第7話 明けの明星
「よし……これで三匹目だな」
ブラッドウルフの首を切り裂いた感触と共に、赤黒い血が床に飛び散る。
肩で息をしながら剣を引き抜くと、重く倒れた魔獣の体は光の粒となり、中心の石に魔素が凝縮され魔石となる。
「はぁ…危なかった。ソロで三匹同時はきっついな」
だが、同時に胸の奥にわずかな高揚感もあった。
──今の俺なら、やれる。そんな確信が少しずつ芽生えかけていた、その時だった。
ガルルルルッ……!
「……っ!?」
洞窟の奥、闇の中から複数の赤い光が揺れる。
次々と浮かび上がる視線。十、二十……いや、それ以上。
ブラッドウルフの群れ。しかも、中央にはひときわ巨大な影が牙を剥いていた。
「ブラッドウルフロード……!? D級ゲートにこんなの出るなんて聞いてないぞ!」
狼王の低い唸り声が合図だったかのように、一斉に群れが襲いかかる。
四方から迫る影、洞窟全体を埋め尽くす殺気。
背後は岩壁で退路なし。
「マズい……これは完全に詰んだ……!」
剣を構えたものの、数の暴力に押し潰される未来が鮮明に浮かぶ。
胸が締め付けられ、呼吸が乱れる。
その瞬間だった。
──ピンッ……!
耳元で電子音のような音が響いた。
【スキル《明けの明星》を使用しますか?】
「……え?」
脳内に直接流れ込んでくる、不思議な声。
俺は一瞬、自分の幻聴かと思った。
【スキル《明けの明星》を発動しますか?】
「……あ、明けの明星? なんだそれ……」
混乱する思考を押し流すかのように、ブラッドウルフたちが一斉に飛びかかってくる。
「……っ使うしかないだろ!」
俺が心の中で叫んだ瞬間、世界が変わった。
敵の進行方向に残像のようなものが視界に映し出される。
「.....!?」
牙を剥きかぶりつく狼、背後から跳躍してくる影、左右から挟み込む動き……その全てが数秒先の映像となって重なって見えた。
「……これ……未来が……見えてるのか……!?」
来る。
──今、右から。
剣を振る。予知と寸分違わぬタイミングでブラッドウルフの首が飛ぶ。
続いて背後からの跳躍。振り返りざまに突き刺した剣が、未来視通りに敵の喉を貫く。
「嘘だろ……! 全部……見える……!」
まるで“神”に操られるかのように体が滑らかに動き、次々と群れを切り伏せていく。
恐怖は消え、残るのは鮮烈な直感。
これは偶然じゃない。
──これが、俺に授けられた新しい力。
血煙の中で狼王が咆哮を上げる。
「ブラッドウルフロード……お前で試させてもらう!」
洞窟全体が震えるほどの戦いが、今始まろうとしていた。