第62話 閉幕
昨日の千秋楽にて大団円を迎えた、私と由芽ちゃんの初舞台!
いや、由芽ちゃんは初じゃないか!
とにもかくにも、昨日で公演の全日程は終了!
連日お客さんは満員で、なんとテレビのニュースにも取りあげられたらしい!
これで私も、役者に正式に仲間入りか~、だなんて!!えへへ、サイン考えなきゃ!!
なんて明るい考えは、昨日のアドレナリンが出ていた頃までのお話で。
「うう……、つ、疲れが取れないぃ……」
「あはは、昨日の千秋楽終わったらヘロヘロでしたもんね!」
「んふふ、しょうがないよ。むしろ、初めての大舞台でよく最後までもったと思うよ?」
ベッドに腰かけた由芽ちゃんの膝枕に預かりながら、情けない私は寝ころんでいた。
まず今日の朝起きて感じたのは、身体のいたる所の筋肉痛。
稽古で散々使った筋肉でも、どうやら本番では想像以上に負荷がかかっていたようで。
由芽ちゃんの家に来るまでで、私のなけなしの体力は一旦終わりを迎えてしまった。
全身を駆け巡る疲労感も、昨日はあんなに気持ちよかったのに!
一夜明ければ、途端に疲れに変換されてしまって。
そんな私を愛おしそうに見つめながら、由芽ちゃんは私の頭を撫で始めてくれた。
「ほーら、頑張ったね~彩香。彩香は凄いね~」
「め、めがみさま……?」
「……あたしも、頑張ったんだけど」
「~っ!もー、わたしの恋人たちは可愛いなぁ♪かなみも、いっぱいフォローしてくれてありがと!」
由芽ちゃんの横に座っていたかなみちゃんの頭を、由芽ちゃんはゆっくり撫で始める。
この公演中は碌に時間も取れなかったからと、由芽ちゃんの提案で今は如月家でまったりと。
この後に打ち上げもあるそうだから、その前に由芽ちゃんが家を出るまではという事になった。
ああ、でも、やっぱり由芽ちゃんとこうしてると癒されるぅ……。
なんだろうね?全身からマイナスイオンでも出てるのかな?
「由芽ちゃんも疲れてるのに、膝枕なんてして貰ってごめんね?」
そんな体力無い人間の私とは違って、由芽ちゃんは相変わらずピンピンしてる。
初日こそ疲れていたみたいだけど、二日目以降は余裕そうだった。
かくいう私も、由芽ちゃんの言うとおりに体力配分をすればずいぶん楽になったし。
やっぱり、由芽ちゃんは凄いなぁ。
「気にしなくていいよ?わたしがしたいからしてるんだし!」
「ま、眩しいっ!由芽ちゃんが眩しいよぅ!!」
「あーもう!!これ以上好きにさせないで!?」
「うーん、とても理不尽な言いがかり……」
そんな雑談をしながらのこの空間は、やっぱり私にとっては何よりの癒しで。
〖……幸せにします。わたしと付き合えて幸せだって、心の底から思えるくらいに〗
由芽ちゃんのその言葉通りに、私は今をとても幸せに生きている。
少し歪な関係の私たちだけど、それでも誰よりも幸せだと胸を張って言えるくらいには。
あ、でも一つ聞きたいことがあったんだ。
「ねえ由芽ちゃん?」
「ん?」
「凛ちゃんとの芝居でのキスって、予め決めてたものなの?」
「違うよ!?」
ぎょっとした顔で、由芽ちゃんは私の問いを全否定してくれる。
そ、そこまで否定されるくらい、私の顔怖かったかな?
「二日目以降は組み込んでたけど、あれだって寸止めだし!初日こそキスしちゃったけど、あれも凛側からだったわけで……!」
「まぁ、初日のあれで祥子さんとれいさんが多方面に動き回ったわけだしね。予め決めてたなら、あそこまで祥子さん達が焦らないでしょ」
「おお、流石かなみちゃん」
まぁ、由芽ちゃんが私たちを裏切るわけないもんね!
