第68話 正三角形の恋人達と、なんて事ないお願い事
「聞いてませんよぉ!!」
瞳に少しばかりの涙をためた彩香の声が、事務所に響いた。
相対するせんせはといえば、普段通りのニコニコ笑顔のままで。
「ええ、さっき連絡が来たんだもの」
「そ、そんなぁ……」
そのままゆっくりと座り込む彩香を撫でながら、かなみと目を合わせてくすりと笑う。
時刻はもう18時を過ぎたころ。
わたしは今日はCMの撮影だけで、彩香とかなみは特になし。
というわけで、今はこうして次の舞台の説明を受けに事務所に来ていた。
ひなのはオフで凛と遊んでるっていうし、今日はこの3人だけかな?
「わ、私に主演なんて無理ですよ……。ましてや、ひなのちゃんとダブルキャストだなんて……」
彩香はそう言いながら、私の腕に抱き着いてくる。
今更だけど、彩香も結構距離感バグってるよね?わたしに言えないよ?
「由芽ちゃんも凛ちゃんもいるし、主演はまだ早いと思うんです……」
「あたしも彩香先輩にちょい賛成です。もう少し、由芽とかと一緒に経験を積ませるべきでは?」
「……そうね。由芽はどう思う?」
「わたし?うーん、そうだなぁ……」
このキャスト表を見て最初に思ったのは、面白い配役をするなぁって所。
今回の舞台は《ガールズ・バンド》。
題名の通り、女の子たちだけのバンドのお話。
検索しても出てこなかったから、多分オリジナルなのかな?
昨今はガールズバンドってブームっぽいし、それと絡めたんでしょう!
脚本はまだだから分からないけど、今回はダブルキャスト制。
主演の彩香とひなのを筆頭に、二つのグループに分かれた舞台だ。
公演期間が1か月と少しあるそうだから、きっと役者の負担を考えての事なのかな。
そして、彩香が主演の理由。
ひなのと彩香の芝居の本質を知る人間なら、この配役に意味があるって分かる。
せんせは勿論、凛も祥子さんの意図には気づいてるかな。
「確かに、彩香はまだまだ実力不足だと思うよ?主演での経験もないし、憑依演技もまだどう転ぶか分からない」
「ええ、そうね」
「だからこそ、じゃないのかな。この配役なら、きっと彩香はもっと輝ける」
この配役の肝は、彩香側での準主役のわたしと、ひなの側での準主役の凛。
そしてなにより、完全な感覚型の彩香と、完全な理論型のひなの。
この両極の2人だからこそ、全く違う舞台が出来上がると踏んだのだろう。
商業的な意味合いでも、上手く嵌まればよい舞台になると思うし。
「それに今回は、わたしは彩香の傍にずっといれるから」
「由芽ちゃん……」
「2人で足りない部分をフォローしあえるし!そこにかなみが居てくれれば、怖いものなんてないよ!」
そう言って2人の手を握れば、両隣から断末魔みたいな声が小さく聞こえてきた。
……いや、どういう事?わたし、手を繋いだだけだよね?
ま、まぁ、とにかく!
「どうかな3人とも?わたしじゃ力不足かな?」
「……まったく、この我儘娘は」
「由芽ちゃんとかなみちゃんが一緒にいてくれるなら、私も大丈夫かも!」
「……ふふっ、本当に仲がいいのね」
せんせはわたし達を見ながら、とても嬉しそうに微笑んでくれる。
せんせにはまだわたし達の事は話してないけど、やっぱり近いうちに話した方がいいよね。
忙しくて真琴さんと千奈さんにも報告しか出来てないし、どこかでお礼に行かなきゃ……!
「私はもともと、この配役には賛成だったわ。理由は二つ」
紅茶を飲みながら、せんせはそんな風に言葉を紡ぐ。
「どうして?」
「演技技能として両極の役者の、彩香とひなの。この二人が刺激しあえば、どちらも学ぶものがあると思ったのが一つ」
「ふむ」
「由芽のサポート能力を活かせれば、彩香もひなのも伸び伸びと芝居を出来るはず。つまりは、由芽頼りの考えが一つ。というのが、私の理由ね」
さりげなく、わたし頼りとか聞こえた気がするけども……。
まぁ、もともとそうするつもりではあったし、いいんだけども……。
「せんせがスパルタだ~」
「……ふふっ、期待してるからよ」
わたしが芝居を始めたころの優しかったせんせは、いったいどこへやらだよ!
……でも、期待されるのは嫌いだけど、そこまで言われると何も言えないよ。
「というわけで、《ガールズ・バンド》の舞台稽古はちょうど1週間後から。台本は明日届くから、データを各人に送るわ。紙での台本は、明日に3人の家に郵送予定よ」
「はーい」
「ありがとうございます」
「よ、よろしくお願いします!」
────
「ねむ……」
事務所の会議が終わって、せんせのお孫さんでスタッフの茉菜さんに家まで送って貰って。
ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、ストレッチをしたり。
そんなこんなで、気づけばもう夜の10時前。
今日は慣れないCMの撮影で疲れたし、学校の勉強だけしたら本でも読もうかな。
なんて考えていれば、ベッドの傍の窓から3回ノックの音がした。
なんだか久しぶりかも、この窓を開けての合図。
そう思いながら窓を開ければ、そこにいるのはわたしの大切な幼馴染。
ううん、今では恋人でもあるもんね。
「やっほ!こんばんわ由芽!」
「やっほ。……んふふ、久しぶりだねこれ。こっち来る?」
「勿論!それじゃ、ちょっと失礼してっと」
二階から落ちるのが怖いわたしとしては、かなみのこの行き来ってすごいと思うんだよなぁ。
って、わっ、ちょっ!?
