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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第3章 両極の天才役者編

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第65話 笹森ひなのの独白記 1


 私にとって、お姉ちゃんは太陽でした。


 3つ年上で、可愛くて、愛嬌があって。

 小さい頃からずっと本を読んでばかりだった私とは対照的な、明るく周囲を照らす”陽”の人。


 そんなお姉ちゃんは、小学2年生の頃に役者の仲間入りをします。


 お姉ちゃんの役者の先生は、かつて日本の歴史史上最高と謡われた名優・天城華香。

 そんな人にスカウトされて、お母さんもお父さんも最初は戸惑っていました。

 でも、そんな人がお姉ちゃんをスカウトしたのだと。

次第に喜ぶようになったのを、私は鮮明に記憶しています。


 それから1年ほど経って、おばあちゃんが亡くなりました。


 おばあちゃんはとても優しくて、幼いながらもおばあちゃんの家で過ごすのがとても楽しみだったのを覚えています。

 よく食べる私に、おばあちゃんは色んなものを作ってくれましたから。

 

 亡くなったといっても、87歳の大往生。

 おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなっていましたから、本当に凄いと思います。


 そして人一倍おばあちゃんに懐いていたお姉ちゃんは、とても悲しんでいました。

 それからしばらく泣き虫になっていたのも、無理はないでしょう。

 そこで初めて、お姉ちゃんは明るいだけの人じゃないというのを知れたと思います。


 月日は流れて、私が小学生になって少しした頃。


「聞いて聞いて!私にも妹弟子?が、出来たんだよ~!!」


 そんなハイテンションお姉ちゃんが言うには、その子はとても可愛い子なようで。

 まだ基礎も分からないのに、その演技力は凄まじく光るものがあったそうです。


 ただ、私と同い年のその子にお姉ちゃんの関心が行くのが、幼い私は面白くなくて。

 その頃から、本でお芝居の勉強を始めたんでしたっけ。

 ふふっ、可愛い嫉妬だったと思います。

 

 でも今思えば、お姉ちゃんから彼女の話を聞いたことも。

 先生の弟子になれたことも、運命のようなものだったのでしょうか。



「よろしくひなのちゃん!わたしは如月由芽!ゆーちゃんでいいよ!」



 本当に、初めての経験だったんです。


 にぱっとした明るい笑顔で、同い年とは思えないほどの綺麗な顔で、聞いただけで心が温かくなるような声音で。

 その少女、”ゆーちゃん”は、私に声をかけてくれました。

 自覚したのは、少し後になってからですが。



 私はその瞬間、ゆーちゃんに一目惚れをしてしまったんです。

 


