第21話 即席攻略パーティ、だいたい全員めんどくさい
学園長オルバス・グランディールの口から、
「この学園には、昔から“人の役割”を操るような歪みがある」
と告げられた翌日。
九十九院霊真は、朝から妙な種類の緊張を覚えていた。
自分一人で動くなら話は早い。
違和感のあるほうへ行き、気になる人の話を聞き、必要なら助ける。それだけだ。
だが今回はそうではない。
学園長の判断により、霊真は主要な面々へ極秘に事情を共有し、秘密裏の調査協力体制を作ることになった。
つまり。
王子。
悪役令嬢。
本来ヒロイン。
騎士枠。
天才魔術師。
聖女候補。
そういう、どう見ても一つの物語の中心でしか見ないような面々と、同じ部屋で作戦会議をすることになったのである。
霊真は思った。
――これは、だいぶ面倒そうです。
だが、断る理由もない。
学園に歪みがあるのなら、それを放置するわけにはいかない。
セレスティア・フォン・ローゼンベルクを狙う流れがまた強まっているなら、なおさらだ。
そして何より、学園長の言葉がずっと胸に残っていた。
役割を操るような歪み。
それはつまり、誰か一人を悪役へ押し込め、誰かを主役へ祭り上げ、誰かを無自覚のまま利用する流れが、意図的に作られているということだ。
もしそうなら、敵は単純な嫌がらせをする生徒一人ではない。
もっと見えにくく、もっと根深い。
だから今回は、少しばかり人手が必要だった。
◇
会合の場所に選ばれたのは、学園長室ではなかった。
さすがにそこでは人目があるということで、図書塔のさらに奥――普段はほとんど使われない閲覧準備室の一つが使われることになった。小部屋ではあるが、窓が高く、本棚と古い机が並ぶ落ち着いた空間だ。鍵もかかる。秘密の話をするには十分だった。
霊真が最初に中へ入ったとき、すでにルシアン・エーデル=クロイツがいた。
銀髪の天才魔術師は、何枚もの紙を机に並べ、最初から説明する気満々の顔をしている。目の下には少しだけ疲れの影があるが、そのぶん眼光は鋭い。寝不足の研究者特有の危うさが増していた。
「来ましたか」
「はい」
「あなたが最初でなかったのは少し意外です」
「私のほうが早いとお思いでしたか」
「いえ。王子殿下が責任感で先に来るかと思っていました」
その言葉通り、次に来たのはアルフレッドだった。
王子は今日もきちんとしていた。
だが、きちんとしすぎていて少し疲れて見える。
扉を閉めてから小さく息を吐くあたり、彼なりにこの会合の重みを感じているのだろう。
「おはよう、レイシン」
「おはようございます、アルフレッド殿下」
「殿下はいらない」
「では、アルフレッド殿下」
「残るな……」
最近このやり取りが増えてきた。
次に来たのはミレーユ・セラフィナだった。
礼拝堂で会うときと変わらぬ柔らかな雰囲気だが、今日は聖女候補というより、少しだけ“まとめ役”の気配が強い。空気が悪くなることを最初から予想していて、その空気を整えるつもりで来ている顔だ。
「皆さま、お揃いになる前から少し空気が重いですわね」
「まだ三人ですが」
霊真がそう言うと、ミレーユは困ったように微笑んだ。
「三人でこれなら、これからが少し心配です」
その予感はたぶん正しい。
さらに少しして、ガイゼル・ヴァン・ドレイクが来た。
扉を開けた瞬間から、彼だけ明らかに場の毛色が違う。
騎士枠というより、訓練場からそのまま来ました、みたいな空気である。
「うわ、やっぱこういう密談っぽい場って苦手だわ」
「おはようございます」
「おう。……って、王子殿下もういるのかよ」
「来るだろう、普通は」
「いや、来るとは思ってたけど、実際にいるとちょっとめんどくせえなって意味で」
「失礼だな」
そう言いながら、アルフレッドも少しだけ苦笑していた。
以前より、この二人の間の空気も柔らかくなってきているらしい。
そのあと、リリアーナが遠慮がちに入ってきた。
「お、お待たせしました……」
やはりまだ、この面々の中では少し気後れしている。
王子と、セレスティアと、ルシアンと、ミレーユと、ガイゼル。そこへ自分と霊真がいる。客観的に見て、自分が“中心人物の一人”として呼ばれていることにまだ慣れていないのだろう。
そして最後に。
