第64話 エピローグ2
これにて、《双翼》と天才役者編は閉幕になります!
「早く戻らないと、皆心配しちゃうよ?」
「…………これくらいなら、きっと大丈夫よ」
軽やかで綺麗な声で問いてきた由芽に、私は感情を秘めながら返事をした。
舞台の打ち上げが始まって、色々な方たちと話したり食事をしたり。
だというのに、私は相も変わらず自分の感情を制御できずに彼女を目で追ってしまう。
相変わらず皆に愛想を振りまいて、でも決して媚びてはいない彼女。
誰かと笑っている姿を目にすれば、それだけで心に針が刺さってしまう。
「おお……!2階からの夜景もすごくいい感じじゃん!」
私のそんな感情はつゆ知らず、由芽は私を追い抜いて夜景に目を輝かす。
皆がいる船内とは少し離れた、秘密の会話には持って来いの場所。
夜景が綺麗なのは同意だけれど、少しはこの状況の意味を考えなさいよ。
「柵があるから大丈夫だろうけど、あまり端には行かないようにね」
「分かってるよ~!」
くるっと振り向いてそう言う由芽の笑顔は、やっぱり誰よりも綺麗で。
私の鼓動は、その光景を見て速くなってしまう。
でも、これじゃダメよね。
私が居るべき場所は、居たい場所は。
由芽を遠くから眺めるここじゃない。
「……お礼を言いたくて、改めて」
「凛?」
この子の傍でいる為には、横に立っていないと。
「私を……、見ていてくれてありがとう。私を好きだって言ってくれて、一緒に堕ちようって言ってくれて」
「……んふふ、凛がデレた」
「今日は特別よ」
「そっかぁ……。それじゃあ、デレ凛に甘えちゃおっかな」
そう言いながら、由芽は後ろの柵にもたれ掛かる。
どこか遠くを見ながら、悲しそうに。
「終わっちゃったね、わたし達の舞台。ほんと、最初はどうなるかなって心配しかなかったけど」
「ふふっ、そうね。最初こそ、由芽の事は大嫌いだったし」
「うわ、そーゆー事言っちゃうんだ」
「時効よ、時効。今の私が、そんな事思ってるわけないでしょう?」
疲れや雰囲気からか、つい素直な言葉が出てしまう。
きっと後で思い返せば、恥ずかしさで悶えてしまうのでしょうね。
「……同じ大親友でもきっと、ひなのとはこういう舞台には出来なかったわ」
「なにおう。わたしの妹弟子の事、軽く見すぎでは?」
「そういう訳じゃないわ。単純に、由芽とひなのだと性質が違いすぎるから。役者としては、多分由芽との方が私は相性がいいんだもの」
「んー、確かに?ひなのってゴリゴリの理論派だから、アドリブはそこまで得意じゃないっぽいしね」
役者としてのタイプがほとんど同じで、おまけに実力差もほとんどない。
そんな私たちだからこそ、思考と意図のリンクに成功して。
その結果、最高の演技を初日に完成させることが出来た。
……まぁ、それを公演の1週間前までには完成させられなきゃだから、ここは反省点でもあるのだけど。
「だから、由芽で良かった」
「………………」
「貴女と出会えて、貴女と縁を結べて。……ふふっ、私は幸せ者ね」
回り道はしたけれど、それもきっと必要なこと。
この先の役者人生においては、この経験はきっと糧になる。
そして私個人にとっても、この子との出会いは奇跡のようなものだもの。
本当、一生分の幸運を使っちゃったかもね。
というか、どうして無言なのかしら!?
恥ずかしくて由芽の方見れないんだから、リアクションがないと怖いのだけど!?
「ちょっと由芽──」
「ぱーんち」
「いたっ!?……くは、ないけれど」
い、いきなりパンチしてきた!?
このばか由芽!いったいどうし…………………………。
「ばか凛が、わたしの事を褒め殺そうとするからだよ」
……………は?
