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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第3章 両極の天才役者編

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第66話 笹森ひなのの独白記 2


〖ひなの~!大好きだよ~!!〗

〖おお、流石ひなの!やっぱり、ひなのに聞いて正解だった!〗

〖ひなのの声って落ち着く~。せなお姉ちゃんとは別の、安心できるって感じの声だよね~〗


【…………さよなら、ひなの】



「ま、待ってください!!ゆーちゃ…………、あ、れ?夢…………?」


 時計を見れば、まだ朝の5時過ぎ。

 外は真っ暗な闇の中で、その中に少しだけの車の排気音。


 何ら変わりない、いつも通りの朝。

 お姉ちゃんが旅立って、ゆーちゃんと疎遠になって。

 太陽が消えてしまってからの、いつも通りの。


「……また、自分の事だけ。本当に、どれだけ浅ましいんでしょうね、私は」


 さっきの夢だって、私には見る資格なんてないのに。

 勝手に自己嫌悪して、勝手に罪悪感を感じて。



【ころして、ころして………!】

【…………そんな事、するわけないだろ。大丈夫、大丈夫だから】

【もう…………、しにたいよぉ……………………】


 

 ゆーちゃんとかなみさんのそのやり取りを見て、逃げ出した私には。

 何の力にもなれず、友達と最愛の人に背を向けた私には。

 

 もう、あの楽しい日々に戻る権利なんてないのに。






「とりあえず、由芽は持ち直したよ。今はまだ時々不安定になるから、あたしが24時間傍にいるけど」

「……そう、でしたか。本当に…………、本当に、良かった」


 逃げ出した日から一週間ほど経って、かなみさんからそんな旨の電話がかかってきました。

 ゆーちゃんがひと先ずは持ち直したと聞いて、どれだけ心が救われたか。

 後にも先にも、ここまでの安堵はないと思います。


「……お見舞いじゃないけど、顔見せにとか来れない?きっと、由芽も嬉しいと思うから」

「い…………、いえ。私が行ったところで、何も出来ませんから」

「………………そっか」


 行きますと言いそうになった自分に、心底嫌気が差してしまいました。


 お姉ちゃんの日記を読んだ日から、ゆーちゃんの心が壊れてしまった日から。

 私はゆーちゃんにとって、何の助けにもなれていないと言うのに。

 そんな私が会ったところで、ゆーちゃんは軽蔑してくるだけでしょう。


 会って話したい。力になれなくてごめんなさいって、ちゃんと謝って。

 …………でも、私はどうしようもなく臆病で。


 もし、ゆーちゃんに嫌われているという事実をぶつけられたら。

 もう、私の生きる理由が無くなってしまいそうで。


「……ひなのは、どこの高校に行くの?」

「え、っと、日吉高校の芸能科です」

「日吉か~。あたしと由芽は長浜だから、ちょっと遠くなるな」


 長浜……、聞いたことのない場所ですね。

 芸能系の高校は全部調べたはずですから、その長浜高校は普通の高校なのでしょう。

 でも、急にどうしてそんな事を……。


「……あたしは、由芽の事が大好き」

「えっ?」

「ひなのにも、せなさんにも負けないくらい。あの子の事を、愛してる」

「そ、れは…………」


 今のゆーちゃんは、きっと恋愛なんて考えられないでしょう。

 でも、立ち直った後は?お姉ちゃんが居なくなって、ゆーちゃんのその席は空いてしまって……。


「でもさ、ひなのの事も好きなんだよ。本当に、大切な友達だって思ってる」

「かなみ、さん…………」


 私も、だなんて。

 かなみさんからも逃げた私は、口に出すことが出来ません。


「せなさんがもういない以上、誰かが由芽を守ってあげなきゃ。…………あたしはそれが、あたしでも他の誰でも構わない。由芽が幸せになれたら、それでいい」


 電話越しでも、その言葉に隠された嘘を見抜いてしまいます。

 かなみさんは、ちゃんと自分でゆーちゃんを幸せにしてあげたいんですね。

 だからこそ、その嘘がより重く響いてきます。

 

