第73話 柊彩香と笹森ひなの
「柊彩香さんと、笹森ひなのさんですよねっ!新進気鋭のカメレオン役者と、天才演技派女優!!そんなお二人に、ウチの主人公を演じて貰えるなんて〜!」
「こちらこそ、素敵な役で楽しみです♪」
「せ、精一杯頑張りますのでっ!!」
顔合わせ会で自己紹介が終わって、今は談笑タイム。
そんな風に、彩香とひなのは千早さんや他の役者さんと話していて。
その2人を、わたしは微笑ましい気持ちで眺めていた。
ふふっ、彩香ってば凄く緊張してる。でも、たどたどしいながら話題も振れてるし。
色々と覚悟が出来て、役者とてし立派に成長してるなぁ。
ひなのはそんな彩香に気がついて、フォローしたり任せたり。
年齢でこそ彩香が上だけど、ひなのは芸歴なら彩香より遥かに上だもんね。
初めて会った時のオドオドした子とは、もうすっかり別人だ。
ああ、本当に誇らしいなぁ。
わたしの弟子と妹弟子は、立派に芸能の道を歩んでる。
「あの子達のこと見すぎ」
「えへへ、バレちゃった?」
「当たり前よ」
「いやー、凛にたくさん見られて困っちゃうなぁ♪」
「おばか。貴女が分かり易すぎるだけ」
ぬるっと私の横に来てくれた凛は、ため息をつきながらそう言った。
どうやらこの大親友は、わたしの事が大好きみたい。
それはわたしも同じだから、相思相愛ってやつだよね!!
「……頑張ってほしいわね、ひなのと柊さんには」
「あはは、ほんと大変だったもんね《双翼》。わたしも凛も仲間に恵まれたから、彩香たちにも同じような環境を整えてあげたいけど」
「私は、貴女という存在にも恵まれたけれどね」
「………………そ、そですか」
ど、どうしたんだろ!?
なんだか、凛が滅茶苦茶恥ずかしい事を言ってくれた気がするんだけど!?
うう、顔赤くなってないかなこれ……。
表面上で褒められるのは慣れてるんだけど、こんな風にダイレクトに心に刺さる褒められ方は慣れてないんだが!!
「やっほー、ゆめっちにりんりん!……って、どしたの?ゆめっち、顔真っ赤じゃん」
「京子さん!凛がいじめてくるんですー!!」
「はあっ!?ちょっと由芽、貴女何言って……!というか、りんりんって何ですか京子さん!?」
「可愛いじゃん♪ほら、仲良くなった印ってことで♪」
「なっ、ちょっ……!?私まで抱きしめないで!?」
凛もすっかり棘が消えて、こんな風に構ってもらえるくらいにはなってて。
その事実に、わたしの事のように誇らしく思えてしまう。
【なら、わたしはもう必要ないよね】
……そうかもね。でも、わたしはまだ皆と競い合いたいんだ。
だから、もう少しだけ待ってくれないかな。
【嘘つき、偽善者、臆病者。そうやって、ただ逃げ回って。せなお姉ちゃんを殺したくせに、人殺しのくせに。幸せになる権利なんて、貴女にはないんだよ?】
その通り。人殺しのわたしに、幸せになる権利なんてない。
死にたいけど、わたしは彩香とかなみを世界一幸せになるまで死にたくない。
地獄に堕ちるまでの間だから、ちょっとだけ大目に見てね。
「……あの時、せなお姉ちゃんじゃなくて貴女が死ねば良かったのにね」
「由芽、どうかした?」
「ゆめっち、今何か言った?」
「……ううん、何も言ってないよ!」
危ない危ない、今の声に出ちゃってたか!
やばい人だと思われたら、色々とまずいもんね!
「…………由芽」
「うひゃあっ!?な、なんだ愛かぁ……」
あ゛ー、びっくりした!
もうっ、ぬるっとサイレントで来られたら心臓飛び出るんだけど!?
「聞きたい事がある。由芽と、そこの赤い髪の人に」
「わたしと凛に?」
「赤い髪の人って……。さっき自己紹介したけれどね?なに、鳴海愛さん?」
「この舞台に出る人の最新のお芝居は全部見た。……由芽と高崎の芝居が、この中で一番綺麗な色をしてる」
うっすらと、愛の中にある感情が表に出る。
中学の頃から変わってないなら、愛の感情が表に出るのは芝居に関してだけ。
中学の時は、ずっとそれがわたしだけに向けられていた。
知っている。
愛が今表に出しているのは、”不満”と”嫉妬”だよね。
「どうして、貴女達が主演じゃないの?」
愛の視線の先には、かなみたちと話す彩香とひなのが居る。
それが抗議のように思えて、少しだけ悲しくなってしまう。
「キャスティングをしたのはお母さ──、演出家よ。私たちに、それをどうこう言える権利なんてないわ」
「嘘。貴女達のレベルなら、扱いは普通の役者とは違うはず」
「……それ、この場にいる他の役者に失礼でしょう?鳴海愛っていう役者はよく聞いていたけど、ここまで協調性のない人間だったのね」
「私は由芽のいる舞台で、由芽以外の役者の引き立て役にはならない。ただ、それだけ」
「はーあ、面倒くさい。…………貴女に、由芽のいる舞台で芝居をする資格はないわ」
あ、これ凛も愛もヒートアップしてる。
な、なるほど。この2人、ものすごく相性が悪かったかぁ。
………しょうがないか。
これするの、中学の部活してた時以来なんだけど。
「……愛」
「っ……!?」
「ゆ、ゆめっち?」
「由芽……」
感情を冷やして、俯瞰に割く思考は最低限に。
愛は役者としては、中学の時はひなのよりも上の印象があった。
そんな彼女により効果的なのは、芝居の域を超えた感情演技。
折角のわたしの弟子と妹弟子の舞台だし。
例え友達相手でも、釘は差しておかないと。
「そういう発言、やめよっか。不満はわたしだけに、ね?」
「ぁ……、ご、ごめんなさい……」
「もう!明日なら空いてるから、そこでいっぱい話聞くから!分かった!?」
「……うん。ありがとう、由芽」
よし、これでとりあえず大丈夫!
