを考えている場合でない」
ダークサイドに陥るのは後でいい、今はもっと大事なことがある。
灯りがランプしかない中で俺は帽子やマフラーなどで顔を隠して準備をした。
エルファさん曰く、サラの実家は中堅どころの鍛冶屋らしくそれほど人気があるわけではないにしろ、それでも客はいるので変装しておいた方が良いとアドバイスをされたから。
正直な話、この程度で騙せるかなと不安だったのだがエルファさんは。
「経験上、人なんて顔さえ隠せば大概何とかなるようなものです」
と、非常に説得力がある言葉を紡がれたため俺は観念して従った。
変装を終えた俺は腕を組んでこれから起こることを予想してみる。
サラからの情報によると、自分は一人娘で他に子供はいないことからサラの両親はサラを目に入れても痛くないくらい溺愛しているだろう。
そして俺はその愛娘に無理をさせてしまった。
サラの両親の怒りは相当なものだろうと予測できる。
「今日はサラ本人に会うことは出来そうにないな」
アポもなしに突然訪れたのだから当然として、多大な親の怒りをぶつけられることは覚悟しておかねばならない。
「まあ、それは俺の所業に対する罰として受け止めればいいか」
重要なことは如何にこちらの誠意を相手に分からせるかだ。
確かに今回俺はサラを傷つけたが、それはサラの才能が大きすぎたから。嫉妬の感情も交じっていたと正直に述べよう。その上でサラの素直さを褒め称えれば両親も理解してくれるだろう。
「よし、これでいこう」
俺が頷くと同時に振動が大きくなったのは、石畳が敷き詰められている地区に変わったからだろう。
「ご到着しました」
その言葉と同時に業者は恭しく扉を開ける。
その通りはティータさんが薬屋を営んでいる地区と比べるとやや活気が劣るものの、その場所に漂う空気は実戦向きというか緊張感が溢れている。
そこを行きかう人を眺めても、油断ない雰囲気を漂わせていることから熟練の冒険者達だということが分かった。
古びた石畳を通り抜け、少し奥まった場所にある年季の入った店の前で俺は立ち止まる。
『キュリアス鍛冶屋』
ここが俺を師匠と呼ぶサラ=キュリアスの実家とみて間違いなかった。
「さて、入るとするか」
俺は己に発破をかけ、唾を飲み込んでから中へ入った。
入って2歩も歩かないうちにカウンターがあり、武器が壁に所狭しと並べられている。
少々狭いのではないかと感じたが奥から鉄を打っている音が響いてくることから売り場と鍛冶場、そして住居区がこの場所に詰め込まれているのだろうと考えると納得できた。
「あら、いらっしゃい旅人さん。今日はどのような依頼で」
そう店内を見回しているうちに奥から40代半ばの物腰の良い年配の女性が出てきた。
よく見ると目の辺りとかサラの面影が見えるのでサラの母親ではないのかと推測する。
「あら、どうしましたか? 何か私の顔についていますか」
頬を撫でながらそう聞いてきたので俺は首を振った。
俺は気付かなかったが、長い間彼女を見つめていたのだろう。そこは反省せねば。
と、まあそこら辺は置いて俺は本題を切り出す。
「サラの師匠、ユウキ=カザクラが参ったと伝えてください」
俺がそう述べると、サラの母親はビシリと硬直した。
「……」
これ以上言葉を重ねても意味がないだろうと判断し、俺は口を噤んで相手の判断を待つ。
1分、2分とお互い沈黙を保ったまま時が過ぎる。
「主人を呼んできます」
サラの母親は辛うじてそう告げるとそそくさとその場を後にした。
で、残された俺は扉にもたれかかって相手が出てくるまで待つことにした。
この間は非常に長く感じられる。緊張してのどが渇き、気持ちが落ち着かないので視線をあちこちに彷徨わせて気分を紛らわせる。一瞬外に出ようかと頭に過ったが、ここでそんなことをしてしまうと二度と来れないという確信があった。
