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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第2章 《双翼》と天才役者編

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第61話 演目《双翼》 楽

 苦しくて、でも永遠に見ていたくなる舞台。

 アリアの激情に心を打たれ、レイアの覚悟に目が離せない。


 そんな舞台も、もうじき終わりを迎えてしまいます。


『……ねぇ、レイア。さっきのあいつが言っていた事、本当なの?』

『…………それ、は』


 名もなき司祭が残した、最悪のネタばらし。

 彩香さんの芝居は少し見ない間に急成長をしていて、この舞台に相応しい役者として演技をできていました。

 あれで本格的に芝居を始めてまだ1年経っていないんですから、天才もいいところですけど。


 そんな最悪のネタばらしから始まるのは、この舞台の目玉の一つ。

 元凶を前にしたアリアと、友人を傷つけたくないレイアの殺し合い。


 だけど、大丈夫ですか凛ちゃん?


 一昨日の時点では、凛ちゃんとゆーちゃんの間には明確に差がありました。

 もし一昨日の再演になってしまえば、私たち観客の目はアリアを見なくなってしまう可能性すらあって。

 そうなれば、W主人公のこの舞台で一方の光が強くなりすぎてしまう。


 凛ちゃんの性格から鑑みても、ゆーちゃんの手抜きを許すことはない。

 そしてゆーちゃんも、凛ちゃんの事を信頼しきって手を抜くことはない。

 

「凛ちゃん、ゆーちゃん……」


 今はただ、見守るしかありませんね。

 私の親友たちが、この舞台をどう成功させるかを。





 数日間だけどマンツーマンで教えた芝居の師匠として、柊さんの演技には感動させられた。

 最初の頃はどれだけフォローしなくちゃいけないんだろうと思っていたのに、さっきの場面ではほとんどフォローなしで演じてくれて。


 由芽が目をかけるのも分かる、成長の早い特別な才能。

 まだまだ下にいるはずなのに、油断すれば即座に喰われそうな恐怖。

 私や由芽、ひなのとも違う、完全な感覚型の演技技法。

 ふふっ、これからの楽しみが一つ増えたわね。


 さて、問題はここからかしら。


『……ねぇ、レイア。さっきのあいつが言っていた事、本当なの?』

『…………それ、は』


 もう名もなき司祭は舞台から姿を消して、今はレイアと2人きり。

 そしてここからの芝居は、この舞台の目玉の1つ。


 殺陣を用いての、アリアとレイアの殺し合い。

 つまりは、一昨日の私と由芽の最終稽古の再演。


『嘘よね。あんな戯言は、…………嘘なのよね?』


 私を信頼しきっている以上、由芽は間違いなく今の自分の最高の芝居をぶつけてくる。

 

 真っ向からのその芝居と対等に渡り合うには、私の持ち札じゃ力不足。

 なら受けに回る?いいえ、この場面ではむしろ私が攻めに回らなきゃ意味がない。

 …………結局一晩考え続けても出なかった答えに、この土壇場で答えを出せるわけがないか。

 

 ああもう、不甲斐ないっ!

 どれだけ頭を働かせても、どれだけ自分の意のままに身体を動かせても、それが結果に繋がらなきゃ意味なんてないのに!


 もうこの舞台で、私が差し出せるものなんて──


『…………わたしは、施設の皆が大好きだった』


 ──は?


『だから、助けたい一心だったの。もう酷い事をされる皆を見るのは、わたしには無理だったから』

『なに、を…………』


 ここでアドリブ!?

 アリアはレイアの細かな事情を知らずに、それでもレイアを親友として心中する役でしょう!?

 それなのに、ここでレイアが自分を開示したらそのシナリオが──


『……ねぇ、アリア。わたしは、どうしたら良かったのかなぁ……?』


 泣きながら自分の体を抱きしめて、レイアはそう問いかけてくる。


 明らかに逸脱してしまったこの脚本に、観客の心が舞台から少しだけ離れるのが分かった。

 だって、こんなシナリオは私も見たことがないもの。

 こんな状況で、どうやって……。


『……………………ふざけ、ないで』


 いいえ、そうじゃない。


 あの如月由芽が、舞台を潰すことなんてありえない。

 責任感のある彼女が、他の皆を巻き込む自爆なんてするはずがない。


『貴女の事情なんて、知ったことじゃない!!貴女のその感情ひとつで、どうして私たちまで苦しまなければいけないの!?』


 これは、由芽からのメッセージだ。


 俯瞰視で疑似的に予測が出来る由芽が、私の予備動作から思考を推測した結果。

 私に対しての、普通の役者なら潰されかねないキラーパス。


〖わたしと、ずっとライバルでい続けて!!ずっと傍にいて!!〗 

 

 本当に、無茶ぶりにも程がある!