────



 それからの2年は、私の人生の中で一番楽しい時間でした。


 勿論、今が楽しくないわけではありません。

 凛ちゃんが居て、かなみさんが居て、彩香さんという役者としての後輩も出来て。

 何より、最愛のゆーちゃんがまた戻ってきてくれた。

 そんな今は、少し前までの私が見れば嫉妬で羨むでしょう。


 それでも、あの頃は本当に楽しかったんです。


 演出家として、同じく弟子になった、優しいかなみさん。

 私達を照らして、私たちに芝居の楽しさを教えてくれた大好きなお姉ちゃん。

 そんな私たちを、ちゃんと見守って導いてくれる先生。


「ひなのといると、すっごく楽しい!相性抜群だね、わたし達!」


 そしてお姉ちゃんへの好きとは違う、世界一大好きなゆーちゃん。


「……もう、ゆーちゃんは嬉しい事ばかり言うんですから」


 将来はゆーちゃんと結婚して、お姉ちゃんも一緒に住んで。

 なんて、少しだけ難しそうな事も妄想したりして。


 お姉ちゃんとゆーちゃんさえいてくれれば、私はどんな事にも耐えられる。

 お姉ちゃんとゆーちゃんさえいてくれれば、どこだって明るくなってくれる。

 お姉ちゃんとゆーちゃんさえいてくれれば、私は幸せに生きられる。


 お姉ちゃんとゆーちゃんさえ──



「んふふっ♪実は私、ゆーちゃんと付き合うことになったの♪」



 そのお姉ちゃんの言葉は、私にとっては一番聞きたくないものでした。


 お姉ちゃんは私と同じく、初めて会った時から一目惚れだったそうで。

 とても嬉しそうに、恋する乙女の顔をするお姉ちゃん。

 私の知らないお姉ちゃん、私以外の人と恋人になったゆーちゃん。


 大好きだったお姉ちゃんとゆーちゃんは、もう、私を必要としなくなったのです。



────



 そこからの日々は、幸せと後悔がごちゃ混ぜになった時間を生きてきました。


 お姉ちゃんもゆーちゃんも、相変わらず私の傍にいてくれて。

 一緒にお芝居をしたり、遊びに出かけたり、なんてことない雑談をしたり。

 今まで通りに、私に接してくれて。


「も、もう、せなお姉ちゃん!ひなのもおばさんもおじさんも起きちゃうよ!?」

「キ、キスだけでも……。だって、最近会えてなかったでしょ……?」

「3日前に会ったよ!?……もー、ほんとに甘えたがりなんだから」

「……ダメ、かな?」

「…………ダメだったら、態々この部屋まで抜け出さないもん」

「んふふっ、私のゆーちゃんが世界一可愛い♪」

「……ば~か♡」


 お手洗いで起きたことも忘れて、さっきまで3人で寝ていた私の部屋に戻りました。


 もうとっくに、2人の恋人としての段階は進んでいて。

 私がいれば、2人の邪魔をしてしまう。

 2人に甘える事すら負担になってしまうかもしれない。

 

 だったら、いい加減にちゃんと祝福しないといけません。

 私にとっての太陽の2人が、いつまでも幸せでいられるように──


「………………どうして、私じゃないの」


 大好きなお姉ちゃんと一緒に、甘えながら笑っているのが。

 大好きなゆーちゃんと一緒に、恋人として愛をはぐくんでいるのが。

 その場所にいるのは、私の大好きな人たちで。



 なのに、どうして私は、惨めに泣いているんだろう。



 祝福したい気持ちは、きっと誰よりもあったんです。

 だけどそれと同じくらい、後悔と嫉妬が湧いてくるんです。


 2人とも、感情の種類は違えど私にとっての世界一で。

 別れてほしいなんて考えていないのに、気づけば2人の関係に泣いてしまう。

 矛盾した感情というのを、その頃の私はいつも抱えていました。


 大丈夫と、自分に言い聞かせる日々。

 悪夢にうなされて、枕を涙で濡らす日々。


 そんな日々は、どうしてか終わりを告げてしまいました。


「ゆ、ゆーちゃん……っ!ゆーちゃん……」

「………大丈夫だよ、ひなの。ほら、ちゃんとわたしの胸で泣いて」


 

