第59話 演目《双翼》 初
この舞台の冒頭は、レイアとアリアの一人語りから始まる。
原作の小説にはないこの語りの目的は二つ。
一つは、2時間と少ししかない舞台版で、観客に現在のあらましを説明する為。
これは今までのどの劇団の公演でも変わらない。
二つ目は、レイアとアリアの一人芝居で観客を魅了する為。
重要度で言えばあらましの説明の方が高いけど、舞台のクオリティの担保として二つ目の需要は凄まじく高い。
お客さんの目と耳と肌で主演二人の実力を感じて貰って、より舞台に没頭してもらう。
いわばフックのような役割を、この一人語りは担っている。
だからこそ、レイアとアリアを演じる役者は実力者でなくてはならない。
《双翼》の舞台においては、冒頭の一人語りこそが目玉だというファンも大勢いる。
その重要性を分かっているから、背景の演出を凝ったり、マッチした音楽を流したり。
役者の実力にプラスの何かを用意する事が主流だ。
でも、この舞台においては違う。
演出も、音楽も、派手な芝居も。
そのどれもに頼ることのない、真っ向からの演技力。
〖ええ。凛と如月さんなら、そういった演出はむしろ邪魔になるから〗
祥子さんの演出の方針は、つまりはそう言う事。
わたし達の力量を信じているからこその、”何もしない”という演出方法。
なら、その信頼に応えなきゃ。
後から芝居をする皆を鼓舞する為にも、全力で。
▽
アリアとレイアの悲しみが、絶望が、その感情達の大きさが。
胸を裂くような鋭い空気で、私たちの心に訴えかけてきます。
『なんで、なんでなんでなんで……っ!!わた、わたしは、施設の皆を助けるために…………』
『私たちは何もしていないじゃない!!なのにどうして、どうしてっ!!……死ななきゃ、いけないの』
冒頭のアリアとレイアの一人語りは、それだけで後の評価まで影響すると言われる《双翼》の目玉。
そしてその語りを演じる二人の役者は、世界的に見ても十人ほどしかいないトップ層の役者。
『……許さない。私たちをこんなに滅茶苦茶にした、誰かを……っ!!」
役の感情に沿って、その演技技法すら変化させる名優。
私の親友であり、未だ未完の天賦の才を持つ少女。高崎凛。
『償わなきゃ……、償わなきゃ…………。顔も知らない人達を、わた、わたしが……っ。う、おぇ……!』
自身を俯瞰して、役に合わせた感情と行動を再構築し続ける名優。
私の姉弟子であり親友でもある、天才の中でも例外側の少女。如月由芽。
彼女たちが演じる一人語りは、劇場にいる観客全ての心を掴む。
苦しくて切ない少女たちの覚悟は、呼吸すら忘れてしまうほど美しくて。
少女たちの微かな息遣いや衣擦れの音すらも、静寂に包まれた空間では一つの芝居として成立していました。
『殺して、やる……っ』
『…………贖罪を、しなきゃ』
復讐を誓って、確かな足取りで前へ歩き出すアリア。
贖罪を誓って、ヨロヨロとした足取りで前へ歩き出すレイア。
異常なほどの激情を持って、少女たちは背を向けて舞台を降りて。
そうして、少女たちの一人語りは終わりました。
「はっ、はぁっ…………!」
舞台が暗転して数秒が経てば、そこかしこからそんな息遣いが聞こえ始めます。
かくいう私も、一つ深呼吸をしました。
たった数分間の短い一人語り。
だというのに、瞬きや呼吸すらするのが惜しいと思えるほどの芝居。
人が持っている当たり前の生理現象すら凌駕する、深層の表現力。
「……すごい」
他者を介さずに出力されたあの演技こそ、2人の持つ本来の全力の演技。
私と演った時よりも、2人とも数段レベルが上がっていますね。
特に、ゆーちゃんはそれが顕著です。
約一年のブランクがあるのに、実力を戻すどころかさらに向上させて。
「見てる?お姉ちゃん」
私の姉弟子は、お姉ちゃんの妹弟子は。
私たちが憧れて羨んだあの時以上に、目を焦がすくらいの輝きを放っているよ。
▽
「ふぅ……」
舞台袖に入って、ようやく一息付けた。
久々の本番でやっぱり飛ばし過ぎたかな。
でも、お客さんの反応は俯瞰で見る限りは上々だったし、あれならボルテージを上げることはできたかな!
「由芽さんも凛さんも、ちょっとハードル上げ過ぎかなぁ」
「真琴さん!えへへ、皆が軽く超えてくれるのを知ってるので!」
下手側の舞台袖には、アリアの”友人”役の真琴さんがスタンバイしていた。
口ではそう言いながらも、真琴さん穏やかだなぁ。
「も~、信頼が重いなぁ。可愛い子め~♪」
「わふっ……!んふふ、この舞台の役者で、信頼してない人なんていませんよっ!」
「……ふふっ、ほんとに殺し文句が上手だね。それじゃあ、お姉さんも期待に添えるように頑張らないと」
わたしをハグから解放して、真琴さんはゆっくりと舞台へ向かう。
中学一年生の頃に共演して以来だけど、やっぱりあの穏やかな性格は頼もしい。
まぁ、少し怖いところもあるけども!