愛の心のフォローは、とりあえず明日のわたしに丸投げで!!
「そういうわけで、凛も矛を収めてね?」
「…………ええ、分かったわ」
「京子さんもすみません。でも、愛はとても凄い子なので。どうにか大目に見てもらえると……!」
「お、おお……。ゆめっちこそ大丈夫?」
あ、あれ?もしかしてやり過ぎた?
そう言えば、この感情演技って普段しないもんね。
見せたことあるの、かなみと愛くらい?
「はい、大丈夫です。ちょおっと、感情的になり過ぎちゃいましたけど」
ううん、京子さん若干引いてる……?
って、俯瞰で観たら他の皆もちょっと引いてるっ!?
い、いつの間にか、わたしが中心になっちゃってる!!
ええっと、かなみ~、かなみ~!!
いた!!
「か、かなみ、ちょっとお手洗い行こっ♪」
「はぁ……。わかったわかった……」
そこからはかなみの手を引いて、そそくさと会議室の外へ。
空気があまりにやばかったから、思わず逃げてしまった!
「……ど、どうしよう~!!」
「……あははっ、由芽は何かしらやらかすよな~♪」
「感想が他人事過ぎる!!」
「あたし達も愛と高崎ちゃんの口喧嘩の時から見てたけど、あれは由芽の介入も仕方ないよ。まぁ、ちょっと演技が迫真過ぎたかな」
「で、ですよね~……」
ああ、久々にここまでの失敗した気が……。
いや、わたしの人生は色々と失敗だらけかぁ……。
まぁ、なにはともあれ。
「気まずいなぁ……!!」
△
さっきの由芽ちゃんは、傍目から見たら間違いなく怒っていたように見えた。
実際、本当に怒ってる部分もあったとは思うんだけど。
でもあれは、紛れもなく演技だった。
由芽ちゃんのお芝居を間近で見続けてるから分かる、レベルの高すぎる演技。
ただ、いつもの由芽ちゃんの芝居というよりかは……。
「彩香さんは気づきましたか?」
「ひ、ひなのちゃん?」
「ふふっ、本当に。ゆーちゃんは、どれだけ実力を隠しているんでしょうね♪」
とても嬉しそうに、ひなのちゃんは笑顔で私にそう語り掛けてくれる。
かなみちゃんには及ばないけど、ひなのちゃんも由芽ちゃんとの付き合いは長くて。
特にお芝居に関しては、由芽ちゃんを近くで見続けてきたんだもんね。
それなのに、由芽ちゃんの芝居にはまだ違う顔があった。
「うん、そうだね。弟子として、師匠を誇りに思うよ」
「……ええ、私も妹弟子として、ゆーちゃんを尊敬しています。そこでですねっ!」
「ひゃっ!?」
な、なに!?
ひなのちゃんが、いきなり私の両手を掴んで……。
あ、あれ?なんだか、目が笑ってないような……。
「凛ちゃんとのお芝居も、凄く楽しいです。ただ、凛ちゃんとじゃ私は成長できない。そんな気がするんですよ」
「そ、そうなの?凛ちゃんはお芝居も上手だし、稽古の時だって──」
「親友としての相性と、役者としての相性は違う。それだけのお話です」
凛ちゃんはともかく、ひなのちゃんのお芝居の本気は見たことがないし。
確かに、本人はそう感じたのかもしれないけど……。
でも、その言い方は、その文脈はまるで。
「……それで、何が言いたいの?珍しく感情的だね、ひなのちゃん」
「そう、なのかもしれませんね。……それでは、この勢いのままお話しますね」
「ゆーちゃんを下さい。今のゆーちゃんと相性がいいのは、彩香さんではなく私だと思いますので」
……なるほど。これきっと、キャスティング表を見た時から思ってたんだね。
視線は真っすぐ。そして、その瞳には暗い炎。
由芽ちゃんほどじゃないけど、ひなのちゃん程の美人のその表情は怖いなぁ。
勿論、凛ちゃんと稽古をしたりお芝居をするのは構わない。
由芽ちゃんと種類の違う大天才の凛ちゃんから、学ぶべき部分は沢山ある。
でも、それとこれとは話が別だよね。
「譲らないよ。由芽ちゃんは、私の事を大切にしてくれているから」
「……へぇ。初めて会った時とは、全然顔つきが違いますね」
「そうかもね。だって、今の私はちゃんと役者だから」
ひなのちゃんがどれだけ格上だろうが、由芽ちゃんだけは譲らない。
弟子として、役者として、恋人として。
私はまだ、由芽ちゃんの隣に立てるような人物ではないけど。
それでも、由芽ちゃんの傍で一緒にいるのは私でありたい。
「そうですか。なんとなく、そう言うとは思ってました」
「うん、だからごめんね」
「いえ、突拍子もない事を言ったのは私ですから。……でも、私も諦めたくはありません」
パッと手を離して、更に明るい表情で。
でもどうしてか、ひなのちゃんのそれは見ていられないくらい悲しくて。
「ですので、ゆーちゃんに決めて貰いましょう!」
傷を隠している、小さい子供みたいに思えてしまった。




