表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

まだ名前のなかった駅で、君と

作者: 長谷川誠
掲載日:2026/04/16

車内のアナウンスが、夜の空気を切るように流れた。

「次は――星野駅です」

 聞いたこもなく、知らない駅名だった。

 僕は顔を上げ、窓際の外を見ると、街灯が途切れ途切れに並び、夜の明かりが微かに輝いていた。

 見慣れたはずの帰り道なのに、どこか遠くへ運ばれているような感覚があった。

 行き先表示には、確かに「星野」と表示されてたいる。

 しかし、そんな駅は、存在していなかった。

「……ねえ」

 隣から声がした。

 振り向くと、制服姿で身長が低く、目がぱっちりとした可愛い女の子が座っていた。

 いつからそこにいたのか、分からない。

「この電車、変じゃない?」

 女の子は小さな声でそう尋ねた。

 その言葉に、胸の奥で固まっていた違和感が、ゆるくほどける。

「やっぱり、そう思う?」

「うん。星野駅って……聞いたことない」

 同じことを考えていたらしい。

「俺も、この路線ずっと使ってるけど、そんな駅ないはずなんだよな」

 そう言いながら、自分の言葉に確信が持てなくなる。

 本当にそうだったのかさえ、曖昧になる。

「だよね……」

 彼女は窓際の外に視線を戻した。

 夜は、何も答えないまま静かに流れていく。

「名前、聞いてもいい?」

 少し間を置いて、彼女が聞いた。

「高橋悠斗っていうんだ。」

 僕がそう名乗ると、彼女はゆっくりと頷いた。

「あたしは佐藤舞だよ。」

彼女は僕に自分の名前を名乗る。

 そして、電車は揺れ続け、 規則的な振動が、思考を少しずつ曖昧にしていく。

「ねえ。高橋くん」

 舞は、窓にうっすら映る自分を見ながら言った。

「もしさ。この電車が本当に知らない場所に行くとしたら――どうする?」

 唐突な問いだった。

 僕は少し考えた。

「……降りないと思う」

「どうして?」

「分からないけど」

 僕は言葉を探しながら、続ける。

「戻れなくなる気がするから」

 舞は、小さく笑った。

「私も、同じこと考えてたぁ。」

 その笑い方には理由のない安心感があった。

 沈黙が、今度は心地よく流れた。

「ねえ」

 舞が、少しだけ声を落とす。

「将来さ。」

「うん。」

「普通に結婚して、普通に大好きな人と暮らしたいなって思ってるんだ」

 夜の窓に、自分の輪郭がうっすら映る。

「普通って?」

「帰る場所があって、好きな人がいつもいて。」

 舞は少しだけ考えてから、言葉を足す。

「一緒にご飯食べたり、くだらない話したり」

 それだけのことを、大事そうに言う。

「そういうの、いいなって。」

 電車の音が、わずかに大きく響く。

「、、いいと思う」

 僕は自然にそう答えていた。

「高橋くんは?」

「似たようなもんかな」

 本当は、そこまで考えたことはなかった。

 けれど、その場では、それが一番しっくりきた。

「そっか」

 舞は、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。

 その表情だけが、妙に記憶に残った。

 揺れが激しくなる。

 瞼が、重い。

「ねえ。」

 遠くで、声がした。

「覚えてなくても、いいから」

 意味を考える前に、意識が途切れた。

 ――目を覚ますと、いつもの電車だった。

 見慣れた車内。そして、いつものアナウンス。


 夢だったのかもしれない。

 ただ、隣の席だけが、かすかに温もりを残していた。

 それから数年後。

 仕事帰りに立ち寄った店で、彼女と再会した。

「……あ」

 同時に声が出る。

 初対面のはずなのに、どこかで会っている気がした。

「どこかで会ったこと、あるよね」

 舞が尋ねる。

「……たぶん」

 僕はそれ以上は分からない。

 けれども、それで十分だった。

 言葉にしなくても、距離は自然に縮まっていった。

 何度も会って、同じ時間を重ねて、気づけば――隣にいるのが当たり前になっていた。

 そして、僕たちは結婚した。

 ある日、新しい駅が開業するというニュースを見た。

 その名前に、耳が止まる。

 ――星野駅。

「行ってみる?」

 僕がそう聞くと、舞は少しだけ考えてから、頷いた。

 夜の電車に乗る。

 窓の外には、街の灯りが静かに流れている。

 どこか、あの夜と似ていた。

「ねえ、悠斗」

 舞が言う。

「こうやってさ」

「うん?」

「一緒に電車乗って、帰る場所があって」

 少しだけ間を置き

「隣に誰かがいる生活。」

 その言葉に、胸の奥がかすかに揺れる。

「前に、そんな話、した気がするんだよね」

 アナウンスが流れる。

「次は――星野駅」

 電車が、ゆっくりと減速を始める。

 僕は、舞を見る。

 彼女は窓の外を見たまま、静かに言った。

「帰る場所があって、誰かがいる生活。」

 ほんの少しだけ、笑う。

減速を始める、電車とともに

『悠斗?』

舞はゆっくり言う。

『あたしのこと、好き?』

『大好きだよ。』(終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
清々しい作品ですね! 有難うございました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