というか裏切るにしても、あんな堂々とはしないでしょ!!何らかの相談があるはずだし!!
「…………でも、芝居とはいえよく思えないよね。本当にごめんなさい」
「い、いやいや!私もかなみちゃんも、由芽ちゃんの事信じてるから!」
「そうそう!由芽があたしと彩香先輩の事を愛してくれてるの、ちゃんと伝わってるから!」
「……うん。わたし、2人の事大好きなんだもん」
ああ、由芽ちゃんがしゅんとしちゃった!
そんな顔も世界一可愛いけど、由芽ちゃんにはそんな顔して欲しくない。
「本当に、責めてないよ?少し気になっただけだから!」
「…………ごめんなさい」
私がそう言っても、責任感の強い由芽ちゃんは沈んだままで。
ど、どうしよう……。私、ほんとにそんなつもりじゃ……。
「それなら、今度3人でデートしよ!その時に、主演でお給料が多かった由芽が飲み物奢ってくれるなら、この話はチャラで!」
「かなみ……。うん、分かった!それなら、今度のデートは行ったことない場所行きたいな!」
「あはは、いいねそれ!由芽の奢りなら、高いお店でもいいかな~」
「うっ!ほ、程ほどでね?」
そう言いながら、由芽ちゃんは私の頭をまた撫で始めてくれた。
凄いなぁかなみちゃん。
小さい頃から一緒だから、由芽ちゃんの事はほとんど知り尽くしてるわけだ。
由芽ちゃんも聡い子だから、きっと私とかなみちゃんの事を汲んでくれたんだろうし。
「…………強いなぁ、幼馴染」
付き合いの浅い私じゃ、まだまだかなみちゃんに頼らないと……っ!?
「んっ……」
な、なにこれ!?
ゆめちゃんのきれいなかおがっ!?めのまえ!?!?
というか、唇柔らかい!?いいかおりがする!!え!?キスしてる!?
「ふぅ……」
「ゆ、ゆめちゃん!?い、いきなり、きす!?」
「勿論、かなみはわたしの愛する恋人で幼馴染だよ」
「ひゅっ!?そ、そんなストレートに……!」
「でも、彩香だってわたしの愛する恋人で先輩なの。だから、そうやって自分を下げないで」
「ひゃ、ひゃい……」
イ、イケメン過ぎる……!
カッコよくて可愛くて綺麗とか!!由芽ちゃん何者なの!?
「かなみも!」
「あ、あたし、何も言って……、んむぅ……!?」
「絶対に、自分を下げたりしないでね?」
「ひゃ、ひゃいぃ……」
かなみちゃんまで、私の流れ弾でKOされちゃった……。
ついこの前まで、由芽ちゃんって絶対誘い受けだってかなみちゃんと話してたのに!
「……えへへ、大好きだよ2人とも」
幸せで、頭がどうにかなっちゃいそうだよっ!!
▽
「あ、凛だ!やっほー!」
「げ、由芽……」
祥子さんは、予備日として千秋楽の翌日までわたし達のスケジュールを抑えていたようで。
わたしと凛には、劇団シラユキの社長室まで来てほしいという声がかかっていた。
ちなみに後2時間もすれば、打ち上げでわたし達は屋形船にいる予定だ。
劇団シラユキのオフィスへ向かえば、廊下ですでに凛が待っていて。
というか、げって何!?めっちゃ失礼じゃない!?