「い、いきなり抱き着き倒すのは危ないと思うんだけど!?」
「あ、あはは……。ごめん、つい……」
こいつ……、さては全然反省してないな~?
……まぁ、それぐらい求められてるってことだから、別に悪い気はしないんだけどさぁ。
「明日はあたし、天城先生とお勉強会だからなあ。放課後に由芽と会えない分、由芽成分を今貰っとこうと思って!」
「ああ、そう言えばそうだっけ」
「由芽は確か、明日は何もないよね?」
「うん、久しぶりのオフ日!とはいっても、学校には行くんだけどね!」
「そっか~」
ぐでんぐでんと抱きしめあいながら、そんな他愛のない話ばかり。
《双翼》の舞台以降、わたしの役者としての生活は一変。
凛とひなのと同じくらいの評価を受けて、CM撮影やら映画の撮影やら。
今回の祥子さんの舞台と並行して、凛と映画で共演もするしね。
だけどそんな生活にも、少しだけ嫌な所もあって。
「ごめんね、全然恋人らしい時間取れなくって」
彩香にもかなみにも、全然時間を作れてない。
わたしを好きだって、愛してるって言ってくれた最愛の恋人達。
そんな2人と会う時間が、どうしても減ってしまっていて。
「……もっと、かなみと彩香と一緒に居たいのにな」
この考え方が、どれだけ恵まれているかなんて分かってる。
だからこそ、夕方は割り切ってる風に言ったわけで。
だけどわたしにとって、彩香とかなみはわたしの生きる意味。
そんな2人ともっと居たいと言うのは、やっぱり我儘なのかな。
……なんて、そんな事考えても仕方ない!
今ある時間を大切に……っ!?いたたたたっ!?
「か、かなみ?ちょおっと、抱きしめる力が強いかも……」
「……それ、明日は彩香先輩に言ってやれよ?」
「え?どういう──んむっ!?」
な、なぁっ!?
い、いきなりキスしてきた!?
「ぷはぁっ……!あ、あたしだって、由芽と一秒だって離れたくないのっ!!」
「う、うん……」
「少ない時間でも、由芽はあたし達の事を幸せにしてくれてる!……だから、そんな寂しそうな顔するなよ」
……ああ、もう。
かなみはいつだって、わたしが欲しい言葉をくれるなぁ。
顔を真っ赤にして、緊張してるのか心臓の音だって聞こえてくる。
…………本当に、好きだなぁ。
「うん。ありがと、かなみ」
「まったく、ほんとに寂しがり屋なんだから!そういうとこ、小さい頃から変わらないな!」
「えへへ……。だって、かなみの事が好きなんだもん♪」
「っ゛っ……!?り、理由になってないし、それほんとに反則だからな……っ!!」
そう言いながら、かなみはわたしに馬乗りになる。
かなみの綺麗な瞳に、劣情の2文字がはっきりと書かれてるなぁ。
でも、そんな所も本当に嬉しい。
大好きな人に求められるのは、心が温かくなってくれるから。
「……それじゃあ、そんな反則をした悪い子にはどんなお仕置をするのかな?」
「なっ、えっ、はぁっ……!?」
「……キスとか、いいお仕置になると思うんだけどなぁ」
「………………はぁ。本当に、これ以上由芽に夢中にさせてどうするつもりだよ…………」
「んふふっ♪一生、傍にして貰うつもり♪」
かなみの真っ赤な顔が近づいて、わたし達の唇が触れ合う。
柔らかくて、いい匂いもして。
これ、わたしの部屋に来る前にリップ塗って来てるね♪
本当に、わたしの幼馴染は可愛いなぁ♪
「そんなの、言われなくてもそのつもりだっての」
「えへへ、だいすきっ!」
▽
《ガールズ・バンド》
主人公は16歳になったばかりの高校一年生、麻生リコ。
なんとなく進学した高校で、プロ顔負けのベースの腕を持つ少女、東スミに出会う。
リコとスミは小学生のころの親友で、家庭の事情で会えなくなって数年。
色々な事情も相まって、スミはもう音楽から逃げようとしていた。
そんなスミを見て、天真爛漫なリコは宣言する。
『大好きなスミと一緒に、私、バンドやりたい!』
そこから色んなメンバーを集めて、バンドを中心とした青春が描かれていく……。
「なる、ほど……」
放課後の部室で、天城先生から送られてきた台本を読む。
そう、私が主演を演じる舞台の台本を。
「天真爛漫……。引っ張ってくれるような、太陽みたいな人……」
私が演じるリコちゃんは、本当に王道の主人公属性。
天真爛漫、明朗快活。他者を引っ張ることのできる、太陽みたいな性格。
これ、私の性格とは全然似つかないね!?
