第五話「気づいた者」
冷たい石畳。処刑場に響く群衆のざわめき。
エリシアは息を呑み、唇を噛み締めた。
(……また、戻ってきた……)
二度目の復讐を完璧に遂げたはずだった。
王太子を廃し、リリィを追放し、貴族派を崩壊させた。
それなのに——なぜ?
「——罪人、エリシア・フォン・ルヴァン。最期に言い残すことはあるか?」
兵士が冷たく告げる。
彼女はゆっくりと目を伏せ、深く息を吐いた。
(いいえ……もう、驚かないわ)
このループは、もはやおとぎ話ではない。
復讐を遂げるだけでは、終わらない。
何かが——この輪廻の本質に関わる何かが、この世界の裏側に潜んでいる。
エリシアはゆっくりと視線を上げた。
その時——
「処刑を待ってください」
冷徹な声が響いた。
クロード・ヴァレンティン。
黒髪の公爵が、処刑場の群衆をかき分けるようにして進み出た。
——まるで、彼女の異変に気づいたかのように。
「……君は、またここに戻ってきたのか?」
静かに、しかし確信を持った声で、クロードは言った。
エリシアの心臓が跳ねる。
(……また?)
彼は、何を知っている?
この輪廻の本当の意味を——知っているのか?
エリシアは僅かに目を見開き、彼を見つめ返した。
***
冷たい風が頬を打つ。
処刑場の空気は重く、民衆のざわめきが遠く聞こえた。
エリシアはクロードを見つめた。
(この男……今、確かに「また」と言ったわね?)
彼は、この異常な輪廻に気づいているのか?
それとも、ただの偶然?
「処刑を待てだと?」
王太子エドワードの声が響く。
彼は眉をひそめ、不機嫌そうにクロードを睨んでいた。
「公爵、貴様には関係のないことだろう」
「そうでしょうか?」
クロードは静かに笑う。
その目は、いつもの冷淡な輝きを宿していた。
「確かに、これは王家の問題です。しかし、私は『エリシア・フォン・ルヴァンは無実』と確信しております」
「な……!?」
エドワードだけでなく、周囲の者たちも息を呑んだ。
処刑台に縛られたままのエリシアは、目を細める。
(……何を企んでいるの?)
クロード・ヴァレンティン——この男は、決して無駄なことはしない。
ならば、何か狙いがあるはずだ。
「ほう、ならば証拠は?」
エドワードが不快げに問う。
クロードは微笑し、懐から一枚の書状を取り出した。
「これは、王太子殿下がエリシア嬢を処刑するために、裁判の証言を買収した記録です」
「なっ……!!」
「さらに、エリシア嬢の罪を捏造するために、関係者に圧力をかけた証拠もあります」
「嘘だ……そんなもの、あるはずが……!」
「さあ、どうでしょう?」
クロードは軽く肩をすくめる。
「ですが、これが公になれば、誰が失脚するかは明白ですね」
エドワードの顔が青ざめる。
その場の空気が一変した。
——流れが、変わる。
エリシアはゆっくりと目を閉じる。
(これは、私が知らなかった展開……)
ループ前、クロードはここで動かなかった。
なのに、三度目のループでは違う。
まるで——彼もまた、何かを知っているかのように。
「……クロード・ヴァレンティン」
エリシアは彼の名を静かに呼んだ。
クロードは処刑台の上の彼女を見上げ、微笑する。
「君は、何度目だ?」
その問いに、エリシアの背筋が震えた。
——やはり、この男は気づいている。
この「繰り返される世界」に。
そして、この世界の真実に——
(ならば……私も、この男を利用するまで)
エリシアは薄く微笑んだ。
「……助けてくださるのかしら?」
クロードは目を細める。
「君が望むなら」
それが、取引の始まりだった。
三度目のループ——今度こそ、この終わらない輪廻の秘密を暴くために。