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人殺しのわたしは、今日もわたしを演じきる       旧タイトル〖放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします〗  作者: 上里あおい
第2章 《双翼》と天才役者編

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第57話 きっと、親友ではいられない

「凛はね、本当に出来た子なの」


 カフェラテを飲むわたしに、祥子さんは長考の末にそう語りかけた。


 朝からの祥子さんの電話は、一緒に明日の舞台を見に行ってほしいという物だった。

 それも、凛や彩香たちと一緒にではなく、わたしと2人で。


 彩香とかなみとの時間に名残惜しさを感じながら、わたしはそのお誘いに乗った。

 主演である以上、行かなきゃいけないものだと感じたしね。

 でも、衣装合わせも本番通りの舞台での調整も済ませてるし。どういう目的なんだろうと、歩きながら考えた。


 一つは真っ当に、わたしだけへの明日の舞台の相談。

 ただ、凛にそれを話さないのは違和感があるから、これはちょっと違うと思う。


 もう一つは凛の事。

 昨日の最後の芝居合わせの後、凛は疲れたと言ってすぐに帰ってしまったし。

 芝居の最中も少し疲れた様子があったから、何かあったのかなと思ってしまって。


 でも舞台の観客席で横に座る祥子さんが話しだしたのは、わたしの想像していないものだった。


「出来た子、ですか?」

「ええ。あの子が小さい頃に私が離婚してから、家の事をよくしてくれて。毎日用意されているあの子の手作りの夕飯が、私にとっては何よりの楽しみでもあるの」

「…………それを、凛に伝えたことは?」

「えっ?伝えているわよ?毎日ありがとうと、LINEで」

「………………………………」


 い、いけないいけない!思わず、口汚く罵ってしまうところだった!!


 もー、本当に!この親子は、どうして変なところで致命的に間違えるかな!?

 委縮して何も聞けずにいる凛も、それで伝わった気になってる祥子さんも!!

 2人とも凄く賢いのに、どうしてそこまで不器用なんだろね!!


「……そんな凛がね。初めて昨日、私に弱音を吐いてきたの」

「凛が弱音!?」


 いっつも勝ち気で頼りになる凛が、祥子さんに弱音だなんて。

 えーっと、昨日なにがあったかなぁ?わたしが把握してる限りだと、あの凛が弱音を吐くような場面なんて……。


「”由芽に追いつけない。由芽をまた悲しませてしまう。”そう言って、泣いていたの」

「え、わたし?」


 ほ、本当にどういう事?

 ここ最近、凛とわたしの間で何かあったっけ?


「如月さんは、凛の事を親友だと言ってくれているわよね?」

「は、はい。凛は大親友ですよ……?」

「それじゃあ、役者の如月由芽としては?あの子の事、どう思ってる?」


 役者のわたし?そんなの決まってる。


「いつだってわたしと全力で競ってくれる、大切なライバルだと思ってます」

「……そう。如月さんはそう思ってくれているって、凛にも伝わっているのね」

「祥子さん……?」

「…………昨日の如月さんと凛の、本番前最後の芝居合わせ。貴女は覚えている?」

「昨日の?それは勿論……」


 最近で一番くらいでわたしは調子よかったし、凛は少し疲れていたようだけどいつも通りの演技だったし。

 おかしなところなんて何も……。


「これは演出家としての私の目線。……昨日の貴女の演技は、これまでとは一段違っていた。数年前にあなたが主演をした、《銀河鉄道の夜》。その序盤の貴女を彷彿とさせる、演技力の化身のようなものだった」


 そう言って、祥子さんはわたしを正面から見据える。

 その誉め言葉は嬉しいはずなのに、わたしはその先の話を聞きたくない。


「あ、あはは、ありがとうございま──」

「そしてその如月さん(てんさい)に、(てんさい)は明確に劣っていた。それが、現時点での事実よ」


 いや、だって、凛はとてもすごい役者で。

 わたしなんかよりも、沢山沢山努力をしてて……。


「き、昨日はただ、調子が悪かったとか……」

「凛の昨日の芝居は、紛れもなくあの子の限界点よ」


 わたしの方が演技力で優れている。

 それはすなわち、W主演のこの舞台においては致命的で。


「…………凛に、()()()()()()()って相談ですか?」

「……ごめんなさい。貴女も凛も、誰も悪くなんてないのに」


【規格を超えてしまうと、人間は一緒の場所にいれないの】


 いつか、凛がわたしを慰めるために言ってくれた言葉が頭に響く。

 わたしは泣いてしまっていたけど、凛はあの時なんて言ってくれてたっけ。

 凛は記憶力もいいから、きっとその時の事も覚えている。


 もし、その考えが凛にも適用されるのだとしたら?

