一時だけのセレブ猫
いつもとは少し変わった作品を一つ。
大きなオチは用意してないので注意。
女性「まぁレミちゃん、なんてかわいいの!」
レミ「に、にゃ~」
女性「さ、次のお洋服は…」
猫を置き去りに、洋服部屋へと走っていく女性。
床には赤いじゅうたんが敷かれ、これでもかというほどの眩いシャンデリア。
レミ「どうも。たった今『レミ』と名付けられた元ノラ猫です。この声は他の人には聞こえないんでご安心を。俺とあなただけに聞こえる不思議な言葉なんです」
長ったらしい台詞をサッと済ませた猫は、再び女性が持ってきた服を着せられる。
白いフリルがたくさん備わった、ピンク色の猫用ドレス。
あっという間に着替えが終わると、稲妻みたいな光の攻撃。
シャッター音も同時に聞こえてくる。
それが終われば、着ていた服を脱がされ、女性はまた走っていった。
レミ「あと、『レミちゃん』って呼ばれましたが、俺はオス猫です。女物の服を着せられましたが、本当はオス猫なんです」
女性が戻ってくると、今度はゴスロリ風な服を持っていた。
当然それを着せられ、また写真を数枚。
今着たばかりの服をすぐに脱がせられ、床に乱雑に投げ捨てられる。
その場にいるメイドさんがそれを拾い上げ、丁寧に畳んで机に置いていく。
レミ「一体いつまで続けるんでしょうね、あのババア。…おっと失言でしたね」
その後も疲れを知らないような女性は、あれから30着ほど着せ替えを楽しみ、猫を抱えて別の部屋へと移動。
レミ「音楽ってやつは、聞いてると眠くなるんですね…。ノラの時に聞いたのは車の騒音、魚屋の叫び声…懐かしいですね。ほんの数時間しか経ってないというのに」
女性は椅子に座り猫を抱き、ゆっくりと揺れている。
ピアノとバイオリンの生演奏。
静かな落ち着いた音楽が流れる中で、女性は紅茶を嗜んでいる。
猫はまぶたを重くし、もはや何も考えていないようだった。
レミ「ノラよりは、こっちの生活が…いいですね」
猫はまぶたを閉じて、眠りに落ちていった。
猫が目を覚ました時、目の前には赤く大きなたらこがあった。
それはたらこではなく、女性の唇だった。
猫は多少体をビクつかせ、自分を包んでいた布団から這い出た。
レミ「つい寝てしまいましたが、あれはさすがに驚きますよね。想像してください、油がギットリのデカい唇を。嫌でしょう?」
ノラの時に習得した技なのか、器用に部屋を出ていく猫。
女性が起きる気配はなかった。
廊下の隅を歩いていると、メイドたちの声が聞こえてきた。
猫はその声がする方へと足を進めていく。
メイドA「もう嫌になっちゃう。あのババア、猫に着せた服をわざわざ床に捨てるのよ。バカじゃないの」
レミ「…どうやらババアと呼んでいたのは俺だけじゃないようですね。安心しました」
メイドB「私なんてこの前、アイツがこぼしたワインを拭かされたのよ。それも足。自分で拭けっての」
レミ「相当嫌われているようですね、あのババア。どれ、ここは俺が彼女たちを癒してあげましょう」
声がする部屋のドアを前足で引っ掻いて、中にいる人に知らせる。
するとすぐにドアは開き、すぐに猫は発見された。
メイドA「猫は可愛くていいんだけどね」
レミ「にゃ~」
鼻を鳴らしメイドたちに擦り寄る。
メイドたちはしゃがんで、猫を撫でて楽しんでいるような表情を見せる。
メイドB「もしかしてこの猫も、あのババアが嫌で逃げ出してきたんじゃないの」
メイドA「かもねー」
レミ「にゃー」
しばらく遊ばれた猫だったが、嫌ではなかったようだ。
少なくとも、あの女性と遊ぶよりは、よっぽど楽しかったに違いない。
メイドB「そろそろ仕事に戻らないとね」
メイドA「そうよね。仕事はしたくないけど、ここで働いている限りはおいしい料理があるからね」
メイドB「料理だけはいいのよね、料理だけは」
メイドA「そういう事だから、バイバイ猫ちゃん」
レミ「にゃ~」
メイドB「なんだか人間の言葉がわかってるみたいね」
メイド2人は部屋から出ていく。それと一緒に猫も部屋を出ていく。
またも暇になってしまった猫。
レミ「たまには人のために何かをするのも悪くないですね」
来た方向とは別の方向へとゆっくり歩いていく。
すると肉の焼けるようないい匂いが、猫の鼻をくすぐった。
人間でも誘われるような、とてもいい匂い。
そちらの方へ足を運んでいくと、再び人の声がした。
今度は男たちの声であった。
