第71話 恋人師弟の新たな舞台
11月29日。晴天に恵まれた、なんてことのない土曜日。
「如月ちゃ~ん!!」
「千奈さ~ん!!」
これから舞台 《ガールズ・バンド》の顔合わせに行く道すがら、私と由芽ちゃんとかなみちゃんはとある人たちと合流することになった。
「もう、2人ともはしゃぎすぎ。彩香さんもかなみさんも、うちの馬鹿がごめんね?」
「いえいえ!うちの彼女こそすみません」
合流したのは、以前の舞台でもお世話になった細川真琴さんと、その彼女の長崎千奈さん。
知的で美人で、緩くウェーブがかかった綺麗な黒髪が特徴の真琴さん。
ピンクの長髪が目を引く、美人で八重歯が特徴的な長崎さん。
お二人の同棲している部屋で、今は談笑に花を咲かせていた。
「ほ、本当に真琴さん達は付き合ってるんですね!」
「え?……あはは、一応ね」
「一応じゃないです~!真琴ってば、ほんと照れ屋なんだから~♡」
「次その甘い声を私の後輩たちの前で出したら、一週間かぼちゃ生活ね」
「罰ゲームありなのっ!?」
お、おお……!同棲してるって話だったけど、本当だったんだ……!
いいなぁ、羨ましいなぁ……!
「それじゃあ改めて。私の……彼女の、長崎千奈だよ」
「それじゃあこっちも!わたしの大切な恋人の、葛城かなみと柊彩香です!」
た、大切な恋人……!!
う、腕まで組んでそんな紹介するとか、私の恋人は世界一可愛いのかな!?
「は、初めまして!由芽ちゃんの恋人の、柊彩香です!」
「テンション高いな……。同じく由芽の恋人の、葛城かなみです。一応、千奈さんはお久しぶりですよね?」
「そうだね!葛城ちゃんは久しぶり、柊ちゃんは初めまして!真琴の恋人の、長崎千奈です!!」
「よ、よろしくお願いします!」
確か、長崎千奈さんってよくドラマとかにも出てる役者さんだよね?
計算された芝居が売りの、明るく元気な3枚目。
改めて、由芽ちゃんとかなみちゃんの交友範囲広いなぁ……。
「真琴さんと千奈さんには、告白の時に色々と相談に乗ってもらっててね?ちゃんとかなみと彩香の事、紹介しなきゃって思ってたんだ」
「……話は聞いていたけど、改めてお祝いさせて。良かったね、由芽さん」
「えへへ、お二人の助力あってこそです!」
「き、如月ちゃんが可愛いよ〜!」
そう言いながら、長崎さんは由芽ちゃんを抱きしめる。
その光景を微笑ましく見られるのは、長崎さんと真琴さんが本当に仲がいいのが伝わっているからなのかな?
きっと他の人だったら、嫉妬してたのかなぁ。
「彩香さん?どうかした?」
「真琴さん……。えっと、な、なんでもないです……」
す、鋭いなぁ真琴さん……。
でも、私の考えは真琴さんに相談するようなものでも……。
「……私ね、由芽さんの事を本当に大切な後輩だと思ってるんだ」
「真琴さん?」
「付き合いこそ浅いけど、勿論彩香さんもかなみさんも大事な後輩。だから、悩みがあるなら言ってみて?これでも彩香さん達より歳上だから、何か力になれるかもしれないから」
「……ありがとう、ございます」
「ふふっ、大丈夫。ほら、今は向こうで3人でわちゃわちゃしてるし、今の内だよ」
穏やかで優しい微笑みで、真琴さんはそう諭してくれる。
ああ、凄いなぁ真琴さん……。
きっとこういう優しい人だから、由芽ちゃんは自分の姉のように慕って、長崎さんは惚れたんだろうなぁ。
「……この前、由芽ちゃんとかなみちゃんと話してたんです。どこからが浮気になっちゃうのかって」
「浮気?」
「はい。由芽ちゃんって、とっても魅力的で、とっても人懐っこいじゃないですか?」
「ああ、そういう事。確かに、由芽さんはよくハグしてくれるね?」
凛ちゃんと距離が近いかな?
ひなのちゃんと距離が近いかな?