あ、一応言っておこうかな?
「真琴さん、真琴さん!」
「ん?どうかした?」
「千奈さん、S席の最後方の上手側の端から2番目にいました!」
「…………由芽さんって、本当に私と同じ人間?」
「人ですが!?」
し、心外過ぎる!!
わたし、俯瞰視で見ただけなんだけども!!
「あはは、3割冗談だよ」
「7割本気なんですか……?」
「教えてくれてありがとう。でも、きっと千奈を意識する暇はないかな」
そう言って、わたしと真琴さんは舞台を見る。
『一体、どうすれば見つけられる……?あの空間の裂け目のようなものを、どうすれば……』
そこでは、凛の怪演が行われていた。
復讐に取り憑かれたアリアを演じる凛は、とても生半可な実力では釣り合わない演技力。
対人用でその演技力を落としているとはいえ、その表現力は並の天才を軽く上回っている。
「凛さんと同じ舞台に立つなら、それだけに集中しないと呑まれちゃうからね」
そう言いながらも楽しそうに微笑む真琴さんは、やっぱり頼りになる役者。
だって、自分より上を見たら挑戦したくなるもんね。
「行ってらっしゃい真琴さん!凛と彩香の事、よろしくお願いします!」
「了解。お姉さんに任せて♪」
▽
任せて、だなんて。
能力的にも立場的にも、それは凛さんの役割なのに。
だけど、その返事に後悔なんて微塵もしていない。
由芽さんの信頼はとても重くて、ともすれば危ういもの。
無邪気で綺麗で、その信頼という名の脅迫は凄まじい熱を帯びる。
誰よりも正しい芝居をする由芽さんだからこそ、その信頼には圧がかかってしまう。
でも、だからこそ報いなきゃと思ってしまう。
私たちをここまで支えてくれた由芽さんに、引っ張ってくれた凛さんに。
私たち演者が出来るのは、まだ幼い2人の主役に負けない演技をすることだけ。
それに何より、あんなにぱーっとした笑顔で言われたら、私も頑張らないわけにはいかないもんね。
『アリア……?アリア!良かった、アリアは無事だったんだね!!』
『…………ええ、なんとか』
由芽さんと凛さんの芝居のお陰か、観客全員が私たちの芝居に集中してくれている。
世界観を説明し、観客全体を芝居の世界へ引きずり込む。難易度の高いこの芝居を、2人は持ち前の世界でも上澄みの演技力で成し遂げた。
つまりは、冒頭の一人語りのパートは大成功だという事。
そしてその効果は、この舞台が終わるまで続いてくれる。
否、続いてしまう。
『ア、アリア……?どうして、そんな……』
『どうして……?そんな事、この地獄を見れば分かるでしょう』
倒壊した建物と、おびただしい数の原型を残していない死体。
目の前に広がる地獄は、レイアの力がもたらした死で溢れかえっている。
燃える背景の中で佇むアリアから、尋常ではないほどの怒りと絶望が伝わる。
最終調整の時の芝居よりも、明らかに演技のクオリティが上がってるね。
『私は、こんな事をしたやつを許さない。絶対に、私の手で殺してやるの』
その声に、普段の凛さんの感情は微塵も乗っていない。
より感情を出したい場面だからこその、一流の憑依演技。
型に囚われず、自身の得意な技法を持たない代わりに、全ての演技技法を一流以上に使いこなす。
普通は出来ないそんな曲芸を、凛さんは軽くやり遂げる。
新時代の定義でのカメレオン役者、それが高崎凛。
『……まぁ、この事態を引き起こしたのが人とは限らないけどね。でも、原因は絶対に突き止める。そうじゃないと、私は前に進めない』
憑依演技の雰囲気から一転して、今度は受けの為の演技に切り替わる。
役に深く没入したままだと、どうしても反応は後手になるものね。
ああ、本当に怖いなぁ。
かつて私の心を折った由芽さんと、鎬を削れるようなレベルの大天才。
とても敵うような役者じゃないって、天才ではない私には分かってしまう。
実力が近づくほど、その才能差に泣きそうになってしまう。
それでも、私はこの舞台に出ることを選んだんだから。
〖真琴ならよゆーだって!なにせ、あたしの彼女なんだし!〗
〖わたし、真琴さんの事を尊敬してますからっ!〗
ウザったくて愛おしい彼女と、可愛くて信頼の重い後輩。
そんな2人が信じてくれているんだから、勝手に諦めるわけにはいかないよね。
だから、もっと深く潜って細川真琴。
『…………間違ってる』
『なに?』
私の武器は没入演技。もっと役の感情に寄り添って、掘り下げて。
私は、彼女たちに挑戦しなきゃいけないんだから!
『復讐だなんて!アリアがそんなことをするなんて、間違ってるよ!!』
『……!…………ふふっ、まさか。復讐をするかなんて、まだ分からないよ』