 他の皆は歩み寄ってくれたけど、わたしと同じ立場で責任感が強い凛はきっと抱え込む。


「…………今、凛は家にいますか?」

「ええ。……でもあの子は私に似ているから、如月さんが今しようとしている事はあの子のプライドが──」

「そんなの知らない!わたしには、これっぽちも関係ない!!」


 例え怒られても、例え嫌われても。

 わたしは、泣いている女の子を無視なんてできない!聞かなかったことにするなんてできない!

 わたしと同じで寂しがり屋の凛を、1人になんてさせない!!



「凛はわたしの親友です!わたしのライバルです!だから、わたしは凛の手を死んでも離しません!」





【少し、出かけてくるわね】


 そう言ってお母さんが出て行って、もうじき1時間。

 今日だけは一緒に過ごすって約束だったのに、あの人は出て行った。


「…………しょうがないわよね」


 一晩中泣いて目元が腫れた私といても、きっと何も楽しくないもの。


 昨日の、本番前の最後の芝居合わせ。

 私は調子がよくて、自分の体を思い通りに操れた。頭も冴えていて、思考は滑らか。


 そんな最良の体調で、私の芝居は由芽の芝居に劣っていた。


 目を奪われる綺麗な動作、滑らかに軌跡を描くような足運び。

 技術では私よりも劣っていたのに、途中からはその技術すら並ばれて。

 そうなれば、表出するのは元々持っていたポテンシャルの差。

 如月由芽と高崎凛の間にある、残酷なほどの才能差。


「なにが、同格の役者よ」


 人を惹きつけるスター性、生まれ持った視点の高低差、役者としての成長性。

 私はその全てにおいて、由芽に負けていた。


 あの子はこれからも成長を続けるんでしょう。

 誰もが敬う高みに上って、役者という玉座にいつか手をかける。

 

 そして、その時の私はライバルでも何でもない。

 ただの、路傍の石ころ。

 そんな石ころに対して、由芽はどう思うかしら。

 親友だなんて、そんな関係ではいられないでしょうね。


「…………明日、は」


 ここまで沈んでいれば、きっと私の芝居は最低なものになる。

 3か月間も稽古をしてきて、それなりに苦難もあったけれどちゃんと纏まってくれて。

 皆の士気も最高なのに、とても良い雰囲気を保てているのに。


 私が、全て台無しにしてしまう。


〖しょうがないじゃん!わたしと同じで寂しがり屋の凛を、わたしは無視できないのっ!〗


 思えば、ここまでこれたのは由芽がそう言ってくれたから。

 私の共犯者として、親友として、ライバルとして。

 いつだって、私を頼ってくれたから。


〖……凛は、わたしの大切な人だよ〗


 ……頑張らないと、由芽にまで泥をかけてしまう。

 気持ちを分けなさい、高崎凛。

 仕事である以上、私情とは切り離して行動する。それくらい、プロなら当然でしょう。


 だから、せめてこの舞台の公演中だけは頑張りなさい。


 そしたら、もう──


「……辞めたら、楽になれるのかしら」

「させないから」

「え?」


 なんで?だって、ここは私の家の寝室で。


「……どう、して」

「どうしてもなにもないよ。凛が苦しいときは、わたしが側にいるって決めてるんだもん」


 強くて優しい声音。安心させる香りと、温かい笑顔。

 人を引き寄せ続ける、生来の魔性。


「なにせ、わたしは凛の親友だから!」


 如月由芽が、そこにいた。





 祥子さんに鍵と暗証番号を聞いて、わたしは全力で走った。

 改めて、一軒家とは違うタワーマンションのセキュリティの高さを思い知ったり。

 ぶっちゃけ、開け方ちょっと面倒だったしね!