 最愛のお姉ちゃんは、本当に突然、空へと旅立ちました。



 特に変わった様子はなく、交通事故で、何の前触れもなく。

 私の最愛のお姉ちゃんは、手の届かない場所へ行ってしまいました。


 悲しくて、辛くて、衝動的に、後を追おうなんて考えが出てしまうほど。


 お姉ちゃんを轢いたトラックの運転手さんも、避けようとしても避けられないタイミングだったそうで。

 付近の監視カメラの映像を見せて貰っても、非はお姉ちゃん側にある様に思えました。


 お葬式の時の記憶は、泣きすぎてありません。

 ゆーちゃんとかなみさんにはとても迷惑をかけたみたいで、本当に申し訳ないです。


 その日もお母さん達がいない間にお姉ちゃんの部屋の整理をする事になって、ゆーちゃんが私を心配して来てくれたのに。

 私はずっと泣いてばかりで、ゆーちゃんに先に部屋に行って貰って──


「あぁぁぁ………。わぁぁあぁぁ!!!」


「っ!?」


 そんな声が2階から聞こえて、心臓が跳ねました。


「ゆーちゃ………!………ゆーちゃん」

「わぁぁあぁぁ!!あぁぁあ゛ぁ゛あ゛!!!」


 お姉ちゃんの部屋で、項垂れるようにして泣くゆーちゃん。

 涙を流して、目の慟哭が開ききって、目に生気はまるでない。


「だい、じょうぶ。大丈夫だから、ゆーちゃん……」

「あ、あぁぁあぁぁぁ……!い、やぁあぁぁ…………」


 私の声は、まるで届いていない様子で。

 それでも、お葬式から全く泣いていなかったゆーちゃんが、ようやく泣けた瞬間でした。


「………ごめん、なさい」

「大丈夫、ですから。……私の手、握ってていいですからね」

「………………」


 無言で私の手を握るゆーちゃんの手は、死人かと思うほど冷たくて。

 それでも私を頼りにしてくれている事に、少しだけ安堵しました。


 それから少しして、私達はゆっくりと遺品の整理を始めました。


 ついこの前まで生きていた人の遺品整理。

 私にとっての、最愛の姉の遺品整理。

 私もゆーちゃんも、繋いだ手に痛いくらいの力が篭もってしまって。


 ……でも、きっと、お姉ちゃんはもっと痛かった。


 痛みで少し冷え始めた頭に浮かんでしまう、ひとつの疑問。

 どうしてお姉ちゃんは、あんな行動を……。


「……っ!ゆ、ゆーちゃん?」


 それまでより、一際大きい痛みの波。

 その痛みは、ゆーちゃんが私の手をより強く握ったせいでした。


 当のゆーちゃんの目線の先には、初めて見るノートが1冊。


 ゆーちゃんは私の声に気づいていないのか、ページを捲り続けます。

 ゆーちゃんの横で見るその内容は、他愛の無いものからどんどんと変遷していって。


《でも、ゆーちゃんの隣にいるには。これしか、ないんだよ》


「………………………………ぁ」


 ゆーちゃんから漏れ出た声に生気はなく。

 暗がりの中で見えた横顔は、絶望の感情しか映していない。



 それはきっと、ゆーちゃんが粉々に壊れてしまった瞬間だったのだと思います。





「もう、辞める事にしたの。だってもう、わたしは前みたいに、役者として歩けないから」



 中学3年の秋。お姉ちゃんの死から、約半年。

 ゆーちゃんから、役者を辞めることを伝えられました。


 明るくて、強くて、周囲を照らす、太陽の化身のようなゆーちゃん。

 その話をされた頃には、そんなゆーちゃんは死んでしまっていました。


「やっほ、待たせてごめんな。ひなのも舞台とかあるだろうに、態々うちの中学まで来てくれて」

「いえ……、平気です。かなみさんこそ、その紙袋は?」

「由芽、対外的には病欠なんだよ。だからか、部活とかクラスメイトの皆が色々見繕ってくれて。……ほんと、愛されてるよ」

「そう、ですか……」


 ゆーちゃんが学校を休み始めて、もう1週間と5日。


 その知らせをかなみさんから聞いて、居てもたってもいられなくて。

 どうにか時間を作って貰って、ゆーちゃんのお見舞いに行く事にしました。


「ゆーちゃんは、その……」

「……前にひなのから聞いた事が本当なら、ああなっても仕方ないと思う」


 かなみさんには、お姉ちゃんの日記を見た時の事を話していました。

 かなみさんも、ゆーちゃんとお姉ちゃんの関係にはうっすら気づいていたようで。

 だからなのか、そこまで驚いた様子は見せませんでした。


「…………だから、ひなのもあんまり驚かないであげてね」

「え?」

「おばさんもおじさんも、病院の空きが出次第すぐに入院させるって。それまであと数日だけ、様子を見ようって」


 入院という単語に、私の頭は最悪の想像をしてしまって。

 その想像を抱えたまま、私達はゆーちゃんの家に上がりました。


「……ああ、かなみちゃんとひなのちゃんか。ひなのちゃんは、久しぶりだね」


 私達を出迎えてくれたのは、ゆーちゃんのお父さん。

 確か在宅で翻訳家をしていたハズですから、居てもおかしくは…………。


「ありがとおじさん。今日はあたし、この後何も無いからさ。あたしに由芽の事任せて、おじさんは寝よ?隈、ほんとに酷いよ?」

「……あはは、ごめんね。それじゃあ30分だけ、由芽の事見ててくれるかい?」

「…………うん」


 フラフラとしながら、リビングを出ていくゆーちゃんのお父さん。

 そしてリビングの机の上には、パソコンが1台。

 その中には、カメラの映像が映し出されていて。


 そこには、ベッドで眠るゆーちゃんがいました。


「これ、は…………?」

「監視だよ。由芽が自殺とかしちゃわないように、皆でいつでも由芽の傍に行けるように」

「じさ、つ………………?」


 なんで、それは、…………え?ゆーちゃん、が?


〖ひーなのっ♪相変わらず、今日も可愛いねっ♪〗


 明るく周囲を照らして、誰もの心を奪ってしまうゆーちゃんが?

 あの、太陽のようなゆーちゃんが……?


「うそ、ですよね…………」

「……ひなのって、由芽の事好きだよね。多分、崇拝とか入っちゃってるくらいには」

「……え?」

「でもさ、由芽は…………。あの子は、誰よりも繊細なんだよ……」


 そうかなみさんに言われた瞬間、カメラの映像に変化がありました。

 ゆっくりと布団が盛り上がって、ゆーちゃんが立ち上がって──


「ああぁあぁあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!!」


「ひっ……!?」

「やばい……っ!!」


 私が驚いた時には、かなみさんはリビングを出ていました。


 そうしてゆーちゃんの絶叫が収まったかと思えば、カメラの中ではかなみさんがゆーちゃんに抱きついていて。

 震える自分の身体を抱きしめながら、私はどうにかゆーちゃんの部屋へ歩きました。


 さっきのは、きっと幻覚、幻聴。

 だって、そうじゃないと、そんな事、あるわけが……。


「大丈夫、大丈夫だから。あたしは……いっつ!こ、ここにいるからな……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………………」


 私の淡い期待は、すぐに崩れ去りました。


 髪は乱れて、目は血走って、大粒の涙を流しながら。

 かなみさんに抱かれながら、かなみさんの背中に制服越しでも爪が食い込んでしまうくらいの力で。


「ゆー、ちゃん………………」


 かつて、私が、私達が憧れて好きになった太陽は。



 もう、壊れきってしまっていました。



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