「そんなあたしからのお願い。由芽が落ち着いたら連絡するから、あの子に会ってあげて。……まぁ、ひなのが由芽を嫌いになってないならだけど」


 少しの笑みを含んだその言葉に、私は救われてしまいました。


 だって、もう二度と会えないと思っていましたから。

 ゆーちゃんの弱さを受け止められなかった私に、そのチャンスがもう一度降ってくる。

 きっと二度はないその幸運に、心の底から感謝しました。


「……嫌いになんて、なるはずがありません」

「だよなー。ひなのってば、由芽の事ずっと見てたもんな~♪」

「……ふふっ、はい。ずっと、…………ずっと、見てました」


 それからは、ゆーちゃんに相応しい自分になる為に努力をしました。


 役者として、ゆーちゃんの妹弟子として恥ずかしくないように。

 個人として、ゆーちゃんの弱いところもどんなところも包み込んであげられるように。

 寝る間も惜しんで、血反吐を吐く思いで、様々な事に取り組んで。


 天才若手演技派女優なんて呼ばれるようになっても、まだまだゆーちゃんにもお姉ちゃんにも届いてない。

 ゆーちゃんがまた役者を再開した時に、ちゃんと隣に立てるように。


 もう、ゆーちゃんを1人にしない為に。


 そうして月日は流れて、高校一年生の5月前。

 長期休みの前になって、ようやくゆーちゃんに会いに行きました。


 長時間拘束されていた映画も終わって、自由な時間が増えたからです。

 かなみさんから大丈夫という連絡を貰ったのが、会いに行く数時間前。

 ふふっ、ちょっとしたサプライズになってしまいますね♪


 胸の高鳴りはどんな舞台や撮影よりも凄くて、期待と不安で胸が苦しくなってしまうほど。

 気持ちに釣られて、身体や思考まで浮ついてしまって。


「………………ゆーちゃん」


 幾月ぶりに見たゆーちゃんは、髪色を黒から淡い茶色に染めていて。

 昔よりも更に綺麗になっていて、赤い宝石のような瞳もかつてのもので。

 纏う雰囲気こそ違ってはいるけど、でも、彼女は紛れもなくゆーちゃんでした。


 だから、仕方ないとは思いませんか?


 かなみさんをスルーしてしまったことも、見つけた瞬間に走り出してしまったことも。

 感情が溢れ出して、思わず抱き着いてしまったことも。


「ゆーちゃん……!ゆーちゃんだ…………!」


 ああ、何も変わりません。

 前よりか、少しだけ背が伸びたかな?

 でも、甘くふわりとした安らぎの香りも、幼い子供のような温かい体温も。

 

「……久しぶりだね、ひなの」


 高音すぎず、かといってぶっきらぼうでもない、優しく綺麗な声も。

 全部全部、《如月由芽》のままですね。


「うん、うん…………っ!」

「……また会えて、本当に嬉しいよ。えへへ、変わらないね」

「ゆーちゃんも……っ。ゆーちゃんも、ですよっ!」

「………………うん。わたしも、()()()()()()()()()


 その言葉には含みこそありましたが、それでもゆーちゃんは目の前にいます。

 触れて触れられて、抱きしめることが出来ている。

 それだけで、私は誰よりも幸せなんです。


「も~、来るなら来るって言いなよ!というか、いつまで抱きしめてるの~?」

「かなみさんっ!」

「ちょっ!?あ、あたしにまで来るか!?」

「本当に、本当に、ありがとうございます!!」

「……まったく。良かったね、ひなの」


 電話やメッセージでのやり取りはしていましたが、かなみさんと会うのも久しぶり。

 私の良き友人も、以前と変わりはなく健康そうでした。

 それにまた涙ぐんでしまったのは、ここだけのお話──


「えっと、由芽ちゃんとかなみちゃんのお友達かな?」


 聴こえてきたのは、綺麗で芯の通った凛とした声。


〖ひなの〜!こっちこっち!!〗


 声質はまるで違うのに、その声はお姉ちゃんの声に似ていて。

 その声の主に目を向ければ、そこには1人の女性が立っていました。


 スラッとした、女性にしては高めの身長。

 綺麗な黒髪は風に靡いて、思わず目を奪われてしまう。


 どうして、なんですか?

 どうして私は、彼女とお姉ちゃんを重ねてしまうんですか?


「……………………ゆーちゃん、この方は?」

「あ、ごめんねひなの。彩香先輩も、置いてけぼりにしてすみません」


 聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。

 自分から聞いておいて、どうしてこんな矛盾を持ってしまうのか。


 どうして、ここまで胸がザワついてしまうのか。


「あ!ちょっと、待って──」

「こちら、柊彩香先輩。わたし達の高校の2年生の先輩で、演劇同好会の部長さんだよ」

「……………………………………………………は?」


 演劇、同好会?


 この、お姉ちゃんに、雰囲気が似た人と?

 役者を、辞めたんですよね?

 いえ、それはいいんです。ゆーちゃんが役者を再開するのは、私も望んで……。


〘 また、私を除け者にして?〙


 先生も待っているんですよ?

 知っていますか?先生、ずっとゆーちゃんの事を心配して。

 いえ、それもいいんです。

 ゆーちゃんなら、きっと先生にまた会いに行くと思うから。


〘 お姉ちゃんの代わりみたいに、この人の事を思って?〙


 一言くらい、いえ、私の方から距離をとったのに。

 もっと早く会いに来ていれば、ゆーちゃんは。


〘 ……また、ゆーちゃんの心は遠くに行くの?〙


「それで、この子は笹森ひなの。わたしの妹弟子です!」

「由芽ちゃんの!?わぁ、初めまして!柊彩香といいます!今は、由芽ちゃんの弟子として──」



「ふざけないでください!!!」



 ドス黒い感情が、私の内側から溢れ出す。

 もう心の中はぐちゃぐちゃで、思考すら禄に出来ずに。


「ずるい、ずるいずるいずるいずるい……!」

「ひ、ひなの?」

「えっと、笹森、さん?」


 やめて!!