 そんなこんなで家に入れば、凛は自室にいた。

 真っ暗な中で、虚ろな目でスマホのわたしとのツーショットを見ながら。

 そういう精神状態なのに、凛は泣きながらわたしの写真を見てくれている。


 その事実に、少しだけ嬉しくなったのは内緒にしておこう。


「もー、真っ暗だよ凛?今日は天気いいんだから、陽の光浴びないと!」


 祥子さんには手前ああ言ったけど、少しだけ緊張もある。


 自分が似たような経験をしたから分かるけど、きっと今の凛はギリギリだ。

 何かの弾みひとつで、致命的に壊れてしまいかねない。

 目の前にいるのがわたしなぶん余計に、そのリスクは増しているはず。


 だけど、リスクにはリターンがつきもの。

 凛がわたしの事でこうなってしまったなら、そのわたしが出来ることもきっと多いはず。

 この考え方は嫌だけど、打算も交えながらじゃないと。 


「待って」


 その思考を裂くように、凛の冷たい声が聞こえてくる。

 知ってる。この声音は、わたし達が初めて会った時のものだ。


「なに?凛ってば、なんだか怖いよ?」

「今、由芽にいてほしくないの。私が酷いことする前に、お願いだから帰って」


 ……酷い事、だなんて。

 心の底から優しい凛が、そんなこと出来るはずないのにね。


「いいよ」

「…………は?」

「酷い事、してもいいよ。その代わり、わたしの話も聞いてもらうから」


 実際、その酷い事で凛の気が少しでも晴れるなら構わない。

 今までわたしは散々凛に甘えてきたんだから、なんだって受け入れないと。


「意味、分かって言ってるの?ひ、酷い事するのよ!?きっと、由芽は傷つくのよ!?」

「身体が痛いのは嫌だけど、心が痛いのは慣れてるから。だから──」

「ふざけないでっ!!」


 そうやって金切り声を上げた凛に、わたしはベッドに押し倒される。

 なのに、一向にその先の暴力なんかはなくて。


 思わず瞑っていた眼を開ければ、大粒の涙を凛は零していた。


「ふざけ、ないで……っ!なんで、そうやって、私を……」


 ああ、やっぱり。

 原因も何もかも違うけど、今の凛はあの時のわたしだ。

 せなお姉ちゃんの死に耐え切れなくて、部屋で塞ぎ込んでたわたしと同じだ。


 だったらもう、打算なんてしなくてもいいかな。

 だってあの時のわたしを救ってくれたのは、かなみの心からの言葉だったから。


「凛が好きだから。凛がわたしにとって、大切な人だから」

「耳障りのいい言葉ばっかり……!証明なんてできないくせに!!どうせ由芽も、私に興味なんかなくなるくせに!!」

「証明……。確かに、想いを伝えるのって大変だよね」


 もしわたしと凛が恋人なら、ここでキスとかするのかな。

 でもわたしの恋人は彩香とかなみだし、凛は大親友。

 言葉で伝わらないならって話だけど、きっと行動で示すのも難しい。


「だけど、何度だってわたしは言うよ。凛は、わたしの親友だって」


 きっと思考を巡らせれば、色々と伝え方はあるのかもしれない。

 でも今は、こうやって何度も想いをぶつけるのが正解だと思うから。



「好き、大好き。わたしなんかの親友になってくれた凛の事、大好きだよ」



 抱きしめて、ちゃんと想いを伝え続けないと。


「……うそよ」

「むー、わたしが誰にでもこんな事言うと思ってる?それはとても心外なのですが」

「今はそうでも、きっと、いつか……!」

「そんな遠い未来の事見てても疲れちゃうよ。だからさ、今を大切にしよ?」

「いま……?」


 良かった。身体の震え、少しづつ収まってきてる。


「そう。未来って、今現在の積み重ねでしょ?だから今を大切に生きれば、未来も凄くハッピーになれるよ」

「……でも、貴女とライバルでなくなった私なんて」

「何言ってるの?凛はこれからも、ずっと役者としてのライバルじゃん」

「明確に劣ってる相手にそんなこと言うなんて。貴女、随分と死体蹴りが好きみたいね」


 む、こやつ離れようとしてる?

 でも、まだわたしの話は終わってないし!というか、誰がそんな皮肉を言うと思うのかね!!


「そりゃ、一時的に実力差が出ることもあるでしょ。わたしだって、役者を再開してから凛とひなのには割と圧倒されてたんだし」

「そういう次元の話じゃないのよ、貴女に限っては」


 ああもう、めちゃくちゃ落ち込んでるね凛ってば!


