第1話 真面目なC級冒険者
「よし、今日も生きて帰るぞ」
朝の陽射しが差し込む六畳一間のアパート。箕輪優希は鏡に向かって気合いを入れた。
二十一歳、冒険者歴三年。母子家庭で育った五人家族の長男として、家族を支えるため高校卒業と共に冒険者の道を選んだ。
「持ち物よし、装備よし…」
慎重に荷物を確認する。
D級冒険者の俺が扱えるのは量産品の装備ばかりだが、命を預ける大切な相棒だ。
今日はC級ゲートへの潜入が決まっている。
俺のスキル『隠密』は戦闘向きではないが、パーティの補助と偵察には重宝される。
即席パーティとはいえ、C級相当の冒険者が二名いるので規定上は問題ない。
何度も脳内でシミュレーションを繰り返す。
危険を事前に察知し、仲間を守る。それが俺の役目だ。
ゲート前で合流したパーティメンバーは四人。タンクの盾戦士、アタッカーの剣士、サポートの魔導士、そして偵察の俺。バランスの取れた構成だ。
「それでは、行きましょう」
ゲートをくぐると、予想通り真っ暗な洞窟が広がっていた。魔導士の光魔法で辺りを照らす。
「先行します」
俺は『隠密』を発動し、気配を消して洞窟の奥へ進んだ。スキルが発動すると、まるで影に溶け込むように存在感が薄くなる。
「ダークケンタウロス三体、奥に敵なし」
仲間に報告し、前衛二人が構えを取る。俺は隠密状態のまま周囲を警戒する。
ケンタウロスたちの咆哮が洞窟に響く。しかし慣れた連携で、三体とも順調に討伐できた。
「お疲れさまでした」
魔石の回収も俺の仕事だ。汚れた手で魔石を拾いながら、奥の偵察に向かう。
目当ての鉱石採掘場所を発見し、パーティ全員で採掘作業を開始した。
「あんたも大変だな、いつも雑用やってんだろ」
タンクの戦士がぽつりと呟いた。
「いえいえ、これくらいしか貢献できませんから」
苦笑いで返す。確かに華々しい戦闘は他の人に任せっきりだが、誰かがやらなければならない仕事だ。
ギルドで換金を済ませ、帰ろうとした時だった。
「おい、箕輪か〜?」
振り返ると、見覚えのある顔が二つ。
兵頭卓と内藤淳也──高校時代のクラスメイトで、はっきり言えばいじめっ子だった連中だ。
「おまえまた採掘クエストか? しけてんな」兵頭がニヤニヤしながら煽ってくる。
「あっ、隠密スキルのお前に危険なクエストは無理か」
内藤も同調するように笑っている。
彼らは元クラスメイトを集めて『スターフューチャーズ』という固定パーティでゲートを回っているらしい。
正直、兵頭はあまり良い噂を聞かない。
仲間を駒のように扱い、危険に晒すような戦いばかりをしていると聞いている。
「ねー、なにしてんのー?」
現れたのは荒木美香。
彼女は元クラスメイトのB級冒険者で双剣使いのスキル持ちだが、性格が苦手だ。
兵頭とは仲が良く、いじめに直接加担はしないものの、助長していた印象がある。
「ねえもう行こうよー」
「おう、いくか笑 こんなやつと長話してたら俺まで弱くなりそうだわ笑」
俺の悪口を言いながら消えていった。彼らはB級の討伐クエストに向かうらしい。
内心ムカつくが、確かに俺は弱い。
でも生きて家に帰ることが何よりも大事だ。
ため息をつきながらギルドを後にした。
家に帰ると母の置き手紙とご飯が用意されていた。
一人で食べていると、弟二人と妹が帰宅してきた。
「おにー、ただいま〜」
「おかえり。今日はどうだった?」
弟妹たちとしばらく談笑し、武器の手入れと今日の反省点を振り返る。毎日の積み重ねが、明日を生き抜く力になる。
「明日も無事に帰れるといいな」
そう願いながら眠りについた。