そんな風に自問していると、奥からの音が止んで誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「ここからが本番か」
俺は唇を舌で湿らせながらそう呟いた。
世の中には不条理というものが存在する。
こちらがいくら友好を訴えようとも、手を取り合っていこうと手を差し出しても相手がそれの聞く耳を持たなければ意味がないということだ。
俺は今、その不条理を心の底から味わっている、何せ。
「……問答無用で外に放り出されるとは思わなかったな」
俺は服についた土ぼこりを払いながら毒づく。
あの時、サラの父親が現れたので俺はサラが如何に素晴らしいか、今後このようなことは起きないよう宣誓しようかと口を開いたのだが、言葉が出る前に俺は胸を掴まれて外へと投げられた。
まさかサラの父親がいきなりそんな強硬手段を取ってくるとは思いもしなかったので俺はさしたる抵抗もできず、なすがままに任せしかなかった。
で、俺としてはこのまま終わるわけにはいかなかったので、もう一度中へ入ろうとしたのだが扉は固く閉ざされている。
なるほど、つまり俺と話すつもりは全くないということか。
「せめてサラとお話しさせてください」
俺は扉をガンガンと叩きながら訴えるが返事は全くない。
仕方ない、根比べと行くか。
俺が叩くのをやめるか向こうが俺を招き入れるのが先かと考えたのだ、が。
「おい、ドアを叩いている少年はもしかするとユウキ=カザクラじゃないか?」
いつの間にか仮面が取れていたらしい。俺は慌てて装着するがすでに後の祭り。
このままだと取り囲まれて身動きが取れなくなると判断した俺は止めてあった馬車に乗ってこの場を後にする。
「……仕方ない、最終手段といくか」
乾いた唇を舌でペロリと舐めて俺はそのことの算段を始めた。
夜――この世界には電気というものがないため、必然的に明かりはランプなど油を使ったものになる。油は貴重なため、わざわざ街灯にするのは宿場街などよほど人の出入りが多いところだけ。
こんな一角など存在しているはずがないだろう。
明かりは外から漏れてくる光と月と星の光のみなので夜中遅くなると安全のため家に泊まらせた理由もこの暗さなら納得のいくものだ。
こんな場所で襲われたらおそらく完全犯罪が成立してしまうだろう。
「今はこの暗さがありがたいな」
で、俺はといえばその闇夜に紛れてサラのいるであろう2階の部屋のベランダによじ登っている。
フェザーブーツを使って己の体重が軽くなったとはいえ、この代物は空を飛べるわけではないので俺はフック付きロープを併用していたわけだ。
「これで見つかったら言い訳できないな」
俺の今やっていることはどう見ても犯罪、弁明など期待できないだろう。
「さて、エルファさんからの情報によると今がサラは一人の時間帯だな」
一体どこで調べたのか、エルファさんはキュリアス家の部屋配置はおろか全員のスケジュールまで割り出していた。
「これぐらい造作もありません」
素でそんなことを言ってのけたエルファさんにドン引きした俺を責められるものはいないだろう。
俺は一つ咳払いすると窓をコンコンとノックする。
「誰ですか?」
しばらくするとやや緊張気味ながらも返事をしてくれた。
今は少し張りがないが、その声はサラだろう。サラの両親でなくてホッとする。
「サラ、俺だ」
近所迷惑にならない程度でそう囁くと、突然カーテンを引かれ、窓を開けられた。
「師匠? どうしたんですかこんな時間に!?」
サラは突然現れた俺に混乱しているのだろう、目を丸くしている。
「シーっ! それを含めて説明する。だから中に入れてくれ」
俺の要望にサラは頷き、俺を中へ招き入れた。
「ありがとう、おかげで助かった」