リコちゃんって、誰かといえば由芽ちゃんみたいな子じゃない!?
いや、うん!これ、絶対由芽ちゃんだよ!!
若干引いてしまうほどのハイスペックで、尚且つ性格はとても素敵で。
由芽ちゃんって、もしや創作物の主人公なのかな??
そう考えれば、由芽ちゃんっていう天使が存在するのも納得できる……、のかな?
「あはは……。改めて考えると、凄い子と付き合ってるよね……」
「それ、わたしの事?」
「うっひゃあ!?」
びっ、びっっくりしたぁ!?
「ゆ、由芽ちゃん!?いつからいたの!?」
「ん〜、ついさっきだよ?」
私の驚いた声にも全く動揺せず、由芽ちゃんはカバンを机の上に置く。
って、どうしたんだろ?
なんだかいつもより、感情が見えない?
どこか、出会ったばかりの時の由芽ちゃんみたいな……。
「彩香」
「ひゃっ!?ゆ、ゆゆゆ由芽ちゃん!?」
「このまま、わたしの声に耳を傾けて?」
こ、このままって……っ!?
だ、だってこんな、私の膝の上に由芽ちゃんが!?
「わたしね、彩香と会えないのが寂しい」
「え?」
「かなみと会えないのが寂しい。2人はわたしにとって、この世における生きる理由みたいな物だから」
「ゆ、由芽ちゃん?」
そ、それは、とてもとても嬉しい事だけど、どうして急に今?
ん、少し震えてる……?
「……ごめんね。でも、わたしの事を凄いだなんて言わないでね?他の誰でもなく、彩香には言って欲しくないの」
ど、どうして?
私だけにはって、その特別扱いは嬉しいのに。
どうしてそこまで悲痛な声で、こんなに身体を震わせて──。
「────あ。そ、っか……」
由芽ちゃんが話してくれたのに、恋人になって浮かれ過ぎて忘れていた。
由芽ちゃんの、初めての恋人。
由芽ちゃんにとっての憧れで、今なお愛し続けている想い人。
そんな彼女は、日記で由芽ちゃんを褒め続けた。
凄いと、敵わないと、置いて行かれてしまうと。
そして、由芽ちゃんを1人遺して…………。
「……うん。ごめんね由芽ちゃん。私だけは、言っちゃいけないよね」
「……わたしこそごめんなさい。面倒くさくて、弱虫で」
「大丈夫。そんな由芽ちゃんだって、心の底から愛してるから」
恋人で、同じ役者で、同じ演技技法が得意で。
最初と違って、由芽ちゃんは確かに私を見てくれてる。
私を笹森さんに重ねるなんて、そんな不義理も働いてない。
これはきっと、由芽ちゃんのトラウマなんだね。
「由芽ちゃんは、まだまだ私達が傍に居てあげないとだね」
「かなみみたいな事言ってる……。でも、その通りだよ」
そう言いながら、由芽ちゃんは私と目が合う体勢に変える。
綺麗に染められた、淡い茶髪のセミロング。
絹みたいに細やかで透明な肌に、少し朱色が差された頬。
少し下から見上げるように開かれた紅い瞳は、見る者全てを魅力する魔性の宝石。
「……愛してる。だから、一生傍に居て?」
とても聴きざわりの良い声音は、緊張からなのか少し震えていて。
こうして向かい合って、改めて思う。
あの時、由芽ちゃんの動画を見つけられて良かった。
あの時、由芽ちゃんに声をかけられて良かった。
あの時、勇気を出せて、本当に良かった。
「……うん。私のこれからの一生は、由芽ちゃんと一緒だよ」
ゆっくりと、私達の唇は触れ合う。
ただ触れ合うだけの、とても軽くて繊細な口付け。
それでも私の脳内は、多幸感で満たされる。
この先、これだけ人を好きになる事なんてない。
不器用な私は、もう由芽ちゃん以外なんて考えられない。
だったら、一生一緒に居なきゃいけないよね。
この弱虫で繊細で、とても可愛い恋人を守る為に。
「……えへへ。キスって、やっぱり好きかも」
「ひゅ……っ!?は、反則だよそれ!!由芽ちゃんのえっち!!!」
「ふふっ、彩香の思考がピンクに染まっちゃった」
ぐぬぬ、クスクスと笑って!
そんな所も大好きだよ、この小悪魔ちゃんめ!!
「それで、彩香は何を思ってわたしを凄いって言ったの?」
「え?それは、今度の舞台の主役が由芽ちゃんと似てて……」
「ああ、麻生リコちゃん!王道の主人公って感じで可愛いよねぇ」
「うん……。ただ、あんまり演じられる気がしなくって……」
「…………ふむ、なるほど」
私のそんな不安を聞いて、由芽ちゃんはなるほどと手を打つ。
あ、あのっ……!そろそろ私の上から退いてくれないと、ちょっと理性が不味いのですが……っ!!
「それなら、わたしに考えがあるよっ!」




