第69話 柊彩香と葛城かなみ 2
今回は、少々短めとなっております。
「えっと……、呼ばれて来たものの……」
「ぐすん……!お、お帰りぃ、かなみちゃん……」
「あはは……、お帰りかなみ。外寒かったでしょ?」
「お、おう、ただいま……。まぁ、寒かったけど……」
さっき家でご飯を食べたときは、大体20時前くらいだったっけ。
ご飯を食べたら部屋に来てって由芽のメッセージに応えてくれば、そこにはガチ泣きしてる彩香先輩がいて。
……いや、ほんとにどういう状況だこれ?
「ほら、かなみもこっち来てよ!一緒に映画見よ!」
「映画?」
よくよく見てみれば、由芽の部屋のテレビでは映画が流れてるな。
それで、その映画を見ながら彩香先輩がガチ泣きしてると。
……彩香先輩って、滅茶苦茶感受性豊かだよなぁ。
「彩香先輩も由芽も、明日は土曜で仕事も入ってないんだっけ」
「ぞ、ぞうなの゛……っ!」
「そういうわけで、アニメと映画の鑑賞会をしようってなって。今度の彩香が主演の舞台で、参考になればいいなって思ったから」
「なるほどね。それじゃあ、あたしも勉強しようかな」
ガールズバンドものの舞台とか、あたし聞いたことないなぁ。
一応、先生とか知り合いの演出家とかに聞いてみるか。
彩香先輩の初主演作になるんだし、準備は出来るだけしておいた方がいいでしょ。
そういう思考をしながら由芽の隣に座れば、当たり前だというように手を繋いでくる。
反対側の手は、どうやら彩香先輩と繋いでるらしい。
それも、いたって自然に恋人つなぎで。
…………ちょっと、可愛すぎて心臓が痛くなるから止めてほしいんだけど!!
なんて抗議の視線を送れば、彩香先輩は真面目に見てて由芽は無表情。
彩香先輩はともかく、この表情の由芽が何を考えているかはなんとなく分かるようになってきた。
「何を思い出してんの?」
「え?」
「………………恋人で、幼馴染だろ。甘えられる方が、あたしも彩香先輩も嬉しいんだけど」
「あー、えっと……。えへへ、参ったなぁ。わたし、そんなに分かり易い?」
「滅茶苦茶分かりづらい。だけど、幼馴染舐めるなよってだけ」
「……かなみはさ、やっぱりずるいよ」
そう言いながら、由芽はあたしと彩香先輩の腕を引き寄せた。
「ごめんね彩香。真面目に見てたのに」
「び、びっくりしたけど……。ううん、大丈夫。どうかした?」
「……思い出してた。せなお姉ちゃんとも、こうやって勉強会してたなって」
なんてことのない雑談。
そうやって割り切るには、由芽のその言葉たちは重すぎて。
「ごめん……、ごめんね…………。今が幸せ過ぎるから、自分を殺したくてたまらない……」
ぐすぐすと泣きながら、あたし達の腕を離さない。
こうやって甘えることが出来るくらい、由芽はあの時から回復してる。
それでも粉々に壊れた心は、同じ形には二度と戻らない。
どうにかこうにか、あたしと彩香先輩で補強してるだけ。
表面上では大丈夫でも、きっかけ1つでまた壊れてしまう。
「甘えてしまってごめんなさい、弱くてごめんなさい。こんなわたし、見せたくないのに……」
感情がブレてナーバスになってしまうのは、人間なら誰でもあること。
由芽に関しては普段からの落差が大きいから、余計にその歪さを感じてしまうけど。
【お願い、かなみちゃん…………。お願いだから、わたしを、ころして……】
……大丈夫。あの時の廃人寸前の由芽と比べれば、見違えるほどに回復してるんだから。
「ばーか。甘えられる方が嬉しいって、さっきも言ったばかりだろ?」
「由芽ちゃんは時々おばかになっちゃうよね!私達は、そんな弱い由芽ちゃんも大好きなんだよ?」
────
「……寝ましたね」
「うん、寝ちゃったね」
由芽が弱音を吐いてから2時間くらい。