 私の事をどれだけ好きで信頼していたら、こんな事が出来るのかしら……!

 

『私は、元凶を許さない!!例え……っ、レイアでもっ!!』

『……そう、だよね』


 足元の鉄パイプを拾って、レイアを真正面から見据える。

 

 彼女は決して、同情を誘いたかったわけじゃない。

 ただ純粋に、聞きたかっただけ。

 どうすれば良かったのかを、親友のアリアから。


 そうなのね。レイア(由芽)には、そんな弱い部分も存在していたのね。


 解釈が広がれば、私はそれを糧に芝居を見直せる。

 再構築して、最適な演技技法と技術さえ用意できれば、由芽にだって負けはしない!


『でも、わたしは──』


 レイアへの、元凶への憎しみにより深い同情を。

 助けてくれた親友への感謝に、より深い暖かな気持ちを。


 私を大好きでいてくれる彼女に、最大級の愛を。


『……っづ!!あああぁぁあぁあああ!!!』


 憎くて憎くてたまらない!!

 愛おしくて愛おしくてたまらない!!

 殺したくて、ずっと傍に居たくて、手足を捥いであげたくて、その綺麗な髪を撫でてあげたくて!!


 だから、だから……っ!



『お願いだから死んで(死なないで)!!レイア!!』





「由芽ちゃん!?凛ちゃんも、急にあんなアドリブ──」

「…………なるほどね。れいさん、祥子さん、少しいいですか!?」

「うん。凛ちゃんも由芽ちゃんも、ほんとにやんちゃだな~」

「ええ。これは、公演が終われば反省会ね」


 そう言いながらも、3人は楽しそうに話しだす。

 他の役者の皆さんも、私以外は楽しそうに舞台を見つめるばかり。


 だ、だって、さっきの会話も今の攻防中の2人の会話も、台本にはなかったよね!?

 アリアって確か、レイアの暗い事情を知ることはないんじゃ……。


 でも、2人は確かに殺しあっているはずなのに。

 表情も、身体から立ち上る雰囲気も、そんなことはないはずなのに……。


『もう、もう止めてよアリア!!わたし、アリアとこんな──』

『うるさい!!だったら大人しくしろ!!』


 由芽ちゃんの流麗で余裕のある芝居と、凛ちゃんの泥臭く輝くような芝居。

 どちらにも目を惹かれる強さと弱さがあって、派手な殺陣すら舞のよう。


 傍目から見ても、その芝居達に優劣なんて存在していなくて。


 なんて──


「楽しそう……」

「ですよね。ほんとに、どこまで芝居バカなんだか」

「かなみちゃん!」

「これ、ざっくりと頭に入れてください」


 そう言うかなみちゃんに手渡された台本には、今の由芽ちゃん達の芝居に沿った修正がされていて。

 でも、大筋は変わってない?私の台詞にも修正なさそうだし。


「台詞が変わったのは由芽と高崎ちゃんだけ。皆さんには、その概要に目を通しておいてほしいだけです」

「そ、そうなんだ?」

「公演が始まる前、あたしとれいさんは由芽に言われてたんですよ。いつでも動ける準備してて下さいって」

「うわぁ……」


 いやでも、だからってこの極短時間でシナリオを詰めれるってどういう事??

 プロの脚本家の真白さんはともかく、かなみちゃんもそれを察知してすぐ動いたってことだよね??


「…………かなみちゃんって、由芽ちゃんと似た者どうしだったんだね」

「え?何の話ですか?」


 天城先生の、唯一の裏方での弟子なんだもんね。

 かなみちゃんも、やっぱり天才側だったかぁ……。

 

「もうすぐ2人の殺陣も終わります。そうなったら、後はラストまで一直線ですよ!」

「う、うん……。よし、頑張らなきゃね!!」





「信頼って言葉、あんまり振り回し過ぎない方がいいと思うよ?」


 小さいわたしは、わたしの全力の芝居にニコニコしながらそう呟く。


 勿論、それくらいは分かってますとも。

 意識的にわたしがその言葉を使う時は、ちゃんと理由があるってキミも知ってるでしょ?


「知ってるよ?だから忠告だけ。今のわたしに言っても、お芝居が終わったら忘れてるでしょ?」


 まぁね!ぶっちゃけ、キミとこうして話すのもちょっとキツイところがあるし!!


