第61話 演目《双翼》 楽
苦しくて、でも永遠に見ていたくなる舞台。
アリアの激情に心を打たれ、レイアの覚悟に目が離せない。
そんな舞台も、もうじき終わりを迎えてしまいます。
『……ねぇ、レイア。さっきのあいつが言っていた事、本当なの?』
『…………それ、は』
名もなき司祭が残した、最悪のネタばらし。
彩香さんの芝居は少し見ない間に急成長をしていて、この舞台に相応しい役者として演技をできていました。
あれで本格的に芝居を始めてまだ1年経っていないんですから、天才もいいところですけど。
そんな最悪のネタばらしから始まるのは、この舞台の目玉の一つ。
元凶を前にしたアリアと、友人を傷つけたくないレイアの殺し合い。
だけど、大丈夫ですか凛ちゃん?
一昨日の時点では、凛ちゃんとゆーちゃんの間には明確に差がありました。
もし一昨日の再演になってしまえば、私たち観客の目はアリアを見なくなってしまう可能性すらあって。
そうなれば、W主人公のこの舞台で一方の光が強くなりすぎてしまう。
凛ちゃんの性格から鑑みても、ゆーちゃんの手抜きを許すことはない。
そしてゆーちゃんも、凛ちゃんの事を信頼しきって手を抜くことはない。
「凛ちゃん、ゆーちゃん……」
今はただ、見守るしかありませんね。
私の親友たちが、この舞台をどう成功させるかを。
▽
数日間だけどマンツーマンで教えた芝居の師匠として、柊さんの演技には感動させられた。
最初の頃はどれだけフォローしなくちゃいけないんだろうと思っていたのに、さっきの場面ではほとんどフォローなしで演じてくれて。
由芽が目をかけるのも分かる、成長の早い特別な才能。
まだまだ下にいるはずなのに、油断すれば即座に喰われそうな恐怖。
私や由芽、ひなのとも違う、完全な感覚型の演技技法。
ふふっ、これからの楽しみが一つ増えたわね。
さて、問題はここからかしら。
『……ねぇ、レイア。さっきのあいつが言っていた事、本当なの?』
『…………それ、は』
もう名もなき司祭は舞台から姿を消して、今はレイアと2人きり。
そしてここからの芝居は、この舞台の目玉の1つ。
殺陣を用いての、アリアとレイアの殺し合い。
つまりは、一昨日の私と由芽の最終稽古の再演。
『嘘よね。あんな戯言は、…………嘘なのよね?』
私を信頼しきっている以上、由芽は間違いなく今の自分の最高の芝居をぶつけてくる。
真っ向からのその芝居と対等に渡り合うには、私の持ち札じゃ力不足。
なら受けに回る?いいえ、この場面ではむしろ私が攻めに回らなきゃ意味がない。
…………結局一晩考え続けても出なかった答えに、この土壇場で答えを出せるわけがないか。
ああもう、不甲斐ないっ!
どれだけ頭を働かせても、どれだけ自分の意のままに身体を動かせても、それが結果に繋がらなきゃ意味なんてないのに!
もうこの舞台で、私が差し出せるものなんて──
『…………わたしは、施設の皆が大好きだった』
──は?
『だから、助けたい一心だったの。もう酷い事をされる皆を見るのは、わたしには無理だったから』
『なに、を…………』
ここでアドリブ!?
アリアはレイアの細かな事情を知らずに、それでもレイアを親友として心中する役でしょう!?
それなのに、ここでレイアが自分を開示したらそのシナリオが──
『……ねぇ、アリア。わたしは、どうしたら良かったのかなぁ……?』
泣きながら自分の体を抱きしめて、レイアはそう問いかけてくる。
明らかに逸脱してしまったこの脚本に、観客の心が舞台から少しだけ離れるのが分かった。
だって、こんなシナリオは私も見たことがないもの。
こんな状況で、どうやって……。
『……………………ふざけ、ないで』
いいえ、そうじゃない。
あの如月由芽が、舞台を潰すことなんてありえない。
責任感のある彼女が、他の皆を巻き込む自爆なんてするはずがない。
『貴女の事情なんて、知ったことじゃない!!貴女のその感情ひとつで、どうして私たちまで苦しまなければいけないの!?』
これは、由芽からのメッセージだ。
俯瞰視で疑似的に予測が出来る由芽が、私の予備動作から思考を推測した結果。
私に対しての、普通の役者なら潰されかねないキラーパス。
〖わたしと、ずっとライバルでい続けて!!ずっと傍にいて!!〗
本当に、無茶ぶりにも程がある!