当の本人は、映画鑑賞の途中で寝てしまった。
そんな由芽を2人でベッドに寝かせて、あたし達は映画を見始める。
泣き疲れて寝るとか、ほんとにまだまだ子供だよなぁ。
「……由芽ちゃんは、ちょっと一人で抱えようとしすぎるよね。そんな事、誰も望んでないのに」
「彩香先輩……」
そんな呟きと一緒に、彩香先輩はあたしの手を握る。
ふと目が合えば、その顔は悲しそうに微笑んでいた。
「それに気づけないくらいには、まだ心が壊れてるんですよ。甘えてくれるようになった分、全然ましです」
「そう、だね。……かなみちゃんは、由芽ちゃんの事を沢山知ってるんだね」
「……一応、物心つく前からの幼馴染ですから」
映画は中盤に差し掛かって、ようやく主人公がバンドメンバーを集め終えた。
明るくて綺麗で、でも陰がある。皆の中心にいるのに、常に一歩引いた風。
今度の舞台の台本を見ても思ったけど、由芽ってこういう主人公みたいな性格に近いよなぁ。
でも現実には、創作みたいにスパッと気持ちが切り替えられる人間は居なくて。
「………………だからあたしは、この子が壊れてからを傍で見てきました」
「え?」
「……これ、由芽には内緒にしてくださいね?」
彩香先輩はきっと、幼馴染のあたし達を羨んでる。
あたしからすれば、短期間で由芽を惚れさせた彩香先輩の方が羨ましいんだけどね。
でも、由芽が選んだあの日からあたし達は対等なんだ。
だったら、少しでも情報は共有できてた方がいいよね。
「せなさんが亡くなって、由芽が引きこもってた2週間の事、彩香先輩は知ってます?」
「う、うん。とても落ち込んでた、みたいなニュアンスだったかな……?」
「そんな可愛いものじゃないんですよ。この子、あたしに自分を殺してって、何度も言ってたんですから!」
「こ、殺して……!?ゆ、由芽ちゃんが、かなみちゃんに!?」
「そうです。ほんとに、どれだけ自分勝手なのって話ですよね!」
そう言いながら、由芽の頬を少し撫でた。
触り心地のいい、誰よりも綺麗で繊細な頬。
あたしが、生涯守っていかなきゃいけない子の頬。
「自殺しないように監視したり、夜中に泣き止ませに行ったり!……そのくらいぶっ壊れてたんです、由芽って」
「…………」
「それがマシになって、日常生活を送れるようになって。それでもって、今では泣くくらいの発作で済んでる。これって、本当に凄いと思いません?」
「……うん。そっか、そこまで由芽ちゃんは……」
彩香先輩の、あたしの手を握る強さが強くなる。
その強さは、イコール由芽を想う気持ちの強さ。
だからこそ、あたしは彩香先輩を好きになれたんだよな。
「何度も言いますけど、由芽にはまだあたし達が居なきゃダメなんです。だから、2人で幸せにしましょう。この、太陽みたいな女の子を」
太陽みたい。
あたしはよく、由芽をそうやって形容する。
太陽は眩しくて、明るくて、他のどんな物よりも高温で。
そんな太陽は、周りに人を寄せ続けて。
同時に寄ってきた人を、その熱で焼き殺す。
だけど、由芽は繊細で臆病で。
そんな子が、周囲の変化に気づかない筈もなくて。
防衛本能としての鈍感だけじゃ、心を守れない事も多いと思う。
「……ふふっ。私もかなみちゃんも、すっかり由芽ちゃんの魔性に呑まれちゃったね♪」
「あはは……。あたしはもう、呑まれたのが何時だったかも思い出せませんよ」
でも、同じファム・ファタールに魅入られたこの人とだったら。
普段は抜けてるのに、意外と芯がしっかりしていて。
優しすぎるくらいに優しくて、あたしをちゃんと止めてくれる。
そんな彩香先輩が一緒なら、きっと大丈夫。
「……信頼、してますからね。彩香先輩」
「私もだよ。かなみちゃんの事、信頼してる」