「そういう次元の話だよ!わたし、凛とならもっと先に行けると思ってるんだよ!?」

「私じゃなくても、ひなのも柊さんも他の役者も──」

「わたしは、その中に凛もいてほしいの!!」


 抱きしめたまま、一回転して逆に凛を押し倒す。

 改めて見れば、凛はずっと泣いていて。

 そんな顔を見たからこそ、私の中の想いはせき止められなかった。


「凛が好きなの、大好きなの!!綺麗で、理性的で、面倒見がよくて!演技の幅が広くて、力強さと粘り強さがあって、その場のアドリブで新しい技術を生み出せる!そんな凛が、大好きなの!!」


 わたしの立ち位置でこれを言うのは、とても卑怯なのかもしれない。

 でも、言わないと。わたしの本音は、きっと最後まで伝わってくれないから。


()()()()()()()!!わたしが出来ないことも、わたしが出来ることも!だから、だから……っ!」

「由芽…………」


 本当に、今日はずっと泣いてばかりだ。

 でも、泣いたって構わないとわたしの大切な人たちは言ってくれるから。

 それでも前に進むわたしを、心の底から応援してくれるから。


「わたしと、ずっとライバルでい続けて!!ずっと傍にいて!!」


 ともすれば、これはとても残酷な仕打ちかもしれない。

 凛の限界値が本当にあの演技なら、凛はそこで終わってしまうから。

 わたしと親友ではいられないと、凛はまた悲しんでしまうから。


 でも、わたしは知っている。

 凛が、誰よりも遅くまで残って練習していたこと。

 死に物狂いで、睡眠時間も削りながら。


 だから、凛なら大丈夫。

 こんな無茶苦茶な要求にも、凛は絶対に答えてくれる。


「…………もし、ダメだったら」

「わたしは絶対に大丈夫だと思ってる。でも、億が一、兆が一ダメだったら」


 それはきっと、わたしの言葉の責任だから。

 だから、色んな人にごめんなさいをして、彩香とかなみを世界一幸せにすることを大前提に。



「一緒に、底の底まで堕ちよう」



 具体的にどうするかなんて、その時になるまで分からないけど。

 でもそのくらいの覚悟は、凛と親友になった時から出来てるよ。


 当の凛はといえば、その言葉に面食らったのか涙が止まってしまっていて。

 かと思えば、いつからか握っていた凛の手のひらに、ゆっくりと力が込められ始めた。


「……どうして私の人生に、そこまで貴女が責任を持つの?」

「親友だからだって、何度も言ってるじゃん」

「だからって、そんなの重すぎるわよ」

「重っ……!?そ、そんなに重くはないと思うよ……?」

「……もう、本当に。これだからこのおばかは」


 ポスンという音を立てて、わたしの体が凛に重なる。

 正確に言えば、凛に抱きしめられたからというのが正しいんだけども。


「……怖いの。もし、自分の役者としての成長が止まったら、また貴女を1人にさせてしまう。お母さんに、見て貰えなくなってしまう」

「祥子さんは、凛が思ってる何倍も凛の事が好きだよ。それに凛はこれから成長し続けるから、わたしは絶対に1人になんてならないし」

「……そうね。由芽がそう言ってくれるなら、きっとそうなのね」


 重なった胸の部分から、凛の心臓の鼓動が聞こえてくる。

 ちょっと速い気がするけど、それでも正常の範囲内。

 暖かくて、泣き疲れもあって少し眠くなっちゃうねこれ。


「ねぇ、由芽」

「んー?」

「……大好き、愛してる。だから貴女の傍で生きること、許してね」

「んふふ、むしろわたしからお願いするよ。ずーっと、わたしの親友でいてね」

「……………………それは、約束できないわ」

「なんでぇ!?」


 そんなわたしの声を聴いて、凛がくすくすと笑いだす。

 それに釣られるように、わたしも笑って。


 わたし達は、少しだけの眠りについた。





 ベッドからそっと抜け出して、リビングで電話をかける。

 嬉しい事に、電話はワンコールで繋がってくれた。


「もしもし?お母さん?」

「凛……っ。んんっ、もう、大丈夫なの?」

「ええ。私を1人にしてくれない、おばかのお陰でね」

「…………そう。本当に良い友達を持ったのね」


 由芽のお陰か、電話口から聞こえるお母さんの声は嬉しそうに思えて。

 だから、ずっと聞きたかったことを聞こうと思った。


「お母さんは、私の事をどう思ってるの?」

「どうって……。……ああ、そうなのね。通りで、如月さんがあんな顔を……」

