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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第3章 両極の天才役者編

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第74話 期待とは時に、何よりも傲慢さの発露に近しいものである


「……あの時の言い方的に、2人きりだと思ってた」


 不満そうに頬を膨らませて、拗ねたように愛はそう言ってくる。


 舞台・《ガールズ・バンド》の顔合わせの翌日。

 主演の女優さんがまだアメリカから帰ってこれてないから、そこそこの時間で打ち合わせは終了。

 わたしは午前中に今度の映画の打ち合わせをして、新宿の駅前で愛と合流する流れになっていた。


 愛と2人で話すと思ってたんだけど、どういうわけか、凛も付いてくるって聞かなくて。

 結局、愛と凛とわたしの3人で行動することになった。


 それまでは、うん。凛と一緒に居られるのは良いんだけどね?

 問題があるとすれば──


「あら、迷惑だった?」

「うん、迷惑」

「……由芽、私が手を出しそうになったらちゃんと抑えてね?」

「仲良くしようよぉ!!」


 この2人、本当に相性が悪いなぁ!!


 うう、これならかなみと彩香とひなのにも…………。

 かなみはともかく、彩香もひなのも愛とは相性悪いんだっけ……。

 少々口は悪いし集団行動苦手だけど、愛は別に悪い子じゃないんだけどなぁ。


「はぁ……。とりあえず、どこかお店入る?愛、お昼は食べてきた?わたしと凛まだ食べてなくって」

「まだ食べてない。……食べるなら、ハンバーガーがいい」

「ハンバーガーいいね!ちょっと前に、なつさんと美味しいところ見つけたんだ!ちょっと歩くけど、そこ行こっか!」


 あのお店、チーズとアボカドのバーガーが美味しかったんだよね!

 なつさんに一口貰ったノーマルなのも美味しかったし、今日は色々と見てみよっかな♪


「凛もハンバーガーで良いかな?」

「いいわよ。それにしても少し意外ね、鳴海さんからハンバーガーの意見が出るなんて。貴女、如何にも少食そうなのに」

「んふふっ、愛ってハンバーガーが好きなんだよね♪」

「……うん、好き。だって──、ううん。何でもない」

「そう?それじゃ、昨日のお話とかこれからのお話とか!色々しながら、道中を楽しもっか!!」

「由芽のそういう所、好き」

「はぁっ!?……悔しいけど、同意だわ」


 わたしの今日の第一目標は、この2人に少しでも仲良くなって貰う事!

 愛のお芝居、きっと凛は好きだと思うし!

 2人が仲良くなれば、わたしのこの胃痛も消えてくれるかもだし!