コックA「まーた料理しなきゃなんねぇのかよ。もう辞めてやろうか」
コックB「あいつ、自分が嫌いな味だと投げ捨てますからね。ぶん殴ってやりたいですね」
コックA「そうなんだよ。今度お前がやってこいよ」
コックB「冗談キツイですよ」
シェフ「つまんねー冗談言ってないで、手を動かせ手を」
コックB「あーい」
コックA「料理の中にゴキブリでも混ぜてやりたいよ」
コックB「それいいっすね」
どうやらあの女性は、こっちでも嫌われているらしい。
猫は厨房には入らず、そこらの物陰へと入っていく。
壁と置物の裏、やや湿ったような隙間。
カサカサと動く黒い物体を仕留めた猫は、それを口にくわえて厨房へ入っていった。
物を床に置き、一声鳴いた。
コックB「先輩、猫が入り込んでますよ?」
コックA「ご丁寧にゴキブリを連れてか」
レミ「にゃー」
コックB「入れましょうよ、これ」
コックA「バカ言うな。そんなのがばれたら、俺たちの首が飛ぶどころの問題じゃないぞ」
シェフ「…ばれなきゃいいんだろ、馬鹿だな」
コックA「まさか本当にやるって…」
コックB「ばれなきゃいいんですよ、先輩」
食材を刻む音、炒める匂い、そして何とも言えない虫酸の走る音。
包丁で刻まれすり潰されたそれは、肉にかけるソースの一部として生まれ変わった。
味見は誰もしなかったが、見た目的にはソレが入っているとはわからない。
コックA「食うか?」
猫にソースを出してみるが、完全に顔を背けられる。
コックB「ばれないっすかね?」
シェフ「強めの味付けにしとけば大丈夫だろ」
シェフが味を強化している最中、コックAは猫に餌をあげていた。
余った材料の小さな魚の切り身。それと出汁を取った後のかつお節。
猫はどちらも食べつくし、厨房を後にした。
当てもなくふらついていると、先ほど会ったメイドの片方が猫を捕まえた。
メイドB「ババアが起きるなり大騒ぎよ、まったく…。寝てる時だけだわ、静かなの」
女性が起きると、一緒に寝ていたはずの猫がいなくなっており、メイドに探させていた。
メイドの腕の中で大人しくなっている猫は、元の女性のところへと運ばれていった。
猫が無事戻ってくると、聞くに堪えない声で嬉しさを表現していた。
自分の声の酷さに気付いていないのは、恐らく本人だけだろう。
その後、ディナーが始まった。
前菜、そして例のステーキ、デザート。
意外と気付いていないので、普段通りに食べていた。
女性が用意させた猫用のディナーも、一般常識とはかけ離れたものだった。
バランスゲームみたいなオブジェ。それが猫用のディナーらしい。
レミ「…なんとも食べにくい物を出してくれましたね、あのババア」
コックやシェフの方を睨みつけたが、まるで気付いていない。
しかも例のステーキに関わった3人は、してやったりという顔で女性を見ていた。
ずいぶんと気分が良いだろう。
ディナーが終わるとすぐに入浴の準備にと、メイドが慌ただしくしている。
あれこれ服を持って、タオルを持って、さらに猫用のお洋服も持って。
半強制的に浴場へと連れて行かれていった猫。
やはり一般家庭では想像もできない浴場が広がっていた。
猫は浅めの湯に入れられ、メイドに体を洗われている。
その間にも、女性は馬鹿でかい温泉に浸かり、和やかな表情をしている。
メイドC「私も猫とお風呂に入りたいわ」
レミ「俺もですよ」
メイドC「いっその事、私と生活してみない? ネコちゃん」
レミ「できるならそうしたいですよ」
メイドC「なんて、猫に行ってもムダか」
レミ「その通りですね」
通じない会話を成立させると、猫は女性のいるところに運ばれていった。
洗ったばかりの体を、すぐさまに汚されていった。
レミ「…汚れるのは慣れてますよ」
風呂も無事とは言えないが、ようやく終わった。
すでにベッドメーキングは済んでおり、あとは寝るだけの状況だった。
メイドの「おやすみなさいませ」の声で、電気は消され、カーテンは自動で閉められた。
猫は女性にくっ付けられ、見た目的にとてもキツそうであった。
しばらくするとけたたましい音が響き、暑苦しい猫は這い出し部屋を出ていった。
誰もいない、暗い廊下を音を立てずに歩いていく。
メイドのミスなのか、僅かに開いていた窓から外へと出た。
レミ「この屋敷と名前にお別れです」
猫は器用に窓を閉めると、ノラ猫へと戻っていった。
大学の帰りのバスの中で思いついた。
たぶんいつもの作品とは、少し変わった風になっていると思う。