第54話 羽化
「朝だよ2人とも!ほら、折角の日曜日がもったいないよ!」
「「んぅ...…?」」
自分の朝の準備と朝食の準備を終えた、日曜日の朝8時過ぎ。
料理の為に結った髪を解きながら、未だに眠っていたわたしの……、恋人2人を起こし始める。
「おはようゆめちゃん……。ふあぁ……」
「んぅ、もうちょい寝せてくれても……」
「ダメです~。昨日の夜、今日の予定決めたでしょ?」
2人とも一緒に寝たことがあるから、朝に弱いのは知ってはいたけど……。
でも、ここまで弱かったかなぁ。
わたしがエプロンしてるのも分かると思うのに、それでもむにゃむにゃしてるとか。
「……張りきって朝ごはん作ったの、ばかみたいじゃん」
「ゆ、ゆめちゃっ……!?」
「ゆめ……!?」
恋人に手料理を振舞うのは久しぶりだから、朝早起きしたこととか。
昨日と今日の為に、鈍っていた料理の腕をさび落とししたこととか。
……うん?もしかして、わたしかなり恋愛脳になってる?
やばだ。これは、知られてしまうとかなり恥ずかしいやつだ。
よし、ここはにっこり笑顔でうやむやに!
「な、な~んて!ほら、朝ごはん食べ──」
「寝れなかったのは由芽のせいなんだけどね」
「ひょわっ!?」
い、いきなりかなみが抱き着いてきた!?
ていうか、なんだか目が……。す、すごく怖い……!
「起こしてくれてありがとう由芽ちゃん。でも、由芽ちゃんのせいで寝れなかったのは私もだからね?」
「ひいっ!?」
あ、彩香まで目が怖い!!
どうして!?わたし、何かしちゃったの!?
「由芽ちゃん、昨日はぐっすりだったもんね」
「え?」
「あんなえっ……、無防備な姿で。そのせいでムラム……、目の毒で、2人して寝られなかったんだけど」
「え?え?」
あ、これ思い出した。
〖ゆーちゃんが……、ゆーちゃんが悪いんだからね……!〗
週3くらいでせなお姉ちゃんがしてた、わたしを押し倒す寸前の危ない目……!
どうして!わたし、昨日の夜何もしてないのに!
「え、と…………。その、とりあえずあさごはんたべよ……?」
「……そうだね、起こしてくれてありがと由芽」
「……うん、ありがとう由芽ちゃん。起こしてくれて」
よ、よかった!二人とも、寝ぼけてたのは治った──
「「ご飯の後、時間を貰うから(ね)」」
……うん!わたしの恋人たちは、朝から元気みたい!
さて、朝ごはん朝ごはん!!
──
「由芽はさぁ、もうちょっとあたしらの気持ちを考えてくれてもいいと思うんだよ」
「そうだよ!由芽ちゃんってば、お風呂から上がったらすぐに寝ちゃうんだもん!私たち、ものすごく緊張してたのに!」
「…………それは、2人がえっちなだけでは?」
朝食を食べ終えて、お出かけまでの小休憩中。
そう反論すれば、顔を真っ赤にして明後日の方向へ向くかなみと彩香。
どうやら、昨日寝れなかったのは2人の頭がえっちだったからだそう。
「はい、どっちか反論できる?」
「「……できません」」
うーん、そこまで自分にその方面の自信はないんだけども……。
まぁでも、好きな人に求められるのは嬉しいし。あんまり弄るのはやめておこうかな!
「でも、すぐに寝ちゃったのはごめんなさい。本当は、話さなきゃいけない事が沢山あるのに」
「……ふふっ、いいんだよ。由芽ちゃんも、きっとすごく疲れてただろうから!」
「その為の今日という日曜日なんだしさ!ま、気楽にいこーよ由芽!」
「……ありがとう、かなみ、彩香」
本当に眩しいなぁ、わたしの恋人たち。
三人で付き合うという関係を受け入れてくれて、更にゴミみたいな私を好いてくれて。
愛想をつかされないように、幸せだと思ってもらえるように。
精一杯頑張らなきゃだよね!
「こほん!それじゃあ、話の続きだね!」
千奈さんに、沢山話すことが近道だと改めて教わったから。
まずはそこから!初歩の初歩から初めていかないと!
「わたしの考えとしては、今までの10分間の恋人状態の、制限時間の撤廃版!つまりはアップグレードみたいな感じだと思ってるんだけど、いいかな?」
「そ、そうだね?」
「なんか、説明だけだと凄く固いな?」
「それ以外の言い方、思いつかなくって……」
なにせ、わたし達は入り口が世の恋人とは違い過ぎる。
既に恋人らしいことは沢山してきたわけだから、恋人の時間以外の変更点が少なすぎてね。
「えっと、2人は何かある?ここは変えてほしいとか、ここをこういう風にしようとか」
「んー、そうだなぁ……」
かなみは考え込んでいる様子。彩香はどうかな?