私の事をどれだけ好きで信頼していたら、こんな事が出来るのかしら……!
『私は、元凶を許さない!!例え……っ、レイアでもっ!!』
『……そう、だよね』
足元の鉄パイプを拾って、レイアを真正面から見据える。
彼女は決して、同情を誘いたかったわけじゃない。
ただ純粋に、聞きたかっただけ。
どうすれば良かったのかを、親友のアリアから。
そうなのね。レイアには、そんな弱い部分も存在していたのね。
解釈が広がれば、私はそれを糧に芝居を見直せる。
再構築して、最適な演技技法と技術さえ用意できれば、由芽にだって負けはしない!
『でも、わたしは──』
レイアへの、元凶への憎しみにより深い同情を。
助けてくれた親友への感謝に、より深い暖かな気持ちを。
私を大好きでいてくれる彼女に、最大級の愛を。
『……っづ!!あああぁぁあぁあああ!!!』
憎くて憎くてたまらない!!
愛おしくて愛おしくてたまらない!!
殺したくて、ずっと傍に居たくて、手足を捥いであげたくて、その綺麗な髪を撫でてあげたくて!!
だから、だから……っ!
『お願いだから死んで!!レイア!!』
▽
「由芽ちゃん!?凛ちゃんも、急にあんなアドリブ──」
「…………なるほどね。れいさん、祥子さん、少しいいですか!?」
「うん。凛ちゃんも由芽ちゃんも、ほんとにやんちゃだな~」
「ええ。これは、公演が終われば反省会ね」
そう言いながらも、3人は楽しそうに話しだす。
他の役者の皆さんも、私以外は楽しそうに舞台を見つめるばかり。
だ、だって、さっきの会話も今の攻防中の2人の会話も、台本にはなかったよね!?
アリアって確か、レイアの暗い事情を知ることはないんじゃ……。
でも、2人は確かに殺しあっているはずなのに。
表情も、身体から立ち上る雰囲気も、そんなことはないはずなのに……。
『もう、もう止めてよアリア!!わたし、アリアとこんな──』
『うるさい!!だったら大人しくしろ!!』
由芽ちゃんの流麗で余裕のある芝居と、凛ちゃんの泥臭く輝くような芝居。
どちらにも目を惹かれる強さと弱さがあって、派手な殺陣すら舞のよう。
傍目から見ても、その芝居達に優劣なんて存在していなくて。
なんて──
「楽しそう……」
「ですよね。ほんとに、どこまで芝居バカなんだか」
「かなみちゃん!」
「これ、ざっくりと頭に入れてください」
そう言うかなみちゃんに手渡された台本には、今の由芽ちゃん達の芝居に沿った修正がされていて。
でも、大筋は変わってない?私の台詞にも修正なさそうだし。
「台詞が変わったのは由芽と高崎ちゃんだけ。皆さんには、その概要に目を通しておいてほしいだけです」
「そ、そうなんだ?」
「公演が始まる前、あたしとれいさんは由芽に言われてたんですよ。いつでも動ける準備してて下さいって」
「うわぁ……」
いやでも、だからってこの極短時間でシナリオを詰めれるってどういう事??
プロの脚本家の真白さんはともかく、かなみちゃんもそれを察知してすぐ動いたってことだよね??
「…………かなみちゃんって、由芽ちゃんと似た者どうしだったんだね」
「え?何の話ですか?」
天城先生の、唯一の裏方での弟子なんだもんね。
かなみちゃんも、やっぱり天才側だったかぁ……。
「もうすぐ2人の殺陣も終わります。そうなったら、後はラストまで一直線ですよ!」
「う、うん……。よし、頑張らなきゃね!!」
▽
「信頼って言葉、あんまり振り回し過ぎない方がいいと思うよ?」
小さいわたしは、わたしの全力の芝居にニコニコしながらそう呟く。
勿論、それくらいは分かってますとも。
意識的にわたしがその言葉を使う時は、ちゃんと理由があるってキミも知ってるでしょ?
「知ってるよ?だから忠告だけ。今のわたしに言っても、お芝居が終わったら忘れてるでしょ?」
まぁね!ぶっちゃけ、キミとこうして話すのもちょっとキツイところがあるし!!