なによ、その顔。
真っ赤にして、瞳が潤んで、困り切った眉で。
「だ、だれがばかよ……」
「んふふっ、いつものお返し。でも、ありがとね。こんなわたしを、好きになってくれて」
その言葉に、一瞬だけ心臓が跳ねてしまう。
私の恋愛感情が由芽に伝わってしまっているのか、なんて思ってしまって。
でもきっと、そうではないのでしょうね。
「……わたしも、とても幸せ。幸せ過ぎるから、自分を殺したいくらいには」
「貴女、まだその考え消えないの?」
「うん。多分、一生消えないと思うよ」
以前、病院で泣いていた時よりかは晴れやかな表情。
悲壮感も、苦痛も、今の由芽からは感じられない。
「そう、受け入れたのね」
「あはは、さすが凛。……凛の言うとおり、ようやく受け入れることが出来たよ」
「……本当に、強いのね貴女」
その受け入れるという行為は、きっと途轍もない労力がいるはず。
否定せず、かといって流されることもせず。
自身の負の感情を理解して、コントロールする。
それはとても苦しくて、辛くて、何より大変なこと。
如月由芽は長い時間をかけて、それをやり遂げた。
「芝居に一番必要な、感情の支配。それをより高いレベルでできるようになったから、由芽は本番前に急に伸びたのね」
「そうなのかな。でも、そのお陰で楽しく芝居できたしね」
「貴女はそうでも、差を付けられた私の身にもなりなさいよね」
あそこで私がまた立ち上がれなかったら、この子はどうするつもりだったのかしら。
……まぁ、きっと考えるだけ無駄なIFね。
だって、この子の言葉に心が揺らされないわけがないんだもの。
「もっと稽古して、いずれ由芽に完勝するわ。今回は引き分けみたいなものだしね」
「んふふっ、そっか♪それじゃあ、わたしももっと頑張らないと♪」
そう言って笑う由芽は誰よりも綺麗で、思わず歯の浮くようなセリフが出てしまいそうになる。
でも、この距離感がとても心地いいから。
「……ねぇ、由芽?」
「んー?」
「いつか、もっと素直になるから。それまで、待っててね」
今は、この言葉だけで。
「えっへへ~、もっちろん♪よく分かんないけど、楽しみに待ってる♪」
「ええ、約束ね」
まぁ、この子なら恋人が出来る可能性は薄いはず……、よね?
まだ笹森さんの事を引きずっているでしょうし、雰囲気に流されるような子でもないし。
で、でも、早めに告白はしなきゃよね!
それできちんと両想いになれば、デ、デートとか、キス…………とか。
い、いやいや、初日のあれはノーカウントよね!?
あくまで芝居だったし、でも、受け入れてくれたわよね、あのアドリブ?
や、やっぱり、由芽も私の事───
「主役2人はっけーん!!夜景を2人占めしてるぞー!!」
「うっひゃあ!?」
「あ、京子さん!」
な、なに!?どうして酔っぱらった京子さんが!?
あれ!?もう20分くらい経ってる!!
「おらー!心配するから、早く入ってきてって言ったでしょ由芽!?」
「ゆ、由芽ちゃん……?凛ちゃんと、2人っきりで、夜景を……?」
「あ、彩香さん落ち着いて!?黒いのが出てるよ!?」
ぞ、ぞろぞろと、もしかしてほとんど上ってきた!?
ああ、もうっ!私と由芽の緩やかなひと時が……!
「ねぇ、凛?」
「な、なに!?」
舞台の打ち上げ特有のこの騒がしさも嫌いではないけれど、それにしたって──
「次の舞台も、ちゃんと殺しあおうね♪」
──本当に、物騒な言い回しをするんだもの。
まったくこの子は、どうしようもないんだから!
「ええ!その言葉、忘れないでよね!!」
▽
「2週間ぶりくらいかな?久しぶり、せなお姉ちゃん。もうすっかり冬だね」
冬特有の静けさに包まれた霊園で、そんなことを話しかける。
勿論返答なんてないけど、それでも構わない。
この寒い中待ってくれてる彩香とかなみの事もあるし、今日は近況報告だけだから。
「千秋楽も見てくれた?10公演、なんとか乗り切ったよ」
沢山伝えたいことはあるけど、一番はそれだった。
「初日の公演が終わったら、わたしも凛も皆に平謝りでね?ふふっ、ちょっと楽しみすぎちゃった♪」
中盤でのアドリブと、終盤でのアドリブ。
それ以上に祥子さんとれいさんの頭を悩ませたのは、わたしと凛の最後のキスだったそう。
まだ未成年のわたし達を護るために、いろんな所を回って奮闘してくれたんだとか。
うん、本当に皆さんには頭が上がらない。
キスをしてきた当人の凛も、二日目以降はすごく緊張してたし。
「でも、商業的にも大成功だったみたい。初日こそが伝説!!だなんて、ネットの一部では言われてるみたいだけど」
何はともあれ、役者の皆にもそのお陰で義理を果たせた!
次の劇団シラユキでの舞台も決まってるし、もっと競い合えたらいいなぁ。
「……好きだよ、せなお姉ちゃん。いつも傍にいてくれて、ありがとう」
この考えが死者への依存だというなら、わたしはそれでも構わない。
こうしてせなお姉ちゃんの事を想い続けることも、きっとわたしの贖罪には繋がってくれるから。
レイアは一足先に贖罪の旅を終えたけど、わたしの旅はまだまだ長い。
その過程で沢山の人に恩返しをして、胸を張ってせなお姉ちゃんに会いに行こう。
「会ったら、ちゃんと彩香とかなみの事紹介するから。少しだけ待っててね」
わたしを責める幻聴も悪夢も、きっと生涯無くなることはない。
わたしの深層心理は、どうやらかなり複雑らしいし。
でも、皆と一緒に歩いていくから。
大切な人たちと、色んな事を経験していくから。
だから、また。
わたし達が仲直り出来て、なんの憂いもなくなった時でいいから。
「一緒にお芝居しようね、せなお姉ちゃん」




