第一話「復讐の輪廻」
処刑台の上。
冷たい鉄の枷が手首を締めつけ、群衆の嘲笑と怒声が耳を打つ。
エリシア・フォン・ルヴァンは微動だにせず、ただ真正面を見据えていた。
彼女の前には、麗しい金髪を風に揺らす王太子エドワード。そして、彼の隣には純白のドレスを纏った義妹リリィが、まるで聖女のような微笑みを浮かべている。
「エリシア、お前は多くの罪を犯した。この王国に仇なす悪女として、ここで処刑されるのだ」
エドワードの声は冷たい。かつては婚約者として優しい言葉を囁いていたはずのその口から、今は無慈悲な宣告が下る。
(罪? 私が? 罪を犯したのは、そちらでしょう……)
彼女が裏切られた瞬間から、すべてを捧げてきた。王太子妃としての誇りも、家族への忠誠も、何もかも。それなのに、王太子は平民上がりの少女に惑わされ、エリシアを陥れた。
「さようなら、お姉様」
リリィが甘い声で囁く。彼女の瞳には勝者の余裕が宿っていた。
(ふざけないで……! こんな結末、私は……!)
斬首台の刃が振り上げられる。
最期の瞬間、エリシアは強く目を閉じた。
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——次に目を開けると、見慣れた天蓋付きのベッドがそこにあった。
「え……?」
体を起こす。息が荒い。鼓動が速い。けれど、確かに生きている。
あの処刑の瞬間は?
しかし、鏡に映る姿を見て、すべてを理解した。
「……戻っている?」
過去に。処刑されるよりずっと前へと。
やり直せる。ならば——
「復讐を、完璧に果たしましょう」
彼女は静かに微笑んだ。
***
城の広間は血と炎の香りに満ちていた。
崩れ落ちたシャンデリアの下で、王太子エドワードが膝をつき、顔を歪めている。かつて誇り高く、美しいと讃えられた彼の姿は見る影もなかった。
「な……ぜ、だ……こんな……はずでは……」
「当然の報いよ、エドワード」
エリシアは彼を見下ろしながら、冷たく言い放つ。
彼の足元には、もう動かなくなったリリィの姿があった。最期まで哀れな言い訳を並べた彼女は、もはや息をしていない。その愛らしい顔に浮かんでいた聖女の仮面は剥がれ落ち、醜悪な歪みを残したまま静かに沈んでいた。
「……リリィ……リリィィィィィィ!!」
王太子の絶叫が広間に響き渡る。
彼女の喪失に嘆き狂う彼を、エリシアは冷めた目で見下ろした。
(今さら気づいたの? 私が味わった絶望を)
彼女を陥れ、笑い、踏みにじった代償を支払わせた。それだけではない。
裏切った貴族たちは失脚し、処刑された。王家の威光は地に堕ち、エリシアを処刑台へ追いやった者たちはことごとく破滅した。
そして今、王太子が最期を迎えようとしている。
「エリシア……おまえ、だったのか……?」
かつての婚約者が震える声で言う。
その問いに、彼女は微笑みを浮かべながら、剣を振り上げた。
「ええ。そうよ、エドワード」
——ザシュッ。
刃が血を浴びる。王太子の瞳から光が消え、彼は静かに崩れ落ちた。
ついに、すべてが終わった。
「……勝ったわ」
エリシアはゆっくりと息を吐き、静かに目を閉じた。
―――
――――――
―――――――――
——だが。
次に目を開けると、彼女はまた、天蓋付きのベッドの上にいた。
「……え?」
冷たい汗が背を伝う。今のは夢? いや、違う。確かに彼女は復讐を果たしたはずだ。
なのに。
「また……戻っている?」
鏡に映る自分は、処刑されるよりずっと前の若き令嬢の姿だった。
何度も繰り返し、計画し、完璧な復讐を遂げたはずなのに——それでも、終わらない輪廻。
エリシアは震える唇を噛みしめ、ベッドのシーツを強く握りしめた。
「ならば、次はもっと完璧に」
復讐を遂げても、終わらないのなら。
もっと、徹底的に。
彼女の瞳に、再び狂気のような冷たい炎が灯る。