第九話「リリィの“祝福”の正体」
クロードとともに舞踏会を後にしたエリシアは、彼の馬車へと乗り込んだ。馬車が静かに動き出すと、彼は興味深げに問いかける。
「リリィの表情を見たか?」
「ええ。動揺していたわ。私の行動が、彼女の思い描いていた未来と違っていたのね」
エリシアは静かに考えを巡らせる。
(リリィの祝福は、未来を完全に決定するものではない。だとすれば、何を基準に働いているのか……?)
クロードは腕を組み、思案するように言う。
「おそらく、リリィ自身の無意識の願いが、祝福の形を決めているのではないか?」
「無意識の願い……」
「つまり、彼女の深層にある“強い願い”が、世界に影響を与えているのかもしれない。君がどれだけ復讐を果たしてもループが終わらないのは、その願いがまだ満たされていないから、という可能性がある」
「……ならば、彼女が本当に望んでいることを知る必要があるわね」
エリシアは馬車の窓から夜の街を眺めながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「リリィは何のために私を陥れたのか。本当に王太子の愛だけを求めていたのか……それを確かめる必要があるわ」
クロードは興味深そうに微笑む。
「つまり、彼女を“説得”するつもりか?」
「復讐を続けても、ループは終わらない。ならば、私は彼女の心を暴くわ。そして、本当の意味で決着をつける」
クロードは満足げに頷いた。
「面白い。ならば、手を貸そう」
エリシアは彼の言葉に小さく微笑み、静かに目を閉じた。
(次のループが始まる前に、リリィと向き合う……それが、ループを終わらせる鍵になるかもしれない)
***
翌日、エリシアは王宮の庭園でリリィを呼び出した。リリィはいつも通りの優雅な微笑みを浮かべていたが、その目には確かな警戒が宿っている。
「お姉様……何のご用ですか?」
エリシアは微笑みながら、静かに口を開いた。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「……なんでしょう?」
「あなたの祝福は、本当に“幸せ”をもたらしているのかしら?」
リリィの表情が一瞬、強張った。
エリシアはゆっくりと歩み寄り、彼女の手を取る。
「もしも、あなたが本当に望んでいることが、私を陥れることではなかったとしたら?」
リリィの瞳が揺れる。
(やはり……彼女は、すべてを理解しているわけじゃない)
「あなたの願いが、この世界を繰り返させているのかもしれないわ」
リリィは何かを言いかけたが、すぐに唇を噛んだ。
(あなたが本当に望んでいるもの……それが分かれば、私はこの輪廻を終わらせることができる)
エリシアはその答えを見つけるため、リリィを見つめ続けた——
「……お姉様、何を言っているの?」
リリィの声がわずかに震えた。
エリシアはその変化を見逃さなかった。これまでのループでリリィは常に堂々としていた。王太子の寵愛を受け、誰からも祝福される“理想の令嬢”として振る舞っていたはずなのに——
「あなたの祝福……それが私を何度も過去へと引き戻している可能性があるわ」
「そんなはずないわ!」
リリィは反射的に否定した。だが、その瞳には焦りが滲んでいる。
「……なら、どうして私はこうして何度も繰り返しているの?」
「それは……」
「私は四度目の人生を歩んでいるのよ、リリィ」
エリシアの静かな言葉に、リリィの体がぴくりと震えた。
「そんな……冗談、ですよね?」
「いいえ。私は何度もあなたに復讐を果たした。それでもまた過去に戻されたの。まるで、復讐を遂げることを許されていないみたいに」
リリィは唇を噛みしめた。その手が震えている。
(やっぱり……彼女は気づいている)
祝福の力を完全に理解しているわけではないにせよ、リリィの中に何かしらの“違和感”があるはずだ。それを引き出せば、ループを終わらせる糸口が見つかるかもしれない。
エリシアは一歩、彼女へと歩み寄った。
「ねえ、リリィ。あなたの本当の願いは何?」
「わたくしは……わたくしはただ……」
リリィの瞳が揺れる。
「王太子殿下に愛されたかっただけ?」
「……っ!」
リリィの呼吸が乱れる。
「それとも——私と一緒にいたかった?」
「そんなこと……」
リリィはかぶりを振る。だが、その目は否定を告げていなかった。
(やっぱり……リリィの祝福は、“エドワードの愛”を得るためのものなんかじゃない)
「あなたの願いが、この世界を作っているのよ、リリィ」
リリィは怯えたように後ずさった。
「わたくし……そんなつもりじゃ……」
「ならば、確かめてみましょう。あなたが本当に願ったことが何だったのか」
エリシアは彼女を見据えながら、次の手を打つべく思考を巡らせた——