『……どうして、貴女がいるの?貴女は、わたしを殺すんでしょう?』
『そうよ。レイアは…………、私が殺してあげる。……だから、絶対に死なせない』
『アリ、ア……』
今だって、こうして凛と彩香との芝居の真っ最中だし。
もちろん彩香も凄いけど、何より凛の芝居の伸びが尋常じゃないもん。
「んふふ、自分で塩送ったくせに♪」
だって、凛にはずっとライバルでいてほしいんだもん!
というか、わたしのあの無茶なアドリブによくついてこれたよね。
そのお陰か、凛の表現力がさらに上がってるわけだけど。
わたしの予想通り、わたしと凛の間に技術的なものの差はほとんどなくて。
わたしが凛を一時的に上回っていたのは、ただ純粋な役への理解度と想像力だけ。
「その二つが同じくらいになれば、もう差なんてない、かぁ」
そうだね。あげく、今ではわたしの演技力の方が下がり始めてるし。
「1年間、役者を辞めてたブランクが効いてきてるね♪その体力低下にプラスして、プレッシャーと連日の睡眠不足もかな!この舞台が終わるころには、彩香と一緒にヘロヘロになってるね!」
本当にそうだね……。
彩香も今は憑依演技のお陰で余裕そうに見えるけど、さっき会った舞台袖ではかなり疲れてそうだったし。
あーあ、明日は公演が休みで良かった!この後出し切っても何とかなるし!
帰ったら、わたしと彩香の体力の配分考え直さないと!
『レイア?……っ、レイア!?』
『あ、はは、ごめんね。足に力、入らなくって』
ここが、レイアの贖罪の旅の終着点。黒幕を殺した安堵と一緒に、力なくへたり込む。
よかった、劇の展開と上手くリンクしてくれて。
正直、もう立ってるの辛いかも。
『……………………もう、疲れちゃったなぁ』
涙を流して、そんな弱音を1つだけ。
お客さんたちがその言葉で息を飲んだのが見えたから、わたしの心は少し軽くなる。
無茶なアドリブで、わたしの力不足で、舞台が壊れないで良かった。
祥子さんとれいさんとかなみには、後でいっぱい叱られないと。
『そんな……っ!ふざけないでよ!!』
『……えへへ、ごめんね。アリアの方が、あんな致命傷を受けて辛いはずなのに』
あ、凛には見抜かれてるね、これ。
わたしを支える腕に、お芝居じゃない心配が混ざってるのに気づいちゃった。
これは、わたしの負けかな。
本番中に心配させて、今は演技力でも上回られてるような気もするし。
というか、凛ってば天才過ぎだよ。
わたしはきっかけを投げただけなのに、急激に芝居の質が上がるんだもん。
どんな役でも、その場で最適な演技技法を作ることのできる才能かぁ。
いいなぁ、私も欲しいなぁ。
『わたし、アリアに殺してほしい。わたしも、きっともう長くないから』
そんなないものねだりは頭の隅へ。
ここから先は静かな芝居の応酬だから、感情は抑えめのやつを選んで──
『……いや』
──え?
『どうしてレイアを殺さないといけないのよ!!そんな、だって、貴女は……!!』
大粒の涙を流しながら、とても悲しそうな表情。
でも、それはダメだよ凛。お客さんに見えづらいし、その台詞は新しい台本にもないよ?
『あんなに恨んでたでしょ?アリアももう長くないんだから、早く──』
『できないわよ!!』
あ、れ?これ、もしかして本物の涙……?
役に吞まれてる……、感じじゃなさそうだし。
アドリブにしたって、こんな合理性の薄いアドリブを凛がするわけ……。
と、とりあえず、お客さんに分かり易くしないと!
