婚約破棄後の人生。こんな筈じゃなかったよ。
婚約破棄イベントが終わったその後のこと。
乙女ゲームのヒロインことリズは元悪役令嬢に手紙を出し、悪役令嬢は彼女からの手紙を受け取った。
忌々しい女性。こんな手紙は捨ててしまおうかと思ったが、悪役令嬢は彼女がどんなことを手紙にしたためているのか気になり、一応読んでみることにした。
机から取り出すペーパーナイフ。
封を切り、手紙を取り出す悪役令嬢。
一人、手紙を読み始める―――。
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拝啓 アナスタシア王妃様。お元気でしょうか?
ヒドインこと脳内お花畑のリズです。
リリトル王国。私の故郷で貴女様にとっても故郷の国。
貴女様が嫁いだトラスク王国と比べると、私達の故郷は小国の部類に入るでしょう。
しかも私は子爵令嬢。今は訳あって伯爵令嬢の身分になっておりますが、それでも王妃様という身分と比べると鄙しい身分であることには変わりはありません。
ですので、この手紙は読まれることなく捨てられている可能性もありますね。
それならそれで別に良いと考えております。
貴女様が嫁がれた国と私達の国はあまりにも遠い。
私達の前世の世界・地球であれば飛行機を使えば二~三時間くらいのフライトで国と国を行き来することが可能ですが、この世界ではそんな代物はないので恐らくはもう二度と私達が交わることは無いと思われますし。
さて、前置きはこのくらいにしておきましょう。
本題ですが、あの婚約破棄騒動から半年が経過しましたね。
前置きでも少し触れましたが、過去は子爵令嬢であった私は今、リリトル王国の王妃様の加護の下、セシリア・フォン・レアンドル様に嫁いで伯爵令嬢となっております。
他国では結婚後は当主 又は 婦人となりますが、この国では現当主様方がご隠居なさる迄令嬢は令嬢。令息は令息と呼ばれます。王族の方々に限っては他国と同じですが。
これは貴女様も知っていらっしゃることでしたね。申し訳ありません。
それはさておき女性同士で結婚? とお思いになられましたか? それも無理のないことだと思います。
でも、これは作り話でもなんでもなく事実なのですよ。
カミングアウトしちゃいますが、私は女性しか愛せない体質なのです。
男性にはまったく興味がありません。
イケメンと言われても私には全員同じ顔に見えますし、そもそもイケメンという定義が分かりません。
女性であれば、可愛い・綺麗などセンサーが働くのですけどね。
そんな私なので、攻略対象なんて無視して令嬢の方々とばかり仲良くさせて頂いておりました。
皆様、外では貴族の矜持を重んじておりましたが女子会と言っても良いのでしょうか?
令嬢だけが集まる会では、それはそれは男性。……殿方に対しての不満が物凄かったですよ。
聞いていて、とても愉快で不愉快な気持ちになりました。
そして私は、そんな現状をなんとかしたいと腰を上げたのです。
問題を手っ取り早く解決させる方法は王妃様と懇意にさせて頂くこと。
なのですが、当時の私は子爵令嬢。王妃様は雲の上の存在です。
どうやって邂逅するか悩みに悩みました。
三日三晩悩んで無理だと諦めかけました。
そんな私に天啓が舞い降りたのです。
攻略対象を利用すれば良いと。
私にとって殿方との近しい接触は腐りかけの肉を食べさせられる程の精神的苦痛を伴いましたが、背に腹は代えられません。
第一王子に接触して、上手く王妃様に取り次いで貰いました。
貴女様は王妃様に前世の知識を活用して作った菓子を献上しておられたようですが、化粧品類に関してはしておられなかったのですね。
化粧品に関する知識はそれ程深くなかったのでしょうか?
いずれにしても、お蔭様で助かりました。私の持参した化粧品を王妃様に甚く気に入って頂くことが出来ましたから。
以降、私は王妃様と二人きりの秘密のお茶会を何度もさせて頂きました。
王妃様と子爵令嬢。身分が違いすぎますので、公には出来ませんからね。
楽しい日々でした。
ですが、その楽しい日々に影が差したのです。
そう、エトラーツ学園での卒業式のことです。
貴女様が第一王子から婚約破棄を伝えられました。
王妃様は私と会う時には第一王子に言伝を頼んでおりましたが、それをあのボンクラは何を勘違いしたのでしょうか?
