1 キャロライン
沢山の作品の中から読んでくださり感謝しています。短いお話です。どうぞよろしくお願いします。
キャロラインは田舎から出てきて王都のパン屋で働いている平民の女の子だ。
栗色の髪に栗色の大きな瞳の可愛い顔立ちで、愛想の良いパン屋の看板娘だ。
田舎には両親と弟と妹が住んでいて賑やかな家庭だった。ずっといたかったが、下がつかえている。働くには都会の方が良いだろうと知り合いの伝を頼って出てきた。読み書きと計算は近くの教会で教えて貰った。シスターが元貴族らしくゆったりとした気品のある優しい人で大好きだった。
紹介されたパン屋は人気店で人が足りなかったらしく、オーナーが面接をして直ぐに採用された。アパートも店の近くを紹介してもらい助かった。
小さなキッチンとリビングに寝室が付いただけの簡素な作りだったが、自分だけの部屋が出来たキャロラインは嬉しかった。田舎では妹たちと共有だったからだ。
パン屋には制服があるので普段着を古着屋で三着ほど買った。古着と言ってもほとんど新品だった。
鍋や食器も新品同様の物が安く売ってあり、とても助かった。
両親がやりくりして持たせてくれたお金は家賃を払うと殆ど残っていなかった。
勤務先がパン屋なので残り物を貰えるように話をした。オーナーは良い人で
「構わないよ」と笑って言ってくれた。これでスープを付ければ立派な食事になる。
キャロラインは希望を胸に抱き新しい生活を歩き出した。
仕事の時には髪をポニーテールにして清潔を心がけた。気持ちよく買ってもらうために笑顔で丁寧な接客をした。
あっという間に都会の生活に慣れ、売り子として楽しみを見いだした頃、常連客が分かるようになってきた。
中にはキャロライン目当てで通って来る客もいた。何とか仲良くなろうとして花を持ってきたり、お茶やランチに誘おうと考えている者もいた。そういうお客ににはオーナーやベテランの店員が対応してトラブルを避けてくれた。
その中で毎朝通ってくるカイトは品行方正だった。騎士の制服で朝駆け込んで来る姿は目立っていたがキャロラインは興味も無かった。
親に都会の男に気をつけろと家を出る前に言い聞かされていたからだ。それに早く仕事を覚え役に立つ店員になりたかったし、パン職人の仕事にも憧れていた。手に職を付ければ年をとっても食べるのに困ることがない。貧乏人の子沢山の長女で育ってきたキャロラインの目指すのはそこだった。
カイトとは徐々に一言二言言葉を交わすようになり顔なじみになっていった。
騎士団の中でも可愛い娘のいるパン屋は有名だった。そもそもその前に味のよさで知られていたのだが。
カイトは朝その娘の笑顔を見るのが好きだった。何故か元気を貰えるような気がしていた。
挨拶をすると返してくれるようになり、天気の話くらいは出来るようになった。
おいしいパンとあの娘の笑顔に少しの会話、それだけでささやかな幸せを感じていた。
その娘の名がキャロラインというのをたまたま聞いた。
「俺もキャロラインちゃんと呼んで良いかな」
朝の挨拶の時に恐る恐る尋ねた。
「名前ですか、良いですよ、お客様はきちんとした騎士様ですよね」
「今は下っ端だけど、剣は陛下に捧げている」
「きっと立派になられますね。では行ってらっしゃいませ。ありがとうございました」
「ああ、また来る」
キャロラインは客商売の挨拶で言ったのだがカイトは「行ってらっしゃいませ」
だけを拾って噛み締めていた。毎日「行ってらっしゃいませ」が聞けたらどんなに幸せだろうか。顔が知らないうちににやけていた。
カイトは平民出の騎士だ。家は割と裕福な商家だが、兄が跡を継ぐのでカイトは騎士になった。
騎士も貴族の次男や三男がうようよいる。気持ちをしっかり持っていなければ、直ぐに蹴落とされる。
心に灯った灯りがキャロラインだった。いつか友達になり恋人になれたら良いと思う存在だった。
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キャロラインは家族に手紙を書いた。パン屋さんで良くしてもらっている事、王都の珍しいお店のことや食べ物の話を余すことなく書いた。
家族からも元気そうで安心したとか、しつこく都会の男に注意するように返事が来て笑ってしまった。店の人達に守って貰っているし、危ないところへは近づいてもいない。
この頃のキャロラインは恋には憧れていたが、実際に誰かと付き合うつもりは無かった。田舎娘相手に都会の男が真剣に付き合ってくれるかどうか、分からず怖かったのだ。
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段々キャロラインと話せるようになったカイトは、友達になるところから信頼を得ていった。
「キャロラインちゃん、何処かへ行く時には俺に案内させて。騎士だから守れるし生まれもここだから詳しいよ」
「有難うございます、カイトさん。またお願いしますね」
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「ちょっとこの先に新しいカフェが出来たんだ。今度の休みにどうかな」
「カフェですか、パンケーキが美味しいんですよね。先輩が行かれたそうです」
「これも都会の経験だよ、どうかな」
「考えておきますね。次のお客様どうぞ、お待たせしました」
「キャロラインちゃん、カイトさんのお誘い考えてあげたら?見てて可哀想になるよ」
「カフェは行っても良いのですか?お友達になって欲しいと言われたんですけど、どこまでがお友達なのか分からないんです」
「ヘタレだったのねカイトさん、お気の毒様だわ」
仲間の店員のカイトを見る目が変わった。
こうして漸くカフェに行く約束を取り付けたカイトは、初デートをどうやって成功させるか考えることになった。
その頃街には破落戸が増え始めていた。
名前違いの報告をくださり有難うございます。ご丁寧な指摘、とても感謝しています。訂正しました。