 それになにより、2人が仲良くなってくれるのはわたしも嬉しいしね♪





「ふざけないで!!あの子を想うなら、もっとコネ使ってよ!!」

「お前こそふざけるな!!俺がどれだけ、あの子とお前の為に身を削ってると思ってるんだ!!」


 物心ついた時から、”私の親”という生き物は憎みあっていた。


 助演女優賞を受賞したことのある、”若い頃”は演技派で売っていた母親。

 助演男優賞を受賞したことのある、”若い頃”は演技派で売っていた父親。

 そんな両親のもとに、私は生まれる。


 幼いころから芝居漬け。

 小学生の頃は、天才子役だなんて呼ばれたりもして。

 きっと、それなりに王道の道を歩んでいた。


「流石私の娘ね!私の遺伝子があるんだもん!お芝居だって、誰にも負けないわ!!」

「ああ、流石は俺の娘だ!演技力も、いずれは俺の若い頃に追いつくさ!!」


 雁字搦めの、息をするのも億劫になる幼少期。

 観察してみれば、周囲の子役の親も同じような言動をしていて。

 その事実に、心が疲れてしまう。


 タレント崩れじみた、もはや役者ですらなくなった”元”役者。

 過去の栄光に縋って、その栄光を掴むことを私に強要させる。


『どうして!?貴女が居なければ、僕は死んでしまうというのに!』

『……ええ、そうよ!ようやく気付いたのね!』


 何度も何度も見せられた、両親の過去の芝居。

 汚い色が滲みだしている、とてもつまらない芝居。

 参考になるものなんて何もない、使い古された技術と表現。


「…………すごいね、ふたりとも」


 そう言えば、少しだけ機嫌がよくなってくれる。

 だから私は、何度も何度も偽りの言葉と表情を作った。


 そんな子役期間が終わって、私は中学生になる。


 子役イメージの払拭も兼ねて、中学生の間は芸能活動は休止。

 その約束に縋っていた私にとって、両親に決められた進学先は地獄でしかなかった。

 何人ものトップ役者を輩出している、国内一の有名校。


 私立美浜中学。

 私は、その中学の演劇部への所属を強制された。


 子役時代に見たことある人、初めて芝居を始めようとしている人。 

 本気で役者を目指している人達に紛れて、私も芝居をしていかなきゃいけない。

 そんな中での、一番最初の入部歓迎の部活内挨拶の最中。


 私は、生まれて初めて逃げ出した。


 私は芝居を好きじゃないし、きっと芝居も私の事を嫌い。

 だというのに、私は役者という枷から逃れられない。


 苦痛で、泣きたくて、消えたくて、逃げたくて。

 マイナスな感情に支配されて、それを振り払う気力もなくて。



「どうしたの?大丈夫?」



 感情を押し殺そうとして中庭の茂みに隠れていたら、彼女が現れてくれた。


 黒色のセミロングの綺麗な髪に、人生で見てきた中でも別格の整った顔立ち。

 何より目を惹いたのは、逆光の中でもよく見える深紅の瞳。

 

 彼女はまるで、神話の中に登場する幼い女神のように見えた。


「え、っと……」

「んん?どこかで見たような気が……?」

「わ、たし……」

「はっ!?そうだよね!わたしの事は後回し!もしかして怪我しちゃってる?痛い?」


 勿論怪我なんてしてないし、初対面の人に甘えるなんてしたくない。

 なのに、どうしてか。

 

「…………痛い。痛い、痛い、痛い……!」

「……うん、頑張ったね。もう、大丈夫だからね」


 彼女の太陽みたいな声を前に、私はただ、泣いて縋ることしか出来なかった




──




「…………ん、あれ?」


 気づけば、知らない天井が視界に広がっていた。


「もー、ほんとお人よしというか、何というか……」

「えっへへ、ごめんねかなみちゃん!そういえば、わたしの事顧問の先生に話してくれたんでしょ?」

「まぁ、一応ね?」

「ありがとかなみちゃん!だいすき!!」

「はいはい。あたしも由芽の事大好きだよ~」


 そんな会話に引かれて、天井から目線を移す。

 そこには、2人の女学生が居た。


 1人は、さっき私を助けてくれた女の子。

 もう1人は知らない子。茶髪のロングヘアが特徴的な、綺麗な女の子。

 

「え、っと……」

「かっひゅ……!?あ、目が覚めた!?」

「相変わらず独特な驚き方すんな……。良かった、起きたんだ君」


 2人とも穏やかな顔で私を見てきて、そこに心配が多分に含まれているのが伝わってきて。


「…………あ、れ?」


 不意に、涙が流れてしまった。


「え!?ま、まだどこか痛む!?」

「……子役の、鳴海愛さんだよね?」

「子役!?」

「知らなかったのかよ……。もしかして、演劇部で何かあった?由芽に聞いたら、鳴海さんが屈んでたの部室棟の中庭だったらしいし」


 ”かなみ”と呼ばれてた少女は、とても鋭い反応をしてきてくれる。

 その指摘は半分正解だけど、でも本質は全く別で。

 私は感情のコントロールが出来ずに、何も言えなかった。


「あ!起きたのね鳴海さん!良かったぁ」


 そんな折に保健室に入ってきたのは、学校には行ったときに紹介された保険医。

 そしてその大人は、申し訳なさそうに話し出す。


「ご両親、お仕事で来れないらしくて。私が車でお家まで送ろうか?」

「……大丈夫、です」


 知っていた。

 あの両親は、どこまでも自分だけが好きで。

 今日は確か、珍しくドラマの撮影が入ったと聞いていた。


 私はただのお人形。

 演技が上手だから大切にされるだけで、そこに愛情なんてものはない。


「1人で、帰れます」


 何故か酷く痛む心臓を抑えながら、なんとかベッドから降りる。

 ……嬉しかったけど、”由芽”も”かなみ”も私にとっては関係のない人。


 私は、彼女たちに何も返すことが出来ない。


 家に帰るのが億劫で、あの両親と話すのが苦痛。

 どうしよう。部屋に引きこもって体調不良だって言えば、一緒にご飯を食べなくていいのかな──


「はい、先生!わたし、鳴海ちゃんと一緒に帰ります!」

「はあっ!?」

「そ、そうなの?」

「うん!いいよねかなみちゃん!?」

「……あははっ!ほんと、しょうがない奴だなぁ由芽は♪」


 ま、待って?

 私、さっき1人で帰るって……。


「どうかな、鳴海ちゃん?わたし、鳴海ちゃんと友達になりたいんだ!」

「とも、だち……?」

「うん、友達!」


 同性でも見惚れるような笑顔で、由芽は私の手を握ってくる。

 その手の温かさは、今まで体験したことのない温もりで。


「…………ありが、とう」

「やった!それじゃ、よろしくね鳴海ちゃん!」


 

 いつの間にか、心臓の痛みは消えていた。







「……それが、由芽との出会い」

「そ、そうなのね……」

「えへへ、嬉しいな♪わたしもよく覚えてるよ♪」

「貴女…………」

「あれ?なんでそんなにドン引きしてるの凛?」


 由芽と鳴海さんとハンバーガーを食べながら、私達は鳴海さんと由芽の出会いを聞いた。

 そういえば、どうしてこんな話になったのかしら?