サラの部屋に潜り込んだ俺はサラに一礼。もしあそこで叫ばれでもすれば俺は決死の逃避行を演ずる羽目になっていた。
で、サラの部屋を見渡した印象が。
「……独特の部屋だな」
俺は苦笑いするしかない。
俺の偏見かもしれないが、普通女の子の部屋というものは人形や服など可愛い物が置いてあるものだと考えている。
しかし、サラの部屋は。
「どうですか? このブラックアックス! これは師匠ほどではありませんが、有名なギルロティ=イエスマンが闇属性を付与させた逸品です。さらにこのアイスランスは……」
部屋の壁一面に飾られているのは武器。
それもほとんどが属性付きという高価な物ばかりだ。
サラの両親の身なりや店の規模からあまり繁盛しているとは考え難いので一体これらの武器を買うお金はどこから出てきたのだろう。
「ああ、これは私が生成した武器と交換したんですよ。私はこの都市でナンバー2を自負していますから。あ、もちろん一位は師匠ですよ?」
どうやらサラは商品として販売できるほどの技術を身に付けていたらしい。俺は誇らしい反面寂しい気持ちになる。
「で、師匠は何故来たのですか?」
そんなことを考えているとサラはそんな質問をしてきたので俺は咳払いを一つして口を開く。
「今日の昼ごろに尋ねたのだがそれは知らないか」
その答えに首を傾げる様子からサラの両親は俺が来たことを伝えていないようだ。まあ、俺が来たことなんて知っても両親にとっては面倒が増えるだけだから正しい選択かもな。
「まあいい。俺が来た理由は簡単だ、サラの様子が知りたくてな。あの日から来なくなって心配したぞ」
「アハハ、ありがとうございます」
俺の言葉にサラは唇を綻ばせるもすぐに俯く。どうやら両親との間で何かあったようだ。
「サラ、どうした? 元気がないぞ」
俺はさらに少し近づいて聞くと、サラはキッと眼を上げて俺を見上げた。
「師匠、私を連れて行ってください」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった俺を責められる者はいないだろう。が、サラは続けて。
「両親は私に二度と鍛冶に関わらせようとしません。そこらの娘としての人生を歩んでほしいみたいです」
「まあ、両親からすればそれが一番だろうな。誰が子供に好き好んで苦難の道を歩ませるものか」
俺に弟子入りするといい、これら高名な鍛冶師の武器と交換できる腕前といい、サラの行動力と才能は常軌を逸している。
「鍛冶に関わる以上サラはまともな人生など歩めまい。下手すれば想像を絶する不幸が待っているだろうな」
「勝手に決めないでほしいです! 誰が何と言おうと、地獄が待っていようと私はこの道を選びます」
サラは脊髄反射の様に俺に跳びかかって胸ぐらを掴む。
「サラ、詰め寄る相手が違うだろう。俺に食ってかかっても仕方がない」
「ああ、そうでした。ごめんなさい、興奮しまして」
タハハと笑って俺から身を離すサラ。
先程までサラの瞳がすぐそこにあったので動揺を見せないようポーカーフェイスを保つのに苦労した。
「とりあえず俺は3日後にまた来るからそれまでに答えを決めておけ」
「何でですか? すぐに行きましょうよ」
そう言って急かすサラを見て俺はため息が漏れる。
「サラ、今のお前は混乱している。突然親から鍛冶を取り上げられ、そして俺が現れたから冷静な判断を下せない状態だ。そんな状態で俺についてきてもサラが苦しむだけだぞ」
俺は窓に手を掛けて外に出る準備を整え、最後にこう言い残した。
「最後にだが俺もサラの両親もお前のことを気遣っている。だからサラが鍛冶を捨てても俺は引きとめたりはしない」
まあ、口ではそう言いつつも本心では3年後の魔物大進行が起こる前にサラを助け出して鍛冶に関わらせるつもりだが。
俺は個人の幸せのためなら才能を腐らせてもいいと唱える善人ではないぞ。