第七話「リリィとの対峙」
「話……ですか?」
エリシアは静かに問いかけた。
エドワードは一瞬ためらうように視線を逸らし、だがすぐに真剣な目でこちらを見据える。
「……最近、お前の様子が変だ」
(様子が変?)
エリシアは驚きを悟られぬよう、表情を保つ。
「どういう意味でしょう?」
「何というか……お前の態度が、いつもと違う。妙に落ち着いているというか、まるで……」
「まるで?」
エドワードはじっとエリシアの瞳を覗き込んだ。
「すべてを知っているかのように見える」
——心臓が跳ねた。
(彼も、何かに気づき始めている?)
今までのループでは、エドワードはただ傲慢にエリシアを処刑へと追いやるだけだった。
だが今回は、彼自身が違和感を抱いている。
エリシアは慎重に言葉を選んだ。
「……殿下は、私が何を知っているとお思いなのですか?」
「……それはわからない。ただ、お前が……以前のお前とは違う気がする」
エドワードの口調には、困惑と疑念が入り混じっていた。
(彼もまた、この輪廻の影響を受けているのか? それとも……)
リリィがエドワードの袖をそっと引いた。
「エドワード様……あまり深く考えなくてもいいのでは?」
彼女の声は柔らかく、それでいてどこか含みのあるものだった。
「エリシアお姉様は、きっと色々と考えていらっしゃるのでしょう? ね?」
リリィは微笑みながらエリシアを見た。
(今のリリィは……以前よりも確実に“強気”になっている)
まるで、何かを知っている者のように。
——このループは、今までとは違う。
クロードだけでなく、エドワードやリリィも変化している。
ならば、この世界そのものに異変が起きているのか?
「……そうですね」
エリシアは優雅に微笑んだ。
「色々と考えておりますわ」
エドワードは微かに眉を寄せ、まだ何か言いたげだったが、リリィがそっと彼の腕を取る。
「エリシアお姉様もお忙しいでしょうし……また後ほど、ゆっくりお話ししましょう?」
(後ほど……?)
エリシアは目を細めた。
「……ええ。楽しみにしていますわ」
リリィが微笑む。
だが、その目はまるで、エリシアの内側を覗き込むような鋭さを秘めていた。
(この女……)
——リリィは、何かを知っている。
そう確信した瞬間だった。
その夜。
エリシアはクロードと密かに会っていた。
「なるほど……王太子も、リリィも、以前とは違う動きを見せているわけですか」
クロードは考え込むように顎に手を当てる。
「ええ。リリィは明らかに“余裕”を持っていた。まるで、私の行動を予測しているように」
「……面白いですね」
クロードの口元に、愉悦の笑みが浮かぶ。
「つまり、彼らもまた、この輪廻に何らかの形で関与している可能性がある」
「そうね。もしかすると、リリィは“祝福”によって何かを与えられているのかもしれない」
「ならば、彼女に近づく価値はある」
エリシアは頷いた。
「次は、リリィとじっくり話してみるわ」
「気をつけてください。彼女は“演じる”のが得意です。君を油断させようとしてくるでしょう」
「もちろん」
エリシアは冷たく微笑む。
(リリィ……あなたが何を知っているのか、すべて暴いてみせる)
翌日、エリシアはリリィを呼び出した。
場所は、王宮の庭園。
月桂樹が揺れる中、リリィはまるで何も知らぬ少女のように微笑んでいた。
「お姉様が私をお呼びになるなんて……とても嬉しいですわ」
——その笑顔が、もはや作り物であることは明白だった。
エリシアは優雅に微笑み返しながら、慎重に言葉を選ぶ。
「単刀直入に聞くわ、リリィ。あなた——この世界の秘密を知っているでしょう?」
リリィは一瞬、まばたきをした。
だが、その後すぐに「あら?」と可愛らしく首を傾げる。
「秘密、ですか? 私にはよくわかりませんわ」
「……とぼけるのね」
エリシアは冷たく微笑む。
「あなたは以前のループと比べて“強気”になっている。そして、私の行動を予測しているような仕草を見せた」
リリィの笑顔が微かに強張る。
エリシアは続けた。
「おかしいと思わない? 私があなたを陥れたことも、あなたを追放したことも、殺したことさえあるのに——なぜか、あなたは『余裕』を持っている」
リリィは静かにエリシアを見つめる。
そして——くすくすと笑った。
「……ふふ。お姉様、本当に賢いのですね」
その瞬間、リリィの雰囲気が変わった。
まるで長い仮面劇が終わり、本当の顔を見せるかのように。
「ええ、お姉様。私は……この世界が“繰り返されている”ことを知っていますわ」
エリシアの背筋に、冷たいものが走った。
やはり——リリィは、すべて知っていた。
「いつから気づいていたの?」
リリィは楽しげに目を細める。
「それは秘密です。でも……少なくとも、お姉様が“復讐を繰り返している”ことは知っていますわ」
「……つまり、あなたもループの影響を受けているのね」
「いいえ」
リリィの答えは、エリシアの予想とは違った。
「私は、“記憶を持ち越す”ことはありません。でも……なんとなく、わかるんですの」
「わかる?」
「ええ。まるで、“祝福”が私を導くように」
——祝福。
やはり、それが鍵なのか。
「あなたの祝福は、一体なんなの?」
リリィは笑みを深めた。
「それも、秘密ですわ」
エリシアは微かに舌打ちしそうになった。
この女——どこまで知っている?
「でも、お姉様がここまで辿り着いたのは驚きましたわ」
リリィは優雅に手を組み、エリシアを見つめる。
「ねえ、お姉様。もう、復讐はやめませんか?」
「……なに?」
「だって、何度繰り返しても無駄でしょう?」
エリシアの心臓が強く脈打った。
(この女……まさか……)
「お姉様が何をしようとも、この世界は変わらないのです」
リリィは微笑みながら、静かに言い放った。
「……まるで、“誰か”がそれを望んでいるみたいに」
***
「……つまり、リリィの“祝福”が、この輪廻の鍵を握っている可能性がある」
エリシアはクロードに報告した。
彼は黙って話を聞いた後、低く呟く。
「“誰か”が、それを望んでいる……ですか」
「ええ。この世界の歪みは、偶然ではなく、意図的に作られたものかもしれない」
クロードは思案するように目を細めた。
「ならば、リリィの祝福を暴くことが、ループを終わらせる鍵となるかもしれませんね」
「でも、彼女はそれを隠している。まるで、自分が『選ばれた者』であるとでも言いたげに」
クロードは微かに笑った。
「ならば、彼女を試すとしましょう」
「試す?」
「ええ。彼女の“余裕”を崩すのです」
エリシアはクロードの言葉に、ゆっくりと頷いた。