セレスティア・フォン・ローゼンベルクが入ってきた。
扉が開いた瞬間、空気が一段引き締まる。
本人が何かしたわけではない。だがこの学園では、彼女がいるだけで周囲が勝手に緊張する。
今日の彼女は、いつも以上に整っていた。
崩れぬよう、完璧を鎧にしている顔だ。
だが霊真には分かる。
少しだけ寝不足で、少しだけ呼吸が浅い。
そして、アルフレッドと目が合った瞬間、互いにほんの一拍だけ動きが止まる。
ぎこちない。
非常にぎこちない。
婚約者同士というより、昨日喧嘩別れした何かみたいなぎこちなさだ。
もっとも、その喧嘩別れに近いことを実際にやりかけていたのだから、当然といえば当然である。
「……皆さま、お揃いのようですわね」
セレスティアが淡々と言う。
リリアーナはその声を聞いただけで少し背筋を伸ばした。
こちらもこちらで気まずい。
以前よりは単純な敵意ではないが、それでも“うまく話せる関係”ではまだない。
結果として、部屋の空気は大変微妙になった。
◇
全員が席についたが、すぐには誰も話し出さなかった。
王子と婚約者はぎこちない。
リリアーナは気まずい。
ガイゼルは居心地が悪そうに椅子へ深く座り、
ルシアンは早く説明したくてたまらない顔をしている。
ミレーユだけが、どうにかこの場を人間的に整えようとしていた。
「では、まず情報共有から始めましょうか」
ミレーユがそう切り出したことで、ようやく会合らしくなる。
アルフレッドが頷く。
「学園長から大枠は聞いている。この学園には、昔から“人の役割”を操るような歪みがある可能性がある、と」
その言葉に、リリアーナがごく小さく息を呑んだ。
ガイゼルは腕を組み直し、ルシアンは待ってましたと言わんばかりに紙束を手に取る。
「可能性ではなく、かなり高確率です」
開口一番、それである。
「前回の断罪未遂、今回の禁制品、脅迫文、密告文。その流れすべてに、感情の偏りと魔力の偏向が見られます。偶然の一致で片づけるには無理がある」
そしてそこから、説明が長かった。
非常に長かった。
魔力残滓がどうとか、
感情誘導の補助術式がどうとか、
流れの偏りがどうとか、
紙とインクと人の動線と心理傾向がどうとか。
説明自体はたぶん重要なのだろう。
だが重要であればあるほど、ルシアンは細部から話したがる。
結果、三分ほどでガイゼルが口を挟んだ。
「回りくどい」
「回りくどくありません。順序立てているだけです」
「順序が細けえんだよ」
「雑にまとめて誤解されるよりましです」
「その理屈で毎回長くなるんだろうなおまえ」
ルシアンの眉がぴくりと動く。
ガイゼルも負けていない。
ミレーユが「お二人とも」と穏やかに割って入り、
リリアーナはどう止めていいか分からずおろおろしている。
セレスティアは腕を組んだまま、冷静な顔で言った。
「つまり、誰かが学園内の空気を意図して傾けている可能性が高い、ということでしょう」
ルシアンが一瞬止まり、不本意そうに頷いた。
「……その要約は正しいです」
「最初からそうおっしゃればよろしいのに」
「最初からそう言うと理解が浅くなるんです」
「今のところ十分ですわ」
なぜかセレスティアとルシアンのほうでも火花が散る。
アルフレッドがこめかみを押さえた。
「君たちは、全員集まるとどうしてこうなるんだ」
霊真は静かに周囲を見渡した。
皆、それぞれに正しいことを言おうとしている。
だが全員、少しずつ性格が面倒だった。
そのとき、ガイゼルが何気なく呟いた。
「なんだこの面子、恋愛小説の主要人物みてえだな」
部屋が、ぴたりと止まる。
セレスティアが目を細め、
リリアーナが赤くなり、
アルフレッドが一瞬だけ咳払いし、
ミレーユが静かに視線を逸らし、
ルシアンは「何を言い出すんですか」とでも言いたげな顔になる。
霊真だけが真面目に考えた。
「恋愛小説とは、このように険悪なのでしょうか」
沈黙。
次の瞬間、ガイゼルが吹き出した。
アルフレッドも耐えきれなかったらしく、苦笑を漏らす。
ミレーユは口元を押さえ、リリアーナは「そこですか!?」みたいな顔になり、セレスティアでさえ一瞬だけ呆れたように目を閉じた。
妙に張っていた空気が、そこでようやく少しだけ緩んだ。
「……やはり君は変だな」
とアルフレッド。
「よく言われます」