私が自分に好意を持っていると思ったようなのです。
何処をどうしたらそうなるのか? 今でも分かりません。
何はともあれボンクラは架空の話を作り上げて貴女様を糾弾し、婚約破棄を申し渡しました。
貴女様はこの時が一番幸せだったのではないでしょうか?
悪役令嬢の破滅ルートから回避することが出来たのですから。
貴女様はその後、あのボンクラ達の言い分を全部論破して衛兵を動かし、私達を捕らえることに成功しました。
お見事な弁論でしたよ。
全てをご覧になっていた王妃様の影が感心するくらいには。
論破後、貴女様は今現在貴女様がおります国。私達の故郷に留学に来られていた王太子様に見初められて故郷を去って行かれました。
去り際に縄を掛けられた私を見て、貴女様の口に声はありませんでしたが、こうおっしゃっていたと記憶しております。
「ざまぁ」
と。
笑いそうになりました。
私がヒドインで脳内お花畑と信じて疑わなかった貴女様が滑稽で滑稽で。
残念ながら私は違和感に気が付いておりましたよ。
乙女ゲームの世界なのに悪役令嬢の貴女様が私にちょっかいをかけてこないことに。
すぐに悟りました。この世界は悪役令嬢がヒロインをざまぁする世界だと。
……貴女様はそれから起きたことをご存じありませんよね。
ですので、これからお話致しましょう。
私は何もしておりませんので、当然無罪放免となりました。
王妃様が私を極刑にしようとする愚王に意を申し出て私を助けてくださったのです。
貴女様は当時の王宮の力関係についてはよくご存じですよね?
権力は愚王にありましたが、実務を担っているのは王妃様。
愚王は立場に胡坐をかいて慢心している。
自分が良ければ他の者のことなどどうでも良い。
こんな王なので、貴族も民も愚王から人心が離れつつありました。
そんなところに今回の件。これが決定打となったのです。
自身の息子が起こした愚行を見抜けなかった愚王。
冤罪の私に極刑を課さそうとした間抜け。
私の両親は憤り、反愚王派の貴族を集めて王族の責任を問いに掛かりました。
一触即発。火の点いた爆弾の導火線を上手く切ったのは王妃様です。
こんな一件を招いたボンクラを廃嫡して国外へ追放、彼に加担した宰相の令息、騎士団団長の令息は地位を剥奪して市井に流すことを決定致しました。
尚、私には王族の不手際を謝罪してくださった上で私の望みを叶えると約束してくださったのです。
愚王のことは慕っておりませんが、王妃様のことは慕っている皆様はこれで溜飲を下げられました。
愚王は王妃様の傀儡と化しました。
あわや国が混乱して転覆。となっていたかもしれないところを王妃様が平和的に[事]を終わらせたからです。
愚王は王妃様に頭が上がらなくなったのです。
ところで今思えば王妃様は元よりこうなることを狙っていたようにも思います。
私達は皆、王妃様の掌の上で踊っていたのです。
ボンクラのことを王妃様は嫌悪しておられました。
権力を笠に着て愚王さながらに好き放題していたからです。
王妃様にとっては息子ではありますが、このような性格の者は王には向かない。
愚王は彼を次期の王にしたかったようですが、王妃様は愚王の考えには大反対だったのです。
ですので、私と会う時にボンクラに言伝を頼んだのは、いずれ事件を起こしてくれることを期待していたのではないかと思うのです。
そうでなければ影に言伝を頼めば済むこと。
現にボンクラが廃嫡となってからは影が王妃様からの言伝を預かり、私に言葉を渡す業務を担うようになりました。
ここで先の話に繋がるわけです。
王妃様は私とお茶会の最中に例の望みの件について問われました。
またと無い機会だと思いませんか?