 お姉ちゃんのような雰囲気を纏って、私を見ないで!!

 私に、話しかけないで!!


「どうして貴女なんですか!?どうして貴女みたいな人が、ゆーちゃんとお芝居をしているんですか!?」

「おい!やめなよひなの!!」


 かなみさんに羽交い締めされようと、私の激情は目の前の女へ向かう。


 ゆーちゃんの隣に立って、それが当たり前だとでも言うように!!

 その席が、どれだけ価値があるかも知らないくせに!!

 その場所が、どれだけ特別なのかも知らないくせに!!

 ゆーちゃんの過去すら、苦悩すら、悲しみすら、何も知らないくせに!!!



【ゆーちゃんと、付き合う事になったの♪】



 ()()、私の太陽を奪おうとするの!?



「そこにいるのは、私のはずなのに!!!」


 ぜぇぜえと息がきれて、頭に血が上りすぎてくらくらする。

 激情が一瞬だけ凪いで、すぐに私はハッとしました。


「私、なにを…………」


 涙でボヤけた視界を拭えば、そこには2人の女の子。

 ただひたすら困惑したような顔をした、柊彩香さん。


 そして──



「…………どうして、そんな事を言うの?」



 悲しそうに顔を歪めて、涙を流すゆーちゃん。


 私、取り返しのつかない事を──


「落ち着きなよ!!」


 その声と共に、かなみさんに頬をはたかれる。


 かなみさんはゆーちゃんとは対象的に、見た事がないくらいに怒っていて。

 その表情には、私への心配も混ざっているようで。


「あ、ああぁ……!ごめ、ごめんなさい……!わた、私…………」

「……はぁ。すみません、彩香先輩。あたしのさっきのビンタで、ここは抑えてくれませんか?」

「はえっ!?わ、私はなんともないよ!?で、でも、笹森さんは……。それに、由芽ちゃんが……」

「……少し、ひなのと話します。彩香先輩は、今日はここまででいいですか?」


 ゆーちゃんがちらっと私を見る目は、いつの間にかいつものゆーちゃんに戻っていて。

 その事に、私は救われてしまいました。


「う、うん。由芽ちゃんは大丈夫?」

「……もうっ。暴言を吐かれたのは先輩ですよ?本当に、どれだけ優しいんですか……」

「ひゅえっ!?ゆめちゃ、ハグ!?」

「この埋め合わせは必ずします」


 そう言いながら抱きしめあう2人は、本当に仲の良い先輩後輩みたいで。

 


 まるで、昔の私とゆーちゃんのようでした。





 それから、かなみさんのお陰でゆーちゃんともまた仲良くなれました。

 ゆーちゃんにも気を使ってもらって、本当にとんだ迷惑ですよね。


 ゆーちゃんの心の闇を見て、本当の親友に戻れたり。

 彩香さんに謝罪して、一緒に稽古をする仲になれたり。

 凛ちゃんとゆーちゃんのお芝居を見て感動したり。


 このたった半年の間に、沢山の出来事がありました。


 もう、お姉ちゃんとゆーちゃんが付き合う前のような日々には、決して戻れません。

 だとしても、今の日々も私にとっては何よりも大切な日々なんです。


「……ごめんね、お姉ちゃん。少し、一方的に喋りすぎましたね」


 目の前のお姉ちゃんのお墓にそう謝って、深呼吸を1つ。

 もうじき12月になる暦の気温に、少しだけ身体を震わせました。


「…………お姉ちゃんは、まだゆーちゃんの事が好きですよね」


 いつもなら、お別れを言って終わるはずなのに。

 私は、もう少しだけお姉ちゃんとお話をしたくなりました。


「私も、ゆーちゃんの事が好きです。弱いのに強くて、繊細なのに大胆で、優しくて明るい。太陽みたいなゆーちゃんの事を、心の底から愛しています」


 顔を思い出して、名前を口に出すだけで心が温かくなる。

 私の生涯できっと、そんな人はゆーちゃんとお姉ちゃんだけ。


「……ゆーちゃんの事、幸せにします。誰にも負けないくらいに、深い愛を注いで」


 きっと、お姉ちゃんとゆーちゃんのお陰ですね。

 こんなに寒い日でも、心が温かいままなのは。

 

 もう、何の憂いもなく、ゆーちゃんを貰うという宣言が出来るのは。


「1週間後には、私とゆーちゃんの共演する舞台の稽古が始まります。ですから、ちゃんと見て感じて下さいね」



「今の私こそが、ゆーちゃんの隣に相応しいという事実を」



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