『……どうして、貴女がいるの?貴女は、わたしを殺すんでしょう?』

『そうよ。レイアは…………、私が殺してあげる。……だから、絶対に死なせない』

『アリ、ア……』


 今だって、こうして凛と彩香との芝居の真っ最中だし。

 もちろん彩香も凄いけど、何より凛の芝居の伸びが尋常じゃないもん。


「んふふ、自分で塩送ったくせに♪」


 だって、凛にはずっとライバルでいてほしいんだもん!

 というか、わたしのあの無茶なアドリブによくついてこれたよね。

 そのお陰か、凛の表現力がさらに上がってるわけだけど。


 わたしの予想通り、わたしと凛の間に技術的なものの差はほとんどなくて。

 わたしが凛を一時的に上回っていたのは、ただ純粋な役への理解度と想像力だけ。


「その二つが同じくらいになれば、もう差なんてない、かぁ」


 そうだね。あげく、今ではわたしの演技力の方が下がり始めてるし。


「1年間、役者を辞めてたブランクが効いてきてるね♪その体力低下にプラスして、プレッシャーと連日の睡眠不足もかな!この舞台が終わるころには、彩香と一緒にヘロヘロになってるね!」


 本当にそうだね……。

 彩香も今は憑依演技のお陰で余裕そうに見えるけど、さっき会った舞台袖ではかなり疲れてそうだったし。


 あーあ、明日は公演が休みで良かった!この後出し切っても何とかなるし!

 帰ったら、わたしと彩香の体力の配分考え直さないと!


『レイア?……っ、レイア!?』

『あ、はは、ごめんね。足に力、入らなくって』


 ここが、レイアの贖罪の旅の終着点。黒幕を殺した安堵と一緒に、力なくへたり込む。

 よかった、劇の展開と上手くリンクしてくれて。

 正直、もう立ってるの辛いかも。


『……………………もう、疲れちゃったなぁ』


 涙を流して、そんな弱音を1つだけ。

 お客さんたちがその言葉で息を飲んだのが見えたから、わたしの心は少し軽くなる。


 無茶なアドリブで、わたしの力不足で、舞台が壊れないで良かった。

 祥子さんとれいさんとかなみには、後でいっぱい叱られないと。


『そんな……っ!ふざけないでよ!!』

『……えへへ、ごめんね。アリアの方が、あんな致命傷を受けて辛いはずなのに』


 あ、凛には見抜かれてるね、これ。

 わたしを支える腕に、お芝居じゃない心配が混ざってるのに気づいちゃった。


 これは、わたしの負けかな。

 本番中に心配させて、今は演技力でも上回られてるような気もするし。


 というか、凛ってば天才過ぎだよ。

 わたしはきっかけを投げただけなのに、急激に芝居の質が上がるんだもん。


 どんな役でも、その場で最適な演技技法を作ることのできる才能かぁ。

 いいなぁ、私も欲しいなぁ。


『わたし、アリアに殺してほしい。わたしも、きっともう長くないから』


 そんなないものねだりは頭の隅へ。

 ここから先は静かな芝居の応酬だから、感情は抑えめのやつを選んで──


『……いや』


 ──え?


『どうしてレイアを殺さないといけないのよ!!そんな、だって、貴女は……!!』


 大粒の涙を流しながら、とても悲しそうな表情。

 でも、それはダメだよ凛。お客さんに見えづらいし、その台詞は新しい台本にもないよ?


『あんなに恨んでたでしょ?アリアももう長くないんだから、早く──』

『できないわよ!!』


 あ、れ?これ、もしかして本物の涙……?


 役に吞まれてる……、感じじゃなさそうだし。

 アドリブにしたって、こんな合理性の薄いアドリブを凛がするわけ……。

 と、とりあえず、お客さんに分かり易くしないと!