私は同性婚を認めて欲しいと王妃様に望みました。
その時の王妃様は呆けていらしたので、却下されるのかなと思いましたよ。
ですが、私の望みは受理されたのです。
但し、恋愛結婚ではありませんでした。
王妃様が見繕った方との政略結婚です。
代々優秀な魔導士を輩出している家系・レアンドル伯爵家。
私はその家の伯爵令嬢セシリア様と結婚することになりました。
幸いにも私達は気が合いました。
政略結婚でも、愛し・愛されの関係となれたのです。
セシリア様はとても素敵で可愛らしいお方です。
私と出会って以来、私と一緒じゃないと眠れないなどとおっしゃるのです。
それに少々はしたないお話となりますが、セシリア様は私に幸せを刻み付けられます。
スキンシップが大好きなお方なのです。
私達は結婚から三ヶ月程は寝ても覚めても百合の花園でありました。
ほんの少しだけお互いが落ち着いたのは四ヶ月目に入ってからです。
私達が直面したのは貴族には欠かせない問題。
世継ぎの問題です。
レアンドル伯爵家の侍女長から言われて私達は茫然としました。
女性同士では子供が産めない。産めないと家が絶えてしまうのですから。
悲壮感、焦り。でもそれも一時間の間だけでした。
女性同士で子供を産むことの出来る魔法を創り出せばいい。
その魔法の創造は神に背く行為です。
ですが、セシリア様は創り出しました。
私は私でその間にシャンプーやトリートメントなどの開発を行いました。
完成後、私達婦々は真っ先に王妃様に献上に伺いました。
子爵家であった頃と違い、伯爵家であれば事前にアポイントさえ取れば王妃様との面会が可能です。
王妃様には大変喜んで頂けました。
伯爵から侯爵に陞爵するというお話も出たくらいです。
爵位が上になるとメリットも大きいですが、デメリットも大きいです。
国との繋がりが強固になりますが、その分面倒事も増えます。
例えば社交界への出席回数が増加するなどですね。
私達はメリットとデメリットを天秤に乗せて地位向上を辞退致しました。
王妃様からは笑み。私達が断ることは織り込み済みだったと思われます。
辞退を受け入れる代わりに他国への移住を禁止されました。
別に構いません。最初からそんなつもりはありませんでしたから。
長くなりましたが、セシリア様……。セシリアと私。
私達婦々は幸せに暮らしています。
前世の知識が、OL時代の知識が自由に使えるのって有難い環境です。
貴女様は今、幸せですか?
国が違えば作法も法律も流行りも違う。
付いていくだけで精一杯なのではないですか?
願わくば貴女様が幸せであると良いなと思っております。
敬具
追伸
間もなく愚王は離宮で暮らすこととなり、時期を見て病死が発表されるようです。
暫く国民全員で愚王の喪に服した後は王妃様が女王様に即位されます。
私達の国では初の女王様です。その後も王妃様の娘様方が跡を継いでいかれるようですよ。
私達の国の男尊女卑志向はお終いです。
その日が来ることを待ち遠しく思います。
それではごきげんよう。
元・リズ・フォン・ミコーネ
現・リズ・フォン・レアンドル
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ヒドインだった筈のリズからの手紙。
アナスタシア・フォン・ボヌフォワ 改め アナスタシア・フォン・トラソン王妃は"ぐしゃり"とその手紙を握り潰した。
リズが懸念していることが当たっているからだ。
アナスタシアは自分は完璧な令嬢だと思っていた。
実際、リリトル王国にいた頃は淑女の鑑・才女と言われていた。
なので、自分なら何処でもやれると自信を持っていた。
ところがリリトル王国からトラスク王国へ移住してからはその天狗の鼻は完膚無き迄に"ボキリ"とへし折られた。
―――国が違えば作法も法律も流行りも違う―――
アナスタシアはリリトル王国では淑女の鑑だったが、ここでは下位の貴族令嬢よりも彼女の方が劣る。
長年この国で暮らしてきた貴族と"ぽっ"と出の王妃。
浮くのは当然だ。
淑女の鑑がこの国では良い笑い者となっている。
お飾りの王妃だと。
しかも前世の記憶は宝の持ち腐れ状態。
前世は有能なパティシエだったアナスタシア。
それを活かそうにも王妃はキッチンへの出入りなんて出来ない。
アナスタシアは劣等感に苛まれつつ嘆く。
「こんな筈じゃなかった」
と。
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所変わってトラスク王国王城・王の執務室。
アナスタシアをリリトル王国の悪漢達から救って娶ったダシキ王。
彼は自身の身体の一部と言える眼鏡を丁寧に拭きながらここ半年で何回吐いたか分からないため息を今日、たった今も吐き出した。
かつてはドヤ顔の王などと言われていた。
それに見合う実力は……。
無かったが、有るように見られていた。