「や・っ・ほ・ー・!!」
「ちょっ……!き、聞こえてるわよ!悪かったから、近寄りすぎないで!!」
「うむ、分かればよろしい!」
真っ赤にした顔を手で覆いながら、深いため息を1つ。
舞台初日の前日からだけど、なんだか凛のこういう仕草をよく見るようになった気がする。
「それにしても、わたし達だけ呼ぶなんてどうしたんだろ?次の舞台稽古が始まるの、まだ先だよね?」
「はぁ……、知らないわよ……。昨日の夜に聞いたけど、私もはぐらかされたし……」
「ふ~ん……」
「な、何よ?どうしてそんなニヤニヤしてるの?」
「んふふ♪凛が祥子さんと仲直り出来て良かったな~って♪」
わたしは結局何もできなかったけど、凛と祥子さんの仲は劇的に良くなったらしい。
祥子さんもなるべく家で食べるようになったらしいし、不器用ながらもこれまでのすれ違っていた時間を埋めようと頑張ってるそうで。
最初に会った頃はツンケンしていた凛も、今ではここまで丸くなった。
「そ、それで、どうして由芽がニヤニヤするのよ……」
「えへへ、嬉しいなぁ~って♪凛が楽しそうで、わたしはとっても嬉しいんだよ♪」
「っ……!そ、そう…………」
わたしの大親友が楽しそうなら、そりゃわたしも嬉しいに決まってるのに!
凛ってば、さては鈍感ちゃんだなぁ?
「…………その、ね?」
「うん?」
ん?どうしたんだろ?
いつもはきはき喋る凛が、こんなしどろもどろになるなんて。
「わ、私、由芽に、伝えたいことが──」
「あら、来てたのね2人とも。ごめんなさい、集中してて気づけなくて」
凛がそうやって何かを伝えてくれようとした瞬間、ガチャリと社長室の扉が開く。
そしてわたし達に気づいた祥子さんが、少女漫画もびっくりのタイミングで話しかけてきた。
「……えっと、タイミング悪かったかしら?」
「えっと、悪かったの?」
「わ、悪くなんてないわよ!!ほら、お母さんも早く話しましょう!!」
うーん、照れ隠しなのかな?顔真っ赤にしたまま、社長室に入って行っちゃったし。
「り、凛……。き、如月さん、私はどうすれば……」
「あはは……、大丈夫だと思いますよ。あの感じなら、きっと本気では怒ってないと思うので」
「そ、そうかしら……」
オロオロし始めた祥子さんに、一応のフォローを。
んふふっ、凛も祥子さんにあんな風に言えるようになったんだ♪遅れてきた、凛なりの反抗期なのかな♪
とはいえ、ほんとに何を伝えようとしてくれてたんだろ?
顔を真っ赤にして、目を潤ませて、声を震わせて。
あんなの、まるで──
「なんてね。凛に限って、それはないか!ほら、行きましょう祥子さん!」
「え、ええ……」
だって、凛はわたしの大親友だもん!
それに、こんな面倒くさい女を恋愛相手として見てくれるの、この世もあの世も含めて3人だけだと思うしね!
仮にもし、本当に兆が一、そうなってしまったとしたら。
わたしと凛はきっと、親友ではいられなくなってしまうから。
「という訳で、隣失礼っ♪」
「なにが、という訳なのかしら……!」
そうやって凛の隣にピタリと座れば、祥子さんはわたし達を見て微笑んだ。
祥子さんと凛って、表情見たらすごい血の繋がり感じるんだよね。
「まずは、《双翼》の公演お疲れ様。貴女達2人の主演のお陰で、舞台は無事に大成功よ。改めて、ありがとう」
「わたしは何も出来てないですよ。謙遜とかじゃなく、凛や皆が居なかったら成り立ってないですから」
「……私も、今回で自分の弱さを思い知ったから。皆に支えられなければ、この舞台は空中分解していたと思ってるわ」
わたしも凛も苦い顔をしながら、この舞台の稽古期間を思い返す。
最初こそ皆を支えようから始まったけど、結局演技面以外では逆に頼ってばかりで。
本番でだって迷惑かけたし、とても充実していたのは事実だけど……。
そんなわたし達の返答に、どういうわけか祥子さんは穏やかに微笑む。
「…………ふふっ。ええ、きっと貴女達の言うとおり。カリスマや演技力をどれだけ有していても、貴女達にはまだ経験が圧倒的に足りない。それをきちんと自覚できているから、私は凛と如月さんを主演に据えようと思ったのよ」
そう言いながら、祥子さんはプロジェクターを起動させた。
壁に映し出されたのは、表題を見るに今回の舞台のデータっぽい?