と、思って見てみれば。唸るかなみの横で、小さく挙手をしていた。
「はい、彩香さん」
「は、はいっ!え、っと……、キス券とかは、どう、なりますゕ…………」
「「声ちっさ!!」」
い、いけないいけない!
照れて蚊みたいになった声量の彩香に、思わずかなみとハモっちゃった!
「彩香先輩、もしかしてむっつりですか?」
「知らなかったの?彩香ってば、結構むっつりスケベなんだよ?」
「言わなきゃよかったぁ!!」
ああ、もう、本当に可愛いなぁ!
せなお姉ちゃんもそうだったけど、わたしの周りの年上は可愛いが過ぎると思うよ!!
「公序良俗の常識内でなら、だよ?普通の恋人に、キスの制限なんてないからね」
「そっ……っ、う、だよね……!」
「かなみもね。あーあ、ほんとにえっちなんだから2人とも」
「ちょっ、あたしまで一緒にしないで!?」
ふふっ、かなみまで顔を真っ赤にして。
……本当に、なんて幸せ──
『人殺しのくせに、自分だけ幸せになるんだ』
「…………分かってるよ。自分が死ななきゃいけないなんてこと」
「っ!?由芽、今なんて言ったの!?」
「由芽ちゃん!?」
「……ふふっ、2人とも心配しすぎ」
ありがとう、こんなわたしを救ってくれて。
愛してくれて、好きだと言ってくれて。
恋人になってくれて、本当にありがとう。
「それじゃあ行こっか。少し遠いけど、ちょっとだけ付き合って」
「……どこに?」
「さっきの発言のせいで、あたしの心中は穏やかじゃないんだけど」
「だよね。でも、安心して」
怒った顔のかなみも、悲しそうな顔の彩香も。
わたしの事を心の底から心配しているからそう言ってくれる。
これが幸せじゃなくて何だというのか。
「きっと、もう大丈夫だから」
今すぐにはそんな2人を安心させられないけど、でも、きっと2人なら許してくれるから。
わがままでクズなわたしが愛している、”もう一人の恋人”の事を。
▽
バスの中で、由芽はあたしと彩香先輩と手を繋ぎながら語りだす。
由芽から聞いた話は、せなさんに関する懺悔のようなものだった。
自分の芝居が、せなさんを追い詰めて殺したこと。
自分が何の楔にもなれず、せなさんに寄り添う事が出来なかったこと。
その後悔から、今でも幸せを感じれば時々幻聴が聞こえる事。
その幻聴は、怨嗟の声で幸せを感じる事を許さないという事。
「でもわたしは、彩香やかなみ。ひなのや凛といった皆のお陰で、今を歩いてるんだ」
その顔はとても晴れ晴れとしたもので、だからこそ悔しくてたまらない。
あたしは、由芽のその症状に何も気づけていなかった。
苦しくて辛い思いを、ずっとずっと由芽はしていたのに。
幼馴染だなんて立場で、ずっと隣にいれたのに。
「かなみ?えっと、彩香も。その、手が痛い……」
「う、ぅ……!」
「……我慢しろ、ばか」
「…………ふふっ、ありがと」
こうやって笑えるようになるまで、こうやって軽く話せるようになるまで。
この子は、どれほどの悲しみと苦しみを味わったんだろう。
なんで、なんで。由芽だけが、こんな思いをしなきゃいけないの。
「……かなみ」
由芽は優しくあたしの名前を呼んで、あたしの方を向く。
いつだってあたしを助けてくれたその笑顔は、由芽が沢山傷ついてきた証。
強くならざるを得なかった、幼馴染の少女の傷跡。
「大丈夫。本当に、もう大丈夫なんだよ」
その言葉が本心から出た言葉だと分かるから、由芽が全てを乗り越えたと分かってしまうから。
「気づけなくて、ごめんなさい……」
そんな陳腐な言葉しか、あたしは吐けなくなってしまう。
「言わないようにしてたし、悟らせないようにもしてたんだもん。そんな馬鹿に、かなみが謝らないで?」
「……ほんとに、馬鹿だよ。あたしが傍に居るって、あの時言ったのに……」
「だから、これから先は何でも言うから。だからかなみも彩香も、ずっと傍に居てね」
「……ほんと、あたし達がいないと由芽はダメなんだから」
「……由芽ちゃんの事、絶対離してあげないからね」
「あはは、愛されてるねわたし」
それから目的の場所に着くまで、あたし達は手を繋いでバスに揺られていた。
────
「彩香は来るの初めてだよね。ごめんね、恋人になって初めての場所がここで」
