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そんな  作者: トラ
1/1

アツシくん

疾走感大事にしてこう運動


 社会人になってからとても目が悪くなった。

 両目とも2.0はあったはずなのにこの間の健康診断では両目とも0.2だ。パソコンを見るのはまだいいが、遠くから来た人の顔がわからない。これはかなり不便である。

 そんなどうでもいい世間話をマッチングアプリで初めて会ったアツシさんに話したら、眼鏡を買えばいいのではともっともなことを真剣な顔してつぶやいた。アツシさんを含め10人に話して、10人とも同じことを言った。その瞬間、手元にあった生ビールがあんなに私を楽しませてくれる魔法の飲みものだったのに急につまらなく感じる。

 右隣に座っているアツシくんをゆっくりと一瞥すると、アツシくんはとたんに慌てだした。

「それかコンタクトか」

 これも10人中10人に言われた。下唇を小さくかみ、だよねと笑う。アツシくんはほっとした顔になり、そういえば休みの日は何しているの、と定番の話をし始めた。

 メッセージで話した内容を初めて語るかのようにつまらない休日を語る。最近はほぼマッチングアプリでマッチした男性と会うのに忙しくてなかなかできていないけれど。私は嘘の休日を語る。

「へえ素敵な趣味だね。活動的でいいなあ。俺とかほぼ寝てるよ」

「仕事忙しいんですね」

「まあそれなりにね。ここんところ繁忙期で特に」

「お仕事、不動産関係でしたっけ」

「そう。仲介会社なんだけど、3月ごろまでは忙しいな毎年」

 半笑いでそういうと私の斜め後ろにいた店員さんを呼び、生ビールをお代わりした。私のグラスには半分以上生ビールが残っている。

 新卒から接客業を8年、いやアルバイトを含めたら10年以上になるが自然と相手に接待をしてしまう癖が私にはある。プライベート含め、無意識の間に人に好かれようとしているのだ。それが嫌で今回鏡の法則を使わなかった。本当だったらアツシくんの生ビールを飲むスピードに合わせられたが、意識的に合わせなかった。

「あ、これおいしい」

 鰤のカルパッチョを食べてアツシくんは目を輝かせる。

 輝いているアツシくんの目よりも私は彼の顔の中心にある鼻に目がいってしまう。彼は芥川龍之介の鼻を読んだことがあるだろうか。現代版僧侶は彼になるに違いない。

 彼はマッチングアプリで写真の加工を一切しなかったから、会う前から彼の鼻が大きいのは知っていた。

 しかし実際に間近で見て、改めて驚いた。芥川龍之介の鼻だ。僧侶だ。

「これもおいしい。いっぱい食べな」

 ハッとして反射的にはい、と返事する。アツシくんが寄せてくれた皿に乗っていたのはレバーパテだった。私はレバーパテが大好きなのでバケットにたっぷりレバーパテを載せて口にほおばる。確かにすごくおいしい。次は赤ワインを頼もうと残りの生ビールを早々に飲み終わる。

 私の飲みっぷりをまじまじと見つめてから、アツシくんは自身のビールを一口飲んで消えそうな声でつぶやく。

「俺は君の運命じゃない」

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