「チケットやスポンサー契約、ライブ配信での収入は見ての通り。初日の反響もあって、色んな所から再上演すべきって声も上がってる。まぁ、その予定はないけれどね」
う、うわぁ……。
なんかこういうお金系の話とか、めっちゃ生々しい話に思える……。
見たことない金額がズラーっと並んでるし、これ本当にわたし達が把握してもいいやつ?
「えっと、どうしてこれをわたしと凛に?」
「観客の感想や評価だけじゃ、曖昧な成果としてしか認識できないでしょう?特に貴女たち二人は、そういった曖昧な評価にはあまり見向きしない。こういう確かなデータこそ、如月由芽と高崎凛には糧になると思ったのよ」
「な、なるほど……」
祥子さんの言ってることは確かに当たっていて、わたしも凛もお客さんの評価はあまり気にない方針だった。
舞台上では、観客の心をどう掴んでいくかは必要なんだけどね。
「貴女たち以外だと、今回の舞台では細川さんもかしら。どの情報を誰に渡すかの選択は貴女達もこれから必要になると思うから、覚えていてね」
せんせとは違う、合理と知力の演出家。情報の取捨選択と、誰に渡すかの采配。
なるほど。せんせは、祥子さんのこういう部分をわたしに学んでほしかったんだね。
「……貴女達には、とても期待しているの。今回の舞台、もう少し私が干渉しなくちゃいけないと思っていたのに。むしろ私が干渉し過ぎれば、今回の舞台は成立しなかった」
プロジェクターの映像を消して、祥子さんは改めてわたし達に向き合う。
「どの面から考えても、間違いなくこの《双翼》は私の代表作ね。本当に、貴女達を誇りに思うわ」
そう言ってくれた祥子さんは、見惚れるくらいに綺麗な笑顔で。
いつだったかわたしが宣言したことを、祥子さんは覚えててくれたのかな。
この舞台を貴女の代表作にするって、それは凛とだから出来るんだって。
結果的にわたし達だけじゃ無理だったけど、祥子さんは凛を正しく評価してくれた。
「えへへ、ありがとうございま……っ!?り、凛!?」
「ありがとう、ありがとう……!わた、私っ、由芽と出会えて、よかったぁ…………!」
いきなり抱き着いてきた凛は、珍しくボロボロ泣いていて。
きっと祥子さんのその言葉は、ようやく凛の努力が報われた事の証明でもあったから。
「うん!わたしも、凛と出会えて幸せだよっ!」
まだたった半年に満たない、短い交友期間。
でも、凛の寂しがりやな部分も、ツンデレな性格も、情が深いところも。わたしは沢山見てきた。
そんな大親友の事を、とても愛おしく思ってしまう。
苦しい事も、辛い事も、楽しい事も、嬉しい事も。
この舞台で、わたし達は誰よりも密に共有してきた。
歪な出会いから大親友になった私と凛は、確かにこの舞台では共犯者だったんだ。
も~、ぐすぐす泣いちゃって可愛いなぁ。
こんな姿見てたら、無性に甘やかしたくなっちゃ……、え!?
「な、なんで祥子さんまで泣いてるんですか!?」
「ご、ごめんなさい……。その、凛に、こんないい友達が出来ていたなんて……!り、凛の事、これからも末永くよろしくね……っ!」
「は、はぁ……」
う、ううん、流石に泣いてる人が2人は気まずい……。
いやまぁ、とても嬉しくはあるんだけどね?
嬉しくはあるんだけど、流石に荷が重いというか……!
「よし、行きましょう!凛、如月さん!!」
「え゛っ!?い、行くってどこへ?」
「少し早いけど、今から行けばちょうど屋形船のレンタル開始時間くらいよ。少し早いけど、それくらいはいいでしょう」
「お、お母さん?」
「今日は打ち上げだもの!沢山飲むわ!!」