『できないに決まってるじゃない!!たった一人の大親友を、大好きな相手を、愛している相手を!!』

『終わらせなきゃ、だよ。……わたしの贖罪の旅も、アリアの復讐の旅も。きっと、ここが終着点なんだよ』


 へたり込んだまま、目の前にあるアリアの頬へ手を添える。

 暖かな涙は、それでも止まってくれはしないけど。


『アリアの中にはちゃんとあるはずだよ。わたしを殺したいっていう、立派な復讐心』


 うん、頬に添えた手から凛の感情が収まっていくのが分かる。

 それにしても、急にどうしたのかな?アドリブをするにしても、何らかの合図があるはずなのに。


『復讐……』

『もうじき、わたしの視力は消えていく。だから、何も見えなくなる前に殺してほしいの。最後に見るのがアリアなら、それはとても幸せ──』



『私は!!………レイアと、この先を生きたかった』



 静かに、ゆっくりと。

 わたしの手に、涙が再度流れ落ちる。


『こんな世界でも、きっと楽しい事は沢山あって……!レイアと一緒なら、きっと……』


〖ゆーちゃん!次はあっちの乗り物行こっ!〗

〖あはは、楽しいねゆーちゃん!それじゃあ、デート続行!〗

〖どれだけお芝居が大変でも、ゆーちゃんがいてくれればいつだって私は幸せだよ!〗


 だめ、溢れないで。

 お願いだから、溢れたら制御が効かなくなっちゃうから。


〖ゆーちゃんは、私にとっての自慢だよ〗

〖さっきのお芝居どうだった!?私としては~〗


 アリアの感情がわたしと重なるなんて。

 わたしはレイアなのに、アリアの辛さを心の底から理解してしまうなんて。

 


〖──愛してるよ、ゆーちゃん〗


 

 ……好き。大好き、愛してる。



 そんなありきたりな言葉じゃ、せなお姉ちゃんへの感情は表現出来ない。

 それくらいに、わたしはせなお姉ちゃんを求め続ける。

 きっと、この先死ぬまで。


 彩香やかなみとは、生きている恋人とは違う。

 せなお姉ちゃんという、死んでしまった(殺してしまった)恋人への後悔。


 アリアはなんて言って欲しい?

 わたしは、なんて言って欲しかった?


 もし、わたしとせなお姉ちゃんがこの場面と同じ状況だったら。



 わたしは──



『わたしも、アリア(ゆーちゃん)と一緒に生きたかった……!』



 もうこの場面では、絶対に叶うことのない小さな願い。


 気づくのが遅すぎて、今際の際に願ってしまう。

 そんな不器用な女の子達の物語が《双翼》なのだと、わたしはようやく心の底から理解した。


『死にたくなんてない!殺して欲しくなんてない!!だけど、もうダメなの!!!』

『レイア……』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!間違えたわたしが、人殺しのわたしが!こんな事を思ってしまって、ごめんなさい……!』


 誰に謝っているのかなんて分からない。

 でもその身勝手な謝罪は、初めてのレイアが発した本音だと思うから。


『…………お願い、アリア。こんな、どうしようもないわたしだから』

『……ええ』



『せめて最期は、正しくありたい……』



 身勝手な贖罪の旅の果てで、少女が願った最期。


 そんな身勝手に答えてくれるのは、たった1人だけなんだよね。


『……もう、本当に。レイアはいつだって、世話が焼けるんだから』


 そう言いながら、アリアは傍に落ちていたナイフを持つ。


 いつだってアリアと共にあった、お守り代わりのサバイバルナイフ。

 座る事すら出来なくなったわたしに膝枕をして、穏やかに微笑んで。


『まだ、レイアの口から聴いてない。だから聴かせて?レイアの、私への想い』

『……えへへ、恥ずかしいね。でも、言わなきゃだもんね』


 せなお姉ちゃんが辛かった時、言って欲しかった言葉は決まってる。

 こんな場面が来た時、せなお姉ちゃんから、彩香から、かなみから、大好きな人達から。

 言って欲しい言葉は、とっくに決まってる。



『大好きだよ、アリア。だから、…………一緒に死のう?』



 そんな言葉に、アリアは心底嬉しそうに笑った。

 その笑顔は見惚れるほどに美しくて、何よりも眩しく思えた。


『あれ?ありあ……、どこ?』

『貴女、目が……っ!ほら、ここに居るわよ……』

『あ……。えへへ、ほんとだ。だーいすきなありあが、そこにいる』

『……ええ、今だけじゃない。死んでも、来世でも。ずっと一緒よ』


 胸元にはナイフが、わたしの顔には凛の顔が近づく。

 あはは、凛の顔に迷いなんてなさそうだね。


 彩香とかなみには、沢山謝らないと。


『愛してる。少しだけ、待っててね』

『……うん。待ってるね』


 心臓にかかる偽物のナイフの感触と、お互いの吐息が絡まりあう感覚。



 そしてほんの少しだけ、わたしと凛の唇が触れあった。



 そうして、舞台の幕は降りる。

 世界を壊した我儘な少女と、復讐に生きた普通の少女。



 この舞台は、そんな不器用な少女達の物語だった。



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