第六話「協力者」
目を開けると、またあの見慣れた天井があった。
(……やはり、戻ってきたのね)
三度目のループで、クロード・ヴァレンティンはエリシアを助けた。
そして彼は、確かに言った——
「君は、何度目だ?」
(クロードは、何かを知っている)
彼がこの輪廻のことを完全に理解しているわけではないにせよ、少なくとも「異常」に気づいている。
ならば——今度こそ、彼を利用する。
彼と共に、この終わらない輪廻を終わらせる方法を探す。
エリシアは冷静に息を整え、ベッドから起き上がった。
(これまでとは違うアプローチを試す必要があるわね)
復讐だけでは終わらない。
王太子を破滅させても、リリィを追放しても、世界はまた「最初」に戻る。
ならば、もっと根本的な「何か」を壊さなければならない。
それが何かは、まだわからない。
だけど——手を貸してくれる者がいる。
「クロード・ヴァレンティン」
エリシアはその名を呟いた。
***
クロードと接触するなら、タイミングは早い方がいい。
処刑の場ではなく、もっと前に——彼がすでに「異変」に気づいている段階で。
エリシアは舞踏会の夜、彼の元を訪れた。
王太子エドワードとリリィが華やかに踊る中、エリシアはクロードの元へ歩み寄る。
「少し、お時間をいただけますか?」
クロードはワインを傾けながら、彼女を見下ろした。
「珍しいですね。君が自分から私に話しかけるとは」
「……あなたに、聞きたいことがあるの」
クロードは微笑む。
「では、場所を変えましょうか――」
舞踏会の喧騒から離れたバルコニー。
二人きりの空間で、エリシアはクロードをじっと見つめた。
「あなたは、気づいているわよね?」
「……何のことです?」
「とぼけないで。私が、何度も同じ時間を繰り返していることを」
クロードの目が僅かに細まる。
「……やはり、君も」
その言葉に、エリシアは小さく息を呑んだ。
「やはり?」
「確信が欲しかったんです。君がただの『復讐者』ではなく、『繰り返している者』だと」
「つまり、あなたも?」
クロードはゆっくりと首を振った。
「いや、私は『巻き込まれている』だけのようですね」
「……どういうこと?」
クロードはワインを軽く揺らしながら、静かに言った。
「ループが起こるたびに、私は『なんとなく違和感を覚える』だけです。しかし、今回——三度目の世界で、私は明確に『覚えていた』」
エリシアは息を呑んだ。
クロードは確かに何かを感じ取っていた。
彼はこの世界の秘密を暴く鍵になるかもしれない。
「なら、協力して」
「君の目的は?」
「この終わらない輪廻を終わらせることよ」
クロードは微笑んだ。
「面白い」
彼は静かにグラスを置くと、エリシアの手を取った。
「ならば、君の復讐に——そしてこの輪廻の真実に、私も付き合いましょう」
それが、二人の「共闘」の始まりだった。
***
「まずは情報を集めるべきでしょう」
クロードは夜の闇の中、冷静に言った。
「復讐だけでは、この輪廻は終わらない。ならば、この世界の仕組みを暴く必要があります」
エリシアは彼の言葉を噛み締めながら頷く。
「私が死ぬと、時間が巻き戻る。でも、それだけじゃない。王太子やリリィの動きも、微妙に変化している……それに、あなたが記憶を保持し始めたのも今回が初めて」
「そうですね。つまり、このループには規則性がある。そして、それを操っている“何か”がいる可能性も高い」
「……女神、あるいは別の何か」
「ええ。この世界の法則を超えた存在かもしれません」
静寂が流れる。
エリシアは、ふとクロードの瞳を見た。
冷静で、どこまでも論理的な彼。
だが、その目には確かな興味と、わずかな苛立ちが宿っていた。
(この人もまた、この世界の異常に巻き込まれている……)
「なら、次にすることは決まっているわね」
「……まずは、王太子とリリィの行動を監視することですね」
クロードはそう言うと、エリシアをじっと見つめる。
「君は、今までのループでリリィを『追放』しましたが、それでは何も変わらなかった」
「……ええ。彼女が死んだループでも、私はまた最初に戻ったわ」
「つまり、リリィが鍵ではない可能性がある」
「でも、彼女は異様に『祝福』を受けていた……まるで、世界そのものに守られているように」
クロードは思案するように目を細めた。
「ならば、今回は彼女を敵に回すのではなく、利用するのも手かもしれません」
「……利用?」
「彼女が持つ『祝福』が何なのか、それを突き止めるのです」
エリシアは静かに息を飲む。
これまでのループでは、復讐のためにリリィを破滅させることしか考えてこなかった。
でも、この世界の法則を暴くためには、別の道も試さなければならない。
「……リリィに接触するわ」
「王太子にも、ですね。彼の行動が変化しているのなら、そこにヒントがあるかもしれません」
「……ええ」
エリシアはゆっくりと目を閉じ、次の行動を決めた。
翌日、エリシアは王宮の庭園で、王太子エドワードとリリィの姿を見つけた。
ふたりは寄り添うように並び、楽しげに談笑している。
——違和感。
以前のループでは、リリィはもっと「無邪気で善良な少女」を演じていたはずだ。
だが、今の彼女の微笑みには、どこか余裕がある。
まるで「すでに勝者である」と言わんばかりの笑み。
(何かが違う……)
そのとき——リリィがふと、こちらを見た。
目が合った瞬間、彼女は微笑みを消し、驚いたように瞳を見開く。
(……今の反応……)
リリィは、気づいている?
「エリシア!」
王太子エドワードが声を上げる。
彼はいつものように傲慢な態度ではなく、どこか慎重な目を向けていた。
「ちょうどよかった。お前に話がある」
「……なんでしょうか?」
エリシアは微笑みを作りながら近づく。
(エドワードの態度も違う……今までのループと何かが変わっている)
エリシアは慎重に、次の言葉を待った。
王太子エドワードが、何を知っているのか——それを探るために。
次のループを回避するために。