「……ううん。由芽ちゃんと恋人になれたら、真っ先にここに案内してもらおうと思っていたから」
「あたしも彩香先輩と同じ。ほら、由芽は花持ってて」
「はーい」
バケツに水を汲んで、芝生の上を歩きだす。
花を持つ由芽を先頭に、あたしと彩香先輩でバケツと柄杓を持ちながら。
「…………昔、せなお姉ちゃんが言ってたんだ。死後の世界とかあったらいいよねって」
なんて事のない雑談のように、由芽はそう呟いた。
「わたしは、そういうの信じてなかったから。だから、人って死んだらそこで終わりだと思ってたの」
少し歩いて、由芽はその墓石の前で立ち止まった。
そこから慣れた手つきでお墓の掃除なんかを済ませて、お墓の前にしゃがみ込む。
あたしと彩香先輩も、由芽に倣って手を合わせた。
「…………久しぶり、せなお姉ちゃん。今日は報告があって来たよ。本当は、毎日でも来たいんだけどね」
声が震えて、目には大粒の涙をためて。
それでも由芽は泣かないようにしながら、せなさんとお話を始めた。
「あー……、えへへ……。えっとね、わたし……。せなお姉ちゃんに負けないくらい、……好きな人が、恋人が出来たの……。しょう、かい、しなくちゃって……」
「ふたり、いて、ね…………?えへへ、あれ……。ごめん、ね……っ。すぐ、なきやむ……、から……っ」
でもやっぱり、由芽には泣かないでいるのは無理だったみたいで。
だから、あたしと彩香先輩は由芽の手を握った。
由芽はまだ、1人ではダメな子だと思ったから。
「……せなさん、お久しぶりです。由芽の恋人になった、葛城かなみです」
「初めまして。由芽ちゃんの新しい恋人の、柊彩香です」
「ふたり、とも……」
由芽にとって、せなさんという存在は芯のようなもの。
居て当たり前、居なきゃ寂しい、会えなければ心が死んでしまう。
中学2年生の時、本当はその事実に気づいていた。
でも当時のあたしは恋愛感情が希薄だったから、見ないふりをしていただけ。
せなさんの死で由芽が壊れてから、ようやく自覚をしたけど。
何が言いたいかといえば、由芽の中には永遠に笹森せなという恋人がいるという事。
つまりは、由芽を愛して恋人にするのなら───
「……正直、せなさんが羨ましいです。きっと、貴女は由芽の心の中で生き続けるから」
「かなみ……」
「だから、貴女ごと由芽を愛します。あたし達は、それくらい由芽の事を愛しているから」
そう言って、由芽の手を強く握る。
この弱っちくて泣き虫な幼馴染を、少しでも安心させるために。
「由芽ちゃんから聞きました。笹森さんと私のお芝居の才能は、全く同じだそうです」
「彩香……」
「……絶対に、由芽ちゃんを孤独にはさせません。役者としても恋人としても、私は由芽ちゃんに相応しくなります」
「だから貴方ごと、由芽ちゃんをもらいます。私たちは、貴女と同じくらい由芽ちゃんを愛していますから」
彩香先輩の声音は、とても芯が強くて真っすぐで。
普段はむしろ逆なのに、こうやって強い部分が垣間見えるから本当に心強い。
由芽が絆されて惚れてしまうのも、そりゃ仕方ないか。
「……えへへ。聞いてくれてたかな、せなお姉ちゃん。かなみと彩香は、こういう人たちなんだ」
涙を拭って、由芽はいつも通りの笑顔になってくれた。
うん、もう大丈夫かな。流石は、あたしの恋人で幼馴染だ。
「いつか、皆で会いに行くから。……だから、ずっと見守っていてね」
▽
お墓参りを終えて、私たちはバスを待っていた。
せなさんに挨拶も終えて、私たちは恋人としてのステップを踏み始める。
かなみちゃんもそれを感じているのか、私たちはずっと由芽ちゃんと手を繋いだまま。
せなさんにあれほど宣言したんだもん!絶対に、由芽ちゃんを幸せにしてあげなきゃ!
「……ひとつだけ、甘えていいかな」
「え?」
「由芽ちゃん……」
何気なく言ったんだろうけど、その言葉はとても嬉しいもので!
だってその行動は、由芽ちゃんが回復していってる証拠だから!
そう感じながら顔を上げた由芽ちゃんの顔は、儚くて、綺麗で。
「……一日。ううん、半日でもいい。……彩香もかなみも、絶対に、わたしより長生きしてね」
同時に、少し怖いと思ってしまった。