そんな相談を、由芽ちゃんは私達にしてくれた。
以前私とかなみちゃんが嫉妬してしまった時の事を、覚えてくれていた。
「……良くないって、分かってるんです。束縛のし過ぎはダメだって、分かってるんです」
「由芽さんはなんて?」
「束縛して欲しい。嫌な事は嫌って言って、叱って欲しいって」
「おお……。それはまた、愛されてるね彩香さん」
「はい。由芽ちゃんは、私とかなみちゃんを世界一愛してくれてるんです」
どんな事も包み隠さず言ってくれて、会えない日もこまめに連絡をくれて。
一緒にいる時は、好きだって何度も言ってくれる。
「私もかなみちゃんも、そんな太陽みたいな由芽ちゃんが好きです。だからこそ、由芽ちゃんを束縛するのはダメなのかなって、思っちゃって……」
きっと由芽ちゃんは、私とかなみちゃん以外とスキンシップを取らないでと言ったら、一切しない様になる。
私達と他の子達を天秤にかければ、その天秤は簡単に私達に傾いてくれる。
でもきっと、それはようやく回復しつつある由芽ちゃんの否定にも繋がってしまう。
私と出会った時の由芽ちゃんとは随分変わって、今では可愛い笑顔を沢山見せてくれるようになった。
本人曰く、日常生活で演技をするのを辞めたからだとか。
「確かに、独占欲はあります。でもそれ以上に、由芽ちゃんには自由に生きて欲しいんです」
これは矛盾なのかな。
由芽ちゃんを独占したい一方で、由芽ちゃんに誰よりも自由に生きて欲しいと願っている。
私が憧れた如月由芽は、私が好きになった由芽ちゃんは。
「由芽ちゃんは、眩しいくらいに綺麗で純粋な子だから」
この矛盾は、多分かなみちゃんも抱えていると思う。
誰よりも傍で由芽ちゃんを見てきた彼女も、私と同じ思いを抱いていると思うから。
ただ、私達の恋人関係は色々と特殊で。
勿論、私もかなみちゃんも望んでこの関係を選んだ。
だからこそ、他のサンプルがなくて困っちゃうんだよね……。
現状だと、なんだか由芽ちゃんばっかりに負担がかかっちゃってるみたいで……。
「……そっか。由芽さんは、ちゃんと頑張ってるんだね」
「真琴さん?」
どういうわけか、真琴さんはそう言ってとても嬉しそうに微笑んだ。
その目線の先には、まだわちゃわちゃと会話をしている由芽ちゃん達。
「アドバイスって程じゃないんだけど、これだけはぶらさないで欲しいって物は1つあるよ」
「は、はい」
「絶対に、何があっても対話を忘れない事。彩香さん達みたいな特殊な例でも、これは恋人関係の基本だから」
そう言いながら、真琴さんは私の頭を撫でてくれた。
優しく、労るように、目をしっかり合わせながら。
それだけで真琴さんの色々な想いが伝わってくるから、真琴さんはやっぱり表現者として私の遥か先に居る人だと感じれた。
「……はい。そのアドバイス、心に刻みます」
「ふふっ、そんなに偉いことでもないよ?でも、応援してるからね」
△
真琴さんに相談したり、女子会トークに花を咲かせたりの楽しい時間。
そんな時間もあっという間に過ぎて、もう13時前。
肌寒さと由芽ちゃんの可愛さに震えながら、私たちは渋谷のオフィスビルへと足を運んでいた。
何故かって?
だって今から、次の舞台の顔合わせがあるんだもん!!
「さて!準備は良いかな、彩香?」
「良くはないよね!!」
「彩香先輩……。滅茶苦茶緊張してるの、こっちにまで伝わってくるんですけど……」
「だってぇ!!」
まだまだひよっこの私が、この舞台では由芽ちゃんや凛ちゃんを差し置いて主演!!
いくら由芽ちゃんやかなみちゃんのフォローがあっても、緊張しないのは無理があると思うんです!!
「大丈夫だよ彩香さん」
「ま、真琴さん!」
「私は彩香さんサイドじゃないけど、とっても期待してるから!」
「ひいん……」
「真琴って、時々ドSになるよね……」
そ、そう!由芽ちゃんや凛ちゃんだけじゃない!
真琴さんも長崎さんも、私より知名度も実力も遥か上!!
というか、同じ役を演じるひなのちゃんも私とは比べ物にもならない!!
