3. 青葉という人
突然耳元で聞こえた声にハッとして振り返ると
そこには全身黒ずくめな長身の男が月夜に照らされ立っていた。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる男は艶やかな黒髪が月の光に照らされ、前髪で隠れた切れ長の漆黒の目の真意を悟らせない。逆光からでも通った鼻筋にシュッとした顎、まるで話題のイケメン俳優と言われても頷ける顔にうさんくさい笑みを貼り付けている。
「・・・あなた誰?」
問いかけながら腰に装備した小型拳銃に手をかける。
「んー俺?俺は青葉、青いに葉っぱの葉ね。君たちで言うところの"例の組織"のボスだよ〜。お宅の警視庁データベースにでも付け足しといてよ」
青葉はこんな状況にそぐわない間延びした声で自己紹介する。
「その組織のNo1がなんでこんな小規模の取引に・・・」
「質問ばっかり〜。それはこの前俺らの大事な取引をあんたらが台無しにしたからだよ〜。あの取引で先方はみーんな捕まっちゃったし、俺らの部下も大怪我を負って帰ってきた。報復されない方が不自然でしょ〜?」
青葉の声はどこか楽しげだが瞳の奥から殺意が見え隠れしている。
無線から西森が声を発した。
「リン。こっちは空振りだ。密売人は雇われた素人で、この時間に倉庫にいれば多額の金を振り込むと依頼されたらしい。組織の奴らがいないこっちが囮ってことは・・・っまさか!!
リン!これは俺らを誘き出すための罠かもしれない!今すぐそっちに向かうからお前は全力で退却しろ!!」
もう遅いって・・・
無線を聞きながら目の前の男の圧で動けずにいる私とは対照的に男が呑気に佇んでいる。
「あは!バレちゃった〜?お仲間さんはこのビルの下で俺の部下に足止めされるからあと20分ぐらいか・・・なっと!」
青葉は一気に距離を縮めてくる。
とっさに受け身をとった私に回し蹴りを食らわす。
ガッ!!
間一髪で腕をクロスして防いだが、
蹴りと同時に耳の無線を奪われていたようだ。
軽く蹴られた程度なのに重!!これは私の体術の実力じゃ10分も持たないわね・・・
「あー!あー!西森く〜ん?この子が心配なら俺の部下全員やっつけちゃってよ。会えるの楽しみにしてる。じゃ〜ね〜?」
陽気に西森を挑発して無線を足で踏み潰した。
退路もあいつが目の前に立ってるせいで走り抜けられなさそうだし・・・そう易々と流してくれないか・・・
じんわり冷や汗をかきながらも相手から目を逸らさないように意識を集中する。例え実力差で負けると分かっていても先に目線を逸らした方が負けだと警察学校で教わっているからだ。
「まあこれで少しは時間稼ぎになるはずだよね〜?
だって、このチーム君が指示役でしょ?そして、腰につけてる拳銃俺には当たらないよ〜。そんなことより君、なんて名前?すっごく射撃上手だよね〜。」
「あんたに言うわけないでしょ。一応言うわ、青葉。大人しく自首しなさい。」
その時なぜか青葉がぴくりと止まった気がしたが、気のせいだったのかまたすぐ笑顔に戻った。
「真面目ちゃんなの〜?自首するわけないでしょ?
まあ教えてくれなくても知ってるけど、本人の口から聞きたかったな〜・・・黒崎玲ちゃん?ねー怜ちゃんって呼んでもいい?」
こいつ何が目的なの・・・?最初の回し蹴り以降攻撃してくる気配がないし?何か企んでるとしか思えない。
「あなた達の目的は何?最近起きてるテロ事件はあんたらが関わってるってとこまで掴めてるのよ」
「関わってたら何?俺を捕まえる?それとも殺すの?そんなこと君にできんの?」
「・・・ッ!」
一気に青葉の纏う空気が変わった。先ほどとは比べ物にならないくらいの圧を感じ、息ができずに膝をついた。
「おっと、思ったより早かったな。じゃあね〜怜ちゃん。
今日のところは仕事のついでに凄腕のスナイパーの偵察に来ただけだから退散してあげる。またすぐ会えるよ。」
意識が朦朧としつつも必死に相手を見据えていると
ドタドタドタガンッ!!
「リン!」
西森が屋上を蹴破って突入してきたところで、私は意識を手放した。