前王がそれなりに優秀だったので国民達は誤解していたのだ。
彼の功績じゃないことを彼の功績だと思っていた。
前王が彼の尻拭いをしていただけとは知らずに。
長年隠され続けた彼の真の実力。
それがここにきて全て露呈した。
前王が過労死してしまったが為に。
彼が王の座に就くことになってしまったが為に。
一人息子だったことが災いした。
前王が彼の尻拭いに追われて、火消しをすることばかりに集中。
夫婦の時間を作らなかったことが大きな失敗に繋がった。
王妃は十年間は前王と共にあったが、前王にも息子にも愛想を尽かしてある日突然に夜逃げして何処かへ消えた。
諸々の事情によって国民の王族に対する求心力は低下。
挽回しようと当時は王太子であったダシキ王は現在の王妃、リリトル王国で淑女の鑑・才女と言われていた侯爵家の令嬢アナスタシアを連れてきたのだが、彼女の所作はこの国では通用せず、かつ他国から国母を娶ったことに国民からは非難の嵐。王族への支持率は脅威的に低下した。
良いことをしたつもりが、蓋を開けてみると散々な結果。
側近達の間ではクーデターが起こるかもしれないという話迄出ている。
得意のドヤ顔はもう出来ない。
ダシキ王は拭き終わった眼鏡を掛ける。
「こんな筈じゃなかったのに」
彼の呟きは執務室に虚しく消えた。
**********
一年後。
更に所変わってリリトル王国・レアンドル伯爵家。
自宅の隣に商会を造ったリズとセシリアは悲鳴を上げていた。
「あぁぁぁぁぁ、休みが欲しいです」
「最後に休んだのっていつだったかしら?」
「覚えていません……」
シャンプーにトリートメントに化粧品類。
それらが飛ぶように売れることは彼女達も想定していた。
だから準備万端で戦に挑んだのだけど……。
「まさか女性同士で子を成せる魔法の巻物がこれ程売れるとはね」
セシリアが創った女性同士で子を成せる魔法。
その魔法は巻物に封じられていて、開けば魔法が発動して効果を発揮するようになる。
リズとセシリアはこれについては甘く見ていた。
女王が即位して法を変えても、なんだかんだで異性愛が主流であろうと思っていた。
いざ変わってみたらこの有様。
この国の男性陣は脳内に愚王の頃の男性の在りようが根強く残っていて、女性を労わらない、女性の月のモノのことを理解しない、家事と育児は女性の仕事だと思い込んでいる。
女性と接する。ではなく女性を扱うなどと女性のことを道具のように言う。
というような者が多くいて、女性陣は男性陣に辟易し始めた。
やがて、女性陣は気が付いてしまった。
女性同士で生きる方が同じ悩みを分かち合えるし、楽じゃない? かと。
セシリアは必死に白紙の巻物に魔法を描く。
リズはお客様方に化粧品を試して貰っては、お客様方が気に入ってくれた品物を販売する。
お客様の列はいつ途切れるのか分からない。
嬉しくもあるけど、忙しさに目が回る。
『『こんな筈じゃなかったよ!』』
早急に従業員を募集する必要がある。
リズとセシリアの気持ちは一致するが、問題が立ちはだかっている。
婦々の仕事はある程度の知識を持っていないと出来ないという問題が。
じゃあ家の者を引き込もうと考えもしたが、あれこれと物事を教えながらの接客では効率と店の回転率が悪くなる。
なら空いた時間に知識などを叩き込む方法がある。が、その時間は婦々で楽しく過ごしたいので却下。
「休みた~~いです」
「……定休日を作るというのはどうかしら?」
「それは良いですね!!」
ということで、リズとセシリアの商会には定休日が設けられることになった。
やっと婦々だけの時間が取れるようになったー。
と喜ぶリズとセシリアだったが、レアンドル伯爵家の者達から子作りについて煩く言われるようになり、彼女達は「精神的に疲れが取れない」と休日の度にお互いに愚痴を零しあうようになった。
その時は苛々した顔なのだが、最後は笑顔になるのがお約束。
「でも、リズとなら子作りしたいわ」
「うん、私もセシリアとならしたいです」
「最初はリズが産んで、次は私ね。女の子2人が良いわ」
「産み分けなんて出来るんです?」
「私なら可能よ」
セシリアの言葉を聞いて感心するリズ。
リズの顔を見たセシリアは『可愛い』という想いを抱いて伴侶を抱き締めて……。
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婚約破棄後の人生。こんな筈じゃなかったよ。
Fin.
なろう版乙女ゲームで婚約破棄後に他国の王太子などにプロポーズされてそちらの国へ娶られる悪役令嬢。
現実的なことを考えるとこうなるんじゃないのかな? と思ったことを書いてみました。
久しぶりの短編です。
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作者こと彩音




