幕間3 高崎凛は恋路を進む
「楽しくなりそうですね!!」
「ふふっ、流石は如月さんね」
そうやって、由芽は心底嬉しそうに笑う。
お母さんに聞かされた話は、今度の舞台の話。
私たちが主演じゃない理由、ひなのと柊さんを支えるメリット、そして現状の客観的な実力差。
話も無事に纏まったから、それは本当に良かった。
最初こそ反論していた由芽だけれど、お母さんの説明を聞けば納得したみたい。
他者を過剰に持ち上げるこの子だから、すんなり引いたのは少し意外だったけれど。
でも、この子が納得してくれたならそれでいいか。
綺麗な横顔に、子供みたいに高い体温。
繋ぐ手のひらはすべすべで柔らかくて、リラックスできるいい香りが私の理性を揺らす。
本当に、どうにかなりそうなほど可愛いわねこいつ。
「ん?どしたの凛?そんなに見られたら穴空くんだけど」
「この程度で穴は開かないわよ。貴女、この後の予定は?」
「ないよ!学校は自主休校だから、登校もしなくていいし!」
「そう。それならちょうど良かったわ。私も、この後の予定はないし」
恐らくだけれど、ここで遊びに誘うのはとても簡単で。
私が誘えば、きっとこの子はついてきてくれる。
ただ、目の前にあるのは新しい舞台の台本。
私と由芽の演じる役は同じで、2人ともある程度は読んで解釈も定まってきている。
それになにより、由芽と芝居をするのはとても楽しいから。
「……少し、稽古に付き合って」
「~~!うんっ!!わたしもそう言おうと思ってた!!」
「もう、ふふっ……。そこまで喜ばなくても、これくらい普通でしょうに」
私を信頼して、私と一緒にいるのが好き。
そんな、普通の人なら照れて出力できない事を、平然としてくる由芽が可愛くてたまらない。
純粋すぎるくらいに人を信用して、その結果人に信頼される。
こうして向き合って内面に触れて、改めて認識する。
如月由芽は、魔性の女なのだと。
まぁ、それが分かっているのに堕とされている私もまずいけれど。
でも、仕方ないでしょう?
きっとこれは、私にとっての初恋なんだもの。
って、お母さんが凄くニコニコしてる……。
久しぶりに見たわよ、あそこまでニコニコしてるお母さん……。
「それなら、稽古部屋の準備をさせておくわね♪時間は何時間でも使っていいから♪」
「しょ、祥子さん?えっと、どうしてそんなにニコニコして……?」
「気にしたら負けよ、由芽」
「ええ、気にしないで如月さん♪……そういえば2人とも、ベースの演奏はしたことあるかしら?」
「「演奏?」」
確かに私たちの今度の役は、プロ級のベースの腕を持っているって役だけれど……。
それはあくまで役の話で、私たちの本職は役者なのよ?
「ないわ」
「学校で、友達のギターを触ったことくらいなら?」
「そうなの。良かったらだけど、試しに触ってみる?役の研究にもなると思うし、演出の幅も広がると思うわ」
「あるんですか!?触ってみたいです!」
「……それじゃあ、私も」
「ええ。それじゃあ、少し待ってて」
バンドものを軸にした舞台である以上、今回の舞台での主役は音楽も含まれる。
演技の他に演奏も。だなんて無茶は言われないとは思うけれど、実際どういう演出をお母さんは考えているのかしら。
「ねえ、凛?」
「なに?ちょっと考え込んでいるから、もう少し────」
「えっと、もう手を握ってくれなくても大丈夫だよ?」
「──待って……。…………!?そ、そうよね!?」
もう離したと思ってたのに!
もしかして、無意識にずっと手を握っていたの私!?
「ご、ごめんなさい!その、無意識で……!」
「んふふ~、無意識で手を繋いでたかったの~?凛ってば、わたしの事好きだね~♪」
「なっ……!?ち、ちがうわよ!?」
「えへへ、両想いじゃんね!わたしの大親友♪」
……………………何よ、それ。
にへらと笑って、今度はそっちから手を繋いできて。
挙句の果てに、頬を薄っすら朱に染めて。
両想いだね、だなんて。
「……おばか。両想いなんて、当たり前でしょう」
「知ってる!だから、改めて大好きだよって伝えてるんだよ!」
「…………本当に、ずるいわ貴女」
きっとまだ、私の好きと貴女の好きは違う種類なのに。
だというのに、人の心をいとも簡単に掴んで。
由芽以外、目に入らないくらいに好きにさせて。
いつだって、私の欲しい言葉をくれて。
「わっ……!?……凛?」
「…………少しだけ、こうさせて」
「……もう、しょうがないなぁ。凛って、やっぱり寂しがり屋だよね。わたしとおんなじ」
「貴女が悪いのよ、このおばか」
色ボケにも程がある。
自分のこんな姿は、あまり見たくはなかったのだけれど。
暖かくて、いい香りがして、全力でリラックスできる由芽との抱擁。
正直最近の疲れも相まって、このまま眠ってしまいたくなるわね。
「わたしが?」
「そうよ。人の心の中にズケズケと入り込んできて、それが悪じゃなきゃ何なのかしら」
「ん~、人間的な相性が良かったとか!」
「それはそうね。ここまで心を開けてるの、きっと貴女とひなのだけだから」
私にとってのもう一人の大親友で、大切なライバル。
恋愛感情こそないけれど、ひなのもまた私の大切な人。
…………だからこそ、ひなのには私と由芽に追いついてきてもらわないと。
お母さん曰く、純粋な演技力では私たちと2段階くらい差がついているようだし。
以前共演した映画では、あまりそういうのは感じなかったけれど。
「次の舞台では、ちゃんと支えてあげましょう。私と由芽が主演でない以上、負担は彼女たちに行くんだもの」
「そうだね。大切な弟子と妹弟子を、沢山見ててあげないと」
由芽という特大のジョーカーを使えたのが、《双翼》での私。
そのジョーカーがない以上、ひなのも柊さんも純粋な強カードで戦うしかない。
……考えれば考えるほど、キツイ道のりね。
「ねぇ凛?」
「何?」
「わたし、凄く凛の事を信頼してるからね。これからも、末永くよろしく」
……………………本当に、このおばかは。
その言い方も、その声音も。
それは今の抱き合っている状況で、大親友に言っていい言葉なわけがないでしょうに。
普段は頭いいのに天然でこういうことをするんだから、本当にたちが悪い。
この子を好きな気持ちが、抑えられなくなる日も遠くないわね、これ。
「……私も、貴女を誰よりも信頼してる。だから、ずっと一緒にいてね」