「ちょ、ちょっと、外の空気を……」
「あはは……、それじゃあわたしは待つね。かなみと真琴さんと千奈さんは、先に入っててください」
「ん、彩香先輩の事頼んだからね由芽!」
「それじゃあ、また後でね2人とも」
「早くおいでね!」
そう言って、3人はエレベーターに乗り込んだ。
大体集合時間の20分前だし、座長なんだから私ももう行かなきゃ何だけど……。
「ね、彩香」
不意に、すぐそばから私の恋人の優しい声音が聞こえて。
それに反応する前に、私の手を由芽ちゃんが包んでくれた。
そんななんて事のない恋人のスキンシップに、私は緊張も忘れるくらいにドキドキしてしまう。
「な、なぁに、由芽ちゃん?」
「んふふ、何でもない。ただ、彩香とこうしたかっただけ」
「…………ほんとに、可愛すぎるよぉ」
付き合う前から、由芽ちゃんと恋人になるのがどういう事かは分かってたつもりだった。
だけど、いざ付き合ったらそんな想像を余裕で飛び越えて。
今はただ、由芽ちゃんが愛おしくて堪らない。
「彩香の顔を見て、3人ともわたし達を2人きりにしてくれて。後でお礼言わなきゃね♪」
「そ、そんなに酷いかな?」
「うん!プレッシャーかかってるんだなって、即座に見抜けるよ!」
「あはは、そっか」
ううん、そこまでなんだ……。
でも、仕方がないとも思うんですよ……。
「由芽ちゃんは、最初の主演はどんなだった?緊張した?」
「うーん、そこまでかな!わたしの最初の主演って、銀河鉄道の夜だったんだけど」
「え!?あ、あの、せなさんと演じた!?」
「うん、そうだよ?まぁ、あの時は緊張よりもワクワクが勝ってたからなぁ」
は、初主演であのお芝居が出来たの!?
それにワクワクって、そんな戦い大好き戦闘狂みたいな……。
でもきっと、そのマインドが由芽ちゃんのお芝居の源泉なんだよね。
だからどれだけ大変でも、いつだってお芝居を楽しんでしまう。
「……私は、とっても普通で。由芽ちゃんの言うとおりに才能があるとしても、きっと由芽ちゃんみたいなマインドは持てないと思うなぁ」
「彩香?」
「それでも──」
目の前にいる恋人兼師匠を落胆させることだけは、絶対にしたくない。
だって、私は誓ったんだから。
あの部室で、私達の始まりの部屋で。
「由芽ちゃんを越えるために、この大舞台を自分の糧にしたい」
由芽ちゃんはとても強欲だから、きっと凛ちゃんとひなのちゃんだけじゃ満足しない。
だから、私が3人を越えて目標になってあげたい。
そうすればきっと、由芽ちゃんは輝くような獰猛な笑顔を私に向けてくれるから。
「その為に、私は由芽ちゃんに支えてもらいたいんだけど……。ど、どうかな……?」
と、とはいえ、現状の実力差じゃビッグマウスもいいとこだよねこれ!?
生意気言うな~!って、怒られたりとかしたら───
「んん!?」
「ん…………」
な!?へあっ!?
き、きす!?いきなり!?
うあ、いい香りする!!く、唇が甘い!!
「……んふふ、顔が真っ赤だね彩香♪」
ニコニコと笑いながら、少し離れた距離で由芽ちゃんは囁く。
そんな由芽ちゃんに反論するには、私の頭は沸騰し過ぎて言葉を見つけられない。
「ゆ、ゆめちゃんのせいだよ……」
「えー、そうなの?でもそれなら、わたしのキスは彩香のせいだから。お互い様だね♪」
ああ、魔性だ。
目の前の私の恋人は、ちょっと魔性が過ぎる。
こんなの、どんどん沼に沈められるしか出来ることが無くなっちゃう。
「彩香がそこまで頼もしいなら、わたしも支えがいがあるよ!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ!彩香は主演だから、きっと他の皆が彩香に頼ると思うけど。彩香だけは、わたしにめいいっぱい寄りかかってね!師匠としても、恋人としても!」
「…………うん。えへへ、やっぱり由芽ちゃんには敵わないなぁ」
いずれは自立するつもりだけど、今はまだ由芽ちゃんの小さな背中に頼っていたい。
志が低いと言われればそれまでだけど、もう少しだけ甘えてもいいよね。
「よし!行こ、由芽ちゃん!」
「うん。それじゃあ名残惜しいけど、手を握るのはここまでで」
そう言いながら更に距離を詰めてくるんだから、由芽ちゃんは本当に可愛いなぁ♪
エレベーターの中ではもうほぼゼロ距離だし、もうなんなんだろうね!!
叫びたい!!私の彼女が宇宙一可愛くて困るって、叫びながら挨拶したい!!
「それじゃあ改めて。準備はいい、彩香?」
綺麗で芯の通った声で、由芽ちゃんは楽しそうに聞いてくる。
もう本当に可愛すぎて困るけど、今からは役者の柊彩香として。
由芽ちゃんの弟子として相応しくあれるように。
「うん!大丈夫だよ!」
そんな返事をして、ドアを押し開けた。
中には見知った人も見知らぬ人も含めて、全部で9人。
かなみちゃんを除いた8人が、今回の舞台での共演者。
勇気を貰って、背中を押してもらって。
最愛の子には、キスまで貰ってしまった。
だから後は、めいいっぱい頑張るだけだよね!!
「お疲れ様です!〘ディアレスト〙所属、柊彩香です!今回の舞台では、主演の麻生リコを演じさせていただきます!よろしくお願いします!!」