 ええっと、確か彼女たちの中学時代を聞いていて……。


「ん?千奈さんから電話……。ごめん、ちょっと出てくるね!」

「ええ、行ってらっしゃい」

「待ってる」


 パタパタと小走りで、由芽はお店を出て外へ電話に行く。

 その後姿を見送れば、思考はさっきの鳴海さんの話に。


 あの子、きっと幼少の頃からナチュラルボーン太陽だったのね……。

 困ってる人に声を掛けて、自分のお願いが相手を助ける一言に繋がって。

 そりゃドン引きもするわよ。改めて、あの子の特異さを思い知ったんだもの。


「…………高崎は」

「凛でいいわよ。高崎だと、お母さんと被っちゃうでしょ?」

「…………凛は、由芽と同じくらいの凄い芝居をしてた」

「あら、この前の《双翼》の舞台見てくれてたのね。それはありがとう」

「だから本当に疑問。なんで、彼女たちが主演なの」


 一通り彼女の過去に触れれば、その言葉に対する反応も変わってくれる。

 というか、この前は場も悪すぎたしね。

 良くも悪くも、素を隠せないくらい不器用なのね。


「昨日も言った通り、私も由芽も忙しいの。……それに、この舞台のキャスティングに文句はないわ。だから、貴女も不貞腐れるのは止めなさい?」


 私と由芽を高く買ってくれているのはありがたいけれど、あまり高く買い過ぎるのもね。

 由芽がどうにか制御しないと、柊さんも大変よこれ。


「…………柊さんは、色が薄い。もう1人の主演の人は、色が暗い」

「色?」

「私、人の色が見える。色が綺麗な人は、芝居も上手」


 人に色が付随して視覚化されてる?

 ”共感覚”ってものかしら?色が見えるなんて初めて聞いたけれど……。


「由芽の綺麗な赤も、凛の綺麗な橙も。サブで使うのは、勿体ないし派手過ぎる」

「貴女……、本当は真面目なの?」

「……芝居に嫌われている私より、色が綺麗じゃない人に主演をしてほしくない。ただ、それだけ」

「ひなのでもダメって、どれだけ要求値が高いのかしら……」

「少なくとも、由芽と凛は別格。……もう一人の人はともかく、柊さんはダメ」

「……そんなの、当人が一番理解しているわ」


 そもそも、柊さんは役者としては未熟そのもの。

 由芽の個人レッスンと本人の異常な吸収力と才能だけで、途中の階段を何段も飛ばしてしまっている。

 本来なら数年で到達する場所に、1年足らずで来てしまって。


 そして由芽は、そのことにきっと気づけていない。

 あの子は柊さんよりも顕著な、例外側の役者なんだもの。

 

「柊さんもひなのも、少しだけ長い目で見てあげて。そうすれば、きっと鳴海さんの望む色が見られるわ」


 視界の端で、由芽がお店の中に入ってくるのが見えた。


 だから、もうこのお話は一旦終りね。

 由芽のせいにするつもりはないけれど、こういう話はあの子は絶対嫌いだし。


「お待たせっ!……何か、大事なお話してた?」

「……ううん、してない。おかえり、由芽」

「それじゃあ、もう出ましょうか。次はどこに行くの?」

「そうだなぁ……。カラオケとかどう?楽しいよ!」

「……由芽とカラオケ。久しぶり」

「いいわね。お店は、歩きながら考えましょうか」


 そうしてお店を出て、人通りの多い通りを歩く道すがら。

 カラオケ店を検索する由芽を横目に、鳴海さんに小さな声で話しかけられる。


「……さっきの話。もし、綺麗な色に彼女たちがなれなかったら。凛は、どうするの?」

「まるで脅しみたいね。でも、そうね。それが出来ないくらい、彼女たちが弱いままだったなら」


 私も由芽も、全力で柊さんとひなのを支えるのは大前提。

 それでも、鳴海さんの高すぎる水準に到達できなかったなら。

 その時はきっと、私も少しがっかりしてしまっているかしら。


 

「私と由芽で、あの子たちを喰い殺しちゃうかもしれないわね」



 自分の性格が悪いのは百も承知の上で、それでも彼女たちに期待する。

 理論派の極みのひなのと、感覚派の極みの柊さん。




 どうか彼女たちが、私と由芽に追いついてくれますように、なんて。

 



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