4 避難
よろしくお願いします
目を覚ましたカイトは隣に最も会いたくない女が寝ていることに驚いた。しかも下着姿だ。自分も上は裸に近い。どれだけ飲んだんだと自分が嫌になった。昨夜は騎士団の仲間と飲んで調子に乗って酔い潰れてしまったのだろう。でも女がいた覚えはない。誰かに嵌められたと気がついた。
気持ちが地の底まで沈んだが急いで対策をしなくては身の破滅だ。キャロラインに誤解をされてしまうのだけは嫌だった。観察したら情事の後は無かった。理性は失っていなかったらしくほっとした。とにかくこの場を離れようと思い、寮に急いで帰った。女はよく眠っているようだった。宿は先払いで誰かが済ませていた。フードを被っていたらしく誰が払ったのか分からなかった。
寮に急いで帰り水を被り気持ちをシャキッとさせ、服装を整えキャロラインに会いに行った。誰にも邪魔をされたくなかったので馬で駆けた。キャロラインを店の裏に呼び出してもらい
「昨夜、騎士団の奴らと飲みに行って嵌められた。酔い潰れたところを宿に泊まらされていたんだ。朝、目が覚めたらあの女が隣にいて眠っていた。起こさないように飛び出して来た。剣に誓って何もしていない。信じて欲しい」
「カイトに恨みを持つ誰かが嵌めたってこと?シルベーヌが共犯という訳ね。
落ち着いて考えさせて」
「誓って何もしてないよ。キャロに信じてもらえなかったら死んだほうがましだ。たとえ飲んで潰れていてもキャロ以外は抱かないよ」
一瞬赤くなったキャロラインだったが直ぐに真顔に戻った。
「既成事実があったと言われたら最悪だわ。想像するだけで悍ましい」
「俺はキャロだけを愛してるんだ。誰が嵌めたのかをこれから突き止めるよ。昨日一緒に飲んでいた奴の中にいるはずだ。キャロに好意を抱いていて俺が邪魔な奴が犯人だ。それに僕達は平民だ。既成事実の捏造なんて意味が無い。犯人は貴族かもしれない」
もっと話していたかったが、時間になった。二人は仕事に戻ることにした。
店に戻ると酷い顔色だと皆に心配された。カイトを疑ったわけではなかったが、思った以上の悪意にキャロラインは打撃を受けていた。
何とか仕事をこなし夕方を迎えられた。オーナーが数個のパンを持ちアパートまで送ってくれた。
自称友人がいつ現れるかも分からないよと心配してもらったが、ドアを開けませんので大丈夫だと強がりを言った。
その夜予想通りシルベーヌがアパートにやって来た。何度もドアを叩かれたが開けなかった。
「話があるの、キャロライン。昨夜カイトに何度も抱かれたわ。激しく求められた。彼は私を愛していると甘く囁いたの。好きだと言われた。胸の大きな女性が好きだったそうなの。別れてちょうだい。想いあっている私達を引き離すなんて酷いと思わないの」
耳をふさいで聞かないようにしても聞こえてきた。いくらカイトに何もしていないから信じてくれと言われても、毒となって耳から入って来る。
ベッドに潜り込み耳を塞ぎ、何とかやり過ごしたのは深夜近くだった。
いなくなっても声がリフレインされて頭の中でぐるぐる回っていた。
朝出勤したカイトは酷い顔色をアランに見咎められた。
「二日酔いになるまで飲むなんてカイトらしくないな」
そこでカイトは昨夜の事を話した。
「油断したな、完全に嵌められてるじゃないか。昨夜飲んでいたのはジョンとビルとジャガードか、みんないい奴でカイトのことを恨んでそうもないな。けど心の中は分からない。その女カイトに執着しているから、キャロラインちゃんになにかしなければ良いが」
「そうですね、帰りに寄ってみます。ありがとうございます」
「騎士団から伯爵家にメイドの躾が悪いと言うこともできるが、こちらにも犯人がいてはどうしようもないな」
「不徳の致すところで面目ないです」
アランは美丈夫の上女たらしで名を馳せていたが、綺麗に付き合っている。伯爵家の次男で次期騎士副団長の呼び声が高い。田舎娘を落とすなど簡単だ。
カイトは前途有望な騎士だ。騎士団の秩序を乱すことは許さない。女を落として犯人を吐かせようとアランは決めた。
カイトがキャロラインのアパートを訪ねても出て来ることはなかった。店に行ってみたが具合が悪くて休んでいると言われた。心配でジリジリとしたがドアの前でシルベーヌが来たときの寝ずの番をするのが唯一出来ることだった。
二日目の夕方大家さんとパン屋のオーナーがやって来てくれた。
「ずっと顔を見ていないから心配になってね、鍵を開けようと思うんだ。キャロラインちゃん、ドアを開けるよ」
部屋の中にいたキャロラインは膝を抱えて窶れて座っていた。思わず抱きしめたカイトは
「キャロ、水を飲もうか。何も食べてなさそうだね。信じてと言ったのにどうしてこんなふうになったの?」
「最初の日に女がやって来てあること無いことをドアの前で叫んでいたそうだ。毒がじわじわ効いてきたんだろう。君は聞いていないのかい?近所に聞けば教えてくれたのに」
「呼びかけても返事がなくて、あの女が来てキャロラインを傷つけたらと思うと動けなかったんです」
「大切な恋人を守れないなんて駄目だよ。キャロラインはここにいない方が良いね。俺の親が海辺の町でパン屋をやっているんだ。手紙を書くから暫くいると良い。君は送っていくんだ、良いね。帰って来たら皆でどうするか相談しよう」
「騎士団長にも相談します。休みのこともありますが、裏切り者をこのままにしておく訳にはいきませんので」
騎士団に行っている間はパン屋の従業員用のスペースで待っている事になった。
休憩で誰かが側にいてくれるので気が紛れた。
急いで帰ってきたカイトは馬に乗っていた。
「ごめん、キャロライン。こんなに傷つけて。早いほうが良いと思って馬にした。荷物はこれでいいの?」
まだ青い顔のキャロラインは
「うん、これだけでいい」
と答えるのがやっとだった。馬の上でカイトに抱きしめられると涙が溢れてきた。シルベーヌの言葉が木霊する。
カイトは「キャロだけが俺の唯一だよ」と何度も言い聞かせた。途中宿に一泊した。ただ髪を撫でながら抱いて眠った。キャロラインはただただ涙をポロポロ流すだけだった。
オーナーの両親がやっているパン屋は水色の壁に青い屋根の可愛い店だった。
手紙を見せると空き部屋があると言って快く引き受けて貰えた。
「気が晴れるまでずっといれば良いわ」
奥さんが言ってくれた。
「ありがとうございます。何とお礼を言えばいいのでしょうか」
「良いんだよ、これから一緒に生活出来るなんて娘が出来たみたいで嬉しいんだから」
カイトが慌てて
「なるべく早くかたを付けて連れ戻しにやってきます。それまで申し訳ありませんがよろしくお願いします」
と言った。
「心配しなくてもキャロラインちゃんの気が休まるように、ゆっくりしてもらうからできるだけ早く犯人を捕まえてね」
「はい。じゃあ頑張るからキャロもここでいい子にしてるんだぞ」
キャロラインは心細さで涙が出そうだったが、どうにか頷いた。