「由芽?」


 そこから数秒すると、電話口で深呼吸が聞こえて。


「愛しているわ。ごめんなさい、私ってとても口下手なのね」


 そんな、愛おしさに塗れた声音が返ってきた。


「役者としても、貴女以上の人間はそうはいない。個人としても、娘を愛さない母親は居ないと思うわ」

「そ、そう……」

「毎日の作り置きしてくれている夕飯も、それが私の原動力になっているのよ?抱きしめたいって衝動も、貴女が私を嫌っているかもと思ったら──」

「だ、大丈夫。……うん、お母さんの気持ちは伝わったから」


 自分の事を不器用だと思っていたけど、これはお母さんの遺伝でもあったのね。

 そう考えれば、自分の不器用さすら愛おしい。

 

「私もお母さんの事が好きよ。世界で一番尊敬してる、とても強い人」

「……嬉しいわ。ありがとう、凛」


 どうして、今の今になるまでここまで拗らせてきたのか。

 そんな疑問を抱くほど、あっさりと私とお母さんの気持ちは通じ合った。


 ……ううん、あっさりじゃないか。

 私とお母さんの事を考えて、あくまで自然体で繋げてくれた人がいたわね。


「今日は突発の仕事も終わったから、13時には帰るわ。如月さんもいるなら、何か買って帰りましょうか」

「ええ、お願い。由芽と2人で、お母さんが帰ってくるのを待ってる。そしたら、明日以降の舞台について話がしたいの」

「分かったわ。……楽しみにしてるわね」

「ふふっ、楽しみにしてて」


 そうやって電話が切れれば、今度は私が深呼吸をしてしまう。

 あれだけ由芽に言われたのに、それでも緊張していたなんて。

 最近、自分の中の知らない自分をよく見つけてしまう気がする。


 それもこれも、全部由芽のせいなんだけど。


「……ねぇ、聞いているの」


 自室に戻れば、由芽はまだ私のベッドですやすやと寝ていた。

 その可愛い顔には涙の跡があって、それが私の為に泣いてくれた後なのだと理解してしまう。


「いいわ、聞かないで。まだこの気持ちは、言語化出来そうにないから」


 最初の出会いは、純粋な役者としての憧れだった。

 誰よりも美しく、誰よりも正しく。

 そんな由芽の芝居は、私の目標になってくれた。


 この舞台で共犯者になってからは、たった3ヶ月とはいえ密度の濃い時間を過ごしてきた。

 親友になって、弱さを知って、弱さを知られて。


 そして、言語化できないほどの不自由な感情を、貴女に抱いてしまった。


 顔は確かに可愛い。造形的には美人だけど、振りまく愛嬌が可愛いという印象に繋がる。

 だからと言って、それだけでこんな気持ちは抱かない。


 もっと背が高くて、もっと理知的で、何より包み込むような包容力があって。

 男女問わないけど、私の理想はそんな人。

 由芽は、それに全然当てはまっていない。まるで私のタイプじゃないのに。


「どうして、なのかしらね」


 由芽のさらっとした髪を撫でれば、それだけで心臓の鼓動が早くなる。


 わがままで、泣き虫で。寂しがり屋で、弱虫で。

 でも、大切な人を失っても前を向くために頑張った、心の強い人。

 仕草が可愛くて、所作が綺麗で。太陽みたいに明るくて、一緒に居れば心地よくて。


 私の心の中にズケズケと入ってきて、勝手に中心に居座って。


「…………酷い事をするって、私は忠告したわよ」


 いつか、由芽が言っていた恋の定義。

 理屈が通じなくて、計算できなくて、制御が難しくて。

 そんな不自由を、由芽は恋と呼んだ。


「だから、由芽が悪いんだからね」


 人が一人入るくらいの距離感は、もう私には要らない。

 この子との間に、誰も入れたくない。生まれて初めての、そんな独占欲。


 穏やかに眠る由芽の頬へ、そっと触れるだけの口づけを。

 起こさないように、ゆっくりと。


「…………好きよ、由芽」


 理解すれば、私の認識は驚くほどに切り替わる。

 その変化は戸惑いもするけど、同時にとても愛おしいものでもあって。

 その激情は、私の心をいともたやすく流してしまう。


 そうなのね。この激情が、この痺れるほどの愛おしさが。


「だから、ごめんなさい。……きっと、親友ではいられないわ」


 

 私にとっての、恋なのね。



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