第十話「新しい未来へ」
「確かめる……?」
リリィの声は震えていた。
「ええ。あなたの“祝福”が本当に望んでいることを、はっきりさせましょう」
エリシアは冷静に言いながらも、心の中で慎重に次の言葉を選んでいた。
(リリィ自身が自覚しない限り、ループは終わらない。彼女に“気づかせる”ことが必要よ)
リリィは動揺を隠せずにいた。彼女の指先が小刻みに震え、その瞳は怯えた色を宿している。
「私の……祝福……?」
エリシアは静かにうなずいた。
「あなたが本当に願ったことは何?」
「わたくしは……」
リリィの口元がかすかに開く。しかし、すぐに強く唇を噛みしめ、言葉を飲み込んだ。
(まだ駄目……リリィは自分の本当の気持ちを否定している)
エリシアは一歩、彼女に近づいた。
「リリィ。私は四度目の人生を生きているわ。そのすべてで、あなたは私を陥れ、王太子殿下の隣を手に入れた。でも、それであなたは幸せになった?」
「……!」
リリィの表情が凍りつく。
「エドワードを手に入れれば満たされるはずだった。でも、それでも何かが足りないと思ったんじゃない?」
「ちがう……違う……!」
リリィは首を振る。けれど、その目には確かな涙が滲んでいた。
(やっぱり……リリィの本当の願いは、私を陥れることじゃない)
エリシアはさらに核心へと踏み込む。
「私を陥れることが、あなたの本当の願いじゃないのなら……一体、何があなたをこんなに苦しめているの?」
「……っ」
リリィの肩が震えた。
「祝福があなたの意思と無関係に働くなら、それは呪いと同じよ。あなたの心が、本当は何を求めていたのか……あなた自身が知らなければ、ループは終わらない」
「わたくしは……わたくしは……」
リリィの目から涙がこぼれ落ちた。
「わたくしは……お姉様を……っ!」
その言葉が口をついて出た瞬間、空気がふっと変わった。
(今のが……リリィの本当の願い?)
エリシアは息をのむ。リリィの体がかすかに光を帯びていた。
「お姉様を……失いたく、なかった……」
リリィの声はかすれていた。
「だから……だから、王太子殿下があなたを愛さなくなれば、お姉様は処刑されないって……そう思ったの……」
エリシアの胸が強く締めつけられる。
(私が死ぬ未来を、無意識に拒んでいた……?)
リリィの震える声が続く。
「わたくしのせいで、お姉様が……何度も……」
「……違うわ、リリィ」
エリシアはそっと彼女の手を取った。
「あなたのせいじゃない。あなたが本当に望んでいたのは、私を陥れることじゃなくて——私と一緒にいることだったのね」
リリィは顔を上げる。その瞳には驚きと、かすかな安堵が混ざっていた。
(これが……ループの答え……?)
エリシアはゆっくりと息を吐いた。
「だったら、今度こそ……やり直しましょう。もう、ループなんて必要ないわ」
リリィの頬を涙が伝う。
「……うん……!」
その瞬間、世界が眩い光に包まれた——
***
眩い光が庭園を包み込む。エリシアは反射的に目を閉じた。
(これは……?)
身体がふわりと浮くような感覚。世界が何かに書き換えられるような、不思議な揺らぎを感じる。
(まさか、本当に……)
ループが終わる——?
光が収まると、エリシアはゆっくりと目を開けた。
そこは、見慣れた庭園だった。けれど、何かが違う。空気が澄み渡り、まるで新しい朝を迎えたような、清々しい静寂が広がっている。
目の前にはリリィがいた。涙を拭いながら、かすかに微笑んでいる。
「……お姉様」
リリィの声は、震えながらも穏やかだった。
エリシアは自分の手を見下ろした。確かにそこにある——自分の存在が、消えることなく。
(もう、戻らないのね……)
そう確信した瞬間、肩の力が抜けた。
「やっと……終わったのね」
静かにそう呟くと、庭園の奥から足音が聞こえた。
「エリシア。無事か?」
振り返ると、黒髪の公爵——クロード・ヴァレンティンがいた。
彼はゆっくりと歩み寄ると、エリシアを見つめ、微かに微笑んだ。
「どうやら、本当にループは終わったようだな」
「……ええ。リリィの“本当の願い”が分かったもの」
クロードは興味深そうにリリィを一瞥する。彼女はまだ涙を浮かべていたが、今までのような怯えや焦りは消えていた。
「祝福は……私が、無意識に願っていたことを叶えていたんです……」
リリィはぽつりと呟く。
「お姉様が……死ぬ未来を拒んで……でも、その方法が間違っていた」
「だから、何度も私を巻き込んでいたのね」
エリシアは静かに言った。
リリィは小さく頷く。
「ごめんなさい……」
その言葉に、エリシアはふっと息を吐いた。
「いいのよ。もう終わったのだから」
リリィがエリシアを見上げる。
「本当に……?」
「ええ。本当に」
エリシアが微笑むと、リリィはようやく安堵したように涙をこぼした。
クロードはそんな二人を見守りながら、ふと呟いた。
「……これで、本当に“次”へ進めるわけだ」
彼の言葉に、エリシアは小さく頷く。
(復讐のためだけに生きていた私が……次に進む……)
ループが終わった今、エリシアは初めて“未来”を考えることができるようになった。
「これから、どうする?」
クロードの問いに、エリシアはゆっくりと息を吸い込み——そして、初めて未来のことを考えながら、静かに答えた。
「……まずは、新しい人生を生きるわ」
クロードはそれを聞き、満足そうに笑った。
「それなら、俺も付き合おう」
エリシアは彼を見つめ、微笑んだ。
ループという呪いから解放された今、彼女は“次”へと進む。
復讐に縛られた人生から、新しい未来へ——
物語はここから、本当の意味で始まるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。気に入りましたら、ブックマーク、感想、評価、いいねをお願いします。
星5評価をいただくと飛んで喜びます!