「便利ですね、その返事」
とリリアーナ。
「最近そうかもしれません」
と霊真。
「自覚的になってるじゃありませんか」
とミレーユ。
「そこは成長と呼ぶべきかもしれません」
とルシアン。
「成長の方向が変ですわ」
とセレスティア。
「でも少し助かってるだろ、おまえら」
とガイゼル。
たぶん、その通りだった。
◇
ようやく会議らしい形が整い始めたところで、アルフレッドが机へ身を乗り出す。
「では、役割をはっきりさせよう」
それは王子らしい切り替えだった。
場を緩めたまま流さず、次へ進めるために言葉を置く。
「レイシンは全体の軸だ。違和感を拾うのは彼が最も早い」
「軸、でしょうか」
「違うか?」
「いえ」
自覚はないが、否定もできなかった。
「私は王族と学園運営側の情報を見る」
とアルフレッド。
「わたくしは、貴族側の内情と敵意の流れを追いますわ」
セレスティアが続ける。
この分担は、彼女にしかできない。上級貴族の空気や、誰がどこで誰へ圧をかけているかは、貴族社会の内側にいる者でなければ見抜けない。
「私は……庶民側、ですか?」
とリリアーナが少しおずおずと訊く。
「噂の拡散経路です」
ルシアンが答えた。
「君のほうが自然に聞ける相手が多い」
リリアーナは一瞬迷ったが、やがて頷く。
「分かりました。やってみます」
「俺は実働と護衛だな」
ガイゼルが言う。
「こういうの、頭回すより動くほうが性に合ってる」
「否定できません」
ルシアンが即答し、ガイゼルに睨まれる。
「ルシアンは魔術解析」
とアルフレッド。
「異論はあるまい」
「当然です。むしろ私以外にやれる人がいません」
「そういう言い方をなさらなければ、もっと好かれますのに」
とセレスティア。
「好かれるために研究していません」
とルシアン。
また始まりそうな空気を、ミレーユがやんわり整える。
「では、私は礼拝堂と聖職筋、それから人の心の揺れを見ます。祈りの場には、表では言えないことが落ちやすいので」
最後に全員の視線が霊真へ向く。
彼は少し考えてから言った。
「私は、皆さまの話を聞きます」
あまりにそのままの答えだった。
「いや、もっとあるだろ」
とガイゼル。
「違和感の察知も」
とルシアン。
「場の空気を壊すのも」
とアルフレッドが半分苦笑しながら言う。
「壊しているつもりはありません」
霊真は真顔で返した。
「その無自覚さ込みで、あなたが軸ですわ」
とセレスティアが言う。
その言い方が少しだけ柔らかく聞こえたのを、リリアーナもミレーユも気づいた気がした。
だが今は誰もそこへ触れない。
◇
会議の最後、ルシアンが紙束をまとめながら言った。
「まずは“噂がどこで増幅されているか”を絞ります」
その声は、先ほどまでの長広舌よりもずっとはっきりしていた。
「噂は自然発生に見えて、流れを押している起点が必ずある。そこを見つければ、術式の配置と人の動線が繋がるはずです」
「人の動線……」
リリアーナが小さく繰り返す。
「つまり、誰がどこで、誰に、何を吹き込んでいるかですわね」
とセレスティア。
「そして誰が、それを自然な空気に見せかけているか」
アルフレッドが言う。
ガイゼルは立ち上がり、肩を回した。
「よし。じゃあ、面倒くせえがやるか」
「面倒なのは前提なんですね」
とミレーユ。
「だって全員めんどくさいだろ」
ガイゼルのその一言で、また少しだけ空気が緩む。
否定できる者が誰もいなかった。
王子は立場が面倒で、
悪役令嬢は感情が面倒で、
本来ヒロインは優しすぎて面倒で、
天才魔術師は説明が面倒で、
聖女候補は静かに深く面倒で、
騎士枠は雑に真っ直ぐで面倒で、
そして霊真は無自覚に全部を揺らすので一番面倒だった。
だが、だからこそ動けるのかもしれない。
誰一人、きれいに完成された役ではない。
だから“役割操作の歪み”へ抗う余地がある。
霊真は全員を見渡し、静かに思った。
――これでよいのかもしれません。
まとまっているようでまとまっていない。
険悪なようで、完全には壊れていない。
妙にめんどくさくて、少しずつだけ前を向いている。
そういう集まりだった。
そしてその日から、王立エーヴェルシュタイン学園の裏側で、
即席攻略パーティによる秘密の調査が始まった。