『できないに決まってるじゃない!!たった一人の大親友を、大好きな相手を、愛している相手を!!』
『終わらせなきゃ、だよ。……わたしの贖罪の旅も、アリアの復讐の旅も。きっと、ここが終着点なんだよ』
へたり込んだまま、目の前にあるアリアの頬へ手を添える。
暖かな涙は、それでも止まってくれはしないけど。
『アリアの中にはちゃんとあるはずだよ。わたしを殺したいっていう、立派な復讐心』
うん、頬に添えた手から凛の感情が収まっていくのが分かる。
それにしても、急にどうしたのかな?アドリブをするにしても、何らかの合図があるはずなのに。
『復讐……』
『もうじき、わたしの視力は消えていく。だから、何も見えなくなる前に殺してほしいの。最後に見るのがアリアなら、それはとても幸せ──』
『私は!!………レイアと、この先を生きたかった』
静かに、ゆっくりと。
わたしの手に、涙が再度流れ落ちる。
『こんな世界でも、きっと楽しい事は沢山あって……!レイアと一緒なら、きっと……』
〖ゆーちゃん!次はあっちの乗り物行こっ!〗
〖あはは、楽しいねゆーちゃん!それじゃあ、デート続行!〗
〖どれだけお芝居が大変でも、ゆーちゃんがいてくれればいつだって私は幸せだよ!〗
だめ、溢れないで。
お願いだから、溢れたら制御が効かなくなっちゃうから。
〖ゆーちゃんは、私にとっての自慢だよ〗
〖さっきのお芝居どうだった!?私としては~〗
アリアの感情がわたしと重なるなんて。
わたしはレイアなのに、アリアの辛さを心の底から理解してしまうなんて。
〖──愛してるよ、ゆーちゃん〗
……好き。大好き、愛してる。
そんなありきたりな言葉じゃ、せなお姉ちゃんへの感情は表現出来ない。
それくらいに、わたしはせなお姉ちゃんを求め続ける。
きっと、この先死ぬまで。
彩香やかなみとは、生きている恋人とは違う。
せなお姉ちゃんという、死んでしまった恋人への後悔。
アリアはなんて言って欲しい?
わたしは、なんて言って欲しかった?
もし、わたしとせなお姉ちゃんがこの場面と同じ状況だったら。
わたしは──
『わたしも、アリアと一緒に生きたかった……!』
もうこの場面では、絶対に叶うことのない小さな願い。
気づくのが遅すぎて、今際の際に願ってしまう。
そんな不器用な女の子達の物語が《双翼》なのだと、わたしはようやく心の底から理解した。
『死にたくなんてない!殺して欲しくなんてない!!だけど、もうダメなの!!!』
『レイア……』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!間違えたわたしが、人殺しのわたしが!こんな事を思ってしまって、ごめんなさい……!』
誰に謝っているのかなんて分からない。
でもその身勝手な謝罪は、初めてのレイアが発した本音だと思うから。
『…………お願い、アリア。こんな、どうしようもないわたしだから』
『……ええ』
『せめて最期は、正しくありたい……』
身勝手な贖罪の旅の果てで、少女が願った最期。
そんな身勝手に答えてくれるのは、たった1人だけなんだよね。
『……もう、本当に。レイアはいつだって、世話が焼けるんだから』
そう言いながら、アリアは傍に落ちていたナイフを持つ。
いつだってアリアと共にあった、お守り代わりのサバイバルナイフ。
座る事すら出来なくなったわたしに膝枕をして、穏やかに微笑んで。
『まだ、レイアの口から聴いてない。だから聴かせて?レイアの、私への想い』
『……えへへ、恥ずかしいね。でも、言わなきゃだもんね』
せなお姉ちゃんが辛かった時、言って欲しかった言葉は決まってる。
こんな場面が来た時、せなお姉ちゃんから、彩香から、かなみから、大好きな人達から。
言って欲しい言葉は、とっくに決まってる。
『大好きだよ、アリア。だから、…………一緒に死のう?』
そんな言葉に、アリアは心底嬉しそうに笑った。
その笑顔は見惚れるほどに美しくて、何よりも眩しく思えた。
『あれ?ありあ……、どこ?』
『貴女、目が……っ!ほら、ここに居るわよ……』
『あ……。えへへ、ほんとだ。だーいすきなありあが、そこにいる』
『……ええ、今だけじゃない。死んでも、来世でも。ずっと一緒よ』
胸元にはナイフが、わたしの顔には凛の顔が近づく。
あはは、凛の顔に迷いなんてなさそうだね。
彩香とかなみには、沢山謝らないと。
『愛してる。少しだけ、待っててね』
『……うん。待ってるね』
心臓にかかる偽物のナイフの感触と、お互いの吐息が絡まりあう感覚。
そしてほんの少しだけ、わたしと凛の唇が触れあった。
そうして、舞台の幕は降りる。
世界を壊した我儘な少女と、復讐に生きた普通の少女。
この舞台は、そんな不器用な